海へ行こう
夏も真っ盛り。暑い…、黙っていても汗が出る。そんな中今日も部活。しかも紅白戦。水でも浴びたいと部員の誰もが思っているであろう。
「暑いからってへばるな!しっかりと動け!」
そんな雰囲気を感じ取ったのか、キャプテンの檄が飛ぶ。
「……」
全員、真夏日に敗北寸前。
「負けたほうは居残りで後片付けとグランド整備だって忘れたか?」
「……。負けねえぞ!白組ぃ」
「勝つのは俺ら赤組だ!」
「後片付けとグランド整備なんてしてたまるか!」
「水浴びでもしたいなあ」
全員の闘志に火がつき、紅白戦ヒートアップ。
「右サイド、来てるぞ!」
「もっと早く押し上げろ!」
「ボールよこせって言っただろ!」
「サイドバック! ちゃんと中に絞れ!」
「もっとサポートに動けよ!」
「カバーしっかりしろ!」
「勝って終わりたいから、前線の皆さん頑張ってね」
「ボール来ないぞ! しっかりつないでくれよ!」
さっきまでとは打って変わって声も出始める。よほど居残りが嫌なようだ。
結局紅白戦は1-1の引き分けに終わり、全員でグランド整備と後片付けをする事になった。
僕は正明達と共にトンボがけを行う。
「正明、お前のせいでこの暑い中トンボがけだ」
「それはこっちの台詞だ。お前が終了直前に点決めなきゃこっちが勝ってたんだ」
「あ、そうだっけ?」
赤組は正明のゴールで先制したものの、白組は終了直前に僕がゴールを決めて引き分けに持ち込んだ。
「しかし、こう暑いと海にでも行って泳ぎたいな」
「確かにねえ。プールとか、海とかの季節だよなあ」
そんな事を言いながらトンボがけをしていると
「おーい」
体育館の方から夕希がやってきた。
練習着を着ていない所を見るとバスケ部は部活を終えたらしい。
「お、夕希。お疲れ様」
「おつかれー。ところでさ、二人共明日暇?」
明日は部活は休み。暇といえば確かに暇である。
「暇だけど?」
「俺も明日は予定ないな」
「じゃあさ、みんなで海行かない? というか行こう!」
「いいよ。行こうか。正明はどうする」
「俺も行く」
「じゃ、明日の朝10時に駅で待ち合わせね。あ、愁一にも声かけといたから。それと薫と花丘さんと仁科さんにも声かけといたから」
「わかった」
「じゃ、明日」
要件を伝えると夕希はさっさと帰ってしまった。
「良かったな正明くん。薫の水着姿が拝めるぞ」
からかうように言う
「水着…」
正明がその単語に反応して何か妄想している。
「おいおい。手が止まってるよ。早く終わらせて帰ろう」
「な…お前が変なコト言うからだろ!」
「へいへい。そういうことにしとくよ。ほら急ぐ」
「わかったよ」
トンボがけを再開した。
次の日。時間は11時50分。
待ち合わせ場所には既に愁一と仁科さん、花丘さんがいた
「こんにちは」
「…よう」
「こんにちは、雪村くん」
「こ、こんにちは。雪村さん」
仁科さんは多少よそよそしい。まあこの前の件もあるし、仕方ないのかな?
残りの連中が来る間、人の往来を眺める。買い物をしようと商店街の方へ向かう者、あてもなくふらふらする者、僕と同じように待ち合わせの相手を待つ者、何かの旅行ツアーの集まり、慌しく駅に向かうスーツ姿の集団と様々な人が駅前を行き来する。しばらくの間そんな風景を眺めていると、その中に見たことのある人影を見つける。薫と夕希だ。
「よーっす。あれ、正明は?」
「やあ、夕希。正明はまだ来てない」
「珍しいね。あいつ時間にルーズじゃないのに」
時計を見ると時間はもう12時を回っている。
寝坊でもしたのかな?
待つこと5分。慌ててこちらにやってくる人物が一人。
「はあはあ…、悪いみんな。寝坊しちゃって」
「おっそーい! 罰として荷物持ち」
夕希が冗談ぽく言う
「ええ! 勘弁してくれよ」
「冗談よ。荷物なんて水着くらいだし。じゃあみんなしゅっぱ~つ」
僕たちはホームへと向かった。
列車に揺られること1時間。隣町の海水浴場に着いた。
海水浴場は人であふれかえっている。
「随分沢山いるな」
正明が人の多さに驚いている。
「まあ今がピークだから、仕方ないね」
「さあ、泳ぐぞー。男性陣、あたし達は着替えて来るから、パラソル借りてきて場所準備! 行こ、みんな」
「ええ」
「はい」
「ええ、行きましょう」
女性陣は夕希を先頭に着替えに行ってしまった。
「正明、愁一、お前達も着替えて来ていいよ。僕はパラソル借りて場所とってくるから」
「そうか。じゃあ頼む」
「…すまないな」
二人を更衣室へと送り出し、場所を取りに砂浜へ向かう。が、先客だらけでスペースなど殆どない。
どっかないかな。
レジャーシートとさっき海の家で借りてきたパラソルを片手に浜辺を歩き回る。
しばらく歩きまわってようやく空きスペースを見つけた
シートを敷き、パラソルを広げてみんなを待つ。
10分ほどすると、こちらに近づいてくる夕希たちを見つけたので手を振って場所をアピールする。
夕希たちもこちらに気づいたようで走って近づいてくる。
夕希と薫はセパレートタイプの水着。夕希のはいかにも動きやすさを重視したデザインで、薫は以外にもフリルの付いた可愛らしいデザインだ。仁科さんはワンピースにパーカーを羽織り、浮き輪を装備している。そして花丘さんはパレオが着いたタイプだ。
「あれ?正明と愁一は?」
「あいつらは着替えに行かせたけど」
「そう。じゃ、荷物はあたしたちが見てるからあんたも着替えて来なよ」
「いや、その必要はないよ」
「あら、あなた泳がないつもり?残念ね、せっかくだから勝負しようと思ったのに」
薫がわざとらしく残念そうな素振りを見せる。
「いえ、そうではなくてもう着ていますので」
「あんた、小学生みたいだね」
夕希が笑う
「うるさいわ」
Tシャツとハーフパンツを脱いで水着姿になる。
「あんた、なんでフルボディタイプなの?まさかウェットスーツじゃないよね?」
「こんな所でスキューバダイビングでもするつもり?」
薫が冷たい視線を向ける。
「いやですねえ、これはオリンピックでもお馴染みの水着ですよ」
「そういえばそんな水着の選手いたわね」
「私も見たことあります。でも海水浴じゃあまりみかけないですね」
僕の水着について談義していると男性陣もやってきた。
「…ここだったか」
「みんなごめん待たせ…あ…」
赤くなる正明。
「正明君、君が今頭の中で思い浮かべた事を言ってみようか?」
「ば、ばかやめろ! 誰も高平さん胸が大きいなとか龍崎さんの水着姿素敵だななんて…あ!」
正明は必死に止めようとして全てを白状した。
「だ、そうですよ。お二人さん」
「へえ、堅物そうな正明も見るとこ見てんだね」
「そうね、意外だわ」
「…むっつりか」
「ご、ごめん。二人とも」
小さくなってる正明。
「いいよ、別に気にしてないから」
「そうね。普通の男の子ならどうしても目が行くわよね」
二人とも別に怒ってないらしい。
「ありがとう。それにしても高平さん走るとき胸邪魔じゃないの?」
正明は笑顔でとんでもない事を言い出した。さすがだ。
「え? ま、まあちょっと邪魔かもしれないね」
夕希は少し戸惑っている。
「少しじゃなくてとっても邪魔なんじゃない?」
薫は冗談とも本気とも取れることを言う。
「まあ誰かさんにはわからない悩みだね」
カチン。薫の表情が凍りつく。まずい、これはまずい。
「あら、大きければいいってものじゃないわよ?」
薫の声には殺気がこもっているような気がする。
「あら?ひがんでるの?」
夕希は火に油を注ぐ。
「別にひがんでなんかないわよ。ただ大きいだけより、形のいい方が良いって言いたいだけよ。ね、仁科さん?」
仁科さんにまで飛び火した。
「え、えーと…。わ、わたしはもうちょっとあったらなあって思います」
自分の胸を見つめながら答える。
残念ながら援軍とはならなかったようだ。
「へえ、つまりあたしの胸は形が悪いと?」
「あら、そんなこと言ってないわよ?」
二人の間に火花が散っている。
「はーい。ストップ。そんなことで喧嘩してどうするの?」
中間層の人(花丘さん)が仲裁に入った
「そ、それは…」
「ま、まあ…」
二人とも言葉に詰まる。
「じゃ、言い争いはここまでしましょ。いい?」
「ああ、わかったよ」
「ええ」
二人とも冷静になったようだ。
「じゃあ仲直りも済んだし泳ぎに行こうか?」
「賛成。行こう」
夕希が飛び出す
「あ、じゃあ私ここで留守番しているわ」
花丘さんはそう言ってパラソルの下に入る。
「私はサンオイル塗ってから行くわ。花丘さん、背中に塗ってくれる?」
「いいわよ」
薫もパラソルの下に入る。
「私もお願いします」
仁科さんも残る。
サンオイル塗る組+留守番役を除いて
海へと駆け出した。
こうして泳ぐのは久しぶりだ。暑いのでやはり気持ちがいい。
「慧、愁一。勝負しようよ」
泳いでいると、夕希に勝負を挑まれた
「いいけど」
「…かまわんが」
「じゃ、あの岩まで競争ね」
「OK」
「…了解だ」
「じゃ、スタート」
いきなり勝手に合図して夕希は泳ぎだす。
「それはずるいんじゃない?」
一歩遅れて泳ぎだす。
スタートはズルをした夕希の方が速かったが、途中で夕希は僕と愁一に抜かれる。
そして愁一との争いはタッチの差で僕に軍配が上がった。
「はい、勝ち」
少したって夕希もゴールにたどり着いた。
「負けたよ。あんた泳ぐの速いね」
「かつてはマンボウの雪ちゃんと呼ばれてたからね」
「マンボウがそんなに泳ぐのが速いのわけないだろ」
呆れる夕希。
「嘘です」
「だろうね。でもあんた何でそんなに泳げるのに、水泳の授業はサボるんだい?」
「それは僕に勝ったら教えてあげようかな」
「じゃあ今度は潜水で勝負だ。愁一もいい?」
「…いいだろう」
「いいよ」
「じゃ、行くよ。よーい…スタート」
合図と共に一斉に潜る。
…1分ほど経過。まだ夕希は粘っている。愁一はまだ余裕そうだ
……1分30秒ほど経過。夕希は苦しそうだ。愁一に変化はない
………それからまもなくして、夕希の我慢は限界に達したらしい。夕希が上がったのを確認して浮上する。愁一はまだ余裕そうだった。
「ぶはあぁっ!また負けたー」
悔しそうな夕希。どうやらそれなりに負けない自信はあったようだ。
「残念でした」
「ねえ慧、教えなよ」
夕希は手を合わせてねだる。
「勝負の世界は甘くないのです」
もちろん却下。
「けち!」
夕希は要求が通らずにむくれる。
そういえば、花丘さんにいつまでも留守番させるわけにはいかないか。そろそろ交代しに行こう。
「僕はそろそろパラソルの所に戻るよ」
「わかった。あたしはもう少し泳いだら行くよ」
「…いいのか?」
「いいよいいよ。じゃあ」
荷物番を交代するため、花丘さんの所へ戻った。
「あ、雪村くん」
花丘さんはパラソルの下で文庫本を広げていた。
「花丘さん。荷物番は僕がやるから泳いできていいよ」
「え? ええ…、私はいいわ」
何故か花丘さんは動こうとしない。
「あれ? もしかして泳げない? 浮き輪借りてこようか?」
「いいわ。私実は水恐怖症なの」
水恐怖症。プールや海に入ると恐怖を感じるってあれか?
「恐怖症? 溺れた事でもあるのかな?」
「そう。小さい頃に溺れて死にかけたの。だからそれ以来水に入るのも怖いの」
「そうなんだ。じゃあ今日は断ればよかったんだじゃない」
「そうはいかないわよ。彼氏さんが来てるのに」
そう言って花丘さんはいたずらっぽく笑う。
「ああ、そういう事。偽の関係なんだから気にしなくてもいいのに」
「意地悪ね」
「はは…」
二人で話をしていると海から仁科さんが戻ってきた。
「あら、さつき。疲れた?」
「はい、思い切り泳いで疲れましたー」
「お疲れ様。日陰入っていいよ」
座っていた場所から立ち上がる
「…あ、ありがとうございます」
仁科さんはこちらには目を合わせないようにして日陰に座る。
…やっぱり何かよそよそしい。まあ仕方ないか
「二人共どうかしたの?」
そんな様子を不思議に思った花丘さんが聞いてくる。
「いや、別に何でもないよ」
「何でもないですよ」
「?」
花丘さんは不審そうに首を傾げるがそれ以上の詮索はしてこなかった。
そうこうしているうちに今度は薫が戻ってきた。
「慧、ここにいたの。勝負よ」
突然勝負を挑んでくる薫。
「いや、僕はもうくたくたなので…」
「私と勝負したくないって言うの?」
「いえ、そんな事は…」
「じゃあ勝負しなさいよ」
「はい…」
「いってらっしゃーい」
笑顔の花丘さんに見送られ、薫に海へと引きずられていった。
…薫との勝負は地獄だった。
僕が勝てば再戦を申し込まれ、わざと負ければ殴られた。
結局ん千メートルは泳いで、薫も疲れたようで勝負は引き分けに終わった。
「…」
無言のままパラソルの下へ行く
「た、大変だったわね」
花丘さんは心配そうに声をかけてくる
「大変でした」
どっかりとレジャーシートの上に座り、息を整える
「すー…」
花丘さんの脇では仁科さんが寝ていた
「仁科さんも疲れたのかな」
「そうみたい」
そう言って仁科さんの顔を眺めている花丘さん
「やっぱり母娘みたい」
「もう。やめてって言ったじゃない」
花丘さんは頬を膨らます。
「はは、ごめん」
「あ、慧、花丘さん。ビーチボールで遊ぼう」
夕希がいつの間にかビーチボールを手にパラソルの下へやって来た。
「僕は疲れたからいいよ。花丘さん、行ってきなよ」
「え?いいわよ。私は」
「ままそう言わずに。せっかく来たんだから」
「…わかった。じゃあ行ってくるわね」
そう言って花丘さんは立ち上がり、夕希たちの輪に加わった。
夕希たちが輪になってビーチボールで遊んでいるのをしばらく見やっていると仁科さんが目を覚ました。
「うーん…あれ?雪村さん」
「おはよう。疲れてたみたいだね」
「あ、すみません。私寝ちゃってたんですね。瑞音ちゃんは?」
「あそこでビーチボールで遊んでるよ」
花丘さんの方を指さす
「あ、本当です」
「仁科さんも混ざってきたら?」
「わ、私はいいです」
あ、そういえば仁科さん運動音痴だったな。マズイこと言ったな。
「…」
「…」
うーん。何か気まずい。
「あの」
仁科さんが沈黙を破る。
「なに?」
「瑞音ちゃんの事、どう思ってるんですか?」
いきなりド直球が来た。
「うーん…。わかんない」
「わからないって、どういう事ですか?」
「そのままの意味」
そう。本当にわからない。
偽物の関係…のはずなんだが、最近はそうでもないような気がする。
かと言ってそれ以外に二人の関係を形容しようとしても…何とも形容し難い。
「そうですか。瑞音ちゃんも大変ですね」
「へ? なんで?」
「何でもないです」
それきり、仁科さんは黙ってしまった。
結局、1時間ほどビーチボールで遊んでいた連中が来た所で帰路につくことにした。
やっと風海駅に戻って来た。時間はもう5時を回っている。
駅で解散し、一人家路へと急ぐ。
「…わかんない、か」
独り言を呟く。花丘さんとの関係、それは何なんだろう?
偽物の恋人。
自分でもわからなくなる。
偽の関係を続けてれば、それなりに距離が近づくこともある。
でもそれは見せかけにすぎない。
その見せ掛けの関係に満足している自分と、満足していない自分がいる。
あー、もうややこしいことになったな。




