第65話 開会
いよいよ、競技大会本番となった。
学校に着くや否や、皆教養科目用の運動着に着替え、外に集まる。
今日に限り、校門は開いてなお教室は空。
青空の下で、皆切磋琢磨する。
競技大会は、中等部高等部合同。
リリウムの学生たちが、一挙に校庭に集まる。
そして、生徒会と教師陣が管理・運営をする。生徒会は、主に全体の流れを。教師陣は、審判の監督や救護、道具の管理をする。
そうなると、運営側と参加者側である生徒とで、とても大きな人数の差ができてしまう。生徒たちすべてを管理するのには、あまりに人手が足りない。
というわけで、競技大会は基本的に、サロンを団体として個々の生徒を管理することになっている。
サロンの代表者がサロン所属のものを纏め、試合の結果や下級生への指示出しをする、と言う手筈だ。
登校次第校庭に集まって点呼を取り、出欠の確認を済ませる。
すべてのサロンで確認ができたところで、まずは開会式。
式については学年順に来た者から三列に並ぶ。
既に勝負は始まっていると言ってもいい。
いち早く準備を済ませた者が最前列となれるため、サロンの代表者を一番前の列にするべく、全員が協力して素早く準備を終えようとする。上に立つサロンの代表の腕がある種試されているのだ。
有力な派閥の代表がある程度優先される上、取り合いは醜いという価値観もあって、明確な勝負にはなり得ないが。
そんな些細な闘争心を持って、素早く開会式の準備は整い、生徒会や教師の手を煩わせることはなかった。
最終学年である高等部三年の最前列に並んだのは、早い順にエリーヌ、クロエ、クリステル。
もう一人の有力者であるイヴェットは、何と三列目。
(斜に構えている……)
エリーヌは彼女に視線を向けられない代わりに、目を細めてそんなことを考えた。
イヴェットは、こんな勝負は下らないと言わんばかりに、終始冷ややかな態度で準備に臨んでいた。
今回の勝負は、降りるのやもしれない。
しかし、警戒を緩めることはできない。彼女たちの行動には、しばらく目を光らせておくつもりだ。
そんなことを考えていると、遠くからトランペットの音が響いてきた。
それと共に、晴天に三発の花火が上がる。
男子校であるロザも、同日に競技大会が行われる。花火の出何処は、彼らの校舎の近くだ。
トランペットと花火が鳴り止むと、校庭の真ん中に設けられた壇上、その前に、生徒会会長である王女が歩みを進める。
「全員、跪礼せよ!」
王女の足が壇上の前で止まったところで、教師の代表者である校長の号令が響き、全校生徒が素早く跪いた。
今は体操着でスカートがなく、また競技大会は武を競う要素も持ち合わせているので、騎士団式のカーテシーである。
その跪く相手は、壇上の前に立つ王女ではない。彼女もまた、跪いている。
両脇に騎士を携えて壇上に上がるのは、このリリウムの理事、名目上その長に当たる、やんごとなき方。
この国の王妃である。
現生徒会会長である王女の母君で、現王の正室。
女神の第一臣下であって、この国で二番目に偉い人物。
エリーヌの母と同じくらいの年齢であるため、口元には年相応の皴があるが、なお余りある美しさと荘厳さでもって、周囲はひれ伏さざるを得ない。
彼女は大衆を見下ろして、柔和な笑みを浮かべる。
「宣誓! 我々生徒は、正々堂々と競い合うことを誓います!」
『誓います!』
跪いたまま、王女の宣誓に続き、全校生徒が声を上げる。
その健気な姿に、王妃はいっそう顔を綻ばせ、周囲を見渡す。
「よろしい。では、女神様の名の下に、競技大会の開会を宣言します」
凛と通る声の宣言が響き、ファンファーレが鳴り響く。
競技大会の開催である。
***
開会式終了後、全校生徒は再びサロンごとに集まった。
今度は、自分のサロンだけでなく、交流会を経て協力関係になった他の4サロンも一緒だ。
代表者同士で集まり、今後の流れと、緊張をほぐすための談話をしている。
「エリーヌ様、お待たせいたしました」
ベネディクトが小走りでエリーヌ達の元へと駆けてきた。
彼女は運営本部に行き、競技の順番などが書かれた予定表とその他必要書類を貰ってきてくれた。
「こちらが、我々の学年の剣術のトーナメント表で、こちらが魔術のグループ表です」
校庭の隅、観戦用に敷かれた絨毯の一つを陣取っているエリーヌ達は、ベネディクトから渡された表を見る。
「午前は剣術戦。午後に魔術戦があり、それが終わり次第最後に馬術戦とのことです」
つまり、まず最初に剣術戦が行われるということだ。
剣術は、学年ごとのトーナメント方式。事前に申請したメンバーをチームとして、何時何処で試合が行われるかが表に書いてある。
魔術は、事前に成績順に作られたグループでの総当たり戦。どのグループが何時試合をするかが書かれている。
馬術は、最終学年の成績優秀者から選出された五名による代表戦。競技大会の最後、大トリだ。
「我々の試合が始まる前に、下級生へ指示出しをしましょう。レティシアさんは中等部の一年生を。アリスさんは二年生、ベアトリスさんは三年生を。高等部はある程度動きが分かっているでしょうから、ジゼルさんはその二学年にトーナメント表を渡してください」
エリーヌが代表者たちに的確に指示を出す。
競技大会は時間で管理されている。教師が管理する砂時計が全て落ちるたびに鳴らされる鐘をよく聞いて、時間内に素早く行動するのもまた、代表者たちの手腕が問われる。
「それと、必ず備品のチェックをするように言ってくれるかしら。何か仕込まれていてはいけないですからね」
『はい!』
代表者たちは元気よく返事をして、言われた通りに行動を始めた。
指示を出したエリーヌは、今日剣術で自分とチームを組むメンバーに対し、挨拶と激励をする。
そして、自分のみならず、チーム全員の備品のチェックを行った。
「……すべて、問題無いようです」
二重チェックを行ったベネディクトがそう言うと、周囲にいたチームの者達皆が安堵の息を吐いた。
「そう、よかった」
エリーヌ達は、以前平民派閥の者がイヴェットにしたような細工がされていないかを警戒していた。
もしあったとして、それを第三者に指摘された瞬間、エリーヌの負けが確定する。
だからこその、念入りの精査だ。
「しかし、大丈夫でしょうか。もし、我々の知らないところで、貴族の誰かが不正をしていたら……」
一人がそんなことを言い出し、周囲は青ざめる。
エリーヌは、難しい表情をした。
あの宣言により、周囲は怯えて不正に手が出せなくなった。
しかし、恐れない人間もいる。今日この日まで不正が無かったのは、ある意味奇跡だ。
こればかりは防ぎようが無いとも言える。事前に不正を把握したうえで、それが第三者に知られる前に対処する。
この密に詰まったスケジュールで、そこまでのことはできない。
この指摘自体は想定内だが、正直なところ、事が起これば対処ができないと半ばあきらめている。
「……わたくしはあの宣言時、『わたくしの側に着いた者が不正をしたならば』と言いました。それに属していないなら……という苦し紛れの言い訳ならばあります」
エリーヌは困った表情を浮かべながら、そう述べた。
「その辺りは、生徒会も配慮してくださるかと存じます。……周囲の目にどう映るかはともかくとして」
ベネディクトがそう付け加える。
だが、周囲は難しい表情だ。
その表情を見て、エリーヌは一つ咳払いをする。
「大丈夫です。わたくしは既に、『次なる手』を用意しております」
不安な面持ちをするチームの面々に向かい、エリーヌは語る。
「『次なる手』、とは?」
「それはまだお教えできませんが、確固たる手です」
エリーヌはそう言って、にっこりと笑う。
「ですので、この競技大会において、わたくしの勝利の命運を握っていると、あまり気を張る必要はありません。たとえ失敗したとして、わたくしが必ず掬い上げます」
その言葉に、周囲の顔は綻ぶ。
尊敬の眼差しが、エリーヌに集まった。
「此度の大会は、己の実力を測る良い機会だと思って、気楽に励んでください。そして、勝つべきは過去の自分。自分を超えるために、最大の実力を発揮してくださることを願っています」
エリーヌの言葉に、チームは拍手をする。
現場の士気は上がった。
「一丸となって、全力を尽くしましょう!」
『おー!』
準備を完了せよと鐘が鳴り響く。
試合の時間が、迫っていた。




