表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想造世界  作者: 篤
14/51

死への誘い①

「ハァッ!」


 先手を取ったのはフェインだった。

 素早く術式を構築し、大地から無数の土槍を突き上げてタシュアへと放つ。先ほどの一瞬の攻防よりも倍以上の数だ。

 もちろん、これで倒せるとは思っていない。これは様子見――タシュアがどのように対処するかを見極めるための布石である。

 避けるか、迎え撃つか。悪魔は、どちらを選ぶのか——


「ねえ、この程度で“様子見”なんて言わないよね?」


「……なっ!?」


 タシュアが選んだのは、迎撃だった。

 フェインと同様に土槍を放ち、空中で激突させる。

 だが、両者の術はわずか二秒で均衡を崩され、タシュアの土槍がサキルたちへと迫ってきた。


「くっ……!」


 攻め手を探る暇もなく、サキルはフェインを抱えたまま後方へと飛び退き、咄嗟に障壁を展開して衝撃を緩和しようと試みる。

 しかしその防壁は、まるで飴細工を溶かすようにあっさりと崩壊した。


 覚醒からわずか五日とはいえ、そう簡単に破られる術ではないはずだった。

 だというのにこの脆さ――だが今は驚いている暇などない。

 即座に攻撃を諦め、身体強化をフルに活かしてフェインと共に距離を取る。

 幸い、槍はそれほどの速度ではなかった。


「はぁぁっ!!」


「ふっ!」


 サキルとフェインが安全圏に跳んだ直後、ホーキフが空へ水の斬撃を放ち、リセも爆破術式を込めた矢を射る。

 斬撃が槍を断ち、閃光の直後に爆音が響き、あたり一帯を吹き飛ばす。

 代償は大きい。ホーキフとリセの魔力消費は甚大で、次はサキルがカバーせねばならない。


「すまない……」


「いや、互い様だ。俺も結界を張ったが、まるで意味がなかった。あとはお前が策を練ってくれ」


 フェインを地に下ろし、サキルは意識を次の手に向ける。

 初手の失敗に拘る暇はない。タシュアにどう立ち向かうか、冷静に再構築すべきだ。


「わかっている。だが、それも奴の様子を見てからだ」


 フェインの言う通り、これほどの術を放った後なら隙が生まれていてもおかしくない。

 だがその期待は、すぐに裏切られる。


「……無傷、だと!?」


 サキルたちが放った攻撃を受けたはずの土槍は、かすり傷一つ負っていなかった。

 ホーキフが断ち切った箇所すら、元通りに再生している。何らかの術理があるのだろうか。


「素晴らしい威力の攻撃、そして見事な連携。君たちの年齢でこれは中々やるねぇ。

 ……まあ、それでもこれは壊せないんだけどさ」


 タシュアは飄々と、すべてを見透かしたような態度で余裕の笑みを浮かべる。

 隠された実力の一端を見せた上で、なおも精神を揺さぶる言葉を重ねてくる。


「……サキル、リセ、ホーキフ。厳しいだろうが、一度冷静になるのよ」


 フェインの言葉が場に冷静さを取り戻させる。

 このままタシュアの言動に振り回されれば、それこそ彼の思う壺だ。

 現状で把握できる情報から、まずは落ち着いて分析を始めるべきだ。


「はっ、上等だ。ナバ様に手を出したこと、そして“サービスルール”などというふざけた条件を持ち出したこと、どちらも後悔させた上で葬ってやる」


「私は特に、ナバ様に手を出したことを強調したいわ」


「僕も絶対に許さない」


「……ああ、作戦は事前に練ったとおりで頼む。使用機会は少なかったが、今がその時だ。状況に応じて柔軟に対応してくれ」


 サキルたちには、絶対に負けられない理由がある。もはや駆け引きも探り合いも関係ない。為すべきは、目の前の憎き悪魔を討つこと、それだけだ。


「準備は整ったようだね。さあ、ゲームの始まりだ」


 狂気に満ちた声が、死を招く遊戯の幕開けを告げた。


 


「ハァッ!」


 最初に仕掛けたのはフェインだった。素早く術式を構築し、大地から無数の土槍を突き上げ、タシュアに向けて放つ。先程の一瞬の攻防の倍以上の数だ。先手必勝とはいかないまでも、これは様子見である。


 タシュアがどう動くかによって、残る三人がどう攻め込むかを決定する。避けるか、迎え撃つか——悪魔の選択は。


「ねぇ、この程度で“様子見”なんて言わないよね?」


「……なっ!?」


 選ばれたのは、迎撃だった。タシュアも同様に土槍を放ち、激突する。だが均衡はわずか二秒で崩れ、タシュアの土槍がそのままサキルたちに迫る。


「くっ」


 攻め手を探るどころか、防戦に追い込まれる。サキルは咄嗟にフェインを抱え、障壁を展開して迫る土槍の威力を削ごうとするが——まるで飴細工を砕くように、抵抗なく貫かれてしまった。


 本来ならば、覚醒後の力で展開される障壁は、並の攻撃を寄せつけない。だがその自信を根底から打ち砕かれた。今はフェインの安全が最優先と判断し、サキルは身体強化を最大限に活かして跳躍し、距離を取る。


「はぁぁ!!」


「ふっ!!」


 次の瞬間、ホーキフが水の斬撃を放ち、リセが爆破術式を込めた矢を射る。土槍は斬られ、閃光と爆音があたりを包み込む。フェインを守るためとはいえ、二人に無理を強いてしまった。これからは自分が前に出ねばならない。


「すまない」


「いや、俺も壁を展開したが簡単に掻き消され、力を無為に使った。お互い様だ。それより次の策を考えてくれ」


 フェインを降ろし、意識を切り替える。重要なのは、ここからどう立ち回るかだ。


「わかっている……だが、それも“奴の様子”を見てからだ」


 フェインの言うとおり、あれほどの魔術を放てば多少の隙ができる——そう考えていた、だが。


「無傷……だと!?」


 爆発で吹き飛ばしたはずの土槍が、無傷でそこに立っていた。ホーキフが斬り払った箇所も、まるで最初から切られていなかったかのように元通りになっている。


「素晴らしい威力の攻撃、そして見事な連携だったよ。君たちの年齢でこれは中々のものだ。まあ、それでも——僕の術は破れないんだけどね?」


 またもや皮肉交じりの賞賛が、心に波紋を生む。力の差、戦略の違い、何よりも底知れぬ不気味さ。精神をかき乱すには十分すぎる。


「……サキル、リセ、ホーキフ。一度、冷静になるぞ」


 フェインの言葉は冷静だった。だがその表情に宿るのは、焦燥と警戒。今ここで判断を誤れば、命すら奪われる——その事実が、全員の心に突き刺さっていた。


ここで必要なのは、フェインの言う通り冷静な判断力だ。まずは、把握できる範囲から現状を分析しなければならない。


ナバを捕虜にしたという一点だけをとっても、たとえタシュアが単独でないにしても、相応の武を有しているのは明白である。その事実だけでも、これまでの認識を改める必要がある。だが問題は——


「うん? 僕がそんな暇を与えると思うかい?」


「くっ……」


まるで思考を読んだかのような、タイミングを計ったかのような声だった。不気味なほど狙いすましたその一言と共に、タシュアの周囲に漂っていた土槍——いや、まるで意思を持った土蛇のような槍が、サキルたちに鋭い穂先を向けてくる。


先程の攻撃では傷一つつけられなかったが、さらに魔力を費やせば破壊は可能かもしれない。しかし、そうなれば肝心のタシュアに対する攻撃手段が残らなくなる。いかに短時間で構造の仕組みを見抜き、最小限の力で打ち崩すか——それが今の課題だった。


嫌な焦燥が胸を灼くが——


「……と思ったけど、やーめた。こんな簡単に終わったら、せっかく準備したゲームがつまらなくなっちゃうからね」


唐突にタシュアは術を解除し、槍のような土蛇を崩して地へ返す。


これで僅かだが、立て直す時間が生まれた。


「……サキル、リセ、ホーキフ。戦術『丑』で行く。鉾を収めたこと、後悔させてやるわよ」


プライドなど今は不要。ナバが囚われている限り、必要なのは勝利——それだけだ。フェインの声音に含まれた苛烈な意志が、それを端的に物語っていた。


「「「了解」」」


サキルたちもまた、すぐにその意図を汲み取る。


「いいね、いいよ! そうこなくっちゃ。さあ、どんな手で来るのか楽しみで仕方ないよ!」


「シッ!」


「ハァッ!」


図に乗るタシュアを黙らせるように、ホーキフとサキルが同時に地を蹴った。ホーキフは右から袈裟斬り、サキルは左手に剣を持ち替え、左から逆袈裟を放つ。ホーキフは力を使わない純粋な剣技のみ。


同時にフェインとリセは後方へ下がり、フェインは魔力を練り、リセは矢を番えて構えを整える。


これはフェインが構築した小規模戦術のひとつ。攻守を同時に展開し、接近戦で敵の出方を探る構成だ。彼女は本来、大規模戦術を得意とする軍師だが、少数での交戦に備えてこの手の戦術も練り上げていた。


今回、この戦術を選んだ理由は明白だ。先程の遠距離戦では隙を突くことが難しかった。ならば、剣を交える距離で勝機を見極めるしかない。


サキルとホーキフの連携は百戦錬磨だ。異能を排した戦いにおいてならば、どんな手練れにも引けは取らない。今ならばタシュアも抜刀していない。魔術を使う隙を与えなければ、一合で——この一斬で終わる。


——だが。


「なっ……!?」


「くっ……!?」


金属が交わる二重の音。直後、サキルとホーキフの身体が宙を舞う。咄嗟に両足で着地の体勢を取り、砂煙を巻き上げながら何とか踏みとどまった。


「ふふ、君たちが剣を使うなら、僕も同じく剣で応じようかな」


タシュアは無邪気な少年のように歪な笑みを浮かべる。


だが、応じる余裕などなかった。今の一撃は、人生最高の斬撃だったはずだ。二人の呼吸も完璧で、鍔迫り合いには持ち込めると思っていた。しかし現実は、一合で押し返された。


「……お前、どこから剣を出した?」


サキルが尋ねた。本来、動揺を悟らせてはならないのに、自然と口を衝いて出ていた。


刹那、タシュアの両手には巨大な大剣が出現していた。あれで斬撃を受け止められたのだとすれば、恐るべき反応速度だ。


「出したんじゃなくて、創ったんだよ。即席でね。でも便利だよね。手入れも運搬もいらないし、必要な時にだけ出せばいい」


——剣を創る能力?


そんなもの、見たことも聞いたこともない。しかもあれほどの業物を一瞬で創造できるとは……。空間から取り出したとも、幻影だったとも思えるが、それを見抜く確証がない。むしろ、全てを弄ぶこの男の嘘か真かの境界こそが脅威だ。


そして——


「何を考えているんだ。一度、落ち着け」


思考が空回りしているのを感じて、サキルは剣を構え直す。時間にしてわずか二秒。それでも、タシュアの前で生まれた隙はあまりに大きい。


「……そうだね。落ち着かないと、勝てるものも勝てなくなる」


ホーキフもまた、同じく空白を抱えていたらしい。


だが、タシュアはその隙をあえて突いてこなかった。


「ふふっ、面白い限りだねぇ。普段なら隙を見せぬ手練れが、こうも容易く動揺するとは」


そう、わざと見逃したのだ。サキルたちを弄ぶために。


「もういい。ホーキフ、やるぞ。剣を交えれば、何かわかるかもしれない」


「……そうだね。たとえ無謀でも、何か掴めるかもしれない」


無意味かもしれない。だが、黙っていれば敗北が近づくだけだ。


サキルとホーキフは、再び地を蹴った。


——それが、どれほど無謀な行為であったのかを知ることもなく。










先程と同様に、サキルとホーキフは袈裟と逆袈裟で挟撃を仕掛ける。

 だが返ってきたのは、ずしりと重い手応え。二人は同時に弾き飛ばされかけた。


 「くっ……」

 「うくっ……」


 それぞれ右と左に剣と身体をずらして衝撃を逸らす。

 今回の斬撃は全力ではなく、次の動きに繋げるための布石に過ぎなかった。痺れこそ残ったものの、行動を阻害するほどではない。


 「はぁぁ!」

 「シッ!」


 気合と共に、二人はさらに斬撃を繰り出す。

 だがタシュアも予測していたかのように、二本の大剣を目にも留まらぬ速さで操り、左右からの攻撃を難なく防ぐ。

 太刀筋を変え続け、呼吸を合わせて複雑に攻める二人の動きに対し、そのすべてをいなす反応速度は常軌を逸していた。


 わずかな隙を見つければ、タシュアの大剣が即座に命を刈り取るべく迫る。

 サキルとホーキフは剣と身のこなしでそれを捌き、ときには擦り傷を承知で受け止めた。


 「いいね! いいよ! さあ、もっと僕を楽しませてくれよ!」


 「くっ……」

 「まだまだ!」


 タシュアはなおも疲れの色を見せず、むしろ楽しげに嗤う。

 サキルは息を吐くことしかできず、ホーキフは言葉すら返せぬまま応戦していた。


 数合撃ち合い、ついに攻撃を中断。二人は先程と同じ位置まで後退する。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 呼吸は荒く、剣を握る手に痺れが残る。ホーキフも同様に見えた。

 だが、時間は稼げた。収穫もある。わずかな休息で回復できると信じたい。


 だがその時、二人は気付いてしまう。


 「まさか……」


 「……やめろホーキフ。口に出すな、奴の思うツボだ」


 そう、タシュアは最初から一歩も動いていなかった。

 それでいて、両手に構えた大剣のみで、二人の斬撃を凌いでいたのだ。


 「ん? 何か言いたげだね? なんだい?」


 タシュアは相変わらずニヤついたまま、無邪気を装って首を傾げる。

 すべては確信犯の芝居。相手にしてはいけないと分かっていても、喚きたくなるほどの実力差だ。


 遠距離はあの恐るべき土槍で制圧され、近距離も突破口にはならなかった。

 そして——


 「ふふ、まぁ気になるけどいいか。それよりも君たちの軍師様が何か企んでる方が気になるな。次はどんな攻撃を見せてくれるんだい?」


 ここまで読み切られていると、こちらの策すら手の内を晒している気がしてくる。


 だが、ようやく準備は整った。


 「サキル、ホーキフ、俺たちのところまで退がれ!」


 フェインの指示に、二人は即座に跳躍。

 その直後、リセが数本の矢を放ち、続けざまに爆破が起こる。牽制と退避の時間稼ぎだ。


 その爆音の中、サキルとホーキフはフェインとリセの元へ合流し——


 ——奴を追い詰めて空間転移を使わせろ。そして、それを使わせたら三人とも、その場で動くな。


 フェインの低い声での指示に頷く二人。すでにリセも合図を送っていた。

 策の核心は、すべてフェインに託された。


 サキルは彼女の知略に信頼を置き、いま一度剣を強く握りしめた。


「さーて、これで終わりじゃないだろう?」


 爆煙が晴れ、タシュアは何事もなかったかのように楽しげに問いかける。

 いや、これは確認作業に過ぎないのだろう。

 この程度で倒せないのは悟っている。しかし少しは堪えて欲しいものだ。


 「大丈夫だ。これから追い詰めてやるからな」


 サキルの思考を読んだのか、それとも確信を深めるためか、フェインが凛とした横顔で言葉を漏らす。

 その顔には、軍師としての定石を外れ、リスクを負う覚悟が浮かんでいる。

 かつてフェインはこう語っていた。


 「定石は重要だ。だがそれだけでは、リスクを負わなければいつか必ず破綻する。

 軍師が死ぬのは論外だが、戦況の好転を狙うならリスクを承知で踏み出さねばならない」


 今、彼女はまさにその瞬間を迎えようとしているのだ。

 頼もしい反面、無理をさせてはいけないという思いが胸をよぎる。

 だからこそ、彼女の負担を減らすために、サキル自身がアシストしなければならない。


「俺がまず飛び込む。ホーキフは斬撃で援護、リセは矢を射ちつつ術式を準備、時が来たら放ってくれ」


 「で、でもサキル……いや、それしかないね。わかった」


 「そうね、迷ってる暇はないわ。やりましょう」


 短く意思疎通を済ませると、サキルは剣を右手に持ち替え、無音の雄叫びと共にタシュアへと突撃した。

 ホーキフとリセはフェインを守るように前に立ち、それぞれ武器を構える。


「あれ?さっきは二人で歯が立たなかったのに、一人で来るなんて無謀すぎない?」


 タシュアの声が聞こえても無視した。サキルは一人ではない。

 頼もしい仲間たちが援護してくれる。囮になるだけでいい。

 サキルは袈裟斬りに斬撃を放つ構えを見せた。


「まぁいいか、何か策があるんだったら見せてもらおうか」


 タシュアも大剣を振りかぶる。

 だが、サキルは真っ向から受ける気はなかった。

 斬撃を放つと見せかけ、剣を引き戻す。

 そして足元に壁を宙に展開し、踏みつけて高く跳躍する。

 斬撃の間合いから一気に抜け出したのだ。


 ナバと出会ってから得た壁を作る力——サキルはこれを徹底的に鍛えてきた。

 複数の壁を同時に展開するのはまだ難しいが、足場を生む程度は容易だ。

 その動きを囮に、リセの矢とホーキフの水気を帯びた斬撃が飛来する。

 矢はタシュアへ、斬撃はサキルの上方を通過し、間を分断するように。


 タシュアが矢を避け、サキルを追って跳べないようにするための絶妙な援護だ。

 信じていた通り、ホーキフは完璧な援護を見せてくれる。

 これでタシュアの選択肢は、左右への回避に絞られた。


 「まぁ、なんとかなるでしょ」


 タシュアはそう呟くと、目の前に宙空の壁を展開し、飛来した矢を弾き返した。


 「!?……いや、それなら」


 サキルは空中から状況を把握し、矢が弾かれたことに驚いたが、すぐに思考を切り替える。

 次の爆発にどう対応するか、それに意識を集中させたのだ。


 そして弾かれた五本の矢のうち、三本が閃光を放ち、爆発の予兆を見せる。


 「なっ……」


 だが、次の瞬間、爆発が起こる寸前に四方を囲むように壁が現れ、三本の矢は完全に封じ込められた。

 内部で衝撃が揺れ動いても、壁はびくともしない。

 それを目の当たりにしたサキルは絶句したが、すぐに思考を巡らせる。

 タシュアが規格外であることは既に分かっている。

 驚きで思考を止めるのは愚行だと理解していたからだ。


⸻タシュアの力を侮ってはいけない。しかし、今は怯む時間も惜しい。


 サキルは心を整え、次の一手を模索し始めた。

 次こそ、奴の虚を突く時だ。


「その程度の爆破威力で僕を倒せるわけないだろ?」


「まだだ!」


 サキルはタシュアの余裕ある声に怯まず、次の一手を打った。

 足場としていた壁を消し、上空から強襲を仕掛ける。

 ただ重力に任せるのではなく、右手の近くに小さな壁を作り、それを押して勢いをつけた。


「君か、さっきのはなかなか良かったよ。さぁ、次は何を見せてくれるのかな?」


「黙れぇぇ!」


 余裕に満ちたタシュアに対し、サキルは怒りを剣に乗せて叫ぶ。

 右手の剣を振りかぶり、袈裟斬りの態勢を取る。

 それに合わせてタシュアも左手の大剣を振りかぶった。


 だが、サキルは平静を失っているフリをして間合いに入る前、左に壁を展開し空中移動を試みた。

 勢いは横へ逸れ、大剣の先を掠めるようなギリギリの軌道を描く。

 しかし、それで良かった。狙いはタシュアの大剣だったのだから。


「へぇ……剣を——」


「っっ!」


 サキルは全力を込めた一撃を、迫りくる大剣の側面へ叩き込んだ。

 ガギン、と金属が軋む音が響き、強烈な火花が散る。

 タシュアは二本の大剣を振り回し、規格外の膂力で平然と受け止めるが、サキルはそこを崩そうと力を込めた。

 彼の膂力は凄まじい。普通に考えれば剣を狙っても体勢を崩すのは難しい。

 だが、やらねばならない。これ以上策を練る時間はない。

 無駄に時間を使えば、勝利が遠のく。今しかないのだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僅かな鍔迫り合いの中、サキルは自身の魔力を限界まで高め、剣に全力を注ぎ込む。

 その瞬間、均衡は崩れ——


「くっ……!?」


 タシュアが初めて呻き声を漏らし、体勢を崩した。


「シッ!!」


 その瞬間、ホーキフが気合と共に水気を帯びた斬撃を放つ。

 サキルが飛び込んだ時からホーキフは位置を調整し、絶好のタイミングで狙いを定めていた。

 鋭い水の斬撃がタシュアへと迫る。


 タシュアはとっさに壁を展開し防御を試みる。

 崩した体勢のまま術を行使できるその胆力には舌を巻くが、今回はこちらに分があった。

 斬撃は目前二メートルほどの位置で壁に阻まれたものの、数瞬で破壊した。


 ホーキフの水の斬撃は物理的な障壁を貫く力がある。

 しかも、タシュアは体勢を崩したまま作った壁だ。

 突破して当然だった。


「ふふっ」


 だが、サキルは目の前の光景に凍りつく。

 ホーキフの一撃が致命的な位置へ迫っているというのに、タシュアは余裕の笑みを浮かべていた。

 次の瞬間、タシュアの周りが陽炎のように揺らめき、その姿が消え去った。


 「空間転移……!」


 壁は攻撃を防ぐためではなく、時間を稼ぐためのものだったのだ。

 空間転移という逃れの手段を持つがゆえ、タシュアは焦りもせず余裕を見せていた。

 だが、それはサキルたちの思惑通りだった。


「ここ!!」


 凛と響く声に反応し、サキルはその場で身構えた。

 ホーキフとリセも同様に動きを止め、何が起こっても対応できるよう備える。

 次の瞬間、三人とフェインの立ち位置を除いた地面全体から無数の土槍が突き上がった。


 空間転移したタシュアが現れた場所を中心に、半径八メートルにわたって槍が出現した。

 後方に待機していたフェインもギリギリで範囲外だ。

 ようやくフェインが策を仕込んでいた理由が見えた。


「そうか……これなら空間移動する場所がない」


 空間転移——それは存在すら疑わしい術だが、弱点は存在するはずだ。

 転移する前と後は無防備であり、また転移先が物理的に存在する場所ならば侵入できない。

 フェインはその二つの弱点を同時に検証し、転移後を攻めようとしていたのだ。

 手探りではあるが、現状では最適解だ。


「でも残念、そうくると思ったよ」


——ただし、「見抜かれていない」という条件が成り立てば、の話だ。


「なっ、宙に!?」


 どこからか声が降り注ぎ、顔を上げたサキルは絶句した。

 タシュアは地上ではなく、空中に立っていたのだ。

 よく見ると彼は空中に壁を展開し、足場にしている。


 サキルたちの策は完全に読まれていた。

 空間転移を使わせ、移動先を槍で封じる目論見は見透かされていたのだ。

 全力を込めた一撃も、フェインの周到な罠も、すべて無意味に終わった。


 絶望がサキルの胸を満たし、思考が止まりかける。

 だが、彼は歯を食いしばり、再び剣を構え直した。

 まだ、終わっていない。


「まだだ!」


 フェインの叫びと共に、突き立っていた土槍が一斉にタシュアへと向かって突き進む。

 その光景に我に返ったサキルは、まだ勝機があることを確信した。

 フェインの魔力が尽き、土槍が消えるまでの間なら、手数で応戦できる。

 だが、タシュアは迫り来る土槍を——


「ははははははははは!さぁどうくるどうくる?」


 不気味な哄笑と共に両手の大剣を振り回し、目にも留まらぬ速さでいなし、砕き、叩き潰していく。

 これまでの戦いでもその剣撃は重かったが、それは単にサイズと腕力のせいだと思っていた。

 だがこの速度と威力、尋常ではない硬度を持つ剣でなければ成し得ない芸当だ。


「化け物め……」


 サキルは毒づきつつ、心を切り替えた。

 タシュアの剣捌きは異常だが、それでも隙を見つけなくてはならない。

 飛ばせる技はないが、彼の意識を逸らさず、準備を整えるしかない。


「くっ……シッ!」


 ホーキフが気合と共に斬撃を二刃放つ。

 しかし、呼気の乱れと動作の鈍さから、その斬撃が最後の力を振り絞ったものであるとサキルは察した。

 これが本当のラストチャンス。


 ホーキフの水気を帯びた斬撃は、回避が最も有効だ。

 それを理解しているタシュアは予想通り、壁を作り空中に移動した。


 バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 それを読んでいたリセが、タシュアの進行方向を狙い澄まし、三本の矢を放った。

 その速度は凄まじく、三本それぞれが胴、頭上右、左斜めと絶妙な軌道を描く。

 ホーキフやサキルに被害が及ばず、なおかつ回避も防御も難しいコースだ。


「っっ!!」


 ホーキフの斬撃に意識を向けていたタシュアは、一瞬驚愕の表情を見せる。

 二本は壁で弾き落としたものの、一矢はその胴を確かに捉えた。


——今しかない。


 サキルはその瞬間、全身の魔力を活性化させ、身体強化を最大限に引き出した。

 ホーキフとリセも同時に動く。リセが再び矢をつがえ、放つ。


 カッ


 眩い閃光がタシュアを包み込み、爆発が辺りを揺るがす。

 サキルも距離を取っていたものの、目が眩み神経が乱れた。

 だが、強い意志で無理やり身体を動かす。今こそが勝機なのだから。


 順を追って話そう。


 先程、タシュアが空間移動した際、完全に手の内を読まれ、魔力を消耗させられた。

 だが、それ故に次は同じ手を使えないだろう。

 次の移動先は、より攻めやすい場所だ。


——タシュアが現れる可能性の高い場所は三つ。


 それは、リセ、フェイン、ホーキフの背後。

 理由は二つある。

1.魔力の消耗

 ホーキフとフェインは魔力を使い果たし、肩で息をし、片膝をついている。

 タシュアが見逃すはずがない。

2.近距離戦の適性

 リセとフェインは近接戦闘に長けていない。特にリセは遠距離の弓が主武器だ。

 タシュアのような強者に近付かれればひとたまりもない。


 だからこそ、サキルには役目がある。

 彼はまだ余力を残し、近距離戦闘に特化している。

 狙われる可能性の高い仲間の背後を守るのが彼の役割だ。


「はぁぁぁぁ!!」


 サキルの斬撃が、フェインの背後に生じた空間の歪みに向けて放たれた。

 空間移動が完了する前に、その刃を届かせなければ意味がない。

 無茶な身体強化で一瞬の加速を生み出し、一撃を繰り出す。

 反動で全身が悲鳴を上げたが、気合で痛みを封じ込めた。


 魔力も大量消費し、後で動けなくなるだろう。

 だが、それでも構わない。今決めなければ「後」など存在しないのだから。


 刃が進む先の空間が歪み、何かが現れ——


「がはっ!?」


 袈裟斬りの刃が、タシュアを確かに切り裂いたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ