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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
落月 試験と事件
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第76話 事情聴取

 休日が明け、次の登校日。


「ねえ、聞いた?」

「うん、あれでしょ? ……華月会の話」

「いくら何でも酷すぎるでしょ」


 学校はとても騒がしかった。

 『華月会が風紀会に危険な嫌がらせをした』。そんな噂で持ちきりだ。


 しかしながら、これは大変可笑しなことである。

 あの事件の概要を知っているのは、ソフィを探した四人とソフィ本人、そして生徒会。あとはせいぜい魔法学の教師ぐらいだ。

 だが、噂は加害側と被害側を明確にして広まっている。その広がり方も尋常ではない。

 言うまでもなく、真犯人――鳥蝶会の犯行である。


 そしてこれこそが、鳥蝶会の真の狙い。

 彼女たちの目的は、平民派閥への脅迫そのものではない。

 オリオールを実行犯として仕立て上げ、投書を使い生徒会を動かし、明らかにする。

 平民派閥への攻撃をカモフラージュに、華月会の評判を落とすことが真の目的なのだ。


 理由は単純だ。彼女たちは前回の競技大会で、エリーヌに対して反感を抱いていた。

 その上、競技大会での敗北。彼女たちは、エリーヌを貴族派閥の代表としておくわけにはいかないと思ったのだろう。

 自らが持つ権利でもって、平民たちを従わせなければならない。

 そうして確実に勝つべきである、と。


 エリーヌは、校門をくぐってから今に至るまで向けられる疑念の視線を笑顔で受け止めた。

 これは、宣戦布告。

 喜んで立ち向かうとしよう。


 「直接謝罪……ですか?」


 エリーヌは登校してすぐ、ベネディクトと二人きりで話している。


「ええ。ソフィさんは、とても怖い思いをされたでしょうし」

「ですがエリーヌ様、かの出来事はエリーヌ様のせいではありません。あれは、オリオール姉妹の独断でございます。むやみに謝罪など行っては、華月会の悪評は広まるばかりです」


 ベネディクトは心配そうにそう言った。エリーヌらしからぬ後先を見ない発言だと感じたのだろう。

 罪悪感の為の謝罪は、時に過分に責められる原因になり得る。


「ベネディクト」


 エリーヌはそう言って自身の口元に人差し指を立て、心配そうなベネディクトを見つめる。


「……筋は通すべきだわ。それに、わたくしたちは今から彼女たちの懐に入り、情報を得るの」

「情報……一体何の?」


 エリーヌは薄く笑う。


「わたくしの腱を狙う者の情報を」

「っ!」


 ベネディクトは、これが謀られたことだと気付いていなかったようだ。

 驚きの表情を浮かべている。


「ついでに。その者達への報復は、彼女たちに担ってもらいましょう」

「まさか……」


 エリーヌはニッコリと笑う。


「ええ。風紀会を訪ねましょう」




***




 昼休みの時間。早々に昼食を終えて、エリーヌとベネディクトは、風紀会がサロンで使用している教室へと向かった。

 道中廊下では、エリーヌを見てひそひそと呟く野次馬が多かった。

 だが、その視線に縮こまる必要はない。堂々と歩くことができるだけの言い分が、エリーヌ達にはあるからだ。

 とはいえ、その一人ひとりに弁明はできない。

 この悪評をひっくり返す術を、エリーヌとクロエは考えた。

 この行動もまた、二人の作戦の一部である。


 そうして、普段決して貴族派閥が踏み入らない場所に、エリーヌはベネディクトを連れて向かった。

 普段から空き教室であるその場所は、風紀会の拠点として、集会の時以外でも風紀会の集まる場所になっている。


「はーい……って」


 風紀会と書かれた簡単なプレートが張られている扉をノックすると、見慣れた少女が出てきた。


「あ、あんたたち!」


 やってきたエリーヌ達を見て目を見開くアンナに、エリーヌは小さくカーテシーをした。


「ごきげんよう、アンナさん」

「ごきげんよう……っていや、あんまりご機嫌はよろしくないんだけど」


 アンナはいつものように冷たく言い放つも、それ以上のことは言わず、いつものように詰め寄ることはなかった。


「……まあいいや、入って」

「ご理解、痛み入ります」


 アンナはどうしてここに来たかをエリーヌ達に問うこともなく、扉を大きく開いて中に招いてくれた。

 そして、集まりつつある野次馬たちを、「大事な話があるの!」と言って追い払った。


 そんなアンナの計らいを受けつつ中に入ると、教室の中にはクロエと、そして事件の被害者であるソフィがいた。

 他の風紀会のメンバーは、野次馬と共にアンナに追い出されたようだ。


「ごきげんよう、クロエさん、アンナさん」

「……ごきげんよう」


 エリーヌとベネディクトが、二人に挨拶をする。


「前置きは良い。……座れよ」


 クロエは挨拶も早々に、二人に座るよう促した。

 風紀会の部屋は、授業で使う机を横長に並べて、二列で向かい合うように席が作られている。黒板の前に、上座の席を一つ置いて。

 そんな席に、エリーヌとベネディクトは、ソフィと向かい合う形で座った。その横に位置する上座の席に、クロエが座る。遅れて、野次馬を追い払ったであろうアンナが、ソフィの横に座った。

 エリーヌはソフィを見る。

 彼女は縮こまって、俯いている。どこか怯えた様な、怖がっている様な表情をしている。

 そんな彼女を、横に座るアンナが心配そうに覗き込む。


「どうせ、話があるんだろうと思ってた」


 クロエが厳しい表情を作りながら、いけしゃあしゃあと言ってのける。

 事前に訪ねることは、二人で決めたのでしっかり把握済みだ。

 これから何を言うかも、彼女はもちろん知っている。


「ええ。……謝罪をと、思いまして」


 エリーヌはそう言って、椅子を少し下げる。

 そして、出来得る限り深く頭を下げた。


「大変申し訳ございませんでした」


 この謝罪は、本心だ。

 いくら犯人がエリーヌ自身でなくとも、この謝罪は必要不可欠。

 まずはそれを言いに来たのだ。


「えっ、わ、私は……」


 エリーヌに頭を下げられたソフィは、戸惑った様子を見せた。


「……私は、大丈夫です。その、顔を上げてください。貴女達がなにかしたわけじゃ、ないんですよね?」

「はい。ですがしかし、これは派閥争いの一部。それも、わたくしとよく関わりのある者が起こしたことです。そんな争いに、このような形で巻き込んでしまったことに対して、わたくしは取るべき責任があります」

 

 エリーヌは頭を下げたまま、淡々とそう言った。


「それについては、私にも責任がある」


 そう言ったのは、クロエだ。

 彼女はソフィの方を向く。


「派閥争い……私も大きな火種の一部だ。それでいながら、近くにいたソフィを守れなかった。剰え、巻き込んじまって」


 クロエは悔しさの滲んだ声でそう言い、頭を下げる。


「ごめんな、ソフィ」

「そ、そんな、クロエちゃんまで……!」


 派閥筆頭の二人から頭を下げられ、ソフィはより一層戸惑いを見せる。


「ふ、二人共、顔を上げてください! 私は本当に、大丈夫ですから……!」


 居心地の悪さに耐えかねたソフィが、腰を引かせながらそう言った。

 エリーヌとクロエは、頭を上げる。


「寛大な御心に感謝します、ソフィさん」

「そんな、私なんかに……」


 そう謙遜するソフィの顔は、いまだにどこか晴れやかではない。

 まだ彼女の心には、何か恐怖するものがあるように思える。


「それにしても、貴女達が指示したんじゃないのよね? あの双子がやったことに対して、本当に何も知らなさそうだったし」


 アンナがソフィの背に手を添えながら、エリーヌ達に向かってそう言った。


「ええ。実はそのことについて、お聞きしたいことがあるのです」


 エリーヌはそう言って姿勢を正した。

 ここからが本題である。


「我がサロンに所属する二人について、特に弁明をするつもりはありません。ですが、いくつか不可解なことがありまして。よろしければ、ソフィさんに当時のことをお聞きしたいのです。どのようにして、あの場に至ったのか」


 エリーヌはソフィに柔らかくそう聞いた。

 しかし、その言葉を聞いた途端、ソフィは青ざめた。


「ご、ごめんなさい。……それは、できません」

「そ、ソフィ?」


 震える声でそう言うソフィを、隣に座っているアンナが心配そうに覗き込む。


「ソフィさん……」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! どうしても言えないんです! 言ったら私、わたし……」


 彼女はそう言って己の身を抱き、ポロポロと涙を流した。

 やはり、彼女も何か脅されているようだ。

 しかし彼女の怯え具合を見ると、脅した者に些か怒りが湧いてくる。


「……それで、不可解な事ってなんだ?」


 ソフィの嗚咽が小さく聞こえる中、クロエがそう切り出した。


「監禁を実行したのは、オリオール姉妹です。彼女たちは禁書を手に入れるルートを持っており、禁術を使用できた唯一の人物ですから」

「だろうな。禁術を使用できるのは、禁書の所有者だ」

「はい。ですが、監禁をするにしても、まずは旧寮舎まで、ソフィさんを連れて行く必要があります」


 エリーヌの言葉に、横に座るベネディクトとアンナが、何かに気づいたようにハッと息を飲んだ。


「確かに……あの二人では、無理やりというわけにはいきませんね。体も小さいですし」


 ベネディクトが真剣な表情でそう言った。


「脅されて、自分の足で旧寮舎に行った……か」

「それが最も合理的かと存じます」


 クロエの言葉を、エリーヌは肯定した。


「しかし、脅したのはオリオール姉妹ではありません。今なお、ソフィさんは沈黙せざるを得ない状況にいらっしゃるのでしょうし、彼女たちに脅しをかけられるだけの材料はありませんから」

「じゃあやっぱり、真犯人が居るのね?」

「……そういうことになりますね」


 アンナの言葉をエリーヌが肯定すると、ソフィがビクリと肩を揺らした。

 間違っていないようだ。


「チッ」


 その様子を見ていたクロエは舌打ちをした。

 そして、バンッ!と机をたたいて立ち上がった。


「魔女サマ。これが現状だ。貴族の権力で脅される、弱い立場の生徒がどれだけいるか」


 クロエは上から睨めつけるようにエリーヌを見て、低くそう言った。

 彼女はよく知っているのだろう。

 否、よく知っているはずだ、その脅威を。

 何せ彼女は、危うくその立場に至りそうになったのだから。


「その真犯人とやらの罪の為に、何でソフィが怯えなきゃいけない? これこそまさに、この学園に蔓延る理不尽の象徴」


 風紀会代表として重みのある言葉を、クロエは吐く。


「私は、その理不尽が大嫌いだ」


 そしてクロエはエリーヌの横に立ち、その眼前に手をついた。


「だから魔女サマ、取引だ」

「と、取引?」


 凄みのあるクロエの言葉に、驚いたベネディクトが反芻する。


「あんたの権力でもって、ソフィへの脅迫を取っ払え」


 強気な姿勢で、クロエはそう宣った。


「そのお願いを、取引でもって支払ってよいのですか?」

「ああ。『権力行使はしない』っていうあんたの宣言に反するかもしれないだろ? だから、取引で良い」


 シナリオ通りである。


「分かりました。そうおっしゃってくださるのなら、そうしましょう」

「立場を弁えろよ。あくまで、払える対価しか払わない。無理な約束はこちらから願い下げだ」


 クロエは厳しくもそう付け足す。

 そう言いつつも、その先の言葉は決まっている。


「そうですね。でしたら、こちらからも一つ、お願いを」


 エリーヌはそう言って立ち上がる。


「これらの事件の顛末を明かすこと、そして犯人への指摘を、貴女にお任せしたいのです」


 エリーヌはニッコリと笑ってそう言った。

 これは、事前にエリーヌとクロエが考えていた策だ。

 この事件、エリーヌには真犯人に対して、この事件の顛末について指摘する必要がある。それは、エリーヌに対する大衆の評価を歪めているのが、真犯人である鳥蝶会の者だからだ。

 しかし、それをエリーヌ本人が指摘をしても説得力がない。

 だからこそ、被害者であり第三者でもある風紀会に指摘してもらうのだ。


「ははっ、なるほど。その方が説得力が増すってか。いいぜ、どのみち目にもの見せてやるつもりだったからな」


 クロエは不敵に笑ってそう言った。


「それでいいな、ソフィ?」


 今度は柔らかな声でそう言って、クロエはソフィの方を向く。


「クロエちゃん……」

「大丈夫です。必ず、貴女を守りますわ」


 エリーヌも安心させるようにそう言う。


「……はい。ありがとうございます……!」


 ソフィはそう言って、安心したようにまた涙を流した。

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