第66話 剣術戦
競技大会が始まった。
まずは、剣術。
フルーレという練習剣を持ち、攻撃権を持つときに相手の有効面を突き、ポイントを先取した方が勝ち。
魔術の掛かった剣と防具はぶつかり合うと光る。それを見て、審判はポイントをカウントする。
一学年ごとの人数が多いので、1ゲームはポイント先取時点で終了。本来の団体戦のルールとは異なり1チーム五名。
そして、チーム内で一番手、二番手……と決める。チェスの駒に当てはめて、上から順にクイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、ポーンだ(女子なのでキングはなし)。ルークはルークと、クイーンはクイーンと試合をする。勝利数の多かったチームの勝ちだ。番手は基本的に実力者の順に付けて行くものだが、最終ゲームはクイーンの名の下、チームで最も派閥の立ち位置が格上の者が付く。
これが、この競技大会における剣術の肝である。チームの主将となる派閥の代表の実力だけでは、勝利を収めることはできない。上手くチームを組むという時点から、代表の手腕が問われる。
ちなみに、交流会の協力関係は公式のものであり、同じ学年であればその中からどのようにメンバーを選出してもよいことになっている。なので、なるべく身内同士でぶつかり合わないよう試合が組まれている。
とはいえ、トーナメントなので、勝ち進めばぶつかり合うこともある。そういう時は暗黙の了解で、最有力のチームに勝利を譲る。八百長は、面と向かって取引が為されなければ、不正として訴えられることはない。
逆に言えば、味方が勝ち進めば、最終戦に持ち込むのが簡単になるということだ。なので、味方はきちんと応援をする。
校庭で、すべてのチームが敵チームの対面に並び終わった。
エリーヌは、実力派最有力チーム。授業内で行った模擬試合において成績優秀な者も多いので、一試合目はシード。
そういうわけで、エリーヌ達はトーナメントの二試合目からの参加。
勿論エリーヌはクイーンだ。
「構え!」
始めのゲームはポーン。
本日一番最初のゲームだ。
「始め!」
始めの試合は、エリーヌの派閥で、協力関係を結んだサロンとは異なるチームだ。
派閥内で試合が起こることは配慮されていないので、仕方がない。
結果は、5-0。
向こうにとっては、同派閥の代表相手なので全く勝つ気がなく、圧勝。
寧ろ負けたことを誇らしそうにしていた。
「礼!」
『ありがとうございました』
難なく勝ち進むことができた。
***
トーナメント三試合目。勝ち進んだチーム同士での戦い。
相手は、鳥蝶会が筆頭の権力派のチーム。中堅のチームだ。
先程とは違い、ある程度本気で挑んできた。
結果は、4-1で、エリーヌ達の勝利。
一人実力のあるルークに負けてしまったが、試合には圧勝。
また勝ち進むことができた。
「お疲れ様」
ここで一度、休憩。
試合前に集まっていた観戦席に戻り、水分を取る。
「さすがです、エリーヌ様。ここまでは、順調ですね」
「ええ。皆のおかげよ」
ベネディクトが、水の入ったコップをエリーヌに渡しながら労ってくれた。
ちなみに、彼女とは今回別のチームである。
エリーヌを確実に勝利に導くために、別のチームとして他のチームに勝ってくれている。
「エリーヌ様、ベネディクト様」
二人が現状を報告し合っているところに、真剣な表情をしたレティシアが駆け寄ってきた。
「お聞きになりましたか? どうも今回、イヴェット様は棄権なされているようです」
「えっ?」
低い声で囁くようにそう言って来たレティシアに、ベネディクトが驚きの声を上げる。
「何でも、体調不良だそうで。……恐らくは、方便かと思われますが」
と、真剣な表情で言うレティシアに、エリーヌは苦笑した。
「多分、醜態をさらしたくないのでしょうね」
「ですが……」
エリーヌの言葉に、ベネディクトが心配そうにそう言う。
勿論、エリーヌとて分かっている。ベネディクトの心配は、この棄権の間に不正をされないか否かだ。
エリーヌとしては、イヴェットは然るべき時を違えない人間だと思っているので、そういった意図の棄権ではないと思っている。
だが、だからと言って高を括るわけにはいかない。
「ええ、分かっているわ。そろそろ手隙の者が出てくるでしょうから、監視を頼みましょうか」
念のため、不正をしないように目を光らせておくべきだ。
そんなやり取りをしつつ、休憩は終わった。
***
四試合目、準決勝。
相手はなんと、クリステル率いる湖白会の筆頭チーム。
準備期間では目立った行動がなかった彼女達だが、ここにきて実力で勝ち進んできたようだ。
チームを構成しているメンバーも、教養科目において優秀な成績を残している者達が多い。
「エリーヌさん、よろしくお願いしますね」
試合前、他のチームの準備を待っている間に、クリステルにそう声を掛けられた。
「はい、こちらこそ」
その挨拶に、エリーヌは笑顔で端的に返す。
「食堂での一件、あの場で拝見しておりました。此度、このように順風満帆に競技大会を開催できたのは、ひとえにあの場で声を上げられたお二方のおかげと存じます」
クリステルは柔和な笑みと尊敬の眼差しでもって、エリーヌにそう述べる。
「そして、あの宣言を聞き、学園の者が一致団結した……感激の至りです。今日この日、必ずお礼を言おうと思っておりました」
その隙の無い美辞麗句に、エリーヌは笑顔を浮かべつつも内心苦笑する。
全員で手を取り合おう、という高尚な目的はエリーヌにはなく、ただ不正合戦が面倒だっただけだ。
こうも尊敬の目を向けられると、むず痒いものがある。
「ですので、こうして一緒に試合をする機会を得られ、とても嬉しいですわ」
「わたくしも、クリステルさんとお手合わせ願うことができて、光栄です」
そう言って、差し伸べられた手を握り返すエリーヌ。
純粋に称揚の意を述べるクリステルの横では、彼女のチームメンバーが、ただ勝利に臨んで目をギラギラと輝かせているのが分かった。
敬意を向けられているが、決して油断はできない相手だ。
そんな会話の後、全員準備を終え、対面する。
「礼!」
『よろしくお願いします』
こうして、試合が始まった。
ポーン、ナイトのゲームは順調に勝利を収めた。
しかし、ビショップ、ルークのゲームで、エリーヌチームは負け。
2-2により、クイーン同士、エリーヌ対クリステルのゲームで勝負が決まる運びとなった。
「そこまで!」
審判の声が響く。
対面するエリーヌとクリステルは、共に元の姿勢に戻る。
「勝者、エリーヌ! よって、エリーヌチームの勝利!」
その宣言に、チームメンバーとクリステルから拍手が送られる。遅れて、クリステルのチームメンバーも拍手する。
技術は互角だったが、勝負力も合わせた総合的な実力において、エリーヌの圧勝であった。
「礼!」
『ありがとうございました』
最後の挨拶を終えて解散となり、クリステルのチームメンバーは肩を落としつつも、敗北したクリステルを慰めた。当の本人は清々しい顔をしていたが。
対して、こちらのチームにどよめきはない。エリーヌ達にとっては、なんてことのない勝利。勝って当たり前の勝負であった。
むしろ、後半の二試合で負けてしまったことを、チームのビショップとルークは悔やんでいた。
「申し訳ありません」
「大丈夫よ。あのチームのビショップとルークは、クイーンのクリステルさんよりも実力がある二人だったから」
落ち込む二人を、エリーヌは励ます。
「切り替えていきましょう。本命は次の試合。全力でもって勝ちを目指しましょう」
『はい!』
皆の表情が一層引き締まった。
***
ついに決勝。
その相手は言うまでもなく、平民派閥筆頭、クロエのチーム。
期待を裏切ることなく、決勝まで勝ち進んでくれた。
最終試合は、最も有力な二チームがぶつかり合うよう、トーナメントもある程度調整されている。
そして、最終学年の決勝においては、他学年の決勝が終わってから行われる。
なんでも、毎年この試合を見たいがために、同時進行で行われていた他学年の試合が疎かになりがちだったという。
そういうわけで、一昨年辺りから高等部三年生の全ての競技の決勝は、他学年の決勝が全て終わった後となった。
『エリーヌ様ー!』
『クロエ先輩、頑張ってー!』
こうして出来上がった聴衆から、一心に声援が送られる。
そんな声援に手を振りつつも、両チームは向かい合った。
チームメンバーは皆真剣表情で向かい合い、その間にバチバチと火花を散らす。
そして、主将のエリーヌはニッコリと、クロエはニマリと笑って対面する。
「礼!」
『よろしくお願いします!』
一層気合の入った声で挨拶をして、準備を始める。
まずは、ポーンの試合。
クロエのチームメンバーは、授業内でクロエに鍛えてもらい、授業以上の応用技術を身につけた。
その手ほどきで、貴族のたしなみによる知識の差を埋めてきたが、経験の差でエリーヌチームのポーンの勝利。
お次はナイト。
初戦で敗北したというプレッシャーを逆手に取り、クロエチームのナイトが勢いでエリーヌチームのナイトを圧倒してきた。
それに対し善戦するも、クロエチームのナイトがポイントを先取。
ナイトのゲームはクロエチームの勝利。
次にビショップ。
現状同点ということで、接戦。
だが、エリーヌチームのビショップは先ほどの試合で自分の不得手を指摘されたおかげで、隙が無くなっていた。
押し切り、エリーヌチームのビショップの勝利。
そして、ルーク。
追い詰められたクロエ側ルークとエリーヌに勝利の花道をつくるべく奮い立ったエリーヌ側ルーク。
両者はビショップの試合を凌駕する接戦であった。
だが、執念の差でクロエチームのルークが何とかポイントを先取。
結果、クロエチームのルークの勝利となった。
それには聴衆も含めて、クロエのチームは沸き立った。
「も、申し訳ありません!」
「いいのよ。とっても良く頑張ってくれたわ」
落ち込むルークの子を励ましながら、エリーヌは自身の準備をした。
チーム構成で勝利をするという勝ち筋は、ここで潰された。
結局最後はこうなる運命と言わんばかりに、勝負の結末は二人に委ねられた。
「礼!」
『よろしくおねがいします』
その声で、辺りは試合に集中して静まり返る。
「構え!」
両者一騎打ち。
エリーヌは静かに息を吐いて、集中力を高めた。
「始め!」
その一声で、両者は素早く動く。
(とった!)
エリーヌの方が速く攻撃を仕掛けることができ、攻撃権を得ることができた。
しかしすぐさまクロエは体勢を立て直し、次の攻撃は払われて、そのままエリーヌの胸元で魔術の火花が光った。
エリーヌも負けじと、防御から攻撃権を得るために、クロエの動きをよく見る。
熱烈な声援を背後に、両者は一進一退の攻撃を繰り返し――
「そこまで!」
審判の声が響く直前、ポイントを知らせるための魔術の火花が散ったのは、エリーヌの胸元。
「勝者、クロエ! よって、クロエチームの勝利!」
その一声で、わあああと聴衆の声が響き渡る。
平民派閥は喜びの声を。貴族派閥はその勝負の惜しさへの声を上げた。
「ふぅっ……」
頭の防具を外し、汗をぬぐう。
クロエもまた同じ動作をして、エリーヌの方を見て、いつものニヒルな笑顔を浮かべた。
エリーヌも負けじと笑顔を浮かべる。
まだ勝負は始まったばかりだ。
「礼!」
『ありがとうございました!』
剣術は、クロエの白星となった。
※フェンシングの知識が浅いので、間違っているところがあるかもしれません。
『この世界ではこんなルールなんだな』程度に思ってくださると幸いです。




