8.星に還る5
シンカは、眠ってはいなかった。
皇帝の専用の寝室で、後ろ手に縛られて、ベッドに横たわっていた。
散々わめいて、それでもかたわらのシキはだんまりを決め込んで相手にしない。声が枯れ、咳き込んでも、シキは顔を見せようともしない。背を向けて、ベッドにもたれて床に座ったまま、じっとしている。
悔しくて、シーツをかんだ。
「シキ、なんで、分かってくれないんだよ、俺は、もう、二度とリュードに悲劇を起こしたくないんだ。俺が、生まれた星なんだぞ、俺が、あそこで偶然生まれたのも、人間みたいに育って、こうして生きているのも、あの星のおかげなんだぞ。」
「・・・。」
「シキ。俺、俺のために、デイラは滅びた。」
「あれは、レクトさんがしたことです。」
「でも、俺のためだった。俺一人のために、大勢死んでしまったんだ。母さんも、友達も、みんな。もう、嫌なんだ、俺のために、誰かが死んでしまうのは、嫌なんだ。」
「子供のようなことはおっしゃらずに。私も、太陽帝国軍全ても、皆、陛下のために死ぬことは覚悟しています。」
「まるで、親衛隊みたいだぞ、シキ。なあ、これ、解いてくれよ。」
シンカが顔しかめる。それをシキは見ようともしない。背を向けたままだ。
「陛下が、周りの気持ちも考えずに、無茶ばかりなさるからです。」
その、いやに丁寧な口調も、シンカには腹立たしい。この部屋で目覚めてから、ずっと、シキはそんな調子だ。
友達じゃないのか?友達なら、俺の考えにも少しは耳を傾けてくれてもいいのに。
「あの男が、いるからですか?」
シキの言葉に、シンカは眉をひそめた。
「ルースのことか?」
「陛下は、皇帝になって以来、これまで、それほど惑星リュードに固執なされなかった。帰りたいともおっしゃらなかった。」
シンカは一つ息をついた。
「シキ。・・確かに、俺は、まだ帰る気にはなれなかった。そうだな、リュードには俺の知っている人は誰も残っていないと思ったし、あまり、帰りたくはなかった。あの星に生きてた十七年間は、ずっと、真実を知らずに生きてた。自分が何なのかすら知らずに。」
「戻ってみたら、懐かしい人間にあった。お気持ちは分かりますが、陛下がそこまでする必要のないことです。」
「違うよ。もともと、シキ。俺は、過去の太陽帝国の過ちを、五百年前にこの星を焼き払った太陽帝国の罪を、キナリスに謝罪したかったんだ。それから、これからのリュードの開放に向けて話をしたかったんだ。」
「・・五百年前?」
シンカは思い出した。ミンクと、レン以外には、そのことは話していなかった。罪悪感が、むくむくとわきあがる。
「ああ、そうか。シキは知らないのか。ごめん、皇帝しか知らない、隠された歴史なんだ。惑星リュードは、五百年前まで、太陽帝国の一惑星として、発達した文明を持っていたんだ。当時の、皇帝暗殺の舞台として、利用された。そして、歴史上から、消された。」
シキは振り向いた。
「なんで、何も言わないんだ!」
「それは、・・皇帝しか知ってはいけなかったから・・。」
シキの瞳が険しくにらみつけた。
「俺たちが、お前を守るためにどれほど真剣に、心を砕いているのか、分かっているのか!お前はそんな肝心なこと何も言わずに、ただ、やりたいことだけ主張して!」
前髪を乱暴につかまれ、シンカは目をつぶった。
「いなかった、じゃないか。」
シキの動きが止まる。
「そばに、いなかったじゃないか。話したくても、お前、いなかっただろ!」
黒髪の男は、シンカの額に手を置いたまま、見下ろした。
その表情が、ひどく悲しそうなことに気づいて、シンカは慌てた。
「その、シキが悪いんじゃないんだ、ただ、」
不意にシキは手を離すと、背を向けた。先ほどと同じ、ベッドに背をもたれさせて、座り込んだ。
「シキ・・あの。」
「もうしゃべるな。殴りたくなる。」
シンカも、黙った。
どれくらい、沈黙が続いたのだろう。
縛られた腕がしびれてきて、シンカはもぞもぞと動く。
もう一度、シキの背中を見上げて、また、視線をシーツに落とす。
「俺さ、七歳くらいの頃、よく母さんに反抗してさ。デイラにいるのがいやでたまらなくて、何度も家出したんだ。」
黒髪の男は、動かない。
「隣町のアストロードにはじめていったとき、ちょうど酒場のユーン姉さんに拾われてさ。ご馳走してもらって。酒場には、デイラの人とは違う、俺と同じように、家族のいない寂しさを紛らわす船乗りが大勢いた。気のいい人たちもいてさ、俺、酒場が気に入った。通いだして二年目くらいかな。ルースが初めて来たんだ。あの容貌だからさ、ユーン姉さんが気にいって、俺が声かけたんだ。」
「俺は十歳くらい。ルースはちょうど俺より十歳年上だった。俺からすれば、何でも知っていて、子供だからって馬鹿にしたりしないし、教えてほしいと思ったことは悪いことも何でも教えてくれた。対等に扱われている気がして、うれしくてさ。俺、デイラではいつも特別扱いされててうんざりだったんだ。
あの頃、まだ、俺の体質のこと、母さんも知らなくてさ。小さい頃から、転んで怪我したって、泣く頃には治っているんだ。母さんにはすごく、弱虫だと思われてたんだ。よく怒られた。
分かってもらえなかった。
だから、今もそうだけど、俺、誰かに自分が怪我しただの体調が悪いだの、言うのは嫌なんだ。ただ、ルースだけは、違ったんだ。俺がそうやって黙っているのを、すぐに感づいたんだ。アストロードのガキどもに追いかけられて、ひどくくじいたときも、俺、歩けなくて町外れの森で座り込んでたんだ。ルースが探しに来てさ、うまいもの食べに行こうなんて言うんだ。
俺、行かないってつっぱってさ。平気な振りして。馬鹿だよな。それでもルースは、当時俺の大好物を並べ立てて、本当に食べないのかって。悔しくてさ、俺泣けてきて、話したんだ。足をくじいて痛くて動けないことを。腫れてもいない、かすり傷一つないのに、俺の話信じてくれたんだ。俺を背負って、町に連れ帰ってくれた。俺、そのときに思っちゃったんだ。父さんがいたら、こんな感じかもしれないってね。」
「だから、俺にとって、ルースは特別なんだ。どちらかって言うといい人じゃないよ。でも、俺にとっては大切な友達だったんだ。」
シキは、黙ったまま、ちらりとシンカを見つめた。
「シキ、いいよ、ルースのためだって、キナリスのためだって。俺は、身勝手だよ、自分のために、リュードを救いたいんだ。皇帝としてとかじゃないよ。だから心配しなくていいんだ!放って置けばいいんだ。勝手にやるんだから。俺は救える方法を持っているんだ。だから、何もしないでなんかいられないんだ!」
「だめだ。言っただろう。お前の命と引き換えに何が助かったって、俺は嫌だ。」
「死ぬとは限らないだろ!俺は死ぬつもりはないぞ!」
シキは再び背を向けて首を横に振った。
「危険だ。」
「もう、いいよ。シキ、お前がそんな態度ばかりするなら、俺は、俺のやりたいようにするから。」
シキが、振り向いた。
その表情が、予想以上に、悲しそうなことに、シンカは少し驚きつつも、さらに言った。
「方法は、ほかにもあるんだ、シキ、後頼んだからな。」
「?シンカ、なにを言っているんだ?」
シンカは、黙ったまま、ぎゅっと目をつぶった。
「?何、している?」
かみ締めた唇に血がにじむ。蒼白な顔に、冷や汗が流れている。
「おい、シンカ?どうした、どこか痛いのか?」
うっすら蒼い瞳が開いて、涙が数滴こぼれたのと、同時だった。ニーヒスケルスが、一瞬振動した。
「?なんだ?止まった?」
立ち上がって、様子を聞こうと、扉付近のモニターに近づいたときだった。
非常警報のライトが点滅して、室内の明かりの照度が落ちた。
「なんだ!管制室、どうしたんだ?」
「分かりません、航行装置が、止まったんです。こんなこと初めてです。ネットワークからの航路情報が途絶えてしまったようで。今、原因を調べています!」
「ネットワークが、止まった?」
シキは、あごに当てかけた手を止めて、振り向いた。
金髪の青年は、眠っているかのようにじっとしている。
「シンカ!」
駆け寄る。
肩を揺さぶる。
「おい、シンカ?」
意識はない。そのうち、シンカに触れた手に、ねっとりと絡みつく感触。
血だった。それは、シンカの縛られた、手の中から、流れている。指を広げると、ごろりと、重いものが、転がった。
血にまみれ、鈍く光る。
あの、指輪だった。普通の形はしていなかった。鋭くとがった端子が、指輪の内側から伸び、それは、無理やり引き抜いたからだろう、不自然に曲がっている。
それを、はずせば、皇帝は死んだとみなされ、星間ネットワークは停止する。右手の中指は、肉がむしられたように崩れ、骨が見えている。傷は急速に回復しようとしているが、つぶれたようなそれには、難航しているように見える。そっと、なるべくもとの形になるように押さえて、シキはつばを飲み込んだ。こんな、痛みを我慢できるものなのか・・。
「おい、ばかやろう!シンカ、おい、大丈夫か?シンカ!」
縛った手を開放し、抱き起こすと、頬を何度か叩いた。青白い顔。
「う・・。」
眉を寄せ苦しそうにうなると、吐いた。
焦点の合わない瞳。
背をなでると、さらに数回、食べていなかったために吐くものもないのだろう、苦しそうに嘔吐を繰り返す。
「シンカ、おい、しっかりしろ。」
荒い息を、少し、落ち着かせて、口元をぬぐうと、金髪の青年は、うっすら笑った。
「ほら、死んだりしない。」
「ばかか、お前、何でこんなこと!」
「頭痛が、ひどいんだ、どな、・・キ、レクトに、止めたから、だか、ら・・。」
意識を失いそうになるシンカを、強く揺さぶる。
「俺、いつか・・・・リュードに、・・。」
「シンカ?おい、シンカ!」
蒼い星の夢を、見るんだ・・。ルースがいて、ミンクもいて、シキも、いる。
星に、帰る。