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想造世界  作者: 篤
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フォーユとなった日② 訣別

 タシュアの言葉の刃が、十五歳の少年の無垢な胸へと、冷酷に突き立てられた。

 だが、その内容を瞬時に理解できた者は、あの場にいたクレイグとタシュアの二人をおいて他にはいなかった。クロンドルはただ、己の耳を疑うように、そして父の引き攣った横顔を確かめるように、視線を激しく彷徨わせるだけだった。

 タシュアが語る「真実」の真意。それを理解するためには、フィローレという一族が背負う、あまりに異質で歪な「力の歴史」を紐解かねばならない。


 イフィラ王国において、フィローレの家系は代々、極めて特異な能力者を輩出する一族として恐れられ、同時に重用されてきた。

 彼らが操るのは、炎や土、風といった自然界に存在する具体的なエレメントではない。

 そこにあるのに決して目には見えない、不確かな概念――「空間」そのものである。

 彼らの空間操作能力において、古来より主流とされてきたのは、攻撃へと特化させた「空間の歪み」の術式だ。

 これは、今ある現実の空間と、それとは別の空間を交互に、かつ高速で操作・置換することで、世界の境界線に生じる摩擦――すなわち「空間の振動波」を作り出して敵を分子レベルで破壊する破壊術である。

 一族の者はまず、この歪みの術を基本として叩き込まれ、磨き上げる。同時に操る空間の数、そして置換する速度がコンマ一秒縮まるごとに、発生する振動波の威力は段違いに跳ね上がるからだ。


 そして、攻撃の次に磨かれるのが「防御空間の生成能力」である。

 本来、空間とはただそこに存在するだけの「器」であり、それ自体が攻撃を弾く盾になることはない。

 しかしフィローレの才子は、今いる現実とは異なる次元の空間を一時的にこの世界へ召喚し、自らの前面へと展開する。異なる次元同士がぶつかり合うその境界は、絶対的な物理的・創造的障壁となって機能し、あらゆる熱量や衝撃を無へ帰す最強の盾となる。

 この防御の次元操作を、自らの周囲を球体状に包み込むようにして展開すれば、それは「結界」としての機能へと昇華される。


 操作する次元の性質によって、結界は現実の理を書き換える特殊な効果を帯びるのだ。

 現当主であるクレイグ・レイ・フィローレが操る《時間操作の結界》がその最たる例だった。「結界内での十分が、結界外での一分に相当する」という、時間の流れすら歪めるその空間は、戦略的にも極めて絶大な価値を持っていた。

 長きにわたる歴史の中で、フィローレ家には「攻撃」「防御」「結界」という三つの系統の能力者しか生まれてこなかった。

 少なくとも、クレイグが当主の座に就いた時点までは、それが絶対の法則であり、一族の限界であると誰もが信じて疑わなかった。


 だが――もしもこれら三つの系統とは、根本から本質を異にする、全く新しい、そして最悪の能力を発現する者が現れたとしたら、どうなるか。

 空間を攻撃の道具や防御の壁にするのではなく、「空間と己の肉体を完全に調和させ、空間そのものを媒介にして肉体を瞬時に移動させる力」。

 すなわち、絶対的な《空間転移》の異能である。

 その力がもたらす未来は、恐るべきものだった。

 どれほど強固な結界や、幾重もの衛兵に守られた要塞の内側にいるターゲットであろうとも、その喉元へいとも簡単に暗殺の刃を届かせることができる。

 国家の興亡を左右するほどの最高機密が眠る宝物庫であっても、鍵を壊すことなく、影のように潜り込んで諜報・強奪してしまえる。

 それだけではない。物や軍さえも運べるとなれば、一国の精鋭部隊を敵国の宮廷や心臓部へと、文字通り「一瞬で丸ごと転移」させ、一夜にしてその国家を破滅へ追いやることすら可能にするのだ。

 この力を防ぐ手立ては、現在のウィスレ中の国家を見渡しても存在しない。


 どれほど厳重な警備を敷き、侵入者を警戒しようとも、彼は「世界の隙間」を通り抜けてやってくるのだから。

 故にこそ、そんな能力者がこの世に存在すると知れ渡れば、ウィスレ全土の国家や組織が、その者を「世界を滅ぼし得る特級危険人物」として抹殺のターゲットに指定するだろう。

 そして三十年前、クレイグは気づいてしまった。

 生まれたばかりの我が最愛の末息子――クロンドルの魂の奥底に、その「世界を揺るがす禁忌の力」の種火が、あまりにも巨大な質量で眠っているということに。


 クレイグは、我が子の背負う運命の重さに、大いなる、そして残酷な選択を迫られた。

 力を封印せず、比類なき天才としての名声や地位を約束する代わりに、生涯を世界中の暗殺者から狙われる血塗られたリスクの渦中で過ごさせるか。

 それとも、その強大すぎる力を術式によって根こそぎ封印し、輝かしい名声も地位も与えない代わりに、何も持たぬ「凡人」として、ただ平穏で温かな日々を過ごさせるか。


 クレイグが選んだのは、後者だった。

 親としての愛ゆえに。あの日、タシュアを救えなかったという、血を吐くような後悔の裏返しとして。

 クレイグは一族の総力を挙げ、クロンドルの力を深い闇の底へと封じ込め、「お前には才能がない。だが、ありのままで素晴らしい」という、あたたかな嘘の檻で彼を優しく飼い殺しにしてきたのだ。

 その、クレイグが命に代えても守り抜くはずだった「美しい欺瞞の城」の扉を、タシュアは底意地悪く、微塵の容赦もなく抉じ開けた。


「――そこで君のお父さんは、君の力を無理やり封印し、本来得るはずだった輝かしい地位と名声を奪ったんだ。君が自分のことを『無能な凡人』だと信じ込んで、惨めな劣等感に苛まれている間、この人たちは裏で、君が目覚めないようにと怯えながら指を差していたのさ。本当に可哀想だよ。なぁ、そう思わないかい? ――クロンドル・レイ・フィローレ君」


 タシュアの言葉が、食堂の冷え切った空気に響き渡る。

 その瞬間、クロンドルの頭の中で、何かが音を立てて激しく崩壊した。

 自分を包んでいた家族の「愛」が、自分を縛り付けるための「枷」へと変貌していく。

 クレイグはただ、絶望に顔を歪め、我が子の名を呼ぶことしかできなかった。悪魔の手によって、二つ目の地獄の幕が、いま完全に引き落とされたのだ。





 ***






 タシュアの放った冷酷な告発は、完璧な静寂となって広間に降り積もった。


「……父様」


 低く、地を這うような声が、クロンドルの唇から漏れ出た。

 少年は、己の全存在をかけて縋るように、父親を見つめた。だが、クレイグは答えない。ただ、苦痛に歪んだ顔のまま、血を吐きそうなほどに強く唇を噛み締め、押し黙るだけだった。そのあまりにも雄弁な「沈黙」こそが、タシュアの言葉が真実であることを証明していた。


「嘘……なんだよね? 答えてよ、父様!!」


 クロンドルは業を煮やし、叫んだ。今まで自分を包んでいたあたたかな世界が、足元からドロドロと腐り落ちていくような恐怖と焦燥。

 それを見つめていたタシュアは、まるで迷子を導く聖者のように、この上なく甘く、慈悲深い笑みを浮かべた。


「可哀想に。言葉に詰まるのが、何よりの証拠さ。……さあ、僕の近くにおいで、クロンドル君。君のその綺麗な瞳に、すべてを見せてあげるよ」


「……っ!」


 吸い寄せられるように、クロンドルが一歩、タシュアの方へと足を踏み出す。


「ダメだ、クロンドル! そいつに近づくな!」


「戻りなさい、クロンドル!」


 必死に叫び、手を伸ばす兄姉たちや母クィリア、そして父クレイグ。だが、彼らの拒絶の言葉は、今のクロンドルの耳には「自分を縛り付ける呪詛」にしか聞こえなかった。少年は家族の手を振り払うようにして、タシュアの元へと歩み寄っていく。

 二人の距離がゼロになった瞬間、タシュアの青紫の瞳が妖しく不気味に明滅した。

 《死眼》の異能が発動し、三十年分の「フィローレ家の欺瞞」の記憶が、クロンドルの脳内へと濁流の如く流れ込んでいく。


 ——それは、クロンドルがまだ産着に包まれた赤子だった頃の記憶。


 ゆりかごを覗き込むクレイグが、苦渋に満ちた表情で「この子の力を封印しよう。それが、この子を血塗られた宿命から守る唯一の道だ」と告げ、母のクィリアが涙を浮かべながら「そうね……」と頷く光景。


 ——冷たい術式の光が、赤子のクロンドルの肉体へと執拗に組み込まれていく記憶。


 ーーそして成長の過程で、クレイグが兄姉たちを一人一人部屋に呼び出し、

「決してクロンドルに能力がないことを馬鹿にするな。私は能力の有無に関わらず、我が子を等しく愛している。もしあの子を蔑む者がいれば、私は父親としてお前たちをきつく叱らねばならない」

 と言いつけ、母もまた同様の言葉で、兄姉たちの口を塞いでいた記憶。


「ああ……そうだったのか……」


 脳を焼くような記憶の奔流の中で、クロンドルは確信した。

 自分が無能ゆえに味わったあの惨めな劣等感も、それを慰めてくれた家族の優しい言葉も、すべては自分が「怪物」として目覚めないようにと、彼らが裏で緻密に作り上げた、欺瞞に満ちた嘘の檻だったのだと。


「さあ、君を縛る汚い封印を解いてあげるよ」


 タシュアは愛おしそうに目を細めると、近づいてきたクロンドルの頭へとそっと手を置いた。


「そして僕についておいで。君が今まで取りこぼしてきた、大いなる名声をあげよう。君という存在を、世界が二度と無視できないほどに引き上げてあげる。……今まで無視され、虐げられてきた分、世界の全てに君の本当の姿を見せ付けてやろうじゃないか」


「待て、タシュア!!」


 クレイグが狂ったように叫んだ。


「その封印をいきなり解けば、反動でその子の肉体が……! 解くにしても、時間をかけて、術式を反転させねば……っ!」


「君たち凡波の術式と、僕の力を一緒にしないでくれるかな?」


 タシュアの声から、一瞬にして温度が消えた。

 有無を言わせぬ絶対的な圧。世界の理そのものをねじ伏せるような悪魔の創力が大広間を威圧し、クレイグをはじめとするフィローレ家の面々は、金縛りに遭ったようにその場に釘付けにされた。


 数瞬の静寂の後、不意にクロンドルの肉体から、見たこともないほど濃密で凶々しい創力が爆発的に溢れ出す。

 十五年以上もの間、彼の奥底で澱のように溜まり、圧縮され続けていた《空間転移》の禁忌の力。本来なら、これほど強引に封印を破れば、術の反動で精神が崩壊するか、肉体が内側から破裂して深刻なダメージが残るはずだった。

 しかし、タシュアは溢れ出る暴虐な力をその左手だけで完璧に御し、手懐けてみせた。

 クレイグたちがその圧倒的な神業に恐怖し、一歩も動けずにいる中、タシュアはクロンドルの頭を、実の父親よりも優しく、慈しむように撫でた。


「今日から、僕が君のお父さんだ。僕は君を絶対に騙さないし、嘘も吐かない。そして、君が奪われてきた世界の全てを、君の足元に捧げてあげるよ」


 クロンドルは、恍惚とした表情で頷いた。その瞳は、すでにタシュアと同じ、冷徹な光を宿し始めている。


「……もう、この場所に興味はありません、タシュア様。私を偽物で満たしたこんな檻は捨てて、私が真に輝ける場所へ参りましょう」


 クロンドルがそっと右手をかざすと、キィィィンと空間が悲鳴を上げた。

 彼を中心にして大気が歪み、世界の境界線が切り裂かれて、別の場所へと繋がる漆黒の「ゲート」が出現する。


「へぇ……さすがはクレイグの息子だね」


 タシュアは感心したように、歓喜の声を漏らした。


「初めて力を解放したその瞬間に、独力で空間転移のゲートを開いてみせるなんて。これは、本当に鍛え甲斐がありそうだ」


 歓喜する悪魔と、その手を取って歩き出そうとする我が子。

 そのクロンドルの背中に向けて、クレイグは魂を振り絞るようにして叫んだ。


「待ってくれ、クロンドル! お前に意思を問わずに封印したことは、本当に済まないと思っている! だが、全てはお前のためだったんだ! お前がその大いなる力に押し潰されないように、世界中の暗殺者から狙われないために……! 私はただ、お前の平穏を、一人の親として願っていたんだ!!」


 その必死の叫びに、クロンドルの足が止まる。だが、彼は振り向かない。


「だが、お前がそれを拒み、力を欲するというのなら、今度は俺が、お前の力になろう! だから……タシュアにだけは、その悪魔にだけはついて行かないでくれ! こいつはお前をただの道具として利用しようとしているだけだ! そいつについて行けば、お前は今後、夥しいほどの悲劇を目の当たりにすることになる! そして、その悲劇を引き起こすために都合よく使い潰され続け、果てには凄惨な死を迎えるだろう! 私が側にいれば、そんなことは絶対にさせない! 力を得て世界から狙われようとも、この命に代えてもお前を守ってみせる! だから行くな、クロンドル……我が息子よ!!」


 続いて、母のクィリアが涙を流しながら訴えかける。


「クロンドル、私もお父さんと同じよ! あなたを愛し、誰よりも想っているわ! これまでの嘘が嫌だったというなら、いくらでも謝ります……だからお願い、私たちと共にいて!!」


 兄姉たちも口々に、泣き叫ぶような声を上げた。


「クロンドル、戻って来いよ! 行っちゃダメだ!」


「そうだよ! お前が力を使いこなしたいなら、俺がいくらでも修行相手になってやるから!」


「そいつは世界を滅ぼす悪い奴よ! 騙されないで、行かないで!」


 フィローレの家族全員が、必死に彼を引き留めようと声を重ねる。

 しかし、クロンドルは身体をゲートに向けたまま、顔だけを静かに右へと振り返らせた。剥き出しになったその右目だけで、かつて愛した家族たちを冷徹に見下ろす。


「さよならです。……もう、騙されるだけの人生は、真っ平ごめんなんですよ」


 少年の声には、未練も、怒りすらもなかった。あるのは、ただ完全なる決別への意志だけ。

 クロンドルはゲートの向こうの闇へと、躊躇いなく足を一歩踏み入れる。そして、最後に一言だけ、冷たく言い放った。


「私は今から、名前を捨てます。新しい名前として――フィローレではない『私』として、これからは生きていきます。さようなら」


 その言葉を最後に、クロンドルの姿は漆黒の境界の向こう側へと消えていった。

 それを見届けたタシュアは、クレイグに向けてくすくすと、底意地悪く嗤った。


「じゃあね、クレイグ。クロンドル君は僕が丁重に預かるよ。さっき君は『使い潰す』とか色々物騒なことを言っていたけれど、そんなことは絶対にしないさ。この子はね……君の代わりなんだ。僕にとって、とても、とても大事な子なんだから。だから、安心していいよ」


「……いや、貴様を殺して、今ここで息子を取り戻す!!」


 クレイグの激情が爆発した。

 彼はタシュアの身体を包み込むようにして、フィローレ極大の《空間の歪み》を全方位に発生させ、同時に手にした剣でその首を跳ねるべく、猛然と斬りかかった。完全に退路を断った、袋の鼠のはずだった。

 しかし――タシュアの身体は、クレイグが放った空間の歪みそのものに溶けるようにして、一瞬で掻き消えた。


「なっ……!!?」


 驚愕に目を見開くクレイグ。手応えは全くない。

 すると、彼の真後ろから、楽しげな声が鼓膜を叩いた。


「無駄だよ。既に君の息子の能力……『空間転移』の術式も、僕は完全に使えるようになったからね。安心して、僕が責任を持って彼を最高に鍛え上げてあげるさ」


 クレイグは弾かれたように振り返り、声のした方向へ素早く神速の斬撃を放った。しかし、刃はむなしく空を切るだけ。

 今度は、先ほどクロンドルが消えたゲートの前から、再び声が響く。


「あ、そうだ。忘れていたよ。君に僕の『秘密』……若作りの必要がない理由を教えるんだったね。ふふっ、聞いたら驚くかな?」


「くっ、今度こそォォッ!!」


 剣を構え直し、再びタシュアへと突進しようとした、その時だった。


「ぐっ……!? あ、が……」


 クレイグの肉体に、突如として凄まじい違和感が襲いかかった。全身の筋繊維が自らの意志を拒絶し、鉛のように重くなる。彼は剣を握ったまま、前のめりに床へと崩れ落ちた。指先一つ動かせず、徐々に身体の末端から感覚が麻痺し、凍りついていく。

 身悶えするクレイグの前に、タシュアが静かに歩み寄り、その場に膝をついて親友を見下ろした。


「僕はね、この眼で世界のあらゆる情報を視ていく中で……ついに『不老』になるためのレシピを見つけたんだよ。最も、これは『不老』であって『不死』ではないんだけどね。とにかく、僕はもう時間から切り離されたから、老いて死ぬことはないのさ」


 タシュアは、クレイグの耳元で秘密を囁き続ける。


「あっ、因みにね、不老のレシピは個々人の肉体や創力の情報によって、調合する薬や物、その分量まで全く違うんだ。だから、僕のこの眼を使わないと絶対に手に入らない。そこは気をつけてね? ……大丈夫、君の息子も、僕が同じように『不老』にしてあげるさ」


「くっ……貴様……そこまで、人間をやめて……っ!」


 クレイグの脳裏に、一つの確信が過った。先ほど家族で食べた夕飯――あの食事のどこかに、この麻痺を引き起こす薬物が盛られていたのだ。それを指摘しようとしたが、ろくに回らない舌ではその余裕がない。それならば、この怪物を少しでも威嚇する言葉を選ぶべきと思ったから。

 だが、タシュアはクレイグが口にしなかった「何を盛られたか」という疑問に対し、想像を絶する悪夢のような回答を突きつける。


「ああ、安心していいよ、クレイグ。君も近いうちに人間をやめるんだ。……僕たちの、仲間になるのさ」


「どう……いう……ことだ……?」


 ろくに動かない舌を必死に動かし、手放しそうになる意識の紐を執念で手繰り寄せる。

 そんな親友の哀れな姿を見て、タシュアは今日一番の、邪悪で美しい笑みを咲かせた。


「君の夕飯に仕込んでおいたのは、ただの毒じゃない。君を『不老』にするための、君専用の薬さ。今君が動けないでいるのは、肉体が再構成されている最中の、ただの『副作用』だよ。……ああ、他のみんなが動けないでいるのは、単純に僕の術で縛っているだけだから、安心して?」


「……っ!!? ……ぅ、あ……!!」


 クレイグの脳内が、完全なる驚愕と絶望に支配された。

 すでに舌まで完全に痺れきっており、悲鳴を上げることすら叶わない。

 タシュアは、自分を殺すつもりも、家族を殺すつもりも最初からないのだ。自分をタシュアと同じ「不老の怪物」へと変え、永遠の時間をかけて、この地獄に付き合わせるつもりなのだ。


「責任感の強い君のことだ。僕を止めるまでは、このフィローレ家の行く末が安定するまでは絶対に自害なんて選ばないだろう? それに、生きていれば……いつか、クロンドル君に会わせてあげるさ。――まぁ、クロンドル君が、君に会いたいと言ってくれたらの話だけどね」


 愉しげな悪魔の声を最後に、クレイグの視界は急速に狭まり、彼の意識は底知れない深い闇の底へと引きずり込まれていった。




 ***



 漆黒のゲートが閉じ、フィローレ邸の喧騒と偽りの温もりが完全に遮断された。

 二人が辿り着いたのは、冷徹な月光だけが差し込む、静寂に満ちた未知の空間だった。外界の風の音すら届かないその場所で、クロンドルはゆっくりと、しかし確かな足取りでタシュアの前へと進み出た。

 少年は、それまで自分を縛り付けていた「クロンドル・レイ・フィローレ」という名の重い枷を投げ捨てるように、静かにその場に膝を突く。そして、自らの新しい父親であり、神でもある悪魔に向けて、深く、恭しく首を垂れた。


「あの偽善と欺瞞に満ちた地獄から、私を救い出していただいたこと、深く感謝いたします。タシュア様」


 クロンドルの声からは、先ほどまで家族に向けていた震えや迷いが完全に消え去っていた。代わりに宿っているのは、冷たい鉄のような決意と、己の真の姿を肯定されたことへの狂信的な歓喜。


「あなたが私を真に輝かせていただけるというのならば、私のこの肉体も、新しく目覚めたこの力も、私の全てをあなたのために捧げましょう。……『フォーユ(For you)』——全ては、あなたのために。今この瞬間から、私はその名と共に、あなたの影として生きていきましょう」


 自らの存在意義を、過去の全てを塗り替えるための新しい名。それはフィローレ一族への決別の呪いであり、タシュアという深淵に魂を売り渡した証であった。

 その言葉を聞いたタシュアは、まるで世界で最も美しい宝石を手に入れたかのように、恍惚とした表情でその青紫の瞳を嬉しげに細めた。

 彼は跪く少年の前に歩み寄り、その華奢な肩へと優しく両手を置いた。その手の温もりは、かつてクレイグがタシュアに与えたものと酷似していながら、その本質は全く異なる、歪んだ支配の熱を帯びていた。


「ああ……嬉しいよ、フォーユ。君は今度こそ、僕のすぐ近くに、決して離れずにいておくれよ」


 タシュアの声は、酷く甘く、そしてどこか遠い過去を追うように切なく響く。


「親友の愛息子。かつて僕を拒んだあの男の、最も美しい最高傑作……。僕も君のために、僕の持つ全ての知識と、全ての力を尽くそうじゃないか。君を世界で最も輝く存在にしてあげる。僕たちの行く手を阻むものは、この世界の理であっても全て壊してあげるからね」


 タシュアは跪くフォーユの顔をそっと上げさせ、その瞳の奥に宿る混沌を見つめながら、満足そうに嗤った。

 失われた親友の面影を少年に重ね合わせる悪魔と、偽りの愛を捨てて悪魔の眷属となることを選んだ少年。

 月光に照らされた暗闇の中で、世界を揺るがす新たなる「最悪の師弟」が、今ここに誕生した。







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