第八話 運命のいたずら。(中編)
「ずいぶん探したよ。まさかこんなところで再会できるなんて」
わたしの手を離し、愛しげな眼差しを向けてくる奏。
周囲が騒然となる中で微塵も動じない冷静さは相変わらずだ。
「フォーリーフクローバー」
「え?」
「やっぱり僕たちは運命で結ばれてるんだね」
脳裏によぎる記憶。
四つ葉のクローバーを指輪のように結んでくれた男の子。
わたしは年を重ねるごとに恐ろしく美しさを増す彼を見つめた。
纏うオーラは会わなかった間にも急速に洗練されている。
ただひとつ変わらないのは、一身に注がれるこのひたむきな想いだけ。
「お兄さま、突然離れていかれては――――」
戸惑っているうちにワンテンポ遅れて声がした。
奏の側へ駆け寄ってきたのは同じく白鳳凰学院の制服を着た女の子。
ふっと視界にわたしを捉えると、とたんに表情を強張らせていく。
無遠慮に睨みつける瞳の色は兄と呼んだそのひとと同じ紫水晶。
彼女もまた並はずれた美貌の持ち主だった。
「行きましょうお兄さま。日陰女と一緒にいたら悪いうわさが立ちますわ」
「雪音。玲に失礼だろう、謝りなさい」
「イヤよ。どうしてわたしがこんな……」
「謝れ」
ビクンと肩を揺らし、怯えた猫のように小さくなる雪音。
横目で加瀬を見やると、穏やかに思えた奏の冷やかな声に衝撃を受けていた。
「悪かったわね」
雪音は気まずそうに視線を落とし、申し訳程度に謝罪を口にする。
幾度も繰り返されたこの光景は瞼に焼き付いていた。
彼は白鳳凰学院に名高い氷の貴公子だ。
いつしか他人を従わせる天才と呼ばれ、その冷たい微笑を前に跪かない者はいない。
けして恫喝することはなく、本能的に畏敬の念を抱かせてしまう。
頭を垂れるのが自然の理であるかのように。
「うそ。あなた、もしかしてフォーコンチネンタルホテル加瀬の御曹司?」
四人の沈黙を破ったのは雪音だった。
無言で行く末を見守っていた加瀬に向かって声をあげる。
「撮影のときにモデル仲間の子が雑誌を見ながらカッコイイって騒いでたのよ。前にテレビ出演もしたことあるんでしょ? 実物は大したことないって思ってたけど……ふーん。なるほどね」
頭のてっぺんからつま先までじろじろ観察する。
あまり行儀の良いことではないと気遣ったのか、すかさず奏がたしなめた。
「雪音。やめなさい」
「はーい。ん? ちょっとそれ見せて!」
大人しく従った雪音は加瀬から目を逸らし、わたしが鞄に仕舞おうと手にした携帯を指差す。
まだ返事をする前に引ったくられ、言葉に詰まってしまう。
「これインフィ二ティの数量限定ストラップじゃない! 朝から本店に並んでも買えなかったのに!」
「インフィニティ?」
「あんた知らずにつけてる訳? インフィ二ティって言ったらいまどき誰でも知ってる憧れの高級ブランドじゃない」
聞いたことはない。というかブランド品に関しての知識は皆無に等しい。
限られた生活費の中でやりくりする身としては縁遠いものたち。
「そうなんですか?」
「あちゃー、意外なところでバレたか」
「そんな高価なもの受け取れません」
「そう言うと思ったよ。それ、一応バイトのお礼だからもらってよ」
「お断りします」
「えぇー!? せっかく買ったのにー!」
さっそく加瀬に確認して返品を申し出る。バイトのお礼にしては過ぎた品だろう。
「バイト」と耳にした雪音はストラップを携帯ごと光にかざすのをやめ、動きを止めた。
「バイト? 勉強でも教えてるわけ?」
「え、まぁ……もう終わりましたが」
「納得ー。こんな超イケメンがあんたみたいな日陰女相手にするわけないもん」
「雪音!」
「はいはい、分かってるわよ。お兄さまは玲菜に甘いんだから」
面白くなさそうにため息を吐き、雪音は片手で長い髪を払った。
光沢のある瑞々しい黒髪が風でなびくように背中で弾む。
「ごめん。雪音にはあとできつく言っておくから」
「気にしないで」
「それと、はい。せっかくだからもらっておきなよ」
奏は雪音から受け取った携帯を差しだしてきた。
わたしは手元に戻ったストラップを見てほっと胸を撫で下ろす。
「少し派手だけど、可愛いね。玲によく似合ってる」
奏が微笑むと、険しい谷間に咲く一輪の白百合を彷彿とさせる。
ある種の純粋さ故に清廉と磨かれ、他の汚れを寄せ付けない厳かな美少年だ。
そんな彼が柔らかく瞳を細め、自分だけにとびきりの笑顔を見せてくれる。
奏の笑顔は破壊力抜群だった。
現に周りで見物していた女性客たちがもれなく被害に遭っている。
つまり、完全にとろけきっていた。
いつもご覧くださっているみなさま、はじめてお越し下さったみなさま。
拙作にお目通しいただき誠にありがとうございます!
とても励みになります(^^)
前回に引き続き長くなりましたので中編・後編に分けました。
まとめきれず申し訳ありません。
一部表現を改稿しました。大変失礼しました。




