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カラフル×ドロップ  作者: 水嶋陸


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第七話 そばにいてよ。(後編)



「大丈夫ですよ」


優しく加瀬の頭を撫でると、さらさらの髪が指をくすぐる。

こんなふうに男の子の頭を撫でるのは初めてだ。


「昔こうして頭を撫でてもらった思い出があります。その時はどうして心が安らぐのか分かりませんでした。だけどいまなら少しだけ分かるような気がします」

「え……?」

「誰かとぬくもりを分け合えるのは幸せだからです」


こんなふうに包み込まれると、自分が女の子であることをいやでも意識してしまう。

高鳴る胸を抑え、わたしは言うべきことを必死で考えていた。


「以前わたしが山に取り残されたとき、あなたは言ってくれたじゃないですか。もう大丈夫、絶対こわい思いさせないからって」


誰かに甘えるのはいけないことだと思っていた。

なんでもできるだけ自分の力で解決しようとしてきたからそれは自然なことだ。

だけど加瀬は新しい希望を抱かせてくれる。


「あの言葉で肩の力が抜けました。いつもひとりでがんばらなくていいんだって、素直にそう思えた」


みんなの中にいないと気付いてくれた。

どこにいるかも分からないわたしを一生懸命探しに来てくれた。

それはきっと見返りのためじゃなく、加瀬がそういうひとなのだろう。

周りにひとが集まるのも、年を重ねるたび希薄になってしまった何かを与えてくれるから。


「あなたの側にいたいと願う人達はたくさんいるでしょう。本音をいうとわたしもそのひとりです」


嘘じゃない。

誰かに気を遣って接するのも、本音の探り合いをするのもうんざりだと思っていた。

もし誰かを信じて、いつかちいさなきっかけで背中を向けられるのが怖かった。

本当は認めてほしい気持ちがあったのに、気付かないフリをして殻に閉じこもっていた。

それが悪いとは思わない。加瀬と出逢い、光が見えただけ。


「あなたは心にあたたかい風を吹きこんでくれる。わたしはそれを感じていたい。いつかもっと成長して、自分のことを好きになれたそのときは……」


何度もわたしを助けてくれたように、加瀬が困っていたら手を差し伸べられるひとでいたい。

不安に押しつぶされそうなとき、息がつまって前にも後ろにも進めない、そんなとき。


「あなたの隣にいても恥ずかしくないわたしでいたいです。守ってもらうばかりじゃなく、守ってあげられる人になりたいです」

「玲菜……」

「ぜ、ぜいたくな願いだと分かってますよ。特別になりたいと言ってるわけじゃありません」


もしいつか加瀬がつまづいたとき、助けを求めて手を伸ばしたその先に。

わたしがいたらいいなって思う。そうじゃなかったとしても、加瀬の手に触れる誰かが優しさに満ちていてほしいと願ってしまう。


胸に芽生えつつあるこの想いを、きっと本人に伝える日はこないだろう。

それでもいい。

限られた時間の中で、ずっと隣にいられないと分かっていても。

加瀬と過ごす毎日を。一日、一日を輝かせたい。だってわたしは――――


「ただ、加瀬の力になりたいんです」


体に回された加瀬の腕から、少しずつ力が抜けていく。

強張っていた肩も、だんだん柔らかくなっていく。


元気が戻ったのかな? そうだったらとても嬉しい。

わたしは加瀬の胸をそっと押し返し、微笑んだ。


「少しくらいがんばらせて下さいよ。日陰者にだって根性はあります」

「玲菜、ストップ」

「え?」

「はー。ちゃんと今の状況分かってる? それとも分かっててやってる?」

「何の話ですか」

「俺の理性を試してるとしか思えないんだけど」

「な、ななななんでそうなるんですか!?」

「だってー、腕の中には玲菜がいてー、優しいこと言って慰めてくれるしー」


加瀬は前かがみになってコツンと額を合わせてきた。

軽い口調でありながら瞳は真剣そのものだ。


「本気で勘違いしちゃうよ?」

「だ、だめです! わたしはあなたの友達になりたいです!」


焦ってとんでもないことを口走ってしまった。

鏡を見なくても赤面していくのが分かる。

何か言わなくちゃ。何か――――


「せ、世間では女の子は男の子に守ってもらうものらしいじゃないですか。わたしはそれじゃイヤなんです。助けてもらってばかりは性に合わないと言ったでしょう? つまり、対等に背中を預けられる存在でいたいんです」

「ひゃー。玲菜、マジで男前だね」

「義理堅いと言って下さい」

「上杉謙信か……ハードル高いなぁ」


うーんと眉間にしわを寄せ、考え込む加瀬。

どうにかこの場をしのげただろうか。


「でも一個勘違いしてるよ」

「え?」

「俺らもう友達じゃん」

「!! そうなんですか?」

「あー、メンドクサイから名前覚えたら友達? とか挨拶したら友達? とか聞くの禁止ね」

「そんなこと聞きません!」

「そお? なんか聞きたそーな顔だったけど」


加瀬は訝しげにわたしを見下ろしたあと、体を離して右手を差し出した。

握手を求めるポーズに戸惑っていると、加瀬の方から握りにきてくれる。


「改めてこれからよろしくな。俺、玲菜の隣でよかった!」


まただ。悲しくもないのに胸の奥がぎゅっとなって痛い。

わたしはその言葉が嬉しくて、返事ができなかった。

輝く笑顔の加瀬が眩しい。


「とゆーことで。これからデートしよー?」

「は?」

「玲菜に拒否権ないからねー、打ち上げ断ったんだし。黙って俺についてきて!」

「ちょっ、どうしてそうなるんですか!?」


加瀬は握った手をつなぎ直し、わたしを引っ張った。

机に残した加瀬の鞄を取りに行き、ふたりで教室の出口へ戻る。

強引な加瀬の、どこか楽しそうな背中に思わず笑ってしまった。


そう。

加瀬と過ごす毎日はあっというまで、大切なことを忘れていた。

運命の神様はいつも、微笑みかけてはくれない。


これから訪れる試練にも気付かないまま、今まででいちばん暑い夏が始まろうとしていた。




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