花火大会にて
いつも通りに練習を終えて帰ってくるなり、自室の椅子に腰掛けてぐったりとする。
今日は毎年恒例の花火大会の日だ。石積川で行われる花火大会は結構有名らしく、この日は隣町から県内から多くの人が集まってくる。そのため、河川敷を中心にあちこちに人混みができ、特に駅前の歩道などは会場に移動しようとする人でごった返す。その人の流れをかき分けてようやく帰ってきたのである。
花火や祭りは別に嫌いじゃないし、見に行ってもいいとは思う。しかし、あの人だかりの中を移動するのはどうにも我慢ならない。
しかし…去年は花火大会に行った、いや行かねばならない状況に追い込まれた。そして…地獄を見た。
来るか…。
携帯に電話が来る様子はない。
だが、ほぼ確実にあと10分以内に鳴るはずだ。そして、去年と同様に花火大会に行くことになるだろう。死刑執行を待つ人間はこんな気分で毎日を過ごすのだろうか?
まだか?まだなのか?
鳴って欲しくないという願望と、そんなことは無いだろうと諦める心がせめぎ合う。
そこにピピピと電話が鳴る。
来た! って、あれ? 薫からじゃない。ディスプレイには知らない番号が表示されている。
とりあえず出てみることにする
「もしもし」
「あの…雪村さんですか?」
受話器越しに聞こえてきたのは女性の声。どこかで聞いたことがあるような…。
「はい、そうですけど、どちら様ですか?」
「花丘ですけど…」
「ああ、花丘さん。…何で番号知ってるの?」
「さっき、山名君に聞いたの」
「ああ、そういうこと。で、何の用かな?」
「一緒に花火見に行かない?」
「え?」
「あ、もしかして何か用事がある?」
「いや…」
予想外の展開だ。まさか花丘さんから誘いが来るとは…。
どうするかしばし考える。…断れば、十中八九薫と行かなければならない。しかし、花丘さんと行くことにすれば…逃げられる!
答えは決まった。
「お供します。いえ、させて下さい」
「え、ええ…。じゃあ、商店街で待ってるから。そこで会いましょう」
「了解。じゃあ後でね」
電話を切る。
さて、これで逃げら…
チャーチャーチャーチャララー♪~
また電話が鳴った。そして奏でる曲は某帝国のマーチ。薫からだ…。
恐る恐る電話にでる。
「はい…もしもし」
「慧。花火大会に行くわよ。すぐに来なさい」
ツーツーツー。要件だけ言って電話は切れた。薫からの電話は基本的に薫が一方的に用件を言って切る。こちらに反論、もしくは拒否することは許されない。
しかし、今回は先約がある以上断りの電話を入れなくてはならない。大丈夫、先約があると言えば薫もわかってくれる…だろうか?
迷っている暇はない。電話帳に登録してある薫の番号を表示して、通話ボタンを押す。
「電話をかけている暇があったらさっさと準備して来なさい」
いきなり薫は不機嫌だ。
「あのですね…実は…その…先約」
「…何ですって?」
まずい、余計不機嫌になってる。
「ですから、その…先約がございまして」
「誰と行くつもり?」
「え?」
「誰と行くつもりか、聞いてるのよ。さっさと答えなさい」
「先程、花丘さんに誘われまして…」
「花丘さんに?」
「ええ」
「……」
「あのー? もしもし、聞いてます?」
「……そう。誘って悪かったわね」
ツーツーツー。
あれ? 何も言われなかった。絶対何か言われると思ってたのに。
…何はともあれ、これで逃げられた。さて、準備して行こう。
着替えを終えて部屋を出ると奈津姉がいた
「あらぁ。慧くんおでかけ?」
「うん。花火大会見に行こうと思って」
「あらそうなの。私も他の子たち誘っていこうかしら」
「はは…。それもいいかもね。じゃあ」
「あ、慧くん」
奈津姉に呼び止められる。
「何?」
「しっかりね」
何故かよくわからないエールを送られた。
施設を出て商店街へ向かった。
商店街も祭りということで人通りが多い。そんな中、花丘さんを見つけて近づいてく。
「あ、雪村くん」
「ごめん、待った?」
「全然。ちょっと着付けに時間がかかったから」
そう言って花丘さんは浴衣を見せる。普段と違う格好だけに、新鮮に見える。
「よく似合ってるよ」
「ありがとう。じゃあ、行きましょうか」
「はい」
花火大会の会場へ出発した。
会場へ向かうのに通る駅前通りは人で溢れかえっている。ほとんどの人は河川敷の方へ向かって歩いているので、その流れに乗って歩く。
「やっぱり人が多いわね」
「そうだね」
「雪村くんは、花火大会に毎年行くの?」
「毎年ってわけじゃないけど…たまには」
「そう、もしかして線香花火の方が好きとか?」
「いや、そんなことないよ。ただ…人混みはあんまり好きじゃなくて」
「じゃあ、もしかして迷惑だった?」
花丘さんの表情がわずかに曇る。
「全然。むしろ誘ってくれて嬉しいよ」
そう言うと、花丘さんの顔がぱっと明るくなる。
「本当?」
「うん」
「良かった…」
花丘さんは嬉しそうに笑う。そんな喜ばれることを言っただろうか? 誘いを受けておいて、嬉しくないと言う奴はいないと思う。まあ、薫から逃げることができたのだから嬉しいというのは本音だけど。
もうすぐ河川敷だ。段々と人の数も増えてきた気がする。はぐれないように、互いが近くにいることを確認しながら歩く。
「そういえば花丘さん、何で僕を誘ったの?」
「え?」
「いや…仁科さんとか、笹倉さんを誘うんじゃないかなーと思って」
「二人とも今年は都合が悪くて行けないって。それで、一人だと行く気がしないから、雪村くんを誘ったの」
要するに、誰でも良かったわけだ。まあそれで偽物彼氏にお鉢が回ったと
「そう」
「でもこういう時に二人でいると、本当のカップルみたいね」
周囲を見ると、親子連れや友人同士で歩いている人も結構いるが、やはりカップルらしき二人組が多い。おそらく自分達も周囲からはそう見られているだろう。
「ああ…確かに」
「まあ、私達は形式上は恋人同士だから別に構わないわよね?」
「そうだね」
「さあ、もうすぐ河川敷よ。急ぎましょう」
「はいはい」
人通りの激しい中をかいくぐるようにして河川敷を目指した。
普段は静かな河川敷も、今日ばかりは多くの屋台が並び、花火を見に来た人々の活気に溢れている。屋台を見て回ってはしゃいでいる人、花火がよく見えそうな位置に陣取って食べ物を広げている人、早くも空を見上げている人、友人なり恋人なりと楽しそうに話している人、皆思い思いの方法で花火が始まるのを待っている。
「今年も盛り上がっているわね」
「そうだね」
「ねえ、雪村くん、まだ花火が始まるまで時間があるから、屋台見て回らない?」
「いいけど」
「じゃあ、行きましょう」
花丘さんと屋台を見て回る。見ると結構な数の屋台がでている。
「雪村くんは何か欲しい物はある?」
「そうだな…」
周囲の屋台を見る。金魚すくい、ヨーヨーすくい、綿菓子、お好み焼き、たい焼きにお焼き、かき氷、イカ焼き、焼き鳥、射的、輪投げ…ドネルケバブにスパッゲッティの麺を揚げたやつに亀すくい?
…変わったのも混じっているが、大体は祭りの定番とも言える屋台だ。せっかくだからその珍しい屋台に行こう。
「じゃあ、あれとあれにしよう」
ドネルケバブの屋台とスパゲッティの麺を揚げたやつ(イタリアンスパボーって言うらしい)を指さす。
「え?あれ?」
花丘さんは意外そうな顔をする。
「そうそう。行こうか」
「ええ…わかったわ」
シナモン味とカレー味のイタリアンスパボーと、甘口と辛口のドネルケバブを買った。
花丘さんは物珍しげに買ってきたものを見る。
「こっちのドネルケバブサンドは、肉を挟んだサンドイッチみたいなものよね?でもこのイタリアンスパボーって初めて見るわ」
「確かに珍しいよね」
「美味しいのかしら?」
「それはまあお楽しみということで。花丘さんは何かお目当ての屋台はないの?」
「ええ、たこ焼き屋なんだけど…」
「たこ焼き屋ならさっきあったよ」
「あそこじゃないのよ…あ、あった」
花丘さんは周囲を見回してお目当てのたこ焼き屋を見つけると、一直線に駆けていく。それを慌てて追いかける。
「おじさん、2パック下さい」
そこは、いつもは臨海公園にあるたこ焼き屋の屋台だった。
「お、いらっしゃい。姉ちゃん、今日は祭りだから浴衣姿か。お前さんみたいなべっぴんさんは何着てもよく似合うな」
たこ焼き屋の親父さんはそう言いながら、次々と鉄板に生地を流し込み、材料を入れていく。
「そんなことありませんよ」
花丘さんはそう言いながらまんざらでもなさそうだ。
「兄ちゃん、あんた幸せだなあ。こんなべっぴんさんが彼女でよお」
「はは…別に僕は彼氏じゃないですよ」
偽物ですから。とは言わない。
「でも有力候補です」
「へ?」
花丘さんの突然の発言に思わず素っ頓狂な声をあげる。
「なんだそうなのか? だったら頑張んなきゃなんねえな」
親父さんは話しながらもまったく手は止まってない。次々とたこ焼きをひっくり返していく。
心臓の鼓動が速まるのを抑えながら、平静を装う。
「まあ、そうですね…」
「ほい、2パックお待ち。600円だよ」
花丘さんの前に出来たてのたこ焼きが差し出され、花丘さんがお金を渡そうとする。
ここは払っておくべきだろう。そう思い用意しておいた600円を花丘さんより先に親父さんに渡す。
「はい600円ちょうどね」
「え?」
「はい毎度」
「じゃあ行こうか」
「駄目よ。私も払うわ」
そう言って花丘さんは300円を差し出す。それを差し返す。
「たまには良いでしょ?」
「でも…今までの全部奢りだし…」
「いいのいいの。さあ早く花火がよく見える所を探さないと」
「…そうね。ありがとう、雪村くん」
花丘さんを強引に説得して、座って花火を見られる場所を探した。
しかし、座れる場所を探したものの、良い場所はみんな占領された後だった。
「なかなかないね」
「ええ」
二人して、キョロキョロしながら良さそうな場所を探す。が、中々場所が見つからない。
それに人の流れが激しいので、ちょっと油断するとはぐれてしまいそうだ。
「ねえ、雪村くん…」
花丘さんは何故かもじもじしながら、恥ずかしそうにしている。
「…何?」
「はぐれたら…困ると思わない?」
「え?大丈夫だと思うよ。今までもはぐれなかったし」
「…もう、何でこうなのよ」
花丘さんは小声で何かを呟く。
「ん? 何か言った?」
「…何でもないわ。でも、どうしましょうか?」
「そうだなあ…」
どうしようか考える。まあ食べ物は後で食べれば良いのだが、それでは買った意味がない。
どこかないかなあ…って、待てよ。去年正明に聞いたあそこなら…。
「花丘さん、花火が始まるまであとどのくらい?」
花丘さんは時計を確認する。
「あと、20分くらいよ」
「…じゃあ行けるかな。花丘さん、いい場所があるからついてきて」
「え?どこに行くの?」
「いいから、時間がないから急ごう」
「ちょ、ちょっと…」
人混みをかき分けて進み、ある場所へ向かった。
やって来たのは神社。人気があるはずもなく、河川敷と違い閑散としている。
腕時計で時間を確認するとあと花火の開始時間まで5分ある。どうやら間に合ったようだ。
「雪村くん、良い場所ってここの事?」
「ここじゃなくてね…そこの林を抜けた先」
神社の脇にある林を指す。
「…この先?でも真っ暗なのにどうやって歩くの?」
「大丈夫。これがあるから」
鍵束になっているキーホルダーを取り出し、鍵と一緒についている小型のLEDライトに明かりを点ける。LEDライトから出る青みがかった白色光が林を照らす。
花丘さんはLEDライトを見て感心した顔をしている。
「そんな物まで持ち歩いているの?」
「暗い所で何か探したりするのに結構役に立つんだよ、これ」
「確かに、小さいのにこれだけ明るいと便利よね」
「じゃあ、行こうか。ついて来て」
「ええ」
LEDライトで足下を照らしながら。林へとはいる。
林を抜けると開けた崖がある。そこから丁度石積川の方が見える。少し遠いが、花火を見るには絶好の場所だ。
林の中を道なりに歩いて、その崖へと出る。
「ここなら、座って食べながら見られるでしょ?」
「え、ええ。でも…こんな所があるなんて知らなかったわ」
「まあ、とっておきの場所かな。さ、座って」
「ええ」
二人で草の上に腰掛けて、食べ物を広げる。
花丘さんの前に、イタリアンスパボーのシナモン味とカレー味、甘口と辛口のドネルケバブを差し出す。
「どっちがいい?」
「じゃあ、シナモン味と甘口」
「はい」
シナモン味のイタリアンスパボーと甘口のドネルケバブを渡す。
「ありがとう。はい、これ」
花丘さんからたこ焼きを受け取る。
ドオンと一つ大きな音が響く。
どうやら花火が始まったらしい。大きな音と共に、空に火花が浮かび上がる。
花丘さんは早くもたこ焼きを頬張りながら、花火を見て感激している。
「綺麗…」
「そうだね」
よく考えれば、去年は薫の顔色ばかりうかがっていたから、花火はほとんど見ていなかった気がする。
まあ、去年のことは考えないでおこう。
「雪村くん、食べないの?」
気がつくと、ドネルケバブ(辛口)を口元に持ってきたまま、花火を見上げていた。
「え? ああ…食べるよ」
言われてからドネルケバブにかぶりつく。香辛料の染みた肉の味とタマネギの辛さ、トマトの酸味が混じり合い、そこに辛いチリソースの味が絡む。…美味しいことは美味しいんだけど、結構辛い。
花丘さんもどんな味か気になるらしい。こちらの様子をうかがっている。
「どう? 美味しい?」
「美味しいけど…結構辛い」
「私の甘口はそんなに辛くないわよ」
そう言って花丘さんは自分のドネルケバブにかぶりついている。いつの間にたこ焼きを食べたのだろうか?
「両方甘口にしておけば良かったかなあ」
「じゃあ交換しない?」
「え?」
「それだったら両方食べられるでしょ?」
「まあ…それはそうだけど。嫌じゃないの?」
花丘さんはキョトンとして首を傾げている。
「何が?」
「ほら…食べかけだし…その…ね」
「別に気にしないわよ。じゃあこれは私がもらうから、雪村くんはこっちね」
花丘さんは僕の手からドネルケバブ(辛口)を取り上げて、自分の食べかけのドネルケバブ(甘口)を差し出す。
間接キスになるんだけどなあ…。まあ本人が気にしないと言っている以上、こちらが気にし過ぎるのも変だろう。
「じゃあ、もらうね」
「どうぞ」
花丘さんからドネルケバブ(甘口)を受け取り、かぶりつく。こちらは甘口といっても辛口とはまったく違うソースのようだ。辛口のようなとんがった辛さもなく、マイルドな感じだ。
「あ…こっちの方がいいかな」
「うわぁ…これ辛い」
花丘さんはドネルケバブ(辛口)を一口食べて、ヒイヒイと口を開けている。
「きついなら、僕が食べるけど?」
「大丈夫よ。辛いのは嫌いじゃないから」
そう言ってまたかぶりつく。食べる毎に顔が赤くなっているのは気のせいだろうか?
あまり心配しても怒られそうなので、大人しくもらったドネルケバブ(甘口)を頬張った。
二人ともドネルケバブを食べ終わり、最後に残ったイタリアンスパボーに手を出す。
花丘さんに2つあるうちの片方を渡す。
「はい」
「ありがとう」
ポリポリ…
花火を見ながら二人してイタリアンスパボーを食べる。僕はカレー味、花丘さんはシナモン味だ。
「結構美味しいわね」
「そうだね」
何となく、スティックのお菓子を食べているような感じだ。しかしスパゲッティを揚げたものなので一本一本が長い。それで結構な本数が入っているため、飽きてきそうだ。塩味にしておけば良かったかも。
「ふう、美味しかった。少しもらってもいい?」
「もう食べたんですか?」
イタリアンスパボーを食べ終わる頃には花火も終わりを迎えた。空のパックや紙袋を片づけて、立ち上がる。
花丘さんは満足げな笑顔を浮かべながら伸びをする。
「んー、綺麗だったわね。人もいないからゆっくり見られたし」
「でしょう?」
「でも雪村くんも強引よね。突然こんな所に連れてくるんだから」
「ああ、時間がなかったから…ごめん」
「…別に謝らなくてもいいわ。ただ…その」
花丘さんは少し俯いて、顔を赤くしている。
「ん?どうかした?」
「その…こんな所で二人きりでいると…何か…本当の恋人同士みたいよね?」
言われてみれば、こんな人気のない所で男女二人で花火を見る。どう考えてもこれは…恋人同士もしくはそうなろうとしている二人でやることだ。でも、僕たちは違う。
「え? いや別にそんなこともないんじゃない? 偽だし」
「え?」
花丘さんはキョトンとする。
「もう遅いから送るね。さ、行こうか」
ポケットから再びLEDライトを取り出してスイッチを入れる。
「……」
結局、花丘さんはこの後何も言わずについてくるだけだった。




