神殿騎士になります
「………私の女装はずいぶん板についてきたと思わないか?ヴェル」
ため息交じりにそう呟く己の主を、専属侍女であるヴェルは訝しげに振り返った。視界に入れた主リュシエリアーナは、ソファに腰を下ろしたまま遠い目で窓の外を眺めている。
「……女装と言いますか、お嬢様は生まれながらの女性では?」
そう言葉を返しながら、ヴェルは内心でまた始まったか、と愚痴をこぼしていた。
「……これでもずいぶんと努力したのだ。女言葉など、まるで女方にでもなった気分で鳥肌が立ったが、それでも必死に頑張ったのは父上殿と母上殿が次期王妃たれと口を酸っぱく私に訴えたからだ」
「………オンナガタ、というものが何かは存じ上げませんが、次期王妃でなくともお嬢様は公爵令嬢なのですから、淑女の振る舞いは必須かと存じますが?」
「だが今回、婚約はめでたく破談となった。もう次期王妃になる必要はない。ならば今まで頑張った分、少しは私の我儘を聞いてもバチは当たらないと思わないか?ヴェル」
「……………私の言葉など全くお聞きになってはおられませんね?」
話が全くかみ合わない現状に、ヴェルはたまらず嘆息を落とす。
こういう時のリュシエリアーナは相手の同意や返事が欲しいわけではなく、ただ気が済むまで思いの丈を言葉にしたいだけなのだと、長年仕えてきたヴェルはすでに承知していた。
「……それで?また旦那様に神殿騎士になりたいと訴えられたのですか?」
「だって不公平だろう……!!?兄上は今や神殿騎士団の副団長……!!なのに私は次期王妃だからと入団さえ許してはもらえない……!!……だが今の私にはもうその足枷はなくなったのだ……!!次期王妃だから神殿騎士にはなれないと言うのならば、すでに婚約破棄が決まった今、何も障害はないはず……!!なのに父上殿は私に何とおっしゃったと思う!!?」
─────「ならんっっ!!!公爵令嬢が騎士になるなど言語道断だ!!!!」
父の大喝一声が、机を激しく打ち付ける音と共にマレグレン公爵家の屋敷中に轟いたのは、婚約破棄が言い渡された三日後の事だった。次の婚約を陛下と共に熟考中だと父に告げられて、すっかり油断していたリュシエリアーナが焦燥感から自分は神殿騎士になるのだと宣言した結果、こうして父の恫喝が振り注いだのだ。
「なにゆえです!!?女性騎士などいくらでもいるではありませんか!!」
「お前は普通の令嬢ではない!!王室に連なる公爵家の令嬢だ!!王家の血筋を持つ令嬢が騎士になどなれるわけがなかろう!!!」
「いいえ!!長い歴史を紐解けば、王家の中から神殿騎士を務めた女性騎士もおります!!八十年前には当時の王女殿下が神殿騎士になられたという記録もあるではありませんか!!!なのにたかが公爵令嬢である私は、なにゆえ認められないのですか!!?」
「う゛……っ!!」
その的を射た娘の切り返しに、父はたまらず返答に窮して閉口する。何か良い言い訳を、としどろもどろと口を開く父は明らかに動揺しているようだった。
「だ…だがな─────」
「私は忘れてはおりませんよ、父上殿」
「……!」
「男に二言はない、と豪語した父上殿が、あっさりと約束を反故された事を─────」
ぎろりと鋭く睨めつける娘の瞳に、父はびくりと肩を震わせてなおさら居心地が悪そうに視線を横に外す。リュシエリアーナがどの一件の話をしているのか、父の脳裏には否応なくその当時の記憶が蘇った。
それは、王太子アレクスフォード=ギルリアンとの婚約が決まってから半年後の事────どうしても婚約を破談にしたかったリュシエリアーナは、神殿騎士になりたいのだと己の強い想いを懇々(こんこん)と父に力説した。あまりに必死に訴えるので、父はリュシエリアーナにこう提案したのだ。
─────神殿騎士団の団長と立会いをして、一度でもその剣が団長の体に届けばお前の願いを聞き入れてやろう。
聞き入れる気がない事は明白である。
当時リュシエリアーナは九歳。兄であるフォルドエルと共に剣術を学んでいると小耳に挟んだが、相手はたった九歳の女児だ。十中八九、兄に憧れて真似事をしている程度のものだと思っていた。
それでも神殿騎士になるには最低でもそれくらいの強さが必要なのだ、と幼い娘を言葉巧みに口先で丸め込み、それができなければこの先二度と神殿騎士になりたいなどと言ってはならない、と諦めの悪い娘に条件を呑ませた─────まではよかった。
誤算があったとすれば、娘の強さを読み違えた事だろうか。
「父上殿!!約束ですよ!!私は神殿騎士になります!!」
そう満面の笑みでリュシエリアーナが公言したのは、騎士団長と立ち会ってわずか一分後の事。
相手が九歳の女児という事もあって、騎士団長は完全に油断していた。攻めあぐねていた、と言ってもいい。公爵令嬢であるリュシエリアーナに怪我を負わせない事ばかりが念頭にあって、目前の幼い少女の身の内に潜む、猛々しい剣豪の気配に気づくのが遅れに遅れた。彼がその気配にようやく気付いたのは、立会いが始まった直後。公爵令嬢が纏う、幼い少女とは思えないほどの剣気が彼の精神を激しく揺さぶったと同時に、リュシエリアーナは油断という隙を見事に突いたのだ。
地面を蹴り上げ間合いを詰めると、リュシエリアーナはすぐさま手に持っている剣を振りかぶる。狙う先は、騎士団長の足元。体が大きくなればなるほど、下への攻撃の対処が遅れるものだ。特に彼は油断して、なおさら対処に割く余裕がない。対して小柄な体はどうしても力が弱くなるものの、反面動きが俊敏になる。俊敏な動きで相手を翻弄し、隙を作ってそこを突く─────前世での小柄な彼が好んで使っていた戦法だった。
開始わずか一分で、この立会いはリュシエリアーナの勝利で幕を閉じた。その信じがたい光景に皆唖然として言葉を失い、ただ一人リュシエリアーナの異常なまでの強さを知っていた兄フォルドエルだけが、苦笑を漏らしていたという。
なのに、父はすぐさま旗幟を翻し、約束を反故にしたのだ。納得がいかないと抗議をするリュシエリアーナに、父は伝家の宝刀『王命』という言葉で、リュシエリアーナの不満をねじ伏せた。以来、リュシエリアーナは父との約束を拒絶し、未だにこの一件を根に持っている。
─────ちなみにこの立会いの後、油断していたとはいえ九歳の女児に負けた事で矜持を失い、職を辞すると言い出した騎士団長を、父と兄が必死に宥めた事は言うまでもない。
「……あの時私は確かに父上殿が出された条件を満たしました…!!それを反故にされても、今の今まで耐えてきたのです!!あの時の不誠実な行いを挽回するのであれば、この機に神殿騎士になる事を許すべきなのではありませんか!?」
「う゛……!!」
またもや正論過ぎて、もはやぐうの音も出ない。父は返す言葉もなく、たまらず閉口した。
あの一件は今思い出しても、自分の愚行を認めざるを得ないだろう。目算が狂ったとはいえ、焦燥感でつい約束を反故にしてしまったのだ。どれほど申し開きをしてもリュシエリアーナからの許しを得られるような生易しい失態ではない。
自分で自分の愚かさが判るから、なおさら何も言えなくなる父にやんわりと助け船を出したのは、隣で黙って話を聞いていた母だった。
「……リュシエリアーナ、あまりお父さまを困らせるものではありませんよ」
「ですが……!!」
「お父さまは貴女が心配なのよ。騎士になるという事は、常に危険と隣り合わせだという事……可愛い娘が怪我をするところは、私も見たくはないわ」
「それは…………」
それを言われると弱い。
自分が身も心も男であれば、いらぬ心配だと突っぱねただろう。だが今は、心はさておきこの体は紛う事なき女なのだ。娘の体に傷がつく事を両親が厭う気持ちは痛いほどよく判る。特にリュシエリアーナの両親は、幼い頃から慈しむように育ててくれた。その恩があるから、仇を返す事になおさら抵抗があった。
だがそれでも─────。
「……それでも、八十年前の王女殿下が神殿騎士になる事を、当時の陛下は許してくださいました。私も、彼女と同じく騎士の高みを目指したいのです……!」
その真っ直ぐに見据えてくる強い眼差しに母は小さく瞠目した後、一拍おいてから長いため息を一つ落とした。
「………貴女は一度こうと決めたら、決して諦めない筋金入りの頑固者だものねえ……一体誰に似たのかしら?」
そのいかにも諦観を表したような母の言葉に、リュシエリアーナは期待を込めた爛爛とした瞳を向ける。
「…!では………!」
「そうねえ……新しい婚約者が許可をしてくだされば、神殿騎士になってもいいわよ?リュシー」
「え゛……!?」
思わぬ母の提案に、リュシエリアーナは驚天動地の如く目を見開いた。
そもそも婚約を回避するために神殿騎士になる事を持ち出したのだ。いや、剣術を極めたいという前世からの悲願を叶えるため、というのが先だったろうか。どちらかというと、どちらも叶えたいがために無理やり紐づけたという方が適切かもしれない。なのにその紐を容易く解かれては、目算が崩れてしまう。
リュシエリアーナは慌てて思考を巡らせ、取り繕う言い訳を懸命に探しながら、しどろもどろと口を開いた。
「ど、どうしてそこで婚約者が出てくるのです!?」
「あら?今は次の婚約をどうするのか話をしていたのでしょう?」
「で、ですから……!神殿騎士になるので婚約はしないと─────」
「婚約と神殿騎士になる事はまた別の話よ?リュシー」
「………!」
「八十年前の王女殿下も神殿騎士を務められた後、隣国に嫁いで行かれたのよ?たとえ貴女が今、神殿騎士になったとしても、婚姻は問題なく継続できるわ、リュシー」
やんわりと告げて微笑む母に、リュシエリアーナはもはや反論の術をすべて奪われて唖然とする。
母は普段はとても鷹揚だが、詰めが甘い父とは違ってとにかく一事が万事抜かりがない。特にリュシエリアーナの気性をよく理解しているので、考えている事がすべてお見通しなのだろう。
愛する妻のおかげで形勢が逆転したことをすぐさま悟って、父は執務室の扉の前にいる執事に小さく目配せをした。頷く執事を確認してから、父は途方に暮れたように動かない愛娘を嬉々として再び視界に入れる。
「喜べ、リュシー!たとえお前が王太子殿下との婚約を破棄されたとしても、誰も意に介してなどいない!!むしろこの機を待っていたかのようにお前との婚約の打診がこんなにも来ているのだ!!」
主の言葉を受けて執事が執務机の上に丁寧な所作で置いたのは、四十はあろうかという文の束。父の言葉をそのまま鵜呑みにするのならば、これはすべて自分との婚約の打診が書かれた求婚の文なのだろう。その想像以上の数に、リュシエリアーナは蒼白となった。
「………こ、こんなに………?」
「当たり前だ!何せリュシーは国一番の絶世の美女だからな。皆、王太子殿下の後釜を狙っていたのだろう。安心しなさい、リュシー。私と陛下で必ずよい縁談を見繕ってやるからな」
鼻高々と闊達な笑い声を上げる父の言葉は、もはやリュシエリアーナの耳には届いていない。そのまま放心状態で父の部屋を出て、重い足取りのまま自室に戻ったのだ。
「………それで奥様に見事に言い負かされたのですね?」
「父上殿だけならばいけたのだ!父上殿だけならばあと一押しで了承を得られていたものを……!母上殿が横槍を入れなければ……!!」
「奥様は一枚も二枚も上手でございますからね……」
軽く同情を含む苦笑を送って、ヴェルはソファの上で悔しさを募らせる主を改めて視界に入れる。
黒く艷やかな髪を持つ、己の主────その国一番と言われる美しさを持ち合わせた彼女が、なぜこれほどまで婚姻を回避したがるのかがヴェルには判らなかった。
あれほどの美しさがあれば、相手など選び放題だ。財力がある者、誠実な者、あるいはリュシエリアーナと同じく美しいと形容される者────どのような人物でさえ、リュシエリアーナの美しさの前では皆、有無を言わさず傅くだろう。実際、王太子の婚約者であったにも関わらず、男性からの誘いは後を絶たなかった。にも関わらず、その渦中の人物である張本人は色恋沙汰に目もくれず、口を開けば騎士になりたい、剣術を極めたいの一点張りだった。いや、色恋沙汰に興味がないと言うよりは、むしろ男を忌避しているようにさえヴェルの目には映った。
とはいえ、男である王太子や国王、そして父や兄に対する態度を見ていると、男を毛嫌いしているという感じでもない。それでなおさら、己の主がなぜ婚姻を嫌がるのかが判らなくなるのだ。
「………実際にご結婚なされば、いつしかそれが幸せなのだとお気づきになることもあるでしょうに………」
思わずぽつりと呟いたヴェルの独り言がリュシエリアーナの耳に届く。それに反応するように己の侍女を軽く一瞥する彼女の表情があまりに凛々しく、ヴェルは思わずたじろいだ。
「…なぜそれが私の幸せだと言い切れる?ヴェル」
「あ………それは……あくまで一般論を───」
「何が幸せで何が幸せでないかは人によって違うものだ、違うか?」
「それは……そうですが」
「履き違えるな、ヴェル。私の幸せは私が決める。それを誰かに委ねるつもりはない」
その強固な意志を宿した強い眼差しで見返してくる己の主の言葉に小さく瞠目して、ヴェルは己の失言と、かつて彼女に抱いた印象を改めて自覚することになる。
初めて出会った彼女はまだあどけない年齢であったにも関わらず、幼女とは思えないほどの気概と凛々しさを併せ持ち、その姿に思わず憧憬の念を抱いたのではなかっただろうか。
その時の情景が心に再びよみがえって思わず懐かしさでくすりと笑うヴェルの姿に、リュシエリアーナは不満げに眉根を寄せた。
「…………なぜそこで笑う?」
「……いえ、相変わらずお嬢様は男性顔負けの男気溢れるお方だと再認識したところです。きっとお嬢様に求婚なさっている殿方がお嬢様の男らしさをご覧になれば、男性としての矜持を保つ事が難しくて尻尾を巻いてお逃げになることでしょうね」
「……!それだっ、ヴェル!!!」
笑い含みに告げたヴェルの何気ない言葉から何やら閃きを得たのか、リュシエリアーナは高揚感に押されるようにソファから立ち上がり、燦々とした瞳をヴェルに向けた。
「淑女の演技などやめて、素の私を見せればいいのだ!!そうすればこんなお転婆娘など願い下げだと向こうから縁談を断ってくる!!」
「…!?」
その令嬢らしからぬ奇抜な妙案に、彼女の風変わりな性格をよく把握しているヴェルでさえ、思わず目を見開いた。そうして頭を抱えこむように、小さくため息を落とす。
「………それではお嬢様が社交界で笑い者になられますよ?」
「婚約を回避できるのならば甘んじて受けよう!!」
「……マレグレン公爵家の皆様もまた、笑い者になり得ましょう。それも甘んじてお受けになると?」
「…………………え?」
思わぬ反撃に、リュシエリアーナの表情は強張った。時が止まったように唖然として見つめるその先には、少し申し訳なさそうに笑う侍女ヴェルの姿があった。
「……お嬢様が笑われるという事は、マレグレン公爵家が笑われるという事です。旦那様や奥様、そして神殿騎士団の副団長として活躍なさっておられる小公爵様までもが嘲笑を受け、家名が地に落ちると言う事です。それらも全て、お嬢様は甘んじてお受けになられますか?」
「…………それは……」
─────できない。
私事で家族に迷惑はかけられない。何より家族は自分に対して愛情を決して惜しまなかった。そんな家族だからこそ、自分もまた愛情を返したのだ。なのに、婚約を回避したいという己の我儘で、愛する家族に迷惑はかけられない。
返す言葉もなく項垂れるように肩を落とすリュシエリアーナに、ヴェルはやんわりと続ける。
「お嬢様の肩には『マレグレン公爵』という家名が乗っておられるのです。どうかご自分の行動が後々何を生み出す事になるのか、よくよくお考えになって行動なさいませ」
「………………すまない、肝に銘じる」
叱られた子供のように気落ちして、先ほどの高揚感がすっかり失われたのかリュシエリアーナは力なくソファに再び腰を下ろす。時折見せる凛々しい顔とは反面、些細な事で一喜一憂し、表情が目まぐるしく動く彼女の愛嬌さを微笑ましく笑って、ヴェルはソファに腰を下ろす主に歩み寄った。
「……ですが、決して誤解はなさらないでくださいませ。この屋敷にお嬢様を笑う者はおりません。旦那様や奥様、そして小公爵様は当然の事、お嬢様の素のお姿を存じ上げている我々使用人も皆、お嬢様の事が大好きでございますよ」
「……!」
言って、柔らかい笑みを向けてくれる七つ上の侍女を、リュシエリアーナは瞠目して視界に収める。
きっとこの世界の生まれではない自分が宿ったリュシエリアーナの言動は、周囲から見て奇行に映っていることだろう。それでもこのマレグレン公爵家の皆はありのままの自分を受け入れてくれた。それが有り難く、くすぐったいほど嬉しい。
「…………ありがとう、ヴェル」
リュシエリアーナは軽く紅潮した頬に余韻を残しながら謝意を伝えると、ソファの背もたれに身を預けて天を仰いだ。
「………とはいえ、婚約を回避する術は諦めたくはないな……」
あの婚約の打診が書かれた文の量を考えると、現状の婚約者候補は四十名ほど。これほど多いと、王太子に使った手はもう使えない。それで四十のうちたった一つの婚約が解消されても焼け石に水ではあるし、そもそもこの方法は時間がかかり過ぎる。決して現実的ではないだろう。
「何かいい方法はないものか………」
あるいは無理矢理にでも神殿騎士になる事さえできれば、少なくとも婚姻まで時間が稼げるだろうか─────?
思って、ふと脳裏に一人の人物の姿が浮かぶ。
神殿騎士の任命権は、国王ではなく別の人物にあったのではなかっただろうか。
「…!そうか……っ!リオンおじ様に願い出ればいいのか……!」
「…!?お、待ちくださいお嬢様……っ!!リオンおじ様とはまさか………っ!!?」
「駄目で元々だ!リオンおじ様ならば願いを聞き入れてくださるかもしれない!!そうと決まれば善は急げだ!!少し出てくる、ヴェル!」
狼狽えるヴェルなど気にもとめす、リュシエリアーナはそそくさと外套を手に取って扉に向かう。あまりに展開が急すぎて、対応しきれないヴェルの頭は軽く混乱を極め始めていた。
「え……!?ちょ……っ、お嬢様!!?出てくるって一体どちらに……!!?」
「決まっているだろう?教会だ」
「き、教会……!!?お、お待ちくださいお嬢様……!?そんなおいそれと会えるお方では………!!それに先触れもなく訪問なさるのはあまりに無作法では─────」
もう急展開についていけないヴェルは、蒼白な顔でそれでも必死に引き止めようと奮闘する。だがそれらの努力が水泡に帰す満面の笑みを、リュシエリアーナはそうとは自覚しないままヴェルに送り返した。
「案ずるな、ヴェル。おじ様は私に限り、いつ何時訪問したとしても歓待するとおっしゃってくださったからな。では行ってくる」
「……!!!?お、お待ちください……!!せめて護衛騎士をお付けになって─────」
慌てて後を追ったものの、つい今しがた主が出て行った扉を開けたその先に、すでに彼女の背すら確認できない光景が眼前にあって、専属侍女の悲鳴に近い慟哭が屋敷中に響き渡ったことは言うまでもない。
─────そうして、教会に向かうその途中で運命の邂逅を果たす事を、この時のリュシエリアーナは知る由もなかった。




