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冷たい。
「ん…」
どうやら僕は寝ていたようで鼻を床にくっつけていた。冷たい。
しかし先ほどまでの無機質な真っ白な床ではない。
起き上がると気絶する直前に見たあの防具服はいなかった。そもそもここは床の隙間の先ではないのだと思う。この薄暗さは地上の図書館と同じだ。
顔を上げると館長が椅子に座って本を読んでいた。膝には例のウサギが丸まっている。傍らの机には大量の本。
「あら、お目覚め」
館長がウサギをなでながら微笑む。
「あなた、 このウサギを追いかけてたまたまここへ来たのね?」
「それ、本物じゃないでしょう?」
「メカとはいえウサギを追いかけて、だなんて。まるでアリスね」
不思議の国のアリスのことだろうか。確かに。穴から先は僕一人だったけれど。
周りを見渡すと先ほど来る途中で見てきた本が埋まった壁とここにはちゃんと本棚もあった。
「そうだ、僕はなんでここに?」
一瞬防具服を見て意識がなくなった。あれは人間だったのか、それともウサギと同じようにメカだったのか。あの空気の漏れる音は呼吸か否か。
「ごめんなさいね。あなたからすごく甘い香りがしたから勘違いしてしまったのよ」
僕の花の香りが理由?サルさんにも言われたが僕の育てていた花はそんなにも香りが強いものだったのか。長い間育てていると全く分からない。これから先いろんな人に会うはずだ。不愉快な香りでないといいのだが。
「あの、下の人たちって?」
防具服の人がそもそも人間かどうかわからない。が、下の人間たちも僕と同じ甘い香りを漂わせているのだろうか。
「下の人間は下の人間よ。私たち上にいる人間には関係ないわ」
柔らかくも有無を言わせないその返答に僕は口をふさぐしかなくなった。と言うよりかは口を開いたのだが自分の腹の虫に邪魔をされた。ぎゅーぐるぐる。
音の元を見つめていると館長は笑ってお茶をご馳走してくれると言った。ありがたくいただくことにする。
緑茶。茶菓子が生チョコレート。腹を満たすには軽すぎるとかそういう以前に果たしてこの組み合わせはありなのかどうなのか。湯のみと館長の容姿もアンマッチでアリスの例えを引き継ぐなら頭のおかしいお茶会だ。そういう趣向なのだろうか。
優雅に湯のみに口づける館長とウサギを眺めているとウサギの方から僕の足元に寄ってきた。この距離では聞こえないがこの子には本物の体内時計があるはずなのだ。人間の手で作られた。誰か飼い主、もとい管理者や操縦者がいるのか。
「随分とまた懐かれちゃったのね」
「この子は野生なんですか?」
「放し飼いってところね」
放し飼い。ということはこれはある程度の知能もしくはそう思わせるプログラムとかが入ってるわけだ。賢いんだこいつ。もしかしたら僕より今の外の世界を知っているかもしれない。ウサギのガラスの目が僕をとらえる。ガラスに映った僕は頼りなさげだ。
「お前も一緒について来てくれればいいのにな」
カクッと首を傾げるウサギ。館長は読書に戻ったようで目もくれない。
先ほどアンマッチだなんだのと脳内で文句を言っていた湯のみを取り、息を吹きかけて冷ます。湯気はまだ立ち上っている。心構えをして啜るとやはり熱かった。暑さにはある程度耐えられるのに熱いのは苦手だ。もう少し冷めるのを待つしかない。
隣の小皿にのった生チョコレートに目を移す。生チョコレート特有の香りがする。フォークで突き刺し一口。すぐに舌の形に合わせて変形し、溶けた。ドロッとした甘いチョコレートが喉を通る。
溶けてしまったとはいえ固形物を口にしたのはいつぶりか。あの狭い空間だけで生きていくにはもはや固形物の食料など必要なかった。そういう意味ではすぐに溶けてしまうチョコレートは都合が良かったかもしれない。
久々の食を堪能していると館長の後ろの本棚に人影が見えた。目を凝らしていると影がふらっと本棚から姿を現した。




