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想造世界  作者: 篤
13/78

異変②

「いいね、いいよ!とってもいい、その顔!絶望に歪んだその表情が見たかったんだよ!ここまで周到に準備した甲斐があったってもんだ!」


 崩れ落ちたサキルの耳に、嗜虐と狂気を孕んだ声が届いた。

 人の不幸を心から悦ぶ、悪魔のような声音だった。

 四人ははっと顔を上げる。

 かつてオーラクス城がそびえていたはずの更地に、ひとりの男が立っていた。

 切れ長の大きな目に、通った鼻筋。

 整った顔立ちで、黙って立っていれば好ましく映る者もいるだろう。


「君達、今どんな気分かな?」


 だが、その声音と、青紫に妖しく光る瞳、そして歪んだ笑みが、すべてを異質なものに変えていた。

 崩れ果てた街を前にしてなお笑っていられる時点で、まともな存在でないことは明らかだった。

 着ている衣も異様だった。

 着流しのような布衣を袖と裾で括り、動きやすく仕立てている。

 それだけなら、戦場や労働の場でよく見かける実用的な装いだ。

 だが、その布地には青と黒の波紋が描かれていた。

 この世界で凶兆として忌み嫌われる文様を、男は平然と纏っている。

 いつからそこにいたのかもわからない。

 気づいた時には、もういた。

「不気味」という言葉では片づけられない何かが、その男にはあった。

 そして何より、サキルはこの男を知っていた。

 どこかで会ったはずだ。

 思い出そうとするたび、頭の奥を這い回るような痛みが走る。

 放っておいていい記憶ではない。本能がそう告げている。

 だが、今ここで記憶を掘り返せば、それはそのまま隙になる。

 サキルは痛みごと、その引っかかりを押し込めた。

 それよりも、聞き捨てならない言葉があった。


 ——準備した。


 つまりこの男こそが、オーラクスの異変を仕組み、ナバと自分達の宿願を踏みにじった元凶だということだ。


「どういう意味だ、貴様」


 サキルが口を開くより早く、フェインが詰問した。

 その横顔は険しく、いつになく刺すような気迫を帯びている。

 並の者なら、目を合わせることすらできないだろう。

 だが男は、その怒りさえ楽しむように笑みを深めた。


「いやいや、どういう意味も何もないよ。街に誰もいなくて焦って探し回って、やっと見つけた城も偽物で、そして今、絶望に堕ちた……そんな場面に、僕がわざとらしく現れたんだ。気づかない方が不自然じゃない?」


「お前は……!!」


 今度こそ、サキルの中で抑えていた激情が弾けた。

 この男はすべてを見ていた。

 そして、それを面白がるためだけに、わざわざ姿を見せたのだ。

 怒りが煮え滾る。

 サキルは剣を抜き、殺意のままに男へ飛びかかった。


「貴様ぁぁぁ!!」


 フェインもまた叫びと共に大地を操る。

 土が盛り上がって鉾となり、猛る蛇のように男へ襲いかかる。


「許さない!!」


 リセが震える手で矢をつがえる。


「ナバ様に何をした!」


 普段は穏やかなホーキフまでもが怒声を上げ、剣を抜き放った。

 放たれた斬撃は、先ほど偽りの空間を破った時よりも鋭い。

 男に向けた濃密な殺気が、その威力を押し上げているのだろう。

 怒りに呑まれていても、四人の攻撃は互いを邪魔しない。

 長く共に戦ってきた者同士の呼吸が、無意識に間合いを揃えていた。

 男はサキルの袈裟斬りを横に跳んでかわし、フェインの土鉾を薄緑色の障壁で受け止める。

 続くホーキフの斬撃は、障壁を張らずに身を捻って避けた。

 水気を帯びたホーキフの斬撃は、物理的な壁をすり抜けて切り裂く。

 それを一目で見抜いたのだろう。

 やはり一筋縄ではいかない。

 だが、そこまでは織り込み済みだった。

 三人の攻撃は、男をある一点へ追い込むためのものでもあったのだ。


「フッ!」


 鋭く息を吐き、リセが矢を放つ。

 矢はまっすぐ、男の着地点へと吸い込まれていく。


「くっ!」


 男が小さく呻き、跳んで逃れようとする。だが、遅い。


「食らいなさい!」


 リセの凛とした声に応え、矢が眩い閃光を放った。

 次の瞬間、轟音が大気を震わせる。

 ただでさえ何もない更地を、さらなる破壊が呑み込んだ。

 あの威力なら、骨ひとつ残っていないはずだ。

 あるいは障壁で凌いだか。

 いずれにせよ、確かめなければならない。

 四人は粉塵の向こう、爆心地に目を凝らした。


「いない……か」


「やったね」


「よし!」


 サキルの呟きに、リセとホーキフが頷く。

 念のため気配を探ってみたが、何も感じない。

 仕留めた、と見ていいはずだ。

 だが、フェインの表情は晴れなかった。


「……奴の言葉、それにこのオーラクスの有様が気にかかる。ナバ様に限ってやられるなどあり得ないとは思うが……」


 オーラクスに異変を起こし、ナバ達をどこかへ消した元凶があの男なら、手掛かりそのものを吹き飛ばしてしまったことになる。


「フェインの言う通りだ。ナバ様を探そう」


 サキルも同じ考えだった。

 街は壊され、主の行方は知れない。一刻も早く動かなければならない。

 四人は頷き合い、死の街へと踏み出そうとした。

 その瞬間、あの「悪い予感」が背筋を走った。


「だめだよ、まだゲームは始まってもいないからね?」


「なっ!?」


 サキルは本能のままに地を蹴り、爆心地の方へ跳んだ。


「え?」


「なんで!?」


「くっ!?」


 一瞬遅れて、フェインとリセ、ホーキフも同じ方向へ跳ぶ。

 消し炭になったはずの男が、四人のすぐ背後に立っていた。


「ははは、まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。僕はただ、君達と楽しいことがしたいだけなんだからさ」


 何事もなかったかのように、男は平然と笑いかけてくる。

 見世物を眺めるような態度も、不気味に光る青紫の両眼も、何ひとつ変わらない。

 いや、薄気味悪さはむしろ増していた。


「貴様……何が目的だ」


 フェインの問いは、四人全員の疑問でもあった。

 どんな手を使ったのかはわからない。

 だがこの男は今、四人の意識から完全に消え、背後の至近に現れたのだ。

 その気になれば、あの一瞬で皆殺しにできたはずである。

 なのに、しなかった。

 殺すことが目的でないなら、この男は何を望んでいるのか。


「何が目的……か。ふふふ、だから言ってるじゃないか。僕は君達と遊びたいだけなんだって。そう、面白いゲームがしたいんだよ」


 はぐらかしているのか、本気でそう言っているのか。判然としない答えだった。

 どちらにせよ、付き合っている暇はない。


「……貴様に構っている暇はない。ナバ様と直下軍、それにオーラクスの住民について、知っていることを全て吐け」


 フェインが敵意を研ぎ澄ませる。

 同時に、サキル達三人も言葉を交わさぬまま呼吸を合わせ、戦闘態勢をとった。

 皮肉なことに、背後を取られたことで頭は冷えていた。

 怒りはそのままに、思考だけが澄んでいく。

 今のは、男が手の内をひとつ明かしたということでもある。

 次に同じように意識の隙間を突かれたら、無事で済む保証はない。

 だが、知ってさえいれば備えられる。


「二度と同じ手は食わんぞ」


 フェインの低い声に、サキルも内心で頷いた。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた他の三人も、同じことを考えているはずだ。

 もっとも、それは男の側も承知しているだろう。

 まだ見せていない手もあるに違いない。慎重に、確実に追い詰めなければならない。

 四人が再び踏み込もうとした、その時——


「うーん。でも、君達の愛しの愛しのナバ様の身柄を押さえてる僕に、刃向かっていいのかな?」


「!?」


 刃のような一言が、四人の足をその場に縫い付けた。

 言葉の中身もさることながら、このタイミングで切り出したことが、動揺をいっそう深くする。


「……貴様、まさか……いや。ならば最初からそう脅せばいいだけの話だ。貴様の戯言に乗ってやる義理はない」


 フェインはすぐに我に返った。

 生来の胆力か、あるいは誰よりも強いナバへの想いゆえか。

 素早く筋道を立てて三人を落ち着かせ、話に付き合う無意味さを突きつける。

 だがそこには、そうであってほしいという願いが、確かに混じっていた。


「ふふふ、まぁ信じたくないのもわかるさ。会ったばかりの僕の言葉だけじゃ、どうしても……ってとこかな? じゃあ仕方ない、見せてあげよう! ふふ、色んな意味で動揺すると思うけどね」


 男はフェインのその願いを見透かし、憐れむように嘲った。

 優越感に浸るような口ぶりの奥に、隠そうともしない興奮がある。

 不用意に動くことをためらわせる、底の知れなさ。

 だが——


「戯言はいい。早く答えろ。ナバ様をどこにやった」


 サキルは、もう一秒たりともこの男に時間を奪われたくなかった。

 誰よりも大切で、自分にとって至上の存在であるナバの命が、今まさに弄ばれているかもしれない。

 そう思えば、平静を装うことなどできるはずがなかった。


「…………」


 リセもホーキフも、黙ったまま男を睨み据えている。

 口にせずとも、同じ想いを抱いていることは伝わってきた。

 四人の態度は、脅しには屈しないという、何よりの意思表示だった。


「ははは! いいね、実にいい。その強がりがどこまで保つのか、楽しみで仕方ないよ!」


 思い通りに運ばないことさえ、男は愉しんでいるようだった。

 狂気を孕んだ嗤い声が、更地に響く。


「でも、まだまだ足りない! もっと……もっと絶望を見せてよ。お楽しみはこれからだ!」


 男は右手を掲げ、気障ったらしく指を鳴らした。


 ——パチン。


 次の瞬間、空間が歪んだ。

 その中から——


「……ナバ様……?」


 当惑の声が、サキルの口から零れた。

 歪みの中から現れたのは、紛れもなくナバだった。

 城跡の左手、崩れかけた廃屋の二階。

 その高みに、四肢を縛られ、磔にされている。

 見たところ外傷はなく、意識を失っているだけのようだ。

 だが、それはつまり——


「なぜ……あれだけ探していたナバ様を、俺達は……」


 城跡を見て回った時、あの廃屋も目に入っていたはずだ。

 隠されていたとはいえ、すぐそばにいたナバを見落としていた。

 その事実に、四人は愕然とした。


「わたし……どうして……」


 フェインの声はか細く震えていた。

 先ほどまでの毅然とした態度は消え、普段は決して漏らさない女言葉が零れるほどに、彼女は動揺していた。

 空間を自在に操る力。

 それはもはや、四人の常識の及ぶところではなかった。


「はぁあ……あんなにナバ様ナバ様って繰り返してたくせに、まさか素通りとはね。君達、一体何がしたいの? この前の戦だって、ナバ様がいたから勝てたっていうのにさ……まさか、恩を仇で返すつもりなのかな?」


 男は子どもをからかうように言葉を並べ、残酷に嗤った。


「黙れ……貴様には関係ない。……だが、なぜこの前の戦のことを知っている。情報統制は敷いていたはずだ。百歩譲って漏れていたとしても、なぜそこまで詳しい」


 フェインが声を絞り出す。

 立ち直ろうとしているのはわかったが、動揺は隠しきれていない。

 男は楽しげに目を細め、意地悪く続けた。


「ふふふ、そこは秘密ってやつさ。でも、君達のことはよく知ってるよ。軍を率いていたのはフェインくん。リセくんとホーキフくんは皆の心の支え。そして——サキルくん」


 その名を呼ぶ時だけ、男の声に妙な熱がこもった。

 ねっとりと絡みつくような響きに、サキルの背筋が粟立つ。


 ——なぜ、ここまで知っている。どうやって調べた。


 疑問が渦巻く中、サキルはとうとう口を開いた。


「……お前は、何者だ」


 声に、わずかな震えが混じった。

 リセもホーキフも黙り込む中、その問いは本能の奥底から絞り出されたものだった。

 頭の奥の痛みが、また疼く。


「いやいや、君達はもう僕のことを知ってるはずだよ。知ってるくせに知らないフリをして、僕を騙して優位に立とうとしてるんだろう?」


 男は全てを見透かすように、青紫の瞳でじっとサキルを見つめた。


「だから、まずは自己紹介から始めようか」


 両腕を大仰に広げる。

 天に祈るような仕草のまま、神を冒涜するような笑みを浮かべて、男は言い放った。


「僕の名は、タシュア・イーライグ。巷じゃ『死眼の悪魔』とか『紫蝕の悪魔』なんて呼ばれてるけど、好きな方で呼んでくれて構わないよ!」


 その名こそが、破滅の象徴だった。

 運命の歯車は、この瞬間から狂い始めた——。


 ***


「ゲーム……だと?」


 サキルはもはや警戒を隠さなかった。

 タシュアが現れた時から嫌な予感はあった。

 捕らえられたナバを見せつけられた今、それは確信に変わっている。

 この男の言葉には、一つひとつに悪意と毒が潜んでいる。信じるに足るものなど、何ひとつない。


「そうそう。君達が勝てたら、大事な大事なナバ・セルフェウスと、その直下軍、ついでに街の人達も解放してあげるよ」


 親切心から提案しているかのような調子で、タシュアは続けた。

 もちろん、そんな報酬を信じられるはずがない。

 本当に解放するつもりがあるのか。ナバ以外の者達が生きているのか。何ひとつ保証はない。

 そもそも、ナバ達を襲って捕らえ、こんな悪趣味な遊びを持ちかけている時点で、目的はサキル達を弄ぶことでしかない。

 これまでの言動が、それを物語っていた。


「もちろん、君達に選択権なんてないけどね。乗らなくてもいいけど、その場合は不戦敗。君達も含めて、全員処刑ってわけ」


 タシュアは楽しげに肩をすくめる。


「まあ、僕の言葉が信用できないのはわかるよ。でも、君達が勝ったら必ず全員無事に帰してあげる。それに、僕の身柄も好きにしていい。各国で指名手配されてる僕を引き渡せば、莫大な報奨金がもらえるよ? ね、勝てばいいこと尽くめだろ?」


 要するに、拒否は許されないということだ。

 街の異変を偽りの空間で覆い隠し、誘い込み、捕らえたナバを見せつけ、逃げ道を塞いだ上での宣言。

 直下軍も、住民も、大将軍ナバ自身も、殺さずに捕らえているという徹底ぶり。

 すべては、サキル達の心を縛るための計算だった。


「…………仕方ない。そのゲーム、受けてやる」


 長い沈黙の末、フェインが苦渋の決断を下した。

 サキル達にとって、ナバは命よりも重い。

 タシュアの言葉がどれほど胡散臭く軽薄でも、ナバを救う道がそれしかないのなら、乗るしかなかった。

 だが、馬鹿正直に従うつもりなどない。

 隙を突いてタシュアを引き離し、できることなら討ち取って、ナバを取り戻す。

 フェインも、サキル達も、その機をうかがっていた。


「ふふふ、そうこなくっちゃね! 大丈夫、そんな顔しないでって! 僕は何があっても、約束だけは守るからさ!」


 だがその言葉さえ、サキル達の腹の内まで織り込み済みであるように聞こえた。

 状況の設定も、ナバを人質にとる構図も、すべてはタシュアが最初から敷いた盤の上なのではないか。

 そんな疑念が、拭えなかった。


「とりあえず、君達の大事な大事なナバ様は、僕の仲間に預かってもらうね」


 サキル達が最も恐れていたのは、まさに人質の扱いだった。

 タシュアはそれを、あっさりと口にした。

 仲間に預ける。

 近くに気配など感じないのに、仲間が控えているというのだ。

 その仲間がタシュアと同等、あるいはそれ以上の力を持っているかもしれない。想像するだけで胃が軋んだ。


「なっ!? 貴様、ナバ様をどこへやる気だ!」


 ホーキフの怒号が響く。


「どこって? 大丈夫だよ。空間をちょっといじって、仲間のところに送るだけ。僕に勝てたら、ちゃんと出してあげるからさ」


 言うが早いか、磔にされたナバの周囲で虚空が割れた。

 底の見えない黒い渦が口を開け、その身体を呑み込んでいく。


「待て、それで納得すると思うのか! ナバ様を戻せ! 人質の無事がわからなければ、ゲームなど成立しない!」


 フェインが食い下がる。

 サキルも怒りを堪えきれず、声を上げかけた、その時——


「もう、心配性だなあ。ほら、無事ですよぉ〜っと」


 同じ場所に再び空間が開き、ナバが吐き出された。

 四肢は縛られたままだが、傷はない。

 うっすらと目が開いている。意識が戻ったのだ。

 だが、安堵したのも束の間だった。

 すぐにまた空間が開き、ナバは引きずり込まれていく。


「ナバ様!!」


「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」


 サキルとリセ、ホーキフがその名を叫び、フェインが怒声を叩きつけた。


「もう、そんなに怒らないでよ。生きてるってわかったんだから、いいでしょ? じゃ、次はルール説明ね」


 タシュアは何事もなかったように笑い、続けた。


「ルールは簡単。君達四人と僕で戦う。僕は君達を全員捕まえたら勝ち。君達は、僕の体のどこでもいいから、掠り傷ひとつ負わせたら勝ち! どうだい? 断然君達に有利な、サービスルールってやつだよ?」


「……待て。それではお前に不利過ぎる。何が狙いだ? それとも……俺達を舐めているのか?」


 フェインが思わず問い返した。

 サキル達も同じ疑念を抱いていたが、交渉を乱さぬよう口を閉ざす。

 なぜ、自分に圧倒的に不利な条件を出すのか。

 本当に負ければ、タシュアには何の得もない。

 かといって、負けた途端にルールを反故にされるなら、勝利そのものが無意味だ。


「ぷっ、あははははっ! いいねぇ、そこまで考えてくれるなんて、本当に君達は僕好みだなぁ。疑い深いのなんのって。これまでの準備が報われるってもんだよ!」


 サキル達の疑念を、タシュアは玩具でも転がすように笑い飛ばした。

 その姿は愉悦に満ち、もはや快楽の域にある。


 ——こいつは、本当に何がしたい。


 サキルは内心で呻いた。

 これほど読めない相手は初めてだった。

 目的も思想も語らず、ただ混沌と悪意を垂れ流している。


「御託はいい。早く始めろ」


 フェインが言葉を断ち切った。


「まぁまぁ、焦らないでよ。最後に、どうしてこのルールにしたかだけ教えてあげる。深読みする必要はないよ。理由は単純」


 タシュアの目が、すっと細められた。

 口調は変わらない。

 ただ、言葉に込められた気配だけが一変した。


「君達程度じゃ、掠り傷ひとつ付けられないと思っただけさ」


 ——!


 場の空気が凍りついた。

 四人は声もなく息を呑む。

 揺るぎない自信。そしてその奥にある、圧倒的な力の実感。

 それが否応なしに肌を撫でていった。

 いよいよ、本性が覗き始めたのか——。


「はっ、上等だ。ナバ様に手を出したこと、ふざけた条件を突きつけたこと——その全てを後悔させた上で、葬ってやる」


 サキルが剣を構え直す。


「私は特に、ナバ様に手を出したことを後悔させてあげたいわ」


「僕も、絶対に許さない」


 リセとホーキフが並び立つ。

 最後にフェインが、低く告げた。


「作戦は、前に打ち合わせた通りで行く。使う機会はなかなか来なかったが、今こそその時だ。あとは臨機応変に頼む」


 駆け引きも理屈も、もう関係ない。

 四人には、絶対に譲れないものがある。

 成すべきことはただひとつ。目の前の悪魔を打ち倒すことだけだ。


「準備はいいみたいだね。さあ——ゲーム開始だ」


 狂気に満ちた声が、死を招く饗宴の始まりを高らかに告げた——。

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