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ウサギは屋敷の玄関の前で丸まっていた。
遠くて尚且つ周囲は暗いため、本物のウサギのように見えた。近寄って抱き上げるとやはりメカなのだが。
玄関にはチャイムがない。そういえば僕の部屋にもなかった。一度だけ行ったことのあるサルさんの家にはボタンがあって、押すと高い電子音がした。驚く僕を見てサルさんは鼻で笑いつつこれがチャイムだと教えてくれた。普通の家にはあるらしい。僕の部屋は普通じゃなかったのか。そしてこの屋敷も。
仕方がないのでノックしてみる。窓から光が漏れていないから留守なのかもしれない。
ぐぅ、と体が空腹を訴える。ダメもとで扉を引いてみるとなんと開いてしまった。
「どうしよう」
答えが返ってくるわけはないのだが思わずウサギに相談する。ウサギは僕の腕でおとなしくしていた。さっきは逃げていたのに。もう一度ぐぅ、と腹が鳴る。ごめんなさい、と心の中で謝って中へ入ることにした。
中は薄暗かった。蝋燭が一定の距離で並んでいるがその火は一つ一つが小さく心許ない。窓から光が漏れていなかったのはこのせいか。
ばたん、と後ろで扉が閉まった。その音が屋敷の中で反響する。そしてもう一つ、コツコツという音が響く。僕は立ち止まったままで歩いてはいない。他の誰かの足音だ。
蝋燭の明かりが届かないほど奥から声がした。女の人の声だ。
「来館者なんて珍しい。そして私がそれに気が付くのも珍しい」
姿を見せた女の人は数冊の本を抱えてにっこりと笑い、屋敷に声を響かせた。
「無断で入ってしまいすみません」
ウサギを抱えたまま頭をさげる。女の人は僕の頭の上でクスクスと笑っている。先ほどのあの子と違い、怒ってはいないようなので安心した。
顔を上げるとやはり表情は穏やかだ。話ができる人でよかった。
「無断もなにも、図書館にわざわざ許可を得て入館する人ないんてそうそういないんじゃないかしら?」
あなたが天邪鬼ならまた別の話だけれど、と付け加えて女の人はゆったりとした動作で踵を返す。
「いらっしゃい、あなたはきっと下の人間なのでしょう?」
薄暗い蝋燭だけで照らされた廊下を歩く彼女を僕は追いかけた。下の人間、とはどういうことだろうか。僕と女の人の足音だけが響く。本棚、というよりは壁に掘られた空間に多くの本が収納されている。天井は高く、見上げても見えないほどだ。壁のすべてに本が収まっているのだとしたらこの図書館の本は何冊あるのだろうか。
「上にある本は、どうやって?」
「上にある本ほど必要とされていないの。だから読む人間はいないわ」
彼女の声はどこか不満げだった。
蝋燭の廊下が続いたのち、数ある柱のうちのある一本の前で女の人は立ち止まった。そういえば僕は彼女の名前を知らない。柱に触れている彼女に僕は聞いた。
「あの、僕は会田友紀といいます。あなたは?」
「ここの館長よ」
館長は柱を見つめて役職だけを答えた。この柱は何か特別なのだろうか。館長は不規則に柱を撫でる。
他の柱と見比べていると地響きがして館長の前の床に穴が開き始めていた。
床の石は生き物のように蠢いて人間が一人抜けれるほどの幅を作る。穴から光が漏れる。森や図書館の暗さに慣れてしまった目には強すぎる真っ白な光だ。思わず目を窄める。
「さ、ここから先は私は入らないわ」
なんだか同じことを朝にも聞いた気がする。
どうして僕は知らない場所に一人でほっぽり出されるのか。
館長を見る。やっとまともに僕は館長の姿を見ることができた。シルクのブラウスに藍色のカーディガンを羽織っている。下はダークグリーンのマーメイドスカート。この屋敷に住む貴婦人のようだ。実際はここは図書館で彼女はその館長であるけれど。
最後に館長に聞いておきたいことがあった。
「上の本は、館長は読まれたんですか?」
「もちろん」
読書家どころの話じゃないと思った。僕は館長ともっと話がしたかった。
結局僕は一人でこの床の隙間に降りていくことになった。奥に進めば進むほど光は強くなり、ほとんど足元の感覚だけで階段を下りていく。目が痛い。
後ろを振り向くと床の隙間は閉じ始めていた。また僕は退路を塞がれる。
扉がある。階段が終わった。ドアノブまで真っ白な扉。かすかに水の滴る音が聞こえる。そういえばお腹もすいていたが喉も乾いていた。水音に誘われてドアノブに手をかけた。
扉の先も真っ白だった。目の前に立つ人間も。
「!?」
何かから身を守るためなのか布ではないもっと固い素材でできた服というよりは鎧で空気すら信用できないのかガスマスクを装着していて酸素ボンベか何かを背負っており空気の漏れる音がしてその人間は右手に持つホースを僕に向
スコー、という空気の漏れる音だけが耳に残った。