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カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


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第八話 運命のいたずら。(後編)





「じゃ、じゃあわたしたちはこれで」


このままここにいちゃいけない。

わたしは精一杯平静を装って奏から視線を外した。


「行きましょう」


今度こそ荷物をまとめ、加瀬の側に寄る。

チラと見あげてみるものの、何ともいえない表情で心を読み取れない。


「待って」


奏の横を通り過ぎようとしたとき、肩に触れられた。

地面に根が生えたように体が凍り、動けなくなる。


「どうして急にいなくなったの?」


ドキンと心臓が跳ねる。

早くここを立ち去ろうとする意志に反して逆らえない。


「受験に失敗して気まずかったから」


苦しい言い訳だった。奏と共に白鳳凰学院中等部へ通っていたのはそう遠くない昔。

ほんとうは私情のために実家を出てなじみ深い街を離れた。

だけどそれを話すつもりは毛頭ない。


「相変わらず嘘が下手だね」


奏の優しい声に責めるような響きは含まれていない。

ただ寂しさを漂わせ、それが余計に胸を抉った。


「あのお守り、まだ持ってる?」


山でなくしそうになった本のしおり。

子供の頃、奏にもらった四つ葉のクローバーはずっと大切な宝物だ。

捨てるはずがない。捨てられるはずがないのだ。

沈黙を肯定と判断したのか、奏は緊張した空気を和ませていく。


「よかった。本当は嫌われたんじゃないかってずっと心配してたんだ」


ただひとり、何があっても側で見守ってくれたひと。

嫌いになって離れたなんて嘘でも言えない。


「玲、携帯変えたよね。番号教えて」

「お兄さま!」

「雪音は黙ってて」

「……っ」


奏は不満たっぷりの雪音を制し、わたしの肩へ置いた手に力を込める。

だめ。これじゃ今までと何も変わらない。どうすればいいの? どうすれば――――


「よく分かんねーけど、困ってるだろ」


これまで静観していた加瀬がついにしびれを切らし、奏の手をそっと払う。

そのままさりげなく自分の背中へわたしを引き寄せ、庇ってくれる。


「大丈夫だから」


低い声で囁かれ、堂々と奏に向き合う加瀬を見つめた。

たいていの人間は奏を前に物怖じしてしまうのに、少しも気後れしてないみたい。


こうしてふたりが同じ場所に集うと迫力がある。

プラスとマイナスが互いに譲らず激しく衝突するような存在感のある者同士。


「単刀直入に聞くけど、玲とはどういう関係なのかな」

「いまのところクラスメイト」

「そう、よかった。いい判断だ玲」

「え?」


加瀬の答えを聞いた奏に驚いたのはわたしだった。

少し会わない間に何があったのだろう。

まるで気に留めていない様子で、余裕の表情を浮かべている。


「人は弱い生き物だからね。バックのある相手には簡単に手出しできない。自分よりも格上だと認めた存在ならなおさらね」

「どういうこと?」

「そのままの意味だよ。君が彼と一緒にいることで君自身の安全も守られる。盾にするにはちょうどいい」

「なっ……!」

「その制服、桜花(おうか)学園だよね。また近いうちに会いにいくよ」


奏は抗議する間も与えず話をおわらせた。

あまりに失礼な物言いに怒りがこみあげる。だけど加瀬はわたしを背中に庇ったまま動かない。


「加瀬くんだっけ。僕がいない間、玲をよろしくね」


氷の微笑を浮かべた奏は信じられないほどきれいだ。

一方でそれは対等に話す気などないという最後通告でもある。


「待てよ。まだ名前聞いてない」


加瀬は踵を返し、去ろうとした奏に問い掛けた。

すごい精神力だ。あれだけ威圧されても委縮しないなんて。


「必要ない」

「え?」

「君が加瀬の御曹司だと分かればそれで十分だ」


それじゃ、と華麗に身を翻す奏。

黙り込むわたしと加瀬を交互に見つめ、雪音は侮蔑を込めた声を出す。


「変わってないのね。未だに誰かの背中に庇われてるなんて情けない。あんたはやっぱりお兄さまに相応しくないわ。二度とわたしたちの前に現れないで。目障りよ」


これはお願いじゃなく警告よ――――と最後に一瞥し、雪音は急ぎ奏を追った。

異様な空気に包まれていた店内は嵐が去り、徐々に静けさを取り戻していく。


「えーと……怒ってる?」

「怒ってないよ」

「嘘。怒ってるわ」

「怒ってないって」

「ほんとうに?」

「うん」


考えすぎかな。わたしは残された加瀬が怒っているように見えた。

内心安堵しかけたとき、加瀬は突然わたしの手を握ってくる。


「やめた。やっぱ空気読むの疲れるわ」

「え? きゃっ!?」


すごい力で加瀬に引っ張られ、店の中でも人気の少ない場所へ移動する。

着いたと思ったら手を離し、立ったまま壁にもたれ掛る加瀬。


「なにあいつ。すげームカつく」

「ご、ごめんなさい」

「なんで玲菜が謝るわけ? あいつのために謝ってんの?」


き、気まずい。非常に気まずい。冷えた餅より空気が固い。

何か言わなくちゃと考えを巡らせる内に加瀬はずるずると床に座り込んでしまう。


「はー。最近おかしーんだ。玲菜のことになると頭のネジが外れちまう。冷静になれない」


乱暴に頭を掻き、肩を落とす。

その様子が痛々しくて、わたしは勇気を出した。


「彼、奏は家族みたいなものです」

「向こうはそう思ってないみたいだけど」

「それは……というかなんでわたしが加瀬に言い訳しないといけないんですか」

「玲菜が先に聞いたんだろ。怒ってる? って」

「あなたが明らかに不機嫌オーラ全開だったからですよ!」

「自惚れないでくださいー」

「なっ!」

「うそ。自惚れていいよ、玲菜サン」


腕を引かれた反動で加瀬に向かって倒れ込んだわたしは慌てて姿勢を立て直す。

だけど加瀬はそれを許さない。どちらも座った状態でぎゅっと背中に腕を回してきた。


「さっき怒ったのは、あいつが玲菜のことちゃんと見てなかったから」

「え?」

「まるで自分の所有物を扱うみたいだった。だからムカついた」

「加瀬……」


思いがけない答えに心が震えた。

わたしは恥ずかしさをこらえて顔をあげる。

至近距離で重なる瞳。蒼玉(サファイア)のように輝く瞳は自信を失っていない。


「なに? 家のこと言われてプライド傷付いたとでも思った?」

「はい」

「ぶっぶー。残念! あの程度のことでいちいち腹立ててたら身がもたないよ。むしろ玲菜が貴重なんだって。みんな少なからず俺を通じて後ろにある看板を見てるしなー」


何と答えていいか分からずにいると、加瀬はなんてことないように笑った。


「俺は自分のことでは滅多に怒らないよ。ほんとうに怒るのは、大切なひとが傷付けられたときだけ」


指の先までぬくもりが広がっていくみたい。

加瀬の言葉はひとつひとつに願いが込められているようだ。

だけど無理してる、のかな。

屈託のない笑顔に見えるけど、瞳がさびしそう。


「無理に笑わないで下さい」


わたしは体に回された加瀬の腕を握り返した。

上手く言えるかどうか分からないけど、いまどうしても伝えたいことがある。


「辛い時でも明るく振舞うあなたは思いやり深いひとです。周りに気を遣わせないように心を配っているのでしょう? だけどいつもそれでは疲れてしまいます」

「玲菜?」

「いいんですよ、怒っても。腹を立てたり泣いたりするのは自然なことです。遠慮はいりません。わたしたちは友達じゃないですか」

「え」

「あなたが周りに元気を、そして勇気を与える太陽なら、わたしはあなたの涙を隠す雲になります。いつどこで誰が見ても平気なように、あなたが泣きたいときは包み込んで守りましょう」


驚いて瞳を見開く加瀬が愛しくて、わたしは笑顔になる。

ああ、この気持ちがきっと。誰かを守りたいと願う想いにつながっていくんだ。


「辛い日があるからこそ楽しい日が輝く。わたしはあなたと出逢ってそんなふうに思えるようになりました」


強くなるために我慢するんじゃない。その先にある明るい未来を信じて耐えるのだ。

たとえどんな試練が待っていたとしても、貫ける信念が道しるべになる。


「ありがとう。加瀬のおかげで気付けたことがたくさんあります。でも、あなたのさびしそうな顔を見てしまうと泣きたい気持ちになってしまいます」

「同じだよ」

「え?」

「俺も同じ気持ち。なんでかな。自分のことはへっちゃらなのに、玲菜が辛そうだとたまらない気持ちになる。泣きたいの我慢して笑ってるのみたら、自然と体が動いちゃうんだ。あー、この子のために何かしたいって気持ちが胸に溢れてくる」


いつもこうして簡単に予想を上回っていく。

加瀬の答えは明確でぶれがない。だからこそ心に響く。


「ほんとうは側にいてほしいなんて言う資格ないのに」


胸が高鳴ったとき、耳を疑った。

聞き違いだろうか? 聞いてはいけない何かを聞いてしまったような――――


「ん。充電完了っ。今日はもう帰ろうか。また今度仕切り直しってことで」


加瀬は最後にもう一度腕に力を込め、それから離して立ちあがる。

座ったままのわたしに手を差し伸べ、軽々立たせたあとテラスへ戻っていく。


「玲菜は先に店出てて」


清算するならわたしも、と言いかけたけれど遅かった。

振り向くことなく遠くなる背中にえもいえぬ不安が募る。


「加瀬……?」


近付いたと思ったら離れて行く。ふたりの間には透明な線が引かれていた。

いつかその線を越えられるだろうか? 完全に心を許しあえるだろうか?


不器用にしか生きられないわたしたち。

みんなそれぞれに想いを抱え、持て余していた。



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