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カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


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第十一話 過去と未来(後編)




人気の少ない公園へ移動したわたしはそっと奏を振り返る。

目が合えばこの上なく嬉しそうに微笑むから気まずさに拍車がかかった。


こういうの困る、と。はっきり伝えるべきなのに。

悪意のない純粋な眼差しを前に都合よく良心が痛んだ。


「またうちへ遊びに来てよ」

「え?」

「玲がいないと父さんが寂しがるんだ。口には出さないけどね」


不器用なひとだから、と付け足す声音は優しい。

少し会わない間に雰囲気が変わった気がしたのは思い違いだろうか?


公園を囲む木々が風に揺られて太陽の光が漏れる。

その中で佇む奏は神様に愛されたとしか考えられない美貌をとぎ澄ませた。


「変わったね」

「そう、かな」

「うん。少し会わない間に僕の知らない玲がいる」

「……」

「玲が変わったのは誰のせい?」


ドクン。穏やかな響きの裏に冷たい棘が含まれている。

いまわたしが誰を思い浮かべたか、言わなくても分かってるみたいに。

――加瀬と奏を近付けてはいけない。

激しく脈打つ心臓が直感でそう告げていた。


「心配しないで。相手が玲を害さない限り何もしないよ」

「奏」

「約束したよね。必ず玲を守るって」


ざあっと大きな風が吹いて木の葉が舞い踊る。

まるで一枚の絵画を切り抜いたような光景だった。

初夏だというのに涼しく感じるのは真剣に向き合っているからだろう。

見るものを縛る奏の瞳は底知れない色を浮かべている。


「そういえば、雪音はどうしたの」

「今日は撮影だよ。こういう機会でもないとなかなか自由に動けないからね。まったく、そろそろ兄離れしてもいい頃なのに」

「奏のことが大好きなのよ。この前だって……」


息苦しくなって話を変えたのに、これじゃ悪化してる。

フォーリーフクローバーカフェで睨まれた雪音の顔が脳裏を横切ってしまった。

中高生に大人気のファッション雑誌Colorful(カラフル)に専属モデルとして抜擢されてから、街中に雪音の笑顔が溢れている。

化粧品のイメージキャラクターなど務める彼女はいまでこそ手の届かない存在だけれど、昔は奏と三人で遊んだ幼馴染だ。


『玲菜。こっちだよ、早く早く!』

『ま、待って雪音ちゃん。そんなに早く走れないよ~』

『雪音、玲が困ってる。少しペースを落として』


小学校の高学年になってようやく元気を取り戻した奏。

その傍らにはいつも雪音がいてわたしと奏の間で手をつなぎたがった。

――あの日までは。



『どうして来てくれなかったの!? すぐに行くって言ったじゃない。……うそつき。うそつき! 玲菜なんて嫌いよ。大キライ!』


薔薇色に染まる空がゆっくりと夜の海にのまれるまで。

可愛らしい顔をくしゃくしゃにして泣いた雪音を忘れない。

わたしの胸を小さな拳で叩き、何度も何度も嗚咽を漏らした彼女を。



奏とは、ある種のテレパシーがあるんじゃないかって思う。

お互いの考えていることが手に取るように分かるどころか、視えるように共有できるのだ。

それを忘れて苦い想いに浸っていると、奏は厳かに囁いた。


「たとえ雪音であっても玲を傷付けるのは許さない」

「え……」

「もし君が望むなら僕は――」

「やめて。聞きたくない」


ときどき奏は残酷なことを言う。それも顔色ひとつ変えずに。

以前は無表情であれ少しずつ柔らかな笑顔を見せるようになっていたのに。

あの日。ううん、それだけじゃない。あれから奏は変わった。変わってしまった。

全てはわたしを守るために。このひとは何かを犠牲にすることを(いと)わない。


息の詰まりそうな沈黙。

奏はわたしを気遣ったのか、ふっと気配を緩めて笑みを浮かべた。


「今日はね、ちょっとした報告があって来たんだ」

「……報告?」

「僕は留学することにしたよ」

「え? 留学って」

「ふふ、そんな顔しないで。すぐに帰るよ。夏休みの間だけだから。でも――」


すっと片手を伸ばしてわたしの頬を包み込み、そのまま瞳を覗き込む奏。

一瞬のことで動けずにいると慈しみを込めた声が耳をくすぐる。


「寂しいって顔に書いてた。嬉しいな」

「か、からかわないで」

「しばらく玲に逢えないのは心許ないけど、僕は君にふさわしい男であり続けるけるために努力を惜しまない。いい子で待ってるんだよ?」


僕は努力を惜しまない。

その言葉がふいに胸を抉った。加瀬の寂しげな表情が鮮やかに蘇る。


『努力とか、そういうのはいいんだ』


どうしてだろう。なんだかくるしい。何が加瀬を追い詰めているのか見当もつかない。

たとえそれを知ったとして、自分にできることがあるかも分からないのに。 


「話はそれだけだよ。日本を発つ前に逢えて良かった。僕の女神ディエス

「前から思ってたけど、その呼び方どうにかならない? 恥ずかし――」


奏の声ではっと現実に引き戻されて咳払いした。すると、ますます顔を近付ける奏。

真近で見れば見るほど整いすぎた容姿は一級の芸術品だってきっと敵わない。

凪いだ紫の瞳が細められ、あっという間に額へ唇が落ちる。


「……本当は唇にしたいけど、このまま連れ去りたくなるからやめておくよ」


甘い甘い蜜のように。わたしだけに聞こえる声はあまりに優しい。

わたしは意思に反して赤面していくのが分かり、ぱくぱくと言葉にならない空気を吐き出した。

くすっと笑う奏はとても楽しそう。うう、いま絶対金魚みたいだと思われた。


「覚えておいて。僕の隣に立てるのは、過去もそして未来も。ただひとり君だけだ」

「か、奏!」


引き留めても遅い。

凛々しく踵を返した奏はとても姿勢が良い。いつでもしゃんと背筋を伸ばし、前を見据えてる。

きっとわたしが考えるよりずっとずっと先のことまで考えて行動してる。

そう。奏の自信に溢れた後ろ姿は眩しすぎる。


『神様にお願いしよっか。夢が叶いますよーにって!』


懐かしい子供の頃の思い出。

雪音がこれなかった日、奏とふたりで河川敷に出かけたことがあった。

一面の蓮華(れんげ)畑が広がる穏やかな場所。

深呼吸すれば爽やかな空気が肺を満たし、小鳥の鳴き声が遠くに響いてた。

そこはふたりで見つけた秘密基地。

念のため奏の体調を気遣い、人混みを避けて過ごした特別な場所。


『神様にはお願いしない』

『どうして?』

『神様にお願いしたら夢になってしまうから』

『夢をお願いするんじゃないの?』

『自分で叶えられることは夢とは言わないよ』


思えばあの頃から既に異彩を放つほど優秀だった奏。

ある程度のことは何でも叶えてしまえるからか、これといった執着は持たなかった。

だけど――


『僕は自分で叶えられないことを神様にお願いする』

『お願いしたいことがあるの? なになに。玲にも教えて!』

『これからも玲がずっと僕の側にいてくれますように』

『え』

『僕は大きくなったらみんなに自慢できるような男になる。だから玲は僕を信じて、僕の隣で見ていて』


あのとき、幼心にも何かが残った。

成長途上でもう片鱗を感じさせるひどく美しい横顔よりも、声よりも。

奏の一途な想いそのものが深く沈み胸に響いた。

初恋はいつかと聞かれたら、たぶん病院で奏と出逢ったあのとき。

紙の雨に降られる天使はいまも瞼に焼き付いている。一方で、


『俺の側にいてよ。これからもずっと。何もいらないから、ただ側にいて笑っててよ』


あの日、放課後の教室で。側にいてほしいとわたしを抱きしめた加瀬は迷子みたいで。

体に回された力強い腕は男のひとのものなのに、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあった。


『側にいて』


表だけ汲み取れば奏と同じことを言われたようで、その意味が異なることは薄々気付いている。

――加瀬はSOSを出していた?

わたしは知らず奏と反対方向に歩き出していた。静かな決意を秘めながら。




次回から夏休み編に突入です<(_ _)>

加瀬×玲菜の甘い休日をお届けしたいと思います!

どうぞよろしくお願い致します。

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