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   Ⅳ 二〇〇一年 九月十一日(2)


 ユーリの兄、水葉悠里の口癖は、「未来の話をしよう」だった。

 ユーリから見て五つ上の彼は、弟であるユーリと、それから彼の最も親しい友人であり近所に住む少女、藤咲エリサの二人に、色々なことを語って聞かせた。

 取るに足らない趣味の話から、自然科学についての雑学、料理のテクニックについてまで、その話題はバラエティーに富んでいた。五つ年上だったからというのもあったが、ユーリとエリサは悠里の話を聞くことにそれなり以上の楽しみを感じていた。

 悠里は実に様々な知識を持ち、それについて語ったが、それら多くの話題の中でも最も多く語られ、そして――特にエリサを惹きつけたのは、人類社会の過去と現在と、そしてこれから――悠里が「未来の話」と呼んでいたものだった。

「どうして一度も革命なるものが、成功していないと思う?」

 と、当時まだ中学生だった悠里は、小学生の二人に向かって薄く寂しげな笑みを浮かべて問いかけた。

 いつの時代も、賢く、考えたり感じたりすることを怠らず、善悪についてきちんと判断し、覚悟をもって責任を背負い生きる人間は、そうでない人間よりも圧倒的に少なかった。 

 人の上に立てば搾取を繰り返し、人の下に建てば無思考的な妬みでもって上に立つ者の足を引っ張ることしかしない。自身の怠惰さから眼を背け、自身の取るに足らない小さく醜い人間性から目を背けるために、即物的な快感を求め、他者を攻撃することで安心を得ようとする。

 自身の所属する集団を神格化し、それでもってそこに(何の努力もなしに)属する自分をも、価値あるものだと思い込む。更にその集団の(本来便宜的な意味以上には存在しない)価値を守るために、他集団を貶し、劣った、汚らわしいものであることにする。そうしていれば自己欺瞞に目を向けずに済むがために。

 所属する国、生まれた地域、卒業した学校、血液型、果ては、使っているゲームハードですら利用して、攻撃しあうことで安心する。

 空っぽの人々。空っぽの蛮族たち。

「大衆は賢くないし、善について考えもしない」

 彼はよくそう締めくくった。

 口を尖らせて人類社会の問題の根を見据えようと語る悠里は、深く世界を憂えていた。

 幼い頃から賢かった彼には、様々な問題を人類が醜悪な怠惰さによって抱えこまなかった場合の世界が、見えていたのかもしれない。聡明であるが故に、彼は人々を憎み、あきれ果て、しかし同時に誰よりも――心配していた。

 彼は一言で言って、小難しい子供だった。だが小難しいだけでもなかった。物腰は柔らかく、深く人を好み、大事にすることを知っている子供でもあった。

 エリサは、そんな悠里を尊敬し、慕っていた。彼女のすぐ傍にいつもいたユーリには、彼女のそんな心情がありありと察せられた。

 実のところ密かにエリサを好んでいたユーリとしてはそれは中々に憂慮すべき事態だったが、しかし兄の悠里のことを自らも自慢に感じていたため、やや複雑な感情を抱きながら首を捻るよりほかになかった。 

 ユーリはエリサと共に高校まで進学し、同じ部活に所属していた。

 二人が二年に進学し、夏休み中の部活に励む中、悠里は大学の夏季休暇を利用して海外に旅立った。

 そうして、二度と帰ってはこなかった。

 危険な途上国を渡り歩き、その最中に自爆に巻き込まれて死亡したという。

 後日、どのような経路を通ってか、一枚の写真がユーリの元へと郵送された。写真には、砂埃に塗れたどこかの土地にたたずむ悠里の姿があった。

 写っていたのは、彼一人ではなかった。白人黒人、黄色人種。イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒。様々な人種と、様々な宗教のもとに生きる人々が、そこには写っていた。親しげに笑みを浮かべ、談笑している中撮られた様な一枚だった。

 エリサは、ユーリが見せたその写真を、食い入るように見つめ続け、それから一言、

「私に、ちょうだい。お願い、ユーリ」

 と呟き、崩れ落ちた。

 彼女とて、ユーリにとって兄の大事な写真だという事実は十分に理解していたが、それを理解して尚、そう言わずにはいられなかったのだと、ユーリは理解した。

 悠里は死んだ。どこかの国の、見たことも無いような乾いた地面に伏して。

 悠里を深く慕っていたエリサは、ひどく消沈し、一時は自宅に篭もった。ユーリはそれを気遣い、彼女と何度も話し、手を伸ばし続けた。

 その甲斐あってか、彼女は比較的短期間で、元通りに見える生活を、取り戻した。笑い、話、食べ、走り、生きる一人の高校生へと。

 しかしその隣で、ユーリは常に感じていた。

 エリサは、決して悠里の残したものたちを、忘れてはいなかった。その姿も声も、思想も、人類への――心配も。

 ふとしたタイミングで――夕方、学校の窓越しに遠くの町の家々や焼けた赤い空を見つめる彼女の視線に、雨の日に静かに歩くその背中に――ユーリは、エリサの意志の欠片を、恐らく彼女の中で最も深く鋭く重みを持った願いの欠片を、見て取った。

 願い――人類社会を『どうにかできないか』という願い。

 多くの人間が数千年数万年抱え続け、そして未だ達せられていないこと。

 先進国であれ途上国であれ、暮らし、生きる限り、社会の抱える病に触れずにはいられない。街角のコンビにもスーパーも恐ろしい飢餓や貧困や他国の紛争の上に成り立っている。エリサは見かけ上自然に振舞い、自然に生きてはいたが、多くの病を、汚濁をその目の奥に映し、心に抱えて続けていた。

「どうすればいい?」

 と、ユーリは誰に聞くこともできずにいた。エリサと彼は友人としてこの上なく親しかったが、しかしそれ以上に親しくなることは出来そうになかった。エリサの魂は彼女自身の――そしてかつての悠里の――願いによってからめとられ、手が届く位置には無い。

 単純なことならかなえることも出来たかもしれない。努力すれば、そして凄まじいほどの運が向けば、人は金持ちにも俳優にも、もしかすれば総理大臣にだってなれるかもしれない。

 だが、エリサが求めているのは、求めずにはいられない、達せられなければ他の価値に深く身を沈められないという、その願いは、そうした誰にだって叶えられない。

 彼女をどうにかできるのは、『正義のヒーロー』だけだ。

 世を悪から守り、破壊から守り、そして善の元に導く。

 そんな者は、どこにもいない。存在したためしがない。

 世界中に、貧困と搾取、代理戦争に民族紛争にテロ、資源確保のための血なまぐさい闘争とそれをナショナリズムや歴史認識の問題にすり替えた醜い鍔迫り合いが溢れている。

 それを、どうしろって?

 一人の人間が。それは、一体どんな奇跡を起こさなければ、可能にならないことだ?

 ユーリはそう懊悩し、懊悩しながらも高校生活を続け、そして一年後、高校三年の夏に、路上でふらつき道路に倒れこみ、車に撥ねられることとなった。


   *


 事故によってユーリが負った怪我は、実際のところ、大したものではなかった。重症といえば確かに重症だったが、怪我といえば骨折が数箇所のみで、臓器や脳には何の負傷も見られず、痛みやショックからか気絶はしたものの、特に問題も無く病院のベッドで目を覚ますこととなった。

 ユーリは病院で目を覚ました。覚醒の瞬間というものは、誰しも意識が曖昧として、見えているものも考えていることもどこかはっきりとせず、逆に支離滅裂としていることがある。この時の彼もまた、ぼやけた視界の中で、明晰な認識からは遠い意識の中にいた。

 痛み止めの点滴や、治療時の麻酔の微かな残りが影響したのかもしれない。その時のユーリは、普段よりもその茫漠とした意識でいる時間が長かった。

 自分が自分であると理解しつつ、自分という意味が理解できなかった。普段なら容易に繋がる論理が繋がらず、一方で繋がるはずのない論理的な連結が容易くなされていた。

 要は、すっかり寝惚けていた。

 ベッドの脇には、ずっとそこにいたのか、それとも病院スタッフを押しのけて勝手に入ってきたのか、エリサの姿があった。

 彼女はユーリの体の怪我の無い部分に顔を押し付けそっと触れながら、嗚咽していた。たかだか骨折患者に対する安堵としてはオーバーだったが、一度大切な人間を、それも今回事故に遭ったユーリの兄を失っているとなれば、仕方の無いことかもしれなかった。

 そんなエリサの姿を確認しながら、ユーリはしかし、すぐには何も反応できなかった。

 寝惚けた意識の中で、ユーリは、自分というものとその他のものの境を、さほど認識できずにいた。

 人間の意識において、一つ一つの事物を一つ一つとして認識するのは、言語による機能である。それをそれと言わなければ、『それ』は存在しない。自分の体とそれ以外の世界という分かれ目ですら、全て同じ宇宙に属する物質であるという観点から見れば、人間自身の恣意的な認識に過ぎない。そしてそれを可能足らしめているのは、『自分』という言葉である。

 こう言い換えてもいい。人間にとって、意識と、言語と、クオリア(感覚質)というものは、一つのものなのだ、と。

 クオリアというのは例えば、赤い色を見たときに感じる「赤い色だという感じ」のことであり、意識が主観的に感じる感覚の質の事を言う。

 意識というものは常にクオリアに囲まれている。五感が感じるものは全てクオリアである。全ての感覚が一切無いという状態を仮定するとき、そこに「意識」なるものを仮定するのは難しい。何も感じないというのは、自己存在をどんな手がかりからも感じられないということであるが故に。

 そして自己を自己と規定し世界という一つのまとまりから切り離して「分かつ」ことで「分かる」という現象は言語においてなされる。クオリアも自己も言語によって成り立つ。

 クオリアは意識を存在せしめ(クオリア=意識となり)、意識は言語を走らせ、言語は意識とクオリアを存在させる。

 病院のベッドで霞がかった寝起きの意識の中にいるユーリは、その全てが覚醒時に比べ、弱まっていた。

 言語機能が弱いがために自身と他の区別がつきづらかった。それは、常に自意識の中にいる人間にとっては、奇妙な体験だった。

 世界と自身が一体化する感覚。世界という大きさに、自己が同一化する圧倒的な快感。

 何もかもが、ユーリにとってその瞬間、手に取るように分かった。彼はその瞬間、彼であり、空気であり、空であり、病院であり、点滴チューブであり、そしてエリサだった。

 無論、彼は神でも仏でも修行僧でもない、ただの高校生であり、その「万物斉同」ともいえる境地を完全に体現していたわけではない。自己と世界の合一化と言っても、それには多分に不完全さがあった。

 それでも、彼はその時、自己の枠を超えて、物事を認識し、思考し、理解できた。

 すぐ傍で自らに触れるエリサの中に息づく、悠里の願いをもはっきりと見て取った。


 退院後、ユーリは自身の一部が、事故の前とははっきり異なっていることを自覚していた。

 元々素養があったのか、遺伝的にそうした特性があったのか――理由こそ分からないものの、ユーリは自分の特技に、事故をきっかけとして気がつくこととなった。

 自己を完全に失わない程度に、自己を溶かし、拡散させ、世界の一部を自己としてドライブする技術。

 正気で考えてみれば、ほとんど頭のおかしな人間の妄想めいたものだったが、彼は幾度かこの力を試し、それが幻覚妄想の類でないことを証明した。

 証明して、考えた。

 いわば、自己の脳領域を一気に増設して、人間を超えた物事をなすだけのことが、出来るならば。

 エリサの願いの一部を、背負うことが出来るかもしれない、と。

 ユーリは深くエリサを求めていた。幼少時から共に生きてきた彼女と、彼は長く共に暮らしたかった。深く情を交わし、この上ない価値を二人で手に取りたかった。

 ユーリは、そのために、行動を起こすこととした。

 世界中で。血みどろの、悲惨な人類社会のあちこちで。


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