5.再会4
夕食は皆と食べたいとシンカは訴えたが、宿の主人が怪我をしたという青年を気遣っているというので仕方なく別室でもらうことになった。
そこにはシンカとレンの二人だけだ。十二人の親衛隊を抱えて、突然大所帯になったため宿でも目立った集団だった。
「すまんね。普段はわしら家族が使う食卓なんだ。狭いが何でも近くにあるし、静かだから落ち着いて食べられるかと思ってね。」
そう言って、人のいい宿の主人は笑った。
「ありがとう。」
目の見えなくなったという金髪の青年はにっこり笑い、そばにいる仲間らしき男に渡されたパンをおぼつかない手つきでちぎる。
「あんた花火の火薬が眼に入ったとか。なんなら聖帝に訴えてみたらどうかね。いい医者を紹介してくれるかもしれんぞ。」
「・・そうだね。それはいいかもしれない。」
「冗談は止めてください。」
ぶつぶつ言いながらシンカの食事を世話するのはレンだ。シンカの怪我のことでさんざん締め上げられ、レクトにも怒鳴られたらしい。しばらく誰とも口を利かなかったという。シキが黙っているようにと念を押したシンカを発見した時の状況も、ぺらぺらと女性たちに話したという。
だからミンクもシンカが怯える理由が分かってしまう。シキはシンカの性格を承知しているからきちんと血糊を洗ってくれたのに。
「シキどうしてるのかな。」
ポツリとシンカの口から彼の名が出る。
「さあ。いろいろ追及されたようです。もしかしたら本当に彼が手引きしたのかも・・」
言いかけてシンカの顔色が変わったことで男は黙る。
「そんなに睨まないでください。彼、ちゃんとデイラの場所調べていきました。」
「え?」
「あなたに無茶させないためです。まったく、誰かさんがわがままだと周りも苦労する。これであなたが聖帝に会わなくてもよくなりました。それより、どうして帰らないんですか。帰ってから目の治療したほうが早いじゃないですか。まあ、私としては親衛隊の連中がいられなくなるまでここに留まるのも面白いと思いますが。」
「うるさいよ、お前。場所、後で教えろよな。」
「ええ。陛下がデイラに向かうのでしたらお供しますよ。何なら親衛隊の奴らをまいて二人だけで出かけるのも賛成です。」
シキにそっと感謝しながらもシンカは考えていた。
今はまだ例の二人が見つかっていない。
だからレクトは動きがとれずにいるはずだ。
さすがに二人の身柄を確保して自供させなくては、ミストレイアを解散まで持っていけない。
今のうちなら議会も動かないしセダ星が責任を問われることもない。
今のうちなら。
「・・レン。お前ほんとに協力してくれるか?」
「ええ。」
にやりと細い目をさらに細める。
夕食後、シンカはガンスの診察を受けた。
初老の彼女はいつもニコニコして、怒ったりしたところを見たことがない。豪快な大柄な女性で医者としての腕も確かだ。本当ならもっと設備の整ったところで診察したいのだろうが文句一つ言わない。
普通の人より少し特殊なシンカの体質についてもよく理解しているけれど、けっして興味本位な行動を取らない。ただ治療することを喜んでいるようだ。
「陛下。熱はもう大丈夫ですね。頭痛はしませんか。」
「ああ。見えないことをのぞけば、ぜんぜん普段の状態だよ。」
「よろしゅうございました。よく眠れていますか?」
返事に少し間があったようだ。シンカはにっこり笑った。
「ああ。もう大丈夫だよ。」
「本当ですか?」
暗闇で、多分自分のほうを見ている彼女の顔を想像しながらシンカは笑った。相手の目を見なくていいだけ嘘はつきやすい。
ただ自分がどんな顔しているのかが少し自信がない。多分いつもどおり、笑えているはずだ。
「杖を用意してくれないか。」
シンカの提案に女医は眉をひそめた。
「ダメです。視力が戻るまではお休みください。」
「・・時間がないんだ。」
思いつめたような寂しげな瞳にガンスは嫌な予感を感じた。
「いいえ。陛下。陛下がここを動かないとおっしゃるならそれで結構。地球に戻られてもかまいません。ただお一人で出歩くことだけはおやめください。まだ陛下を襲った犯人がこの近くにいるかもしれません。」
「・・そうだな。」
やけに素直にうなずいた青年にガンスは心配そうな瞳を向けた。
なにか考えているのでは。
「ミンクを呼んで欲しい。」
「あ、はい。」
予想外の言葉にガンスは驚きながらも部屋から出る。
今朝、ミンクが心配してシンカに怒鳴ったばかりだった。
まだ仲直りしていないはずだ。
ガンスに告げられると、肩から胸にかかる髪をくりくりと指に巻きながらミンクはうつむいた。
「・・ガンスさん。私、間違ってないよね。私が、シンカがどう感じているかとか知りたいって思うの、間違ってないよね。私に言っても目を治してあげられるわけじゃないけど、でも目の前で我慢されるのがつらいんだもん。」
「どうでしょうか。ミンク。私は、シンカはあなたの前でこそ力を発揮できるのだと思うのですよ。どんなにつらくてもあなたのためなら頑張っていられる。つまらない意地のようなものでも、それが必要なときが男性にはあるのではないでしょうか。」
自らも結婚もせず仕事に没頭している身であるために、ガンスの男性論には偏見が少ない。押し付けることもしない。
「・・でもね。セイ・リンに聞いたの。シキはあんなだけど、セイの前では甘えることがあるんだって。それがとても可愛いんだってセイは言うの。わたし、シンカのこと可愛いって思ったことないし、甘えてもらったこともないの。」
口を尖らせてすねたように話すミンクにガンスは微笑んだ。可愛らしいそのしぐさがきっとシンカは気に入っているのだろう。
「ミンク。シンカがみなの前で意地をはったり、あなたの前で平気なフリをするのは、わがままだと思う?みんなが心配しているのにそれを無視して、嘘をついて危ないことばかりする。」
「うん。よくないと思う。」
「それが彼の甘え方なんですよ。」
「?」
「皆に甘えているんです。心配させるのを分かっていても自分のしたいことをしようとする。そうやって甘えさせてあげるのもいいじゃないですか。意地を張って無理をしてでも、彼らしい皇帝であろうとする。その姿は可愛らしくありませんか?」
ミンクは首をかしげた。
「よく分からないけど。」
「そういうミンクだからこそ、シンカもそばに置きたがるのね。私やセイ・リンはきっと彼を可愛いと思ってしまうから。」
「私はいや。やっぱり心配だもの。もう一回シンカに怒鳴ってくるんだから!」
自分よりシンカのことを理解している風な大人の女性に少し嫉妬を覚えながら、ミンクはシンカの部屋に向かった。
シンカは部屋にはいなかった。
「もうもうもう!心配ばっかりさせるんだから!」
小声で怒りながらシンカの部屋から出るとフェンデルのいる部屋に向かおうとした。二階の角の一番広い部屋に彼らは六人で泊まっている。
同じ形の階上の部屋にもう五人が。ナニヲイは女性なのでミンクたちと同じ部屋に四人で泊まる。
レンとシンカだけが個室になっていた。
シンカの隣、レンの部屋から明かりが漏れている。話し声がした。
「あの、シンカいますか?」
固くて重い樫の扉をコンコンとたたく。
「ミンク。おいで。」
中からシンカの声がする。
「・・。」
黙ってそっと扉を開けて入ると、レンの部屋はまるで誰も泊まっていないかのように片付けられていた。几帳面な性格だからか。
シンカは部屋の真中の小さな丸いテーブルにレンと並んで座っていた。
「なんで寝ていないの?」
怒ったミンクにシンカは微笑んだ。
「まあ、おいで。」
手招きしてシンカはミンクを自分の横に座るように指示する。
手探りでミンクの手を見つけると握った。
「俺、ミンクに話しておこうと思ってさ。」
「なにを?」
「俺がこの星に来た本当の理由。レンも聞いていていいよ。ただ、誰にも言わないで欲しいんだ。」
ミンクはシンカの手を握り返した。
「この惑星は三十五年前に再び発見された。本当は五百年前には既に、太陽帝国の属星だったんだ。それはミンク知っているな。」
「うん。」
「五百年前にこの星は太陽帝国の攻撃を受けた。そしてほぼ壊滅状態になった。」
「!シンカ知ってるの?研究所では知らないって。」
一瞬立ち上がりかける少女をシンカはそっと押さえる。
「ごめんな。俺、調べてあったんだ。五百年前、この惑星は地球とほぼ同じ環境で、たくさんの地球人が住んでいた。地球からは遠かったけど、この星で取れる鉱物は貴重なものが多かったから。その交易でこの惑星政府は潤っていたんだ。当時、太陽帝国皇帝はリトード一世。彼は資源開発に力を注いだ人物でこの惑星にもよく来ていたんだ。」
ミンクはうそをつかれたことに腹は立ったが、それより興味が勝る。黙って聞いていた。
「当時、この惑星政府はカンカラ王朝。その王妃に皇帝リトード一世は恋をしてしまったんだ。」
レンがセンチメンタルな御伽噺に興味なさそうに首を回した。
「当時の太陽帝国皇帝は絶対の存在だった。王妃は逆らえなかった。地球に連れて行かれることになった。リトード一世は彼女のためにブールプールの郊外に家を建てたんだ。」
「いやね、そんなの。」ミンクが眉をひそめる。
「そうだな。でもその家に王妃が迎えられることはなかった。リトード一世はこのリュードで暗殺されたんだ。」
「!暗殺。」
そこでレンもシンカの顔を見た。
「犯人は不明。ただ、カンカラ王朝は責任を負わされた。帝国軍の攻撃で壊滅状態となった。そしてその事実は歴史から抹消された。惑星リュードの存在は宇宙航路図から消されて封印された。」
「そんなことって。」
「惑星一つをなかったことになどできるのですか?」
レンがいぶかしげに見つめる。
「さあね。実際どうやったのかは分からない。皇帝と王妃の恋愛話も、真実なのか分からない。ただリュードが五百年前には太陽帝国の一部であったこと、そこで皇帝が暗殺されたこと、リュードが壊滅状態になって宇宙航路図から抹消されたことは事実だ。」
「・・どうして三十五年前に発見されたの?隠していたのに。当時の皇帝はその話を知っていたんでしょ?」
「そう、リトード五世は皇帝の血を引く後継者を探していたんだ。当時七十歳を越えていたリトード五世は後継者がいなくて困っていたんだ。」
「後継者?」
「ああ。リトード一世がもしかして血筋のものを残しているかもしれないと考えたんだ。それは今は引退している元帥が話してくれた。」
シンカは続けた。
「そして彼はユンイラを発見したんだ。」
「血筋の人は?」
「・・見つからなかったのだと元帥は言っていた。皇帝の血筋というのはね。ミンク。ただ血が繋がっていればいいのではなくて三つの特別な遺伝子を備えていることを言うんだ。その遺伝子を持つものなら極端に言えば血が繋がっていなくてもいいんだ。」
「シンカにあるの?」
シンカはうなずいた。
「それがないと星間ネットワークを維持できないんだ。」
「それは初めて聞きました。」
レンが感心したように言う。
「俺は皇帝の血筋には興味はないんだ。だけど王妃の血筋、つまりカンカラ王朝の子孫に会いたいと思っているんだ。」
「・・・それが本当の目的?」
「ああ。彼にあって過去の謝罪をしたい。そして、これからのリュードのことを話したいんだ。」
「陛下らしいですが。いいのですか?この文明レベルの惑星に太陽帝国の存在を知らせて、もしリドラの二の舞になったら。」
「・・そこは慎重にしたいと思っているんだ。誰にも、どんな勢力にも邪魔されずにキナリスと話をしたいんだ。だからこの星が開放されてしまう十五年後までに、総ての準備を整えたい。時間がないんだ。
それにレン。この星は俺の故郷だ。絶対に破壊させたりしないよ。もう過去に一度ひどい目にあってるんだ。」
皇帝としてリュードで生まれ育った人間として、シンカにはその事実を知って放置することはできなかった。なかったことにすることも許せなかった。
「過去と向き合うってそういう意味があったんだね。」
ミンクがシンカの肩に手を置く。
シンカはそっと少女の肩に手を回した。
「だからごめん。どうしてもキナリスに会いたいんだ。そう簡単なことじゃないけど、やらなきゃいけないんだ。」
「私は行かないほうがいいかな。」
「・・ごめん。」
額を押し付けて小さくため息をつくミンクに青年は謝った。
「デイラには行くの?」
「キナリスと話そうと思ってる。デイラだけに犠牲を強いることのないように。」
「うん。分かった。私は知らなかったことにする?どうする?」
そこでシンカは婚約者を抱きしめた。
「知らないことにしたほうが、フェンデルたちの当たりもきつくないだろう。俺が勝手に飛び出してレンがそれを追っていった。そうしておいてくれ。」
「うん。ちゃんとシンカを守ってね。」
ミンクは話を聞いているのかよく分からないレンの態度に、不安を覚えながら念を押した。
「ええ。もちろん。私はただ親衛隊が本当に肺をいためてまで、ここに残るかどうか知りたいだけです。」
「ちゃんとその前に帰らせるよ。ばかだな。」
苦笑いするシンカ。
その手を掴んで引っ張るとレンは言った。
「さあ時間がありません。行きましょう。」
「ああ。」