第77話 ソフィの証言
ソフィは、かの監禁事件の顛末を語ってくれた。
朝登校をし、アンナとクロエに挨拶をした後、彼女は二人と別れて自身のロッカーがある、高等部二年のロッカールームに向かったという。
しかしその道中、オリオール姉妹に話しかけられた。
どこか怯えた様子の彼女たちについてきて欲しいと言われ、ソフィは校舎裏へ。
そこで、彼女達から脅迫文を渡されたという。
「私の父は職人で、服飾品を作っているんです」
目を腫らしたソフィは語る。
「時折貴族の方からもご依頼を頂いて、ドレスを作ったりもするんです。それで、父の作るドレスを気に入って、御用達にしてくれている方も居るんですが……」
「なるほど。それを止めると、脅迫されたのですね」
「はい……」
そう言って落ち込むソフィの背中を、アンナが摩る。
ドレスの購入で御用達の店や職人があるのは、金のある貴族ならば当たり前だ。
そして、その店や職人を選ぶ際、貴族から貴族への紹介で成り立っていることもしばしばある。
その場合、多方面に影響が出る可能性も無きにしも非ず。
「脅迫文に書かれていたサインが、一番のお得意様の家名で……そ、そこの注文が無くなると、父のアトリエは潰れてしまうんです。だから、従うしかなくて……」
家長である父の職が潰されれば、一家は路頭に迷うことになる。
ソフィとしては、従うしかなかっただろう。そして、大層恐ろしかったことだろう。
「なるほど……」
エリーヌは顎に手を当てた。
「脅迫されたことを外部に漏らしても、実行すると書かれてました。それで、言えなかったんです」
「なんて酷い……」
ソフィの言葉に、ベネディクトがそう漏らす。
「それで、誰に脅されたの? 脅迫文には、家名が書いてあったのよね?」
アンナがソフィにそう聞く。
しかしソフィは、ただ固唾をのんだ。
当然だろう。外部に漏らしたら、という文言があるのだ。エリーヌがどうにかすると言ってはいるが、それもすべて信用しきってはいないだろう。
「大丈夫です、ソフィさん。犯人のお名前については、口を噤んでいただいて構いません。わたくしは既に把握しておりますので」
「えっ?」
エリーヌの言葉に、クロエ以外の三人は驚いた表情をする。
「実は、オリオール姉妹も同じく脅されていたのです。この休日の内に、既に彼女たちの口から犯人の名を聞きました」
「それで、誰なんだ?」
その名を知っているはずのクロエが、わざとらしく食いつく。
「レベッカ・サーシアム・ブルックリン……鳥蝶会、イヴェットさんの腹心です」
エリーヌの言葉に、ベネディクトもアンナも「なるほど」と納得した表情を見せる。
真犯人として、何の突っ込みどころもない人選だろう。
「ですが、なぜ?」
「彼女たちの狙いは、わたくし。派閥の評価を下げ、貴族派閥の首を挿げ替えようとしたのでしょう。だからわざわざ、華月会所属のオリオール姉妹を実行犯に仕立て上げた」
そうして事を動かしたのはレベッカだが、恐らく鳥蝶会全体が関わっている。
でなければ、こんなにも早く噂が広まることはない。
イヴェットの指示であっても、何らおかしくはないだろう。
「なるほどな、大方把握した。じゃあ、奴らを潰すために私たちは動く」
クロエはそう言って立ち上がった。
「色々作戦を立てた上で、近々場を用意する。お前達にも口添えを頼むかもな」
「構いません。その時になりましたら、わたくしのロッカーに手紙を入れてください。お手伝いします」
「わかった。ソフィの件、くれぐれも頼むぞ」
話は纏まった。
そろそろ授業も始まるころなので、全員立ち上がる。
「この密談、謝罪の機会だったってことにしておこう。会話の内容は、当日まではサロンの中でも伏せておけ。場できっちり明かすためにな」
最後にクロエがそう言って、この場は解散となった。
***
時は過ぎて、放課後。
監禁の噂はどんどん広まり、根も葉もない尾鰭まで付いてきた。
直接エリーヌに尋ねてくる者もいた。そういった者の誤解は、ある程度真実を話して解いておいた。
しかしそれだけで噂は止まらない。あくまで当事者に最も近いエリーヌの弁明である。
幸い、サロン内の者達は理解してくれたようだ。近々公表するとだけ伝え、これ以上評価を下げないためにも、それまでは沈黙に徹してほしいと頼んだ。
ベネディクトを通し、サロン内で他のサロンと通じている者がいないのは再確認済みだが、これを機にもう一度洗いだす。
勿論、誰も裏切っていないのが理想で、それを前提としている。
慌ただしい一日が終わり、エリーヌは帰路に就いた。
「これで、明日か明後日ぐらいまでに話を纏めて、後は実行するだけだな。なんとか上手く行きそうだ」
「ええ。でも、あまり時間をかけるのは良くないわね」
「そうだな。なら明日までに話を纏めて、作戦実行は明後日にするか」
二人は帰りの馬車の中でも、今後のことについて話し合っていた。
「ていうか、流れでああは言ったけど、ソフィの件はどうにかできるんだよな?」
クロエがそう聞いてきた。
ソフィへの脅迫を、エリーヌが実家の権力でどうにかするという話だ。
「できる……と簡単に言ってしまいたかったけれど、少し難しそうね」
エリーヌは腕を組んでそう言った。
「オリオール姉妹への脅迫は、効力の持たないただのハッタリだったから良かったけれど、ソフィさんはそういうわけにはいかなかったようね」
「マジか」
エリーヌの言葉に、クロエは険しい表情をする。
オリオール姉妹はまだ中等部の二年だ。口車に乗せるのは簡単だろう。
だが、ソフィに関してはしっかりと口止めをしたかったのか、脅迫の中身が体を成している。
「レベッカ嬢はブルレック伯爵家の長女で長子。ご自身のこと、ましてやドレスなどについては、口出しの余地は大いにあるわ」
「じゃあ、御用達云々のことも、やろうと思やできるってことか」
「そうね」
エリーヌは難しい表情をして、クロエの言葉を肯定した。
これもまた、平民と貴族の差だ。貴族に対しての影響力はあまりない。しかし、平民であるなら手の出しようがいくらでもある。
「どのみち、金銭の関わることよ。まずはお母様にお伺いを立てましょう。一緒に説得してくれる?」
「ああ、もちろんだ」
そういうわけで、二人は帰って早々、件の話をするためにジュリエンヌを訪ねた。
「……なるほど。話は分かりました」
事の始まりからそのきっかけ、そして現状何をしようとしているのか。
二人は洗いざらい彼女に話した。
「全く。随分と陰湿なことをするのね」
「子供の集団でも、女社会ですから」
「そうね。でも、あってはならないことよ」
「無論、理解しております」
普段なら部屋でいただく紅茶と茶菓子を、今日はジュリエンヌの居るパーラーで、三人机を囲んでいただいている。
珍しい訪問に、ジュリエンヌは心なしか楽しそうである。
「すみません……私が無理を言ったんです」
「貴女の立場なら、当然の行動よ」
申し訳なさそうにするクロエに、ジュリエンヌはそう言う。
「けれど、御用達は難しいわね。この家はこの家で、懇意にしているお店があるから。そちらにご迷惑をかけるわけには、いかないですからね」
ジュリエンヌの言うことはもっともだ。それをすれば、レベッカと同じ穴の狢である。
「……貴女達は、どうするべきだと思いますか?」
彼女は試すように、二人に向かってそう言った。
「先ず、オリオール家に何らかの対応をお願いしようと思っております」
「そうね。それは良いと思います。かのお家はソフィさんに貸しがあるでしょうし。後に禍根を残さない、正当な手段だわ」
エリーヌの案に、ジュリエンヌは賛同してくれた。
「でも、それだけでは損失は免れないでしょう。他には?」
ジュリエンヌはあえて、エリーヌ達に考えさせているのだ。
ただ権力行使をするのではなく、資金繰りについて考える機会とするために。
「純粋な資金援助……はどうでしょうか」
「可能ではあるけれど、損失をすべて賄えるほどの援助はできないわ。わたくし達も、金を湯水のように使えるわけではないの」
クロエの提案に対し、ジュリエンヌはそう言った。
どんなにお金があったとしても、それは将来必要になるかもしれない。考えるべきは今だけではなくて、未来もだ。
貴族だったとしても、必要なだけのお金を必要なだけ使うのが当たり前だ。金があるからと言って、あれこれとほしいものを手に入れていては、その跳ね返りがいつか来る。
「それに、明確な理由も対価もない金銭の譲渡は、後に何かトラブルの原因になりかねないですから」
「そうですか……」
「でも、最も現実的な案ね」
ただ否定をするのではなく、その問題点を挙げた上で、ジュリエンヌはクロエの意見も肯定した。
「……あ」
その意見を受けた上で考えていたクロエが、小さく声を上げた。
「そういえば、その……私の服一式とかも、御用達の店からなんですか?」
クロエの言葉に、エリーヌとジュリエンヌは顔を見合わせる。
「そうね。最近一つ貴女にあげた服は、そのお店だわ」
休閑週に出向いた時、エミリアンに着せられた服をクロエは気に入っていた。
似た様な趣向でカジュアルなものを一つ、ジュリエンヌが買い与えたのだ。彼女はそれを部屋着として使っている。
「なら、私の服だけ、ソフィの家で御用達にできないでしょうか? ……あ、いや、そんなに服はいらないんですけど!」
慌てて訂正しつつも、クロエはそう提案した。
「そうねぇ……まだフォーマルな服を一式揃えていないし、今後入用になることもあるやもしれないですからね」
ジュリエンヌは頬に手を当てて考える。
「分かりました。なら、こうしましょう。ある程度の資金援助と共に、クロエの周辺の服飾品を、そちらのお店に御用達にする。もし気に入れば、アニエスへプレゼントする物も、そちらで注文させていただこうかしら」
「本当ですか!」
ジュリエンヌの言葉に、クロエは勢いよく立ち上がった。
「ですがお母様、もしかの家とつながりのある他貴族も御用達を取りやめた場合、それだけではまだ足りないのでは?」
エリーヌは心配そうにそういった。
ソフィはブルックリン家は一番のお得意様と言っていた。そして、そこの注文が無くなれば、仕事の継続はできないとも。
それはもしかしたら、ブルックリン家の紹介によって成り立っていた商売が、駄目になるからという可能性もある。
「そこは、友を助けたいという貴女達の意志と、わたくしに相談にするという手段を取ってくれたことに対する対価として、母が助力しましょう」
母に任せなさいと言わんばかりに、ジュリエンヌは自信ありげな表情でそう言った。
「近々開かれる茶会で、わたくしの知り合いの貴族などに、それとなく紹介しておきましょう。そうすれば、多少なりとも商売ルートは確保できるでしょうから」
ジュリエンヌはそう言って、家令に何かを言いつけた。
きっともう、算段が付いているのだろう。
「本当に……何から何まで、ありがとうございます」
クロエはそう言って、頭を下げた。
「お礼を言うのはまだ早いわ。紹介状や御用達にする為の契約書などを書くのを、貴女達にも手伝ってもらいますからね」
ジュリエンヌの言葉に、二人は顔を見合わせた。
『はい!』
どうにか、ソフィを助けることができそうだ。
準備は整った。




