春想(1)
春休みってなんだか穏やかだ。
日差しも、響きも、何もかも希望に満ちている。
体育館の中に、張りつめた冷たい空気と
正反対の優しい春の日差しが入り混じっている。
その光に、無数の埃が光って見える。
そのもやもやとした動きに見入っていた。
少し早く来ちゃった。
体育館は静かで、時が止まったようだ。
光の筋を見ながら、ぼんやり思った。
お正月を一緒に過ごして以来、
大輔と2人きりの時間を過ごす事は無かったなぁ。
それは意識的なものなのか、忙しいせいなのか、
その辺はよく分からない。
というか考えないようにしていた。
考えると切なすぎる。
バレンタインすら皆と同じものを渡したきりだった。
切ないような、寂しいような。
だけれど好きなバスケットに集中している大輔を見ていたかった。
大輔も、最近は浮いた噂も無かったのがせめてもの救いで、
マキオが時々、あいつ本当に女っ気が無いんだよねって言う。
私の為なのか本当に噂話がしたいのか。
その辺はよく分からないけれど。
でも、なんだか、そんな話だけで、心のどこかで繋がっている気がしていた。
たとえ私一人の思い込みでも良かった。
安心できればそれでよかった。
私自身も、他に集中するように毎日過ごしていた。
私には進学をする余裕は無い、だから就職する前に
やりたい事は沢山ある。
やらなきゃいけない事がたくさんある。
幸い家に帰れば、夜勤ばかりの母はいない。
集中して勉強はできた。
勉強して勉強して、その先に、
いったいその先に何があるのか。
見えないのに、ひたすら走っていた。
ただ、大輔のひたむきな姿を思い浮かべながら。
私も、何かしないと、何かを進めないといけないと
そんな思いで過ごしていた。
体育館の2階の窓を開けておけば、快適なはず。
窓を何枚か開け放ち、冷たい空気に身を震わせた。
震えながら、外の景色に目を遣った。
遠くに見える景色に見入りながら
ついまたぼんやりと考えたりしていた。
この景色、今の時期のこの景色はもうこれで見納めなのだろうなあ。
総体が終われば、私も引退しないといけない。
新入生が、誰か、マネージャーに入ってくれるといいのだけれど。
良い人が入ってくれればいいなあ。
うちのバスケ部は、直向なのが良いところなんだもん。
バスケットが好きで、真っ直ぐな人が来てくれたらいいのに。
「何、ぼんやりしてるんだよ、美里。」
後ろから急に声がして、びくっと跳ね上がった。
振り返ると、大輔が、まだエナメルバックを掛けたまま立っていた。
「早いな、ちゃんと飯食ってきたのかよ。」
「うん」
「ちゃんと食わないと、大きくならないぞ。」
ちょっとムカつく一言を放つ。
「食べてるわよ!大輔こそ食べてきたの?」
「お前、簿記1級取ったらしいなあ。」
・・・・?へ何?その会話の切り替え・・・
「うん、偉いでしょ?」
そう無理やり胸を張って見せた。
「最近冷たいと思ったら、勉強してたのか?」
・・・・・・・・・・・・はぁ?
「なんじゃそれ!冷たいって何よ???」
「ま、いいじゃん。今日マック奢ってやるよ。」
「は????」
「合格祝い。俺、親父の会社のバイトしてたから、
今、懐暖かいし、一緒に帰るぞ。」
そう言って、階段の方向へ歩いて行った。
なにそれ?
なんか無性にうれしさがこみ上げる。
単純だなあ、私。
でもいいや
「大輔!!」
そう呼ぶと、無言で振り返った。
「シェークも付けてね。」
大輔はにっこり笑って、階段を下り始めた。
バイトしてたんだ。
知らなかったなあ。
後味にほんのちょっぴり寂しさが残ったけれど。