1.同じような毎日
今日も私は街の広場で占い師をしている。
......もっとも客足はまばらだ。
『数分後の未来と、数十年後の未来を占います。
料金 銅貨2枚。』
こんな変な看板を出して、商売をしている。
できないことはできないと、はっきりさせる良心的な占い師だ。
客とのトラブルはできるだけ避けたい。
子供のころ、夢で神様に会った。
「占いのギフトを授けよう。」
白髪に白ひげの老人はそう言った。
しかしこのギフト、便利とは言い難い。
相手の数分後の未来か、数十年後の未来しかわからないのだ。
最初はこんな占いにお金を払う人などいないと思っていた。
ところが意外にも落とし物やスリを防げると評判になった。
あとは、にわか雨が降るといった天気予報替わりか。
数十年後の未来というのも、万能ではない。
「あなたは、数十年後、裕福な暮らしをして、毎日幸せに過ごしています。」
「どうやって金持ちになった?」
そこのところが説明できなくて、もどかしい。
「私は、長生きできそうかね?」
「ええ、80歳過ぎても、お店に出て働いてますよ。」
とか、
「結婚できるかしら?」
「はい。男の子と女の子、二人の子供に恵まれ、旦那さんとも仲良く暮らしています。」
こういった未来ならいい。
時々数十年後の未来が見えない人もいる。
最初はなぜ未来が見えないのか、わからなかった。
でもそのうちわかってしまった。
その人たちは、数年以内に亡くなっていた。
事故や、病気、戦争に行ったりして。
その人たちには見るべき数十年後が存在しなかった。
そうした人たちには、
「今日は調子が悪くて、よく見えないんです。
料金は結構です。」
などと言って誤魔化した。
本当のことは言えない。
だから私は見えなかったことにするしかなかった。
「頼りない占い師さんだね。」
などと言われても。
自分自身の未来も見える。
私は、数十年後、孫にせがまれ絵本を読んでいた。
穏やかな情景。
幸せそうだった。
それほど占いが繁盛しなくても、そこそこの暮らしはできている。
常連客も少しずつ増え、食べていくには困らない。
代わり映えはないけど、穏やかで平和な毎日。
今日も広場の人々は、特に大きな事件もなく過ごしている。
子供が走る。
五分後、転んで大泣きをする。
屋台の主人は、十分後、野良犬に肉を盗まれる。
噴水の恋人たちは二十分後に喧嘩をする。
でも数十年後には、孫を抱いて笑っている。
流しの楽師が流行りの曲をリクエストされ、弾いている。
この曲は私も好きだ。
今日はお客も多く、この後もリクエストが続く。
そんなありふれた一日だった。
そのはずだった。
おかしい。
昨日もあの子は広場で転んだ。
店主は昨日も野良犬に怒鳴っていた。
喧嘩をした二人も見た気がする。
楽師の曲も何度も聞いている。
違う。
これは、未来じゃない!
過去を、昨日を見ている。
同じような毎日だからといって、ここまで同じではないはずだ。
翌日も同じ場所で子供は転び、野良犬は同じものを取っていく。
喧嘩も同じ、楽師の曲も同じ。リクエストの回数まで。
何が起こっているのだろう。
昨日を、同じ一日を何度もやり直している。
朝起きると、また昨日に戻っている。
私だけが昨日を覚えている。
皆、昨日の記憶が消えて、同じ日を繰り返している。
なぜ?
十回目を超えたあたりからは、すっかり覚えてしまった。
子供が転ぶ場所、犬の盗んでいく肉の枚数まで。
喧嘩する恋人の遅刻の理由も知っている。
楽師の曲は、もう完全にハミングできるくらいだ。
何が起きるか占わなくても、『知って』いるのだ。
でもこのループを抜け出す方法がわからない。
あと何回繰り返すのか。
私は、占いで、数十年後の自分を知っている。
数分後もわかる。
このループを抜けた先だけが、どうしても見えなかった。




