表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想造世界  作者: 篤
37/54

試練の戦③

 



 何かが動く微かな気配がする。

 全神経を集中させて攻撃の前兆を感じ回避挙動をとる。

 直後フィン、と空気を裂く音がして空間が断ち切られた。


「せぁぁぁぁ!」


 そして金色に煌めく雷を帯びた右手の長剣で渾身の斬撃を放った。


  「シィ!」


  相対する黒い女も黒光りする長剣で黒い斬撃を繰り出す。

  キン、と澄んだ金属音がして光と黒がぶつかり合った。

  だがユインには第二の太刀がある。

 斬撃を逸らして鍔迫り合いを避け、左手に持っていた短剣で斬りつける。

 それを女が剣の腹で止めた。

  そのまま長剣と短剣を交互に振るい、女の黒い長剣が全て防ぎ続ける。


  キン、カキン、キンキンキン、と連続して金属音が起こる。

 その合間にユインの長剣と短剣が帯びる雷がバチリと獲物を狙うような音を立てた。

  対する女の剣は全く音を発さず、空気が動く気配だけがする。

 まるで影が宙を動いているようだ。

  そうして何回か撃ち合い離れた時に相手の時間差斬撃が飛んできて、それを避け続けるのをさっきから繰り返している。

  距離を置かず剣を交え続けたいが、女の腕が相当のもので決めの一撃を放とうとすれば弾き飛ばされてしまうのだ。

 

 フィフィン


  「くっ!」


  またも斬撃が起こる音。

 既にその発生場所からは逃れているが、今回はややギリギリといったところで苦鳴が上がってしまう。


 フィン、フィン、フィフィン——


  だが休む暇もなく次から次へ斬撃はくる。

  女の黒い剣は何故か振られた時は音がしないが、その延長線上に斬撃は起きる。

  故に剣の軌道と感覚を手掛かりに全てを避け続けた。

  しかしこのままでは体力を使うだけでジリ貧である。

  だからユインも隠し手を使うことにした。


  身を投げ出し回避しながら左手をきらめかせる。

 シュッと空を切る音がして短剣が飛ぶ。

  得物を投げるのが意外だったのか、一瞬遅れて女が回避をした。

  それでも紙一重で避けられ傷はつけられない。

  だが十分、本当の狙いは避けられた後だ。


  ——術式連動!


  ユインの右手に握る剣と宙をゆく短剣が、同時に一際強く輝き、二つの剣それぞれから電撃が走って繋がる。

  そして宙を飛ぶ短剣があたかも意志を持つかのように突然方向を変え、女の背後から襲い掛かった。

 いやあたかもではない手に持つ長剣とリンクさせて操っているのである。

 この長剣と短剣はセットで一つの創具なのだ。

 突然の攻撃に彼女は別の方向を向いており、反応しきれてない。


 ーー殺った!


 そう確信し、笑みを浮かべるが、


「えっ!?」


 女が転がり込むように身を投げ出して避けてきた。

 思わず驚きの声がもれる。

 完全に不意を突いたはずなのに、何故避けられたのか。

 いや考えるのは後だ、ダメージを与えられなかったがそれでも不利な体勢には追い込めた。

 当然接近を邪魔していた斬撃も止む。


「せあぁぁぁ!」


 その間隙にユインは身体強化をフルに使って斬撃を叩き込んだ。

 短剣も操って同時攻撃を試みる。


「なっ!?」


 しかし女は柔軟な身のこなしでユインの斬撃に剣をあてて逸らし、短剣を斬撃で打ち落としてくる。

 尋常でない身のこなしで恐ろしい速さということに再びの驚嘆を漏らしてしまった。

 短剣も長剣同様電撃を帯びている筈なのだが、例のごとく女の長剣には効く様子がない。

 そのまま彼女は距離をとろうとしてくる。


「逃さない!」


 対して短剣に追尾を命じ、ユイン自身も追撃した。

  まず短剣が女と刃を交え、斬撃を放つ時間を奪う。

  その間にユインが回り込むように接近した。

  そうすることで挟み撃ちの形になり、ユインが斬りかからずとも短剣と長剣を繋ぐ電撃線が女の脅威となる。


  とはいえわかりやすい手でもあり、横に避けられた。

 だがその為に体勢を崩している。攻めるならば今だ。


  「せあぁぁぁ!」


  身体強化を強め、素早く接近して裂帛の気合いと共に斬撃を放つ。

  しかしその渾身の一撃も柔らかな身のこなしと共に女の剣で軌道を逸らされ防がれる。

  そのまま何度か撃ち込んでも全て飄々といなされるだけだった。

 ユインの光剣に目を眩まされた様子もない。

 

 少し飛ばし過ぎた。

 悔しいが一度距離を置いて呼吸を整える必要がある。

 故に短剣を電磁力で左手に引き戻し、女が離れていくのを見送った。

  それは彼女も同じようで距離をとってもすぐには斬撃を放ってこない。

 取り敢えずは電撃を消しておく。

 仕切り直し、だがその前に問いただしておきたいことがある。


「……どうやって私のさっきの攻撃を読んだの?」


  油断なく腰を落としていつ斬撃がきても避けられるようにしながらも、先程から感じてた疑問を口にした。

 

「別に……ただ感覚に従っただけ。あなたと同じ」


  対して女は最初から変わらぬ無表情のまま答える。

 やはり何を考えているかわからぬが、わかることもあった。


  「つまりあなたも私と同じ、考えるより反射的に動くタイプみたいね」

 

  認めたくないが、やはり似ている。

 戦略に対しては思考するが、戦闘においては本能のままに動く……同じスタイルだ——反吐がでる。

 同族嫌悪という言葉だけでは言い表せないほどに嫌だ。


  「嫌なのは私も同じ」


  ユインの表情から悪感情を読んだのだろう。

 まぁ隠す気もなかったし、むしろわかりやすかった筈だから察されて然るべきだ。

  そして彼女は無表情ながらも瞳を鋭く細めて、


  「終わりにしましょう」


  今まで言葉を吐き出すのが面倒、といったような話し方だったのにその言葉だけは明瞭に、芯が通って聞こえた。

  それに応えるように彼女の左右から複数の敵兵が現れる。

 ハッとして周りを見渡してみれば、ユインが率いる兵達が押し込まれていることに気付いた。

 そしてユインの視界は背後を除いた百八十度敵兵ばかりであった。


「……これを狙っていたのね」


  彼女が一騎討ちに臨んだのは、正々堂々を信条に——などでは決してなくユインを抑え兵が押し込むのを待っていたに過ぎなかったのだ。

 四千と五千で両軍の数的な差はそこまで多いわけではないが、実力的な差と連携の差、士気の不安定さは拭えない。

  それらの差が個人の実力差となり、この結果を生んだ。


  「……始めて」


  余計な問答に時間を割くつもりはないとでもいうように端的にそしてこれまで通り無感情に攻撃の威令を告げる。

 露骨なやり方ではあるが正しい。

 詰める状況にしたならばもう話に付き合う必要などないのだから。


  「でもそのやり方がムカつくかどうかは別問題よ。絶対負けてやらないんだから!」


  長剣と短剣に電撃を出力し、光り輝く二本の剣を構えてそう言い放つ。

  とはいえそれが無謀なことだとはユイン自身も理解はしていた。

 単純に黒の女一人とやり合って互角だったというのにそこに他が加われば厳しくなることは間違いない。

  そして彼女の味方の兵に当たるリスクから斬撃が飛んでくる回数は減る可能性はあるが、刃を実体化するのに時間差があることを考えれば大して今までと差はないだろう。

 加えてユインの直下兵達を圧倒する力も証明されている。

  ただ退くという選択肢は敗北に直結するほどに戦況は悪くなっている。

かといって前述のようにこのままやり続けてもジリ貧だ。

 それでもユイン一人の命で多くを、そして大切な人達を救えるならば悪くない。


  「死が、怖くないの?」


  その時まるで無邪気な女の子が「何をしてるの?」と尋ねるが如く、相対する女は無表情に首を傾げて問うてきた。

 己の命を賭して決死の戦いを挑もうとするユインの気が狂ってるとでも思ったらしい。


  「……よかったわ、全く違うところがあって。あんたには一生わからない理由よ」


  戦場で常に無表情を保つなどまともな人間には不可能だ。

 そしてそんな人間は常に争いの中に身を置き、血と肉と屍の中で生きたような者以外あり得ない。

  例え彼女に如何なる過去があろうとも冷徹な何かであることは間違いない。


  「そんな人間を捨てたあなたには絶対負けないわ。相討ち覚悟でも全員倒す——ユイン・レイラー、この名の下に葬られる覚悟がある者からきなさい!」

 

  「……はじめて」


 ユインの気高い挑発に相対する女は最後通牒も名乗りをあげることもなく、無感動な声音で攻撃を命じた。

  全てを守る為に命を燃やす。


  ——-信じてるわ、アヴィ。


  ただ希望の光を信じて。

 


 

 


 

 ****************************

 



  ……ハァハァ、ハァハァハァハァ


  呼吸は荒れ、膝が笑う。

  視界が揺れ、虚脱感が全身に重くのしかかっていた。

  気を抜けば容易に意識をもってかれるだろう。

  既に何回視界がブラックアウトしそうになったかわからない。

  そしてどれほど時間が経ったかも分からなかった。

 太陽の昇り具合から図ろうにも、いつのまにか暗澹とした雲が全てを覆い尽くしていて皆目見当もつかない。


  そんな体内時計も何もかもが狂うほどにスレイ・デイルは満身創痍だった。

 それほど酷い状態でも相対するエイリュウからは拳や斬撃が容赦なく繰り出される。

  だが強く歯を食いしばり足腰に力を込め、ギリギリで意識を繋ぎ止めて無我夢中に防ぎ続けた。

  とはいってもその大半は宙に展開された無色の壁のおかげである。

 壁に護られ、それが破られようとも衝撃とスピードを散らされた攻撃を防ぐのは辛うじて可能だった。


  この不思議な力で援護してくれているのは、おそらく新入りのサキルとかいう男だろう。

  アーヴィルほど猜疑心満々というわけではない。

  だが果たして離れた距離からこれほど自在に操ることが創術の原則を超えてまかり通るのかスレイも半信半疑ではあった。

  しかし目の前で実演され、剰え命を救われていては信じる他ない。

 そして命を救われたことは借りを作ってしまったわけでもある。

  勝手に援護されたとはいえ命を救われたのだから文句の言いようがないし感謝はすべきだ。

  とはいえそれはサキルを排そうとするアーヴィルの意に背くものと思うが、最早この援護なしでは戦えない。


  ——だがその代わり楽には倒れてやらねーからよ!


  「ぐぅぅらぁぁぁぁぁ!」


  血反吐を吐くような叫びをあげ、枯渇しかけている体内の魔力を掻き集めて術式を編み上げるのと同時に鈍る身体を無理矢理動かす。

  右手の大剣から袈裟に斬撃を放ち、十を超える石礫がその斬撃の有効範囲外をカバーするようにエイリュウの背後と上方を除いた全方向から一斉に襲いかかった。

  しかしこれまでの攻防の感覚によって、攻撃を仕掛けた瞬間にわかってしまった。

  この攻撃は通らない。

 

  「しつこいぞ」


  だがだからこそ右横から声を聞いた瞬間、スレイ自身でも驚くような反射速度で防御態勢に入ることができた。

  とはいえどう転んでもエイリュウの攻撃の方が速いが、そのタイムラグは援護の壁がカバーしてくれる。

  一瞬で破壊されたがそれで十分、威力減衰もした。

 だがそれでも尚尋常でない力を帯びた一撃だ。

  しかしスレイも逃げることは決してせず、土で固め硬化した両手を交差して受ける。


  「ぐぅぅ!?」


  巨石が直撃してきたかの如く、破壊的な衝撃が襲いかかってきた。

  全身の筋肉が収縮し、骨が軋みをあげる。

  堪らず苦鳴をあげ吹き飛ばされてしまった。


  だがそこでギリリ、と歯を強く食いしばり、震える膝に残る全ての力を注いで地に足を擦り付けブレーキをかける。

 全身が先程の衝撃の余波を受けて痛み、倦怠感が増してスレイの精神を苛んだ。

  立っているのもやっとの状態で、なんなら肉体にはその立ち上がる力すらほぼないのではないか。

  それでも立つのは今倒れれば戦況が崩れて大切な人を全て失うことになるから。

  何よりも親友がかつての姿となって戻ってきてくれると信じているから。

  親友が光を取り戻し、自軍が勝利を収められるならば捨て石にでも犠牲駒にでもなってみせよう。


  ——だからもう一秒、一分でも耐えてやる。例えそれでこの俺の命を散らしたとしても。


  そうしてスレイは捨て身の覚悟を決め、立ち上がった。


「壁も相当厄介だが倒れないお前も厄介だ。もう立ち上がる力はねえだろうに、それでも自軍を護りたい一心で立ち上がるとかどんだけ強靭な精神力なんだよ」

 

  エイリュウにはスレイを動かす源が見抜けているのだろう。

  一度戦闘の構えを解いて、スレイに笑みを向ける。

  だが何度も行く手を阻まれているというのに彼が浮かべた笑みは不快な存在に対して向けるそれではない。

  侮蔑や嘲笑などの負の感情も一切見られない。

  ただ興味深いものを前にした時の笑みだ。

  とそれが真剣な表情へと変わり、


  「さすがに俺もここまでの根性みせられたら認めないわけにはいかねえな。仲間の為に限界を超えても尚、命を賭して時間を稼ぐその姿に一人の将として敬意を表する」


  煩わしい敵であるはずのスレイを称賛してきた。

  その言葉と表情には信念が伴っていると感じる。

  正々堂々という言葉が打ち捨てられたこの世界で極めて珍しいことといえるだろう。

  しかしながら死闘を繰り広げたスレイにはエイリュウがそのような汚れた世界においても高潔で誇り高くある存在だと身をもって知れた。

 

  「……俺なんかよりもお前の強さは次元が違えよ。仲間の力を借りて食らいつくのがやっとだしな。腕だけじゃなく、精神性も上ってなったらもういよいよ俺の立つ瀬がなくなっちまうよ」

 

  故にそんな普段の戦なら絶対に口にしないような言葉もこの男を前にしたら容易にでてきた。

  まぁ圧倒的な実力に加えて、内に秘めてる強く高潔な光を感じてしまえば卑屈にもなろう。

 

「まぁ他の手を借りてるってのはある。だがそれでもこんなに長引いたのは半年ぶりだよ。あんたがあんた自身をどう言おうが関係ねえ。スレイ・デイル、その首討ち取ってもこの先お前がどのような勇将だったか俺の中に刻むことを誓おう」


  「そうか、そりゃ光栄だな。けど俺の首は昔から無駄に太くてな。とるのにもう少し時間がかかると思うぜ?」


  だが最後の足掻きをやめるつもりはない。

  言葉や全身に力を、そして戦意を込め、真っ直ぐエイリュウを見据えた。

  一分一秒でも長く稼いでやる。

  精神力でもカバーできないくらい力を全て使い尽くし、ぶっ倒れるその時まで。

  全身ぼろぼろで今にも倒れそうでもスレイの瞳は対照的に強き光を宿している。


  「まだ食らいつこうとするのか。さすがだ」


  それを見てエイリュウは白い歯を見せ好戦的に笑い、彼は頭部を覆う皮兜に手をかけ、


  「ならば全力で俺も応えてやる」


  一気に取り払う。

  そして露わになったのは整った顔立ちに両頬と額に数カ所の刀傷をつけた男だ。

  強い自信が漲る光を宿した鋭いながらも真っ直ぐな二重の瞳が特徴的である。

  髪色と瞳は蒼穹のようにどこまでも蒼い。

  年の頃は三十代前半といった感じだが、既に歴戦の将の風格があり、スレイと一桁程度の年の差があるとはとてもじゃないが思えなかった。

  皮兜を外す前から強く感じていた何もかもを射抜くような重圧がさらに強く感じる。

  素顔をみせればいくらか変わると思ったが、ここまで劇的なものとは思わなかった。

  そしておそらくエイリュウが皮兜をとったのは視界を制限するものを取り去り、より絶対的な攻撃をもってスレイの息の根を止める為だろう。


  「次は耐えられるか?」


  それを肯定するようにエイリュウが挑発的に笑う。

  正直言うと先程までの攻撃を防ぐだけでも精一杯というのにこれ以上となれば防げる気がしない。

  満身創痍の身ならば尚更だ。

 

  「耐える以外ねえな」

 

  それでもスレイは笑う。

  いよいよ本格的に死の気配が近付いてきたが、それでも笑う。

  最期まで笑いスレイ・デイルの魂を貫き通してその果てで倒れても仲間の為に倒れるのならば本望だ。


  「さて、続きといくか」


  継戦宣言と共にエイリュウの姿がブレた。

  スレイも全ての力をかき集め踏み込む。

  しかしやはり無謀。

  スレイの攻撃は空回りし、素早く尋常でない精度で繰り出されたエイリュウの斬撃が最後の命綱である壁を壊して致命傷を与えんと迫る。

 感覚的にわかった。

 今度こそ……今度こそ終わりだと。

 それでも最期まで目を瞑ることなく、笑って逝こうと——


 ドオオオオオ


 その瞬間、真紅の炎がスレイの後方数メートル先に上がり、炎弾が壁を隔ててエイリュウの背後にいる兵達に降り注ぎ、全てを朱に染め上げたのだった。







 ****************************



 

  「なっ!?」


  突如放たれた大炎によって今まで余裕を崩さなかったエイリュウがはじめて動揺をみせる。

  しかし背を向けていながらもスレイには動揺はない。

  いや振り向く必要もない。

  肌で感じただけで起きた現象の意味がよくわかったから。

  圧倒的な熱量でありながら、その中にはスレイ達を包み込むような暖かさを感じ得る。

  敵を滅殺し、戦友を援けんという強い意志を宿した炎。

  今まで戦場で幾度とも無く劣勢を覆した絶対的な信頼を預けられる力だ。


  「……信じてたぜ、アヴィ」


  その復活に笑みがこぼれた。

  翳っていた太陽が再び光を取り戻したと知るだけで足腰の震えは消え、暗転しそうになっていた視界は嘘のように明瞭となる。

  全身を覆っていた疲労感が消えたように錯覚し、どこからともなく力が湧いてきた。

  とはいっても次の一撃を放てば本当の限界だろう。

  だから最後に最高の一撃を——


  「らぁぁぁぁぁ!」


  「ぐぅ!?」


  そうして裂帛の気合いをもって放たれた斬撃はここにきてはじめてエイリュウを捉え、吹き飛ばした。

 動揺に加えて満身創痍のスレイがまだそれほど動けた予想外が重なって回避が遅れたのである。

  吹き飛ばされたエイリュウに追い討ちをかけるように炎弾が次々と放たれ、地を焼いた。


  「大丈夫かスレイ!」


  そして聞こえた芯の通った声はとても懐かしく聞こえた。

  炎を纏い天候と戦況、全ての暗雲を晴らすような神々しく輝くその姿も、強く真っ直ぐな意志力を宿す瞳も、太陽の如く温かなオーラも、ひどく懐かしく。


  「……遅えぞこの野郎」


 スレイは全てを出し尽くして倒れるところを光を取り戻した太陽——アーヴィルに抱き支えられながら、弱々しい笑みを浮かべ冗談交じりに恨み言を溢す。


  「少し回り道しててな……本当にすまない」


  厳しげに目を細め申し開きもない、といった風に彼は謝ってきた。

  遅れてもなんでも戻ってきてきてくれた、それだけで十分だというのに。

 それにしても今まで二年以上も共に戦場にいた筈なのに、一週間程度空けただけでそんな風に懐かしく感じるのは何故だろう。


  「待ってたぜ相棒」


 それはきっと待ち焦がれていたからだろう。

  アーヴィルの姿が前線から消え、戦場が今までの景色と変わってみえてしまっていたから。

  そして先程死を覚悟した時から——いやもうこの戦が始まった時から共に戦場に立つことを諦めていたからかもしれない。


  「——ああ、待たせたな相棒、後は俺に任せてくれ。誰かスレイを頼む、急げ!俺はまだやることがある」


  彼は力強く頷き、後方に呼びかける。


「……は、はい、承知しました!スレイ様を安全な場所へお連れしろ!」


  既にスレイと兵を隔てる障壁はアーヴィルが壊しているようだ。

 すぐに返事があり、味方の兵が近付いてくる気配がする。


 「お、重い……」


  「お、おいしっかり持て!」


  兵二人に肩を借りるが、その重さに面食らっているようだ。


  「重い甲冑を着込んでてな。すまねえ」


  と謝っておく。


「い、いえ大丈夫です。お前も急ぐぞ」


「は、はい!」


 力強い返事とは裏腹にひいこら言いながらひっぱる兵二人に苦笑しつつ、運ばれるに身を任せ意識が沈みかける。


「全軍で突撃をかけるならば少々お待ちを。陣形が乱れております」


 しかしそんな言葉を聞いて再び意識がまどろみから戻った。

 強引に首を動かし、友に警告しようとする。


「アヴィ、奴はまだーー」


「ああ、大丈夫だわかっている」


 皆まで言うなと頷き、アーヴィルはスレイが運ばれようとしている方向とは逆の方をーー敵軍の方を見据える。

 先程アーヴィルが放った炎弾で焼ける地の向こう側に人影が見えーー


「はっ、いいねぇやはりそうでなくっちゃ困るぜ。随分遅いお出ましじゃねえか。」


 その灼熱の中でもエイリュウ・レイダムは獰猛に笑っていた。

 

「なっ、あれで無傷だと!?」


 先程立て直しを進言した兵が驚いている。

 吹き飛ばされて体勢が悪い状態に全てを焼き尽くす業火が突き刺さったのだからそう思うのも当然だ。

 異常なのはエイリュウの方だ。

 どんな手を使ったのかスレイにも検討がつかない。

 ただそれでもあの程度でやられるような敵ではないのは確かだとは戦い追いつめられたからよくわかる。


「ああ、少し遠回りしててな。我ながら恥ずかしいくらいに迷走してたよ」


 気配か何かから感じ取っていたのか、アーヴィルはエイリュウが無事だったことに驚くことなく、不敵な笑みをもって挑発に応える。

  そして今度は彼が凄まじい闘気を放ちながら挑発的に笑い、


  「でももうそれも終わりだ。今の俺は誰にも負けない。何故ならこれから先大切な友の夢を継ぎ、大切な人達を守ると決めたから」


  明確な言葉をもって強き意思を示した。

 ただそれはエイリュウだけに向けられたものではないらしい。


  「ということだ。急いでスレイを連れて後方へ退がれ。俺はこの男の相手をする」


 他方でスレイの傍らにいる三人の兵に退がるよう伝えた。


「……!はっ承知しました」


 全ては安心させる為、だろう。

  ならば最後にスレイも一言。


  「託したぜアヴィ。後は任せた」


  「ああ、後は任せろ」


  その力強い答えを聞いて安心しスレイの意識は深く落ちていったのだった。


 

 




 ****************************




 

 ユインが多勢に無勢な戦闘に身を投じようとしたその瞬間、

  大炎が現れ、一瞬戦場の全てを朱に染めあげた。


「信じてたわ、アヴィ」


 離れた場所で死地に身を投じるユインもまたその様相をみていた。

  そしてスレイ同様にかつての太陽が戻ってきたのだと理解し、安堵の息が漏れる。


  「何が…………」


  対照的に相対する女は今まで維持していたポーカーフェイスを崩し、驚きに言葉を失った。

  彼女の周りにいる敵兵も皆一様に驚き硬直している。

 ユイン自身は何もしてないのだがそれでもなんとなくしてやったりと小気味良く思いながら、剣を構え直す。

  そして生まれた隙を見逃すことなく、斬りかかった。


  「驚愕してる暇はない、くる!」


  最も早く驚きから立ち直ったのは敵の女将軍で、先程と同様に初めて声を張り上げてきた。

  声音にも今までは感情が感じ取れなかったのに、今は焦燥が垣間見える。

 とはいえ——


「遅いけど……ね!」


  「っっ!?」


  ユインの斬撃が反応が遅れた敵兵の胴体を薙ぐ。


「せやぁぁぁぁ!」


  その勢いのまま次々と剣を振るう。

  だがすぐに女が剣を振りかぶり、斬撃を放とうとしてくるのがみえた。


  ——無駄だわ。


  「くっ!?」


  しかしユインもそうさせない為の手は既にうってあった。

 女やその周りの敵兵達の意識が大炎に向いた際、短剣を兵達の合間を縫うように迂回させて放っておいたのだ。

  その攻撃が今届き、彼女を襲ったのである。


  ユインの長剣と短剣は対になっており、片方が手元になくとももう片方が手元にあればある程度離れていても電磁力を用いて遠隔操作は可能だ。

 先程は肉眼で見えるほどの電磁力で結び付けて放ったが、別にそうしなくてはならないというわけではない。

  肉眼で見えずとも可能なのだ。

  今回はその隠密性と意識の合間をついたわけだ。

 そうまでしても女を倒すにいたらないことはわかっている。

 けどこれで時間は稼いだ。

 跳躍して宙にいる間も狙われることはないだろう。

 故に高く跳躍して敵軍に単身突っ込む。

 そして雷撃をもって着地スペースを確保。

 一人でも敵をーー


「葬る!!」


 凛とした叫びと共に着地したユインの持つ長剣が一際強く光輝いた。

 周囲の者全ての視界を一瞬真っ白に焼き尽くすほどに眩く。

 敵兵は皆目を眩ませユイン自身も目を焼かれ視界がくらむが関係ない。

 動ける、身体が動く。

 この奥の手を想定した修練の結実というのもあるが、それ以上に見えなくても感じるから。

 戸惑いに動きを止める敵兵、見えない恐怖から闇雲に剣を振る敵兵、そして感じる希望とそれに突き動かされユインを助けようと奮起して近づいてくる戦友達の熱気。


「私達の大将アーヴィルが戻ってきた!私達はまだ死んでない!勝負はここからよ!」


  「おおおおおおおおお!」


  目がくらみ動きが鈍いとはいえ三百六十度敵に囲まれながら、しかし敢えて声を張り上げる。

  それは檄となって押し込まれていた筈の兵達の士気を爆発させた。

 後押ししたのはユインだが、きっかけから流れまでそれ以外の全てを整えてくれたのはアーヴィルである。

  形成逆転の芽は出た。

 ならば——


  「反撃開始よ!」


  ここにもう一つの危うい戦線が息を吹き返し、戦の展望は神のみぞ知る予測不能なものとなった。


 



 

 


 



 

 


 

 


 


 


 

 

 


 

 

 


 

 


 




 

 

 


 

 

 

 






 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ