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カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


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第八話 運命のいたずら。(前編)




中間テストの反省会後。

わたしは加瀬に連れられるままとある街中のカフェへ来ていた。


外観は古い洋館に見えるものの、扉を開いて一歩中に入ると驚く。

広い中庭がオープンテラスになっていて、都会の喧騒を忘れさせてくれる。

木々や花に囲まれたテーブルや椅子は白に統一され、クッションが置かれていた。


木の枝にはところどころランプが吊るされており、夜はキャンドルと共に灯されるのだろう。

つまり、一言でいうと。友達と訪れるにはロマンチックすぎる店だった。


「この店の食器類、全部アンティークらしいよ」

「えっ」


落ち着かないわたしと反対に、和やかな様子でメニューを広げる加瀬。

上質な皮のメニューブックひとつ見ても、高級感が漂っている。


わたしは鞄を開いてこっそり財布の中身を確認した。

野口英世が一枚と小銭が少し。


「あ、あの。今からでも別なお店にしませんか?」

「なんで? ここ安くて美味しいって評判なのに」

「そうなんですか?」


少しだけほっとしてメニューを手に取る。だけど開いた瞬間に目を疑う。


「どこが安いんですかこれの」


フレーバーティー千二百円。

ケーキセット千八百円。

一日の食費より高いではないか。


「え。これでも一応普通っぽい店にしたつもりなんだけど……外した?」


しょんぼりと肩を落とす加瀬には敵わない。

わたしは慌てて気を取り直し、一番安い紅茶にした。


「ではダージリンにします」

「それだけ? ケーキセットもあるけど」

「けっこうです。お腹が空いてないもので」


きりっと前を向いた瞬間、お腹がぐるぐる鳴る。

あまりの恥ずかしさに目眩がした。


「玲菜の嘘つきー」

「う、嘘じゃありません!」

「いーよもう俺が適当に注文するから」


加瀬は慣れた様子で少し手を挙げ、店員さんが来るのを待つ。

ちょっとした仕草ひとつで絵になるなんて参ってしまう。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「はい。ケーキセットをひとつとコーヒーを。ブラックで」

「ケーキセットのお飲み物はいかがなさいますか?」

「ダージリン。玲菜、ストレートでいい? ホットとアイスがあるけど」

「は、はい。温かい方で」


ふいに話を振られてたじろぐと、優しそうな店員さんはにっこり微笑みかけてくれた。

うう、恥ずかしい。不慣れなのがバレバレだ……。


「玲菜。ケーキどれにする? 選んで」

「えーと」


いざ選ぼうと思うと、たくさん種類がありすぎてどれにしていいか分からない。

早く注文しないと店員さんに迷惑だ。


「本日は当店の一周年記念を祝してスペシャルタルトのご用意もございますよ」

「それってどんなの?」

「季節のフルーツに自家製カスタードクリーム、バニラムースを重ねました。トッピングには四つ葉のクローバーをあしらったチョコレートが」


加瀬は煮え切らないわたしの代わりに店員さんと話を続けた。

こんな場所にいてもくすまないというか、むしろ背景が見劣りしてしまうのがすごい。


「うん、よさそうだね。どうする玲菜?」

「じゃあそれでお願いします」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」


だめだ、完全に加瀬のペース。

半ば諦めてちいさくため息をついた後、わたしは近くにATMがないか考えていた。


「気付いた? この店、フォーリーフクローバーカフェっていうんだ」

「四つ葉のクローバー?」

「そう。店内の小物にさりげなくマークが入ってるだろ?」

「あ、ほんとだ……」


加瀬に言われて店内を見回すと、確かにその通りだ。

手元のナプキンにさえ可愛らしいクローバーが。

だけどわたしはむしろ別なことが気になっていた。

加瀬と一緒にいれば当然なのだが、周囲からの視線がとても熱い。


「見られてますね」

「え? そうかな。気のせいじゃない」

「見られてますよ。あなたが」


認めたくはないけれど、加瀬の周りがキラキラして見える。

急にこんなひとが現れたらぼうっと見つめてしまっても仕方がないだろう。

女の子の視線を独占するのは日常茶飯事だ。


「どうしてあなたはそんなに平然としていられるんですか? お客さんはほとんど大人の女性ですよ。まぁ、カップルも少しはいるようですが」

「うーん、俺あんまし緊張とかしたことないしなぁ。でもいまは別の理由かな」

「別の理由?」

「玲菜しか見てないから」

「!!」


ごく当たり前のように、自然と口にした。

甘い言葉で口説いていると勘違いされても仕方がない台詞を恥ずかしげもなく言うのだ。


「よくそんなこと真顔で言えますね」

「だって事実だし」

「わたしは騙されませんよ」

「うあ、信用ないなー」


困ったように笑う加瀬。顔を背けたわたしに「こっち見てよー」と言って拗ねる。

ほんとうは怒ってなんてない。だけどもう少しだけ困らせたい。


「ねぇ玲菜。手出して」


テーブルの上でこちらに手を伸ばす加瀬。

また何か企んでいる。そんな予感がした。


「どうして」

「いいから早く。三秒以内に出さないといまここでキスしちゃうよ?」

「なっ!」

「はーいカウントダウン開始。三、二……」

「わかりましたどうぞ好きなだけご覧下さいっ!」


脅迫されて仕方なく手を出すと、今度は目を瞑るよう指示してくる。

疑惑の眼差しを向けたとき、「絶対こわいことしないから」と言われて渋々従った。


「もういいですか?」

「まーだだよ」


かくれんぼみたい。懐かしいやりとりに思わず笑みが漏れる。

加瀬の手が触れるのを感じて、少しだけ体が震えた。


「もういいよ。どうぞ、お姫様」


目を開けると、てのひらに何かが乗っていた。

ちいさなガラスの靴は片方だけ。

(かかと)の部分から華奢なチェーンにつながれ、淡いイエローのクリスタルがついている。

持ちあげて光にかざすと虹色に輝き、どの角度から見ても素晴らしくカットされていた。


「これは?」

「携帯ストラップ。玲菜つけてなさそーだなと思って」

「よく分かりましたね」

「うん。勉強を教えてくれたお礼にって買っておいたんだ」


よく見るとガラスの靴の裏に何かが彫られている。薔薇だ。

薔薇の中心には一粒の白い宝石。ダイヤモンドみたい。

細かなところまで丁寧に作り込まれた感じがする。


「どう、気に入った? 俺なりに玲菜が好きそーなやつにしたんだけど」

「とてもきれいです。わたしにはもったいないくらい」

「そんなことないって。似合ってる」


加瀬は女の子が喜ぶことを熟知してる。選ぶ言葉ひとつにしてもそう。

こんな素敵な男の子にプレゼントをもらって喜ばない女の子がいるはずない。

わたしは学校を出てから店に来るまでのことを思い出していた。


『玲菜、こっち』


人にぶつかりそうになるとさっと体の向きを変え、わたしの肩を寄せた。

道を歩いていても人の多い方や車道側はけして歩かせない。

別の誰かが同じことをしても、ここまでスマートにエスコートできないだろう。

全てがさりげなく、習慣であるかのように押しつけがましくない。


『連れて行きたいお店があるんだ』


おそらく加瀬はここだけでなく、おしゃれなお店をたくさん知ってるのだろう。

さっきは普通っぽい店を選んだと言っていたけど、十分に豪華だ。

加瀬とわたしじゃ金銭感覚も違うし、出入りするような場所も違う。

普段は別の女の子とここへ来たりするのかな、なんて余計なことを考えてしまった。


「来てないよ」

「え?」

「ここに来たのは今日がはじめて」

「どうしたんですか急に」

「玲菜がさみしそーな顔してたから。また余計なこと心配してるんじゃないかと思って」

「自惚れないでください」

「うあ、また言われちゃった」


図星を突かれてドキッとしたのはひみつ。

わたしはてのひらで静かに煌めくガラスの靴を見て胸がときめいた。


「ありがとう」

「へ?」

「あ、ありがとうと言ったんです。いただけるということですよね。これ、大切にします」

「マジ!? よかったぁー! もしかしたら受け取ってくれないかもって思ってた」


ほんとうに、何がそんなに嬉しいのか。

贈り物をもらったのはわたしの方なのに、まるで自分がご褒美をもらえたような顔。


「さっそくつけてみて。てゆーか携帯貸して。つけたげる」

「え、自分でやりますよ」

「いーから早く」


鞄から携帯を取り出し、加瀬に差し出す。

わ、きれいな指……。器用にストラップをつけてわたしに返してくれる。


「前に玲菜がくれたレモンドロップ。あれにちょっと似てない?」

「大げさですね。こんなにきれいじゃありません。でも」


ガラスの靴。その隣で揺れる淡いイエローのクリスタルはハート型。

触れるとひんやりしてるのに、見ていると心があたたかい。


「明るくて透明感のある良い色ですね。これを見ているとあなたを思い出します」


嬉しい。自然と笑顔が零れて、わたしは幸せな気持ちになった。

加瀬はもう一度手を伸ばし、携帯を掴んだわたしの手を握ってくる。


「ずっとつけてて」


なんて優しい瞳。まるで宝物を眺めるような目でわたしを見つめる。

加瀬から目を逸らせない。


沈黙が流れると、ちょうど店員さんが来て慌てて手を引っ込めた。

紅茶の香りが鼻をくすぐり、わたしは深呼吸する。


「ねぇ見てあのふたり。芸能人かな? すごいオーラだね」

「ほんと。女の子の方は雑誌で見たことあるかも。モデルかなぁ?」

「しかも白鳳凰(はくほうおう)学院の制服だよ。日本屈指の超エリート進学校じゃない」

「才色兼備ってこと? いいなー」


加瀬とお茶を飲み始めたとき、突然お店の出入り口が騒がしくなった。

わたしはちらと聞こえた「白鳳凰学院」という言葉に背筋が凍る。

胸がざわめく。まるで何かを警告するみたいに。


「加瀬、もったいないですがもう行きましょう」

「へ?」

「お金は後で、まとめてお返しします。だからすぐに店を――――」


戸惑う加瀬に、出ましょうと告げたときにはもう遅かった。


「玲?」


神様。あなたはどうして気まぐれにいたずらをするのでしょうか。

体の芯まで響く美しい声。振り向かなくても誰かは分かる。


「やっぱり玲だ」


わたしが躊躇っているうちにコツコツと足音が近付き、まもなく顔を合わせた。

長身の彼が見下ろすと、艶やかな漆黒の髪がはらりと頬に掛る。

紫水晶(アメジスト)にも似た瞳は寒空(さむぞら)の星が潤むよう。


「やっと見つけた。僕の女神(ディエス)


彼は止める間もなくわたしの手を取り、恭しくその甲へ唇を寄せた。

周囲からキャーッと悲鳴にも歓声にも似た叫びが飛び交い、耳を塞ぎたくなる。


加瀬が太陽ならば彼は月だ。

エレガントな身のこなし、立ち姿は気品に溢れて空気を銀色に彩る。

聡明さが滲み出る面差しはひどく端麗で、どこかミステリアス。

現実から離れて幻のごとく佇む夢のひと。


(かなで)


わたしは囁きに近い声で彼を呼んだ。唯一心を許した、初恋のひとを。





お気に入りにご登録下さったみなさま、評価ポイントを下さった方、

またお読みいただいている全てのみなさまに深く感謝します(^^)


今回のお話は展開上長くなってしまいました。申し訳ないです。

後編は短めにまとめますので、どうぞよろしくお願い致します。

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