5.再会5
深夜。
夕刻の最後のパレードとダンスが終わってシオンの市街は静まり返っていた。片付けの業者と酔っ払いが少し。ガス灯の青白い灯りに照らされる。
その中を背の高い浅黒い肌の男とその手に引かれて歩く青年。ガス灯の灯りの下でその金色の髪が白っぽく光る。二人の表情は見えない。
その夜の二つの月は小さく空高く光り市街の屋根だけをぼんやり浮かび上がらせていた。
その時松明を持って衛兵が駆け寄ってきた。
「おいお前。」
松明に照らされてレンはまぶしそうに目を細める。
「何か?」
「こんな夜中に子供を連れていてはいかん。保護政策を忘れたのか!」
「あ、俺は子供じゃ・・」
言いかけたシンカをレンが押さえる。
「ごらんのとおり、体調が優れないので医者を探しています。」
「なんだ盲目なのか。」
衛兵の皮の手袋に包まれた手がシンカの肩に置かれる。驚いてシンカはそちらを見つめる。
「ええ。熱も高いのでどうしてよいのか分からず、こうして医者に。」
「だめだ、だめだ。明日の朝まで待て。旅のものか?宿はあるのか。」
「いえ、どこも一杯で。今日ここについたばかりなので地理にも疎く困っています。」
衛兵は兜の下の目で少年と男とを交互に見ると、少し考えて言った。
「王宮内に祭典用の救護施設がある。この時間はもう医者はいないが休ませるところぐらいはあるだろう。ついて来い。」
「ありがとうございます。」
レンはにやりとして礼を言うと、シンカの肩に手を回して支えながら衛兵についていく。密かにシンカにささやいた。
「このまま入ってしまいますが。」
シンカは小さくうなずいた。
暗闇をレンの手を頼りに歩くのはかなり神経を使うが仕方ない。まだ少し体がだるい。寝不足が響いているのかもしれない。
宮殿前の公園を過ぎ城門が見えたときだ。前を歩く衛兵を他の衛兵が止めた。数名の衛兵が集まってくる。
「おい、なんだその子供は。まずいだろう。」
「は、あの。宿無しの病人で、救護施設で休ませようと考えております。病気の子供を放置することはできませんので。」
保護政策も役に立つじゃないか。シンカは密かに考えていた。
「おいだめだ今は。ちょっと待て。」
「ルイ・ス・チューレ殿の御到着だ。」
二人の背後から馬車の音が近づいてくる。
「おい、どけ。」
衛兵の一人がレンを押した。
その弾みにシンカの手が離れた。
衛兵たちも道を開けようと脇による。衛兵に押されてシンカは転ぶ。
「シンカ!」
松明の灯りが作る濃い影と、一瞬密集した衛兵の剣と盾が、シンカの姿を隠す。
レンは見失って声を大きくした。
「ちょっとどいてくれ!シンカ!大丈夫か?」
城門が開くのを待って留まった馬車から声をかけた男がいた。
「おい、その男。」
自分が指し示されたことも気付かず、レンはシンカを探して今目の前の衛兵を押しのけたところだった。
「レン、ここだ。」
「よかった。」
シンカは座り込んでいた。立ち上がろうとしたのだが、誰かの盾に当たってそれが何か分からなかったため身動きできなかった。
レンの手に引き起こされ再び肩を支えられたところで周囲が静まり返っていることに気付いた。
「レン?」
「・・あの何か。」
レンの緊張した声が響く。
誰に言っているのか?
「シンカ。シンカじゃないか!」
カシャカシャと鞘と膝あてのこすれる音が近づいたと思うと誰かに抱きしめられた。
勢いでまた掴んでいたレンの服を離してしまった。
「よかった。生きていたんだな!」
大きな肩。背の高い男は聞き覚えのある声でシンカの名を呼んだ。
「・・ルース?」
その名はもうずっと昔に死んでしまったと思っていた大切な友達の名だ。
「ああそうだ。シンカ。このオレンジの髪を忘れたか?お前、顔が派手すぎるってよくからかったよな。アストロードで遊んだじゃないか。お前、生きてたんだな。」
シンカの中に懐かしさがこみ上げる。
ルース。シンカより十歳年上の彼はシンカの兄貴分で、いいことも悪いことも教わった。商業船の船乗りで年に数回一月くらい滞在していた。
シンカは毎日ルースの宿に通っては珍しい旅の話や大人の恋愛の話、恐ろしい戦争の話、いろいろ聞いた。それこそシンカが十歳の頃から十五歳くらいまで、ずっととても仲良しだった。
シンカの顔に満面の笑みが広がった。
「ルース!ルースこそ、帰ってこなかったから。俺、嵐にでも巻き込まれたのかと思ってた!心配したんだぞ!」
「ああ。ああそうだな。ここじゃなんだ乗れよ。そっちの男も。」
「あ、レン?」
「ああ、そいつも一緒に。ほら。お前…?目をどうしたんだ!」
そこで初めてシンカの目に気付いたらしい。
そっと顔の前で手をかざしてみる。反応のない蒼い大きな瞳に背の高い青年は悔しげに顔をゆがめた。
もう一度抱きしめる。
「おまえ、何でそんな風になっちまったんだ。もっと早く見つけてやれれば。」
ルースの気持ちが掴む腕の強さに表れてシンカは切なくなる。
「大丈夫だよ。きっとすぐに治る。」
レンは二人を黙って見ていた。指示されたとおりその貴族風の馬車に乗り込む。
シンカはルースに肩を抱かれたまま、レンの正面に座った。向かい合わせの四人乗りの馬車は広々とし、上質な生地の座席は心地よく振動を吸収する。
「あの、お二人はどういった関係なのですか。」
レンが細い瞳をルースに向けた。
ルースと呼ばれた男は長いオレンジの髪を後ろで一つに縛り、そのうねった前髪は美男子といっていい顔を縁取る。
鼻筋の通ったその男は、深い緑の瞳でレンを見つめた。金色の髪、蒼い瞳のシンカと並ぶととても華やかだ。この二人が港町などにいたら目だって仕方なかっただろう。
「ルースとはね、俺が十歳の頃、港町アストロードで知り合ったんだ。」
「そう、シンカは当時まだこんな小さい子供だったが、酒場でカウンターに座っていたんだ。初めて会ったとき、俺はもう三年ここに通っているんだといってな。十歳年上の私に街を案内してやるなんて生意気でな。」
「本当のことだよ。俺七歳から常連だったんだから。ルースは商業船の船乗りでね、年に数回アストロードにきてたんだ。」
「・・船乗りには見えませんが。」
首をかしげるレンにルースは苦笑いする。
「ああシンカ。悪かったな。私はお前をだましていたんだ。」
え?
騙していた?
「私はダンドラ王国の王族でな。現国王の三男にあたる。」
「え?王族?ルースが?」
「ああ。本名をルイ・ス・チューレという。お前に出会った頃はな、伯父上が王位をついていたからな。王弟の子息って立場だったんだ。あちこち旅をして回っていてな。アストロードもふらりと立ち寄ったのさ。」
「・・・嘘ついてたのか。」
驚きというより悲しげに隣を見つめるシンカにオレンジの髪の男は笑った。その笑みは面白がっているようにレンには感じられた。
「けどシンカ。お前のこと気に入ったから五年も通ったんだぞ。お前は特別だったし。」
金髪をくしゃくしゃなでられ、シンカは困ったように頭を押さえる。
「俺にとってもルースは特別だったよ。」
「そりゃ、そうだろう。お前にはいろいろ教えてやったしな。女も男も。お前粋がっている割に素直だったもんな。」
「一応子供だったし。自分だって俺をだしに酒場の女引っ掛けてたじゃないか。もういいだろ、そういう話は。どうして来なくなったんだ?心配したんだぞ。」
照れて顔を赤くしながらシンカは頭を押さえるルースの腕を引き離す。
その表情は今までレンが見たことのないものだった。こんなに子供っぽい表情の皇帝を見たことはなかった。
「悪いな。伯父上が亡くなってな。父上が後を継ぐことになったのさ。そのごたごたでさすがの俺も放浪しているわけにはいかなくなった。俺が二十五か六の頃だな。もう六年も会ってなかったんだな。」
改めてダンドラの王族は隣の青年を見つめた。
「それにしてもお前とても二十歳過ぎたようには見えないな。いつまでも子供だ。」
「うるさいな。その子供相手に結構悪さしたくせに。」
「その話は止めとくんじゃなかったか?」
「ちぇ」
口を尖らせる青年と面白そうに笑う男。レンは二人を交互に見ながらあきれた顔を隠せずにいた。
こういう王族らしくない男に育てられれば、皇帝らしくない皇帝になるのもうなずけるか。そういえばこの男、シキに少し似ていなくもない。
笑い方が下品だ。




