妙な癖
夏休みが明けて2週間が経った。
明後日から修学旅行ということで、教室内でもその事に関する話題がちらほらと聞こえてくる。
今日は耳さんに活躍してもらいますか。
毎日外を眺めてぼけっと過ごすのもつまらないので、時々こうして聞き耳を立てている。まあ大半は別に聞いたところでどうなるという話ではないのだが、それなりに面白い話もある。
「修学旅行ってどこ行くんだっけ?」
「もう明後日だっていうのに何言ってるの? 京都よ」
「京都かあ。ありきたりだけど行った事ないから面白そう」
「そうねえ。やっぱり金閣寺とか見てみたいわね」
「私は清水の舞台かな?」
あくまでも歴史的な建造物等を見る事を楽しみにする人達。
「京都か。確かうどんやそばのつゆ違うんだよな?」
「ああ、こっちと違って汁が黒くないっていうな」
「やっぱ、初めての土地に行ったら、食い物を堪能するに限るよな?」
「そうだな。大阪なんか行って本場のたこ焼きとかも食いたいな」
ここにはないものを食べる事を楽しみにする人達。
「お前自由行動誰と行くか決めたか?」
「お前、朝倉にそんな事聞いてどうするんだよ?」
「ああそうか。聞くまでもなかったな。うまくやれよー?」
「大きなお世話だ」
自由行動という名のデート? を楽しみにする者と冷やかす者。
「美島さんは誰と行くか決めた?」
「え? ええと…ダメ元で山名君誘ってみようかなと思ってるんだけど」
「山名君を? 無理よー。恋人に殺されるわよ?」
「ええ! 山名君彼女いるの?」
「彼女じゃなくて、彼氏がいるでしょ?」
「ああ、雪村君の事ね」
ちょっと待て。いつからそうなったんだ? それに愁一だって一緒にいることが多いぞ。
「いよいよだな…」
「ああ…」
「言っておくが、譲る気はないぞ」
「こっちもだ」
「俺を蚊帳の外に置くな」
「俺は別路線だから」
「偶然だな、俺も恐らくお前と同じ路線だ」
「ほう」
「負けねえぞ」
「こちらもそのつもりはない」
「こら! 俺を無視するな」
「俺らはあいつらとは別路線だし、平和に行こうぜ?」
「そう言って抜け駆けする気か?」
「そうはさせないぞ」
「あくまでもやる気か?」
「ああ…」
「もちろんだ」
「はあ…、残念でござる。小島先輩と一緒に京都の町をじっくりと…。ああ…何故留年してくれなかったでござるか」
約1名を除いて、早くも火花を散らしているバカ一派。
みんな様々だねえ
しばし聞き耳を立てて楽しんでいると
「おはよう」
「…おはよう」
珍しく恋人と恋人扱いされなかった男が一緒に登校してきた。
「ああ、お前達はいい」
「何言ってるんだお前?」
「……」
正明はキョトンとしている。愁一は無表情。
「まあそれでも聞いてみるか。正明君、君の修学旅行の楽しみは?」
「もちろん、京都の町の散策だ。何せ歴史的建造物が山ほどある。これほど楽しみなことはない」
正明は力強く断言する。
「…やれやれ」
予想通りの答えに嘆息する。
「はあ…」
「お前人に聞いておいて溜息つくのか! それに愁一までなんだ!」
正明はとたんに不機嫌になる。
「ああ、悪い。なんかお前が可哀相になってきて」
「…そうだな」
「? どういうことだよ」
「そりゃ京都の町の散策も楽しいだろうけどね。だがお前はそれよりも他の事を楽しみにしろって事」
「…そうだ。もう少し考えてみるべきだな」
二人で歩調を合わせて正明を諭す。
「はあ?」
「わかんないなら、考えてみる事だね。じゃあお休み」
「…俺はミーティングがあるから行く」
愁一は教室から出ていき、僕は腕を枕にして寝る。
「おい、教えろよ」
正明はこちらの身体を揺する。
「ヤダ」
「気になるだろうが」
「だったら気になって眠れない日々でも過ごしなさい」
「お前が教えてくれれば解決するだろうが!」
正明は更に激しく揺する。無視して寝ようとすると
「相変わらず、意地悪してるのね」
花丘さんが登校してきた。
「ああ花丘さんおはよう」
「おはよ」
「おはよう」
花丘さんは無表情で答える。
あれ?何か違う…
何かと問われると困るが、今日はなんとなく花丘さんの雰囲気が違う。
強いて言えば、不安そう、かな?
「花丘さんからもこのバカに言ってやってくれない?」
正明は花丘さんに助けを求める。
「どうしたの?」
花丘さんは当然の事ながら状況がつかめてない。
「こいつが突然、修学旅行の楽しみを人に聞いてきたんだよ」
「それで?」
「それで、『京都の町を散策する事だ』って言ったら、こいつが『もっと別の事を楽しみにしろ』って言うんだよ。で、何故なのか教えろって言ったら教えてくれないんだよ」
「ああ、そういうこと」
花丘さんはうんうんと頷いている。
「だから、花丘さんからも言ってやってよ」
「そうねえ。雪村くん、教えなくていいと思うわよ」
「でしょう?」
「ええ! 花丘さんまで何で…」
助け船を期待したのに逆に突き放され、正明はますます混乱しているようだ。
「だって、それは自分で考えないと」
「そういう事」
「う…。わ、わかったよ」
正明は渋々納得した。腕を組んで何かブツブツ言いながら考え始めた。
「わかればよろしい」
「…何か悔しいが。まあそれはいいとして、花丘さんは修学旅行何が楽しみ?」
「え? ええと…。知らない街の散策…かな?」
花丘さんは考え込んで答えた。しかもその答えは誰かさんとまったく同じだ。
…やっぱりおかしい
この手の質問にはいつも社交辞令や冗談も交えて即答するはずだ。
「おい」
正明はこちらを睨む。
「…何?」
「花丘さんも同じ事言ってるのに、何で俺に言った事言わないんだ?」
「……はあ、お前本当に馬鹿だな」
「な、何でそうなるんだよ!」
正明はバカ呼ばわりされて怒る。
「大人しく席にでも戻って考えていなさい」
「わかったよ!」
正明はふてくされて席に戻っていった。
「あーあ、やりすぎたか」
「雪村くんもあんまり意地悪しない方がいいんじゃないかしら?」
「いいのいいの。ところで…」
「何かしら?」
「何かあったの?」
「え?」
花丘さんは驚いた顔をする。
「何か、いつもと違う気がするんだけど」
「別に何もないわよ」
花丘さんは笑って誤魔化す。
「それならいいんだけど」
「あ、そろそろSHRだから私も席に戻るね」
花丘さんは席に戻っていった。
やっぱり何かあるな。修学旅行に何か嫌な思い出でもあるのか?
その後も花丘さんの様子が気になったものの、結局何も聞かなかった(聞く機会がなかった事もあるが)。
やっぱ聞いといたほうよかったかな?
部活から戻ってきて考えていると
「慧、何ぼけっとしてんだ?帰るぞ」
同じく部活から戻ってきた正明に声をかけられた。
「あ? ああ、帰ろうか」
「どうしたんだ? お前」
「どうもしないさ。行こう」
教室を出た。
玄関に行くと、見慣れた人影が立っていた。
「あ、雪村くん。山名君も今帰り?」
「そうだけど」
「花丘さんは仁科さんでも待ってるの?」
「そうじゃないんだけど…。ねえ、私も一緒に帰っていいかな?」
「いいよ。なあ正明」
「悪い、俺急用を思い出したから」
正明はそう言うとさっさと靴を履き替えて走り去ってしまった。もう少しマシな理由考えろ…まったく。
「気、遣わせたみたいね」
「みたいだね。行こうか」
「ええ」
花丘さんと二人で帰る事になった。
丁度いいから聞いてみるか。
「花丘さん」
「何?」
花丘さんはこちらを向く。
「何か修学旅行に嫌な思い出でもあるのかな?」
「え? 何でそんな事を聞くの?」
花丘さんは少し驚いている。
「いや、今日は何だか様子が変だったからさ」
「へーえ、よく見てるのね。凄いわ」
花丘さんはからかうようにこちらの顔をのぞき込む。
「…まあ、なんとなく」
目を合わせずに応える。
「…実はね、私修学旅行に行った事無いのよ」
花丘さんは先程とは打って変わって暗い表情になる。
「何故?」
「私、何か行事があると当日になって風邪を引くのよ」
「は?」
「それで、小学校も中学校も修学旅行に行けなかったのよ」
「ただの偶然じゃないの?」
「去年も吹奏楽部の全国大会の日に風邪引いてリタイアしたのよ」
「…それはまた」
「それで、今回もそうなるかもと思って…」
花丘さんは暗い顔のまま俯いている。2度ならず3度も同じ事が起こればそう思いたくもなるのだろう。しかし、その思いこみが一因となるとも言える。
「大丈夫だと思うけどね」
「え?」
花丘さんは驚いてこちらを見る。
「そう思わないとやってられないって。『病は気から』と言うしね」
「……」
「まあ何の根拠もないんだけどね」
我ながらもっと気の利いたことが言えないものかと思う。
「…ありがとう。何か少し不安が和らいだわ」
それでも少しは効果はあったらしい。花丘さんはホッとした表情をしている。
「そうそう。悪い事ばかり考えるといい事ないよ」
「ふふ…、そうね。じゃあ明後日は絶対風邪引かないわ」
花丘さんはいつもの明るい声に戻る。
「その調子その調子」
「今回は絶対に行きたいもの」
「確かに高校のを逃したらもう修学旅行はないしね」
「……」
花丘さんは何故かこちらを睨んでる。
「あれ?どうしたの?」
「前言撤回ね。ちっともよく見てないわ」
花丘さんはそう言うとさっさと歩いていく。
「別にそんなに急がなくてもいいと思うけど?」
「……」
花丘さんは黙って歩いていく。
何か怒らせるような事言ったかな?
考えてもわからないので、とりあえず花丘さんを追いかける事にした。
「ちょっと待って」
「……」
結局、この後は花丘さんをひたすら追いかけるだけになってしまった。




