5.再会6
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その時、馬車が止まった。
石造りの城門から、宮殿の正門まで、人の足で歩けばかなりかかる。正門から中は、馬車は禁じられている。
そのため、例え、王族だろうと、歩かなくてはならない。
腰に、金細工の施された長い剣を携え、背の高いダンドラの王子は、傍らに金髪の青年を歩かせる。シンカは、時折、足元の石畳に足をとられながら、強引と思える引っ張り方をする王子に、何とかついていく。
後ろで見ているレンは、何度、転ぶのではないかと心配したことか。
ルース、ダンドラの王子は、シンカに対して優しいのか、そうでないのか、眉をひそめた。その扱いは、とても、大切な友人を支えて歩く姿ではなかった。
宮殿内に入ると、床には絨毯が敷かれているため、シンカも何とかついていけた。
「ルース、なんで、ここに来たんだ?キナリスに会うのか?」
小声で質問するシンカに、ルースは黙って視線を投げかける。
「王族に対する言葉使いってものを、教えるのを忘れたな。」
驚いたように、男を見上げるシンカ。その蒼い瞳は見えていないとは思えないほど綺麗に澄んでいる。
「・・ルース?」
「ここでは、その名で呼ぶな。ルイ殿下、にしておけ。」
ちらりと青年を見やると、派手な容貌の王子は笑うでもなく、まじめな顔で言った。
「・・分かった。」
「分かりました、だ。」
「・・・。」
シンカの表情が、曇る。
レンは、周囲に気を配りながら、何も疑わずに、このシンカの昔馴染みについてきてしまったことを、後悔し始めていた。どうも、二人の様子が、おかしい。
謁見の間だろうか、豪奢な絹の幕が飾られ、それらを束ねる金色のロープが、場内のガス灯の明かりを弾く。この建物内には、ガスを使った、灯りや暖炉があるのだろう。高い天井を照らす、煌びやかなシャンデリアには、小さな青い炎がちろちろと揺れる。
それらは、シャンデリアを飾るクリスタルに反射して、彼らの足元にひし形の無数の光を投げかけていた。
六角形の大理石の太い柱の上部は、アーチ型に形作られ、そこには宗教画のようなフレスコ画が、びっしりと描かれている。
柱の上部と基部とに作られているレリーフは、宗教色の強い生き物が表現され、その迫力はその宗教の内容を知らないレンにも、重苦しく感じられた。
広い謁見の間を真っ直ぐ進むと、三段ほどの段差をつけられてひな壇がある。その先は、薄い絹の幕が下ろされ、見ることができない。
レンはちらりと両側を守る衛兵を見る。
「陛下。ルイです。」
立ち止まったルースが、垂れ幕の奥に声をかけた。
中から、聖帝の側近だろうか、衛兵より軽装備ながら、隙のない男が姿を表した。
「どうぞ。腰のものをお預かりいたします。」
ルースは、剣を鞘ごと側近に預けた。その男が、シンカに目をやると、ルースが笑った。
「こいつは盲目だ、何も持っていない。」
そう言って、シンカのアルパカのニットコートをめくって見せた。確かに、シンカは今、何も持っていない。
ルースとシンカが先に入り、レンが続こうとしたときだった。
目の前に、槍が交差され、レンだけ、残された。
気配を感じて、シンカが後ろを気にする。
その手を強引に引っ張って、ダンドラ王国の王子と、シンカの姿は幕の後ろに消えた。
「・・。ここで、待てと?」
レンが、衛兵に冷たい視線を向けると、先ほどの側近が出てきて、一礼した。
「あなたはこちらへ。お部屋を、御用意しております。」
白い髪の、まだ三十代くらいのそいつは、無表情に言った。浅黒い肌、白髪の髪を短くし、鋭い瞳は漆黒だ。隙のない背中をレンに向けながら、案内する。
レンは一瞬、シンカたちの消えた、幕の奥を省みたが、仕方なく、ついていく。
シンカは、背後のレンの気配がなくなったことに気付いていた。
不安げに、強引に引っ張るルースを見上げる。彼の表情も、考えも、今は何も分からない。
少し歩いたところで、引っ張る腕が離された。
光のない、暗闇で、誰の手も、何の支えもなく立ち尽くす。
自然と、緊張し、息を潜める。
「ル、ルイ、殿下・・?」
「ほう、久しぶりに見たが、変わっていないな。」
キナリスの、声だった。
鼓動が早まる。拳を握り締めた。
「陛下。これが、陛下がおっしゃっていた、お尋ね者ですか。」
ルースの声。
「!」
そちらに顔を向けた。
「そうだ。よく見つけたな、ルイ。」
「お話を伺って、心当たりがあったものですから。しかし、陛下。この者は、幼い頃から存じておりますが、それほど、凶悪なことをしでかすようなものではありません。」
ルースの言葉に、シンカは、少しほっとする。大丈夫、味方だ。
「ルイ。お前も言っていたではないか。特殊ではあると。」
「それは、そうです。怪我などすぐに治ってしまいますし、姿も六年前から変わっていない。それに、陛下。この者は、常にユンイラの香りをさせていましてね。」
「ルース!」
たまらず、シンカが声をかける。ルースは、知っている。俺の特殊な治癒能力も、デイラでは一人だけ色が違うことも。父さんがいなかったことも。
「黙っていろ。」
たしなめられて、おとなしくうつむく青年を、キナリスは面白そうに見つめていた。あの、生意気な子供が、今は視力を失って、何もできずにいる。
「ルイ、そいつは焼きごての痕を見ている間に治したんだぞ。ユンイラの香でも平気だったんだ。化け物だ。人間じゃあないな。」
シンカは、唇をかんだ。
「陛下。だからといって、この者がデイラとアストロード、あの周辺一体を焼き払えるほど、力があるようには思えませんが。」
「・・うむ。まあよい。どちらにしろ、そいつのために私は二十一人の衛兵を失った。それは、確かなのだ。」
「その衛兵を殺したのは、シンカではなく、彼でしょう?このものの処分、私に任せていただけませんか。」
ルースが、床に膝をついた。音がする。
「ふん。確かにな。衛兵を殺したのはシキだ。ルイ、お前にかしづかれる覚えはないぞ。顔をあげよ。一度は刃を交えたとはいえ、ダンドラとファシオンは、もともと友好国。あのデイラの事件さえなければ、戦争も起こらなかっただろう。我らは同年の、幼馴染ではないか。寂しいことをするな。」
「キナリス陛下。」
「わかったから、シンカはお前に預ける。今さら、そいつを捕らえたところで、なにが戻るわけでもない。」
「ありがとうございます。」
片膝をついたまま、ルースは深々とお辞儀した。
「だから、やめろ。こちらへ来て座れ。」
「はい。シンカ、おいで。」
ふいに、腕を引かれて、転びかける。
「おっと。」
ルースの腕に支えられ、何とか歩きながら、シンカは自分がひどく緊張していたことに気付いた。
「おい、ルイ。そいつまで座らせる気か?」
「キナリス、こいつはこいつで面白いんだぞ。」
ソファーのようなものだろうか、しっかりした座りごこちのよい椅子に座り、隣のルースの袖を掴んだまま、シンカは声のするほうを、見つめている。もともと友人だったのか、ルースのキナリスに対する言葉遣いは、親しげになっている。
キナリスの少し高い声が、ため息交じりに言う。
「ルイ。このさい、お前がデイラを探るためにアストロードに出入りしていたことは許そう。どうせ、こいつを使って、情報を得ていたんだろう?」
「お見通し、だな。まあ、今となってはそれも、何の役にも立たない。シンカは、頭のよい子供でな、ユンイラの性質から精製方法、栽培のコツなど、何でも知っていた。」
「・・ルース。そのために、俺に近づいたのか。」
黙っては、いられなかった。
「ほら、面白いだろう?こいつは父親がいないんだ。だから、年上の俺に懐いてな。可愛いもんだった。初めてあったのは十歳位だったか?粋がって、背伸びして。俺の教えること何でも素直に受け入れるんだ。いろいろと、教えてやったよな。なあ、シンカ。」
シンカは、居たたまれなくなっていた。ルースの大きな手があごに触れ、びくりと身を引いた。
その表情を見ながら、キナリスはため息をつく。
「シンカ。お前には何も分かっていなかったんだ。可哀相にな。ルイほど、冷たい男はいないぞ。そんな男が父親代わりで、まともでいるお前も、なかなか不思議な存在だな。」
「キナリス、それは誉めてるのかなんなんだ。」
二人の笑い声が、遠くに感じた。
ふいに手を引かれて、また、びくりとする。
「おいおい、そんなにびくびくすることないだろ。」ルースだった。
「見えないんだから、仕方ないだろ。」
反論した青年の向く方角が見当違いだったので、ルースは噴き出した。
「お前、俺は、こっちだ。」
大きな手がぐいと頭を掴んで、左を向かせる。
「む、痛いよ。放せよっ!」
笑われてむかついたシンカは、我慢できなくていつもどおりの口調で、男を睨みつけた。
「お、なんだ、シンカ。さっきまでおとなしかったのに。」
「うるさいよ!人のことガキ扱いしてさ!六年前と変わってないって、そんなはずないだろ!背だって少しは伸びたし、もう二十一なんだからな!」
肩に置かれた手を振り払うように立ち上がる。が、つまずいて転びかける。
男の腕に支えられる。
「ほら、無茶するな。」
あの頃、子供だったからって、決して、ルースの言いなりだったわけじゃない。俺は俺の、判断で行動していたし、自分がルースのこと気に入っていたから、お父さんがいないからとかじゃなくて、対等に友達だと思って・・。
「はな、せ・・俺、・・・。」
抱きしめられて、言葉を失った。
強い力で身動きできずに、自分の力なさを、思い知る。
鍛えたはずだった。格闘技だって、人を殺すことだってできる。実戦に役立つ技術を身につけたはずだった。なのに、見えないだけで、まるで、赤ん坊のようだ。
悔しくて、目を固く閉じた。
「シンカ。お前は、ダンドラに連れて行く。もうデイラもない。アストロードもないんだ。俺のそばにいろ。」
「・・いや、だ。」
ルイの手が、前髪を掴む。
「おい、ルイ。」
見かねたような、キナリスの声がする。
「陛下。私に任せていただいたのです。こいつは、私のものです。」
「・・・。」
うつむいて、歯を食いしばる青年を、キナリスは心配そうに見つめた。
ルイの悪い癖なのだ。相手の気持ちなど、一切気にしない。自分がこう、と決めたらそれが最も良い判断だと考えるのだろう。それは、王族として育った資質とも言えるが、素直に受け止めるシンカの反応は、とても、哀れみを誘った。
「明日、ダンドラに連れ帰ります。」
「なんだ、明日帰るのか。早いな。」
キナリスの薄い青い瞳に、派手な顔立ちの王子は笑った。
「ええ、こいつからはいろいろ話を聞きたいと思いましてね。いい医者にも見せなくてはなりませんしね。」
「それは、聞き捨てならんな。もう二、三日滞在しろ。医者はここにもいる。」
キナリスが同年の王子に視線を送ると、ルイ・ス・チューレは不敵な笑い方をした。
「しかたありませんね。陛下には逆らえません。三日間だけですよ。」
「ああ。私もシンカには興味がある。」
「我らは、休ませていただきます。おい、お前もちゃんと挨拶しろ、シンカ。」
抱きかかえられて引きずられたまま、シンカは睨んだ。
「おやすみ。」
片手だけ挙げて、キナリスは視線を逸らした。
以前、シンカに初めてあったときとても生意気に思えた。確かにあの頃の、十七歳だったか、あの年齢で、故郷の事件を乗り越えて皇帝に助けを求めに、首都まで旅することは大変だったろう。
だが、あの時のシンカは、ただ助けてもらおうとしていた。自分では何も、しようとしなかった。しかも、賊をデイラに引き入れた責任もある。それが、キナリスの癇に障った。
今日の、シンカはとても、その頃の面影は見られなかった。
ルイの前だったからか。視力のせいなのか。いいたいこととも飲み込み、横暴なルイの行動に、いちいち心を傷つけているように見えた。幼い、子供のように、見えた。
また、そういう様子を眺めるのを、ルイは好むのだ。趣味の悪さは、ダンドラの王族の中で一番だと思う。
厄介な相手を、父親代わりに、育ってしまったものだ。今、シキがそばにいれば違っただろうに。
金髪をさらりとかきあげ、シキの姿を見られなかったことを残念に思いながら、キナリスは自室に戻る。
「ルイ。不遜な輩だ。」
小さくつぶやいた。確かに、子供の頃から知り合いではある。表面は人懐こいルイに合わせていれば、幼馴染くらいには見せることができる。しかし、腹の中は別。
ダンドラ王国を、憎く思っていても、表に出すわけには行かなかった。大陸唯一のカンカラ王朝の血を引くこの国を、聖帝国として、ダンドラは一応立てている。そのあてつけのように、陛下、陛下とルイも膝をおって見せる。それでいて、軍事力を背景に無理難題を押し付ける、その薄汚さ。
友好協定も、飲まざるをえない条件だった。本来なら、大罪に値するシンカを、ルイに渡せるはずはなかった。