第七章 訪問
Ⅰ
ソレイユは魔法で明かりを灯してゆっくりと階段を下りていた。整備された階段が用意されているため、足場に困ることはない。だが、洞窟で明かりはほとんどない。たまに蝋燭が置かれているものの、洞窟内を行き来している風と、ほとんど通らないからか蝋燭が溶け切っている箇所が多く存在した。
そのため、ソレイユは使いたくもない魔法を発動したわけである。
ソレイユは歩みを止めることなく、ふむと頷く。あまりの暗さに夜目が利かないが、吸血鬼ならば不要なのかもしれないと思い始めた。
吸血鬼は夜に行動することを好むという。それこそ、彼らから聞いた話でも、基本的に夜に動くようなことを言っていた。そして、彼らが元となった噂自体も、夜な夜な現れるというもの。
そう考えれば、明かりをつける必要性がないと考えてもおかしくない。何より、侵入者からしたらこの暗さは厄介なことこの上ないだろう。
ソレイユは魔法使いだからこそ、道具を不要とし、魔法でどうにでも対処ができる。こうして今、明かりを魔法で難なく用意できることも、魔法使いの特権だ。
となれば、意外と相性は良いのかもしれない。そんなことを不意に考えたソレイユは、その考えを慌てて打ち消す。
いやいや、絆されるにしたって早すぎないかい、私……。
自分自身に呆れてしまう。いろいろと思うこともあったし、彼らのことを完全に信用できるかも分からない状況で、好意を向けられて前向きに検討し始めるなどと、容易すぎるにもほどがある。
この間、話をしただけだろう。もう少し知ってからとか、いろいろとあるだろうに……。
ついには自分に言い聞かせるまでに発展してしまった。
まだきちんとしたかかわりなんて、思い返しても一度、二度の話だ。それこそ、最初と二回目の子どもの姿を除いてしまえば、一度きりの対面である。
いや、子どもの姿の場合は例外で良いだろう。彼らの本来の姿で会ってないのだ、一回とカウントしなくて良いはずである。
そもそもの話だ。
あの一回で惚れるって、それこそ彼らは容易なのでは……?
ソレイユはふと思った。
ソレイユが出会ったのは、ここ数週間の話のこと。過去に何度も出会っているわけではないし、すれ違ったことすらなかった。
彼らは一度ずつソレイユに出会っただけで、好意を向けてきていた。しかも、結構な激重感情を。
理由はさして分からないが。
アヴニールはソレイユのことをかなり買い被っているようだった。それこそ、自分が惚れた部分を事細かく述べるぐらいである。
だが、それを聞いたところで、ソレイユは自分がそんなすごい者だとは思えなかった。
……確かに、魔法の力に関しては適していたけど。
ソレイユは魔法に愛されていた。
相性も良かったし、難しい魔法自体も難なく使うことができていた。
それは周囲の魔法使いですら飛び抜けるほどだ。尊敬の意も、嫉妬の意も、その他の感情もたくさん向けられてきた。
それ自体は、紛れもなく事実だった。
だが、それ以上のことで何か自分が他人より秀でているという自覚はなかった。
そう言えば、シエルも私のことを綺麗だのなんだのと言っていたけど……。それもよく分からないんだよね……。
ソレイユは見目に関心がない。特に、自分の見目にはまったく興味がなかった。髪は勝手に伸びてその長さに慣れただけだったし、手入れなど以ての外。美人だのなんだのと言われたところで、自分にはよく分からない。
自分の話が面白いとも思わなかったし、相手に対して興味も湧かない。シエルとの茶化し合いは面白いと思うものの、ただそれだけであった。気楽に話せることも魅力の一つである。
それだけ、なんだけど……。シエルのことも別に何とは思ったこともないし。
シエルは周囲では人気が高いと噂で耳にしたことがある。
興味のない魔法使いの会合で、彼を狙っている女性の声をチラホラと意図せずとも耳にした。シエルが気が付いていないだけで、彼はモテるのである。
そんなことを思い出しながら、ソレイユはふと気が付く。
……そういえば、今さらだけど私は男から求婚されているのか。
今さらである。今さらではあるが、自分に雷のような衝撃が走った。たくさんのことが急に押し寄せてきて、唐突に話が進んで、現実とかけ離れ過ぎていることから忘れていたが、よく考えたらおかしいのではないか。
……いや、おかしくはない、のか?
ソレイユは首を傾げる。
この世界は種族が多い。皆、自分と必ず同じというわけではない。
別に、異性で恋愛しようが、同性で恋愛しようが、おかしくない……はず。それこそ、別種族の恋愛だってあるだろうし……。
ソレイユには自信がなかった。何せ、そういった経験がない。身近でそういう話を聞いたこともなかった。
ただ、何度考えても、おかしくない、はず……と最後に首を傾げてしまうのである。
しかし、とソレイユは自分でも驚いたことを、誰もいない空間でぽつりとつい零していた。
「……何度考えても、嫌悪感がない、なんて」
Ⅱ
ソレイユはようやく長い階段を下り切った。長すぎて何度か引き返そうかと思ったが、それでも下に向かって歩き続けた。
これが初めて通る道ならば迷わず戻っていたことだろう。だが、一度この道を通っている。繋がっていることも知っていた。だから、何とか下り切ることに成功したのである。
下り切ったところでも、ソレイユは首を傾げてしまった。ここまでの道中、結局ぐるぐると同じことを考えていたものの、最終的な結論は出なかったからである。
そもそもの話。
……私は恋愛をしたこともないしな。
ふむ、と自己分析をして勝手に自己完結してしまった。いくら考えても答えが出ないのは仕方のないことではないのか、と。
ただ、やはりソレイユがいくら考えたところで、ソレイユの中に嫌悪感は出てこないのである。
むしろ、嫌なことと言えば血を吸われること……かな。
吸血鬼にとって必要な血を吸うという行為。それはソレイユたちが食事をするのと同等、彼らの食事であり、そして生き抜く術である。
ただ、それを知って理解していたとしても、受け入れるのは簡単な話ではなかった。しかも、それを受け止めるのがソレイユになるのだから尚更だ。
元からそういう行為を望む者ならば話は変わってくるだろう。それならば話はスムーズに進んで、彼らにとっても良いことだ。
だが、生憎ソレイユにそういった趣味も、思考もない。
さて、どうしようか……。
ソレイユはふむと考えつつ、とりあえず移動することにした。これ以上立ち止まって考えていても埒が明かないため、目的地に到着してから考えることにしたのである。
目的地に向かうこと自体は問題ない。迷うことでもなかった。階段を下りてその先は基本的に一本道で、すでに彼らが住む大きな屋敷は姿を現している。多少距離はあるものの、歩けない距離でもない。ただ、そちらに向かって歩いて行けば良いのだ。
ソレイユはゆったりと歩き始めた。慣れている場所ではない、しかもこの道を歩くのは二度目だ。
だが、ソレイユは散歩をする感覚でゆったりと歩いた。警戒する様子もなく、自分の根城周辺を歩くかのようにただ、ゆっくりと。
時折周囲を観察して、物珍しいものがあればしばし休憩して、ゆっくりと屋敷との距離を詰めていく。
それにしても、とソレイユは立ち止まって周囲を見渡す。
本当に、暗くて、闇の中にでもいるような感覚だ……。
陽の光が届かない地下。時折、目にするのは蝋燭の淡い光だけ。ところどころ消えているのを見るに、交換する気がないらしい。やはり、彼ら七人には不要なものなのかもしれなかった。念のために街灯代わりに置いているのか、それとも誰かを待っているのか。どちらにせよ、ソレイユが生活している時のような明るさはこの世界にはなかった。
もはや、別世界にいると言われても納得するレベルである。
この世界で、たった七人で暮らしていたのか……。
狭く黒い世界。地上にはかなり数少ない回数しか出ていないのだろう。夜はともかく、昼間の世界はほとんど外出していないはずだ。それこそ、ソレイユに出会ったあの時が初めての外出だったのかもしれなかった。
彼らの世界は、楽しいのだろうか……。
ソレイユは急にそう考えてしまった。
何かから閉じこもるかのように、この世界で彼らは過ごしている、そう感じ取ってしまったのである。
少し、私に似ているのかもしれないな……。
ソレイユは自分の状況と彼らの状況を照らし合わせる。
もっとも、彼らとの大きな違いは、ソレイユが自らの意思で引きこもっていることだ。
彼らに、もし大きな理由があって、外に出られないのだとしたら――。
「……やれやれ」
ソレイユは頭を振って歩き始める。
ソレイユは理解してしまった、心のどこかで彼らに情が湧き始めていることを。
それは彼らから向けられた愛情があるからか、それとも――。
Ⅲ
辿り着いた屋敷を見上げる。ソレイユの根城よりも何倍も大きい屋敷を見上げるのは、首が痛かった。
目の前にある呼び鈴を鳴らす。激しく鳴る音はこの大きな屋敷のどこにいても聞こえるようにするためだろうか。あまりの大きさにソレイユは顔を顰めた。
先日この屋敷から立ち去る直前に聞いたところ、ほとんど彼らの元を訪れる者はいないのだという。
それもそうか、と納得した。
呼び鈴を鳴らしてしばらく待って入れば、中から声が飛んでくる。どこから聞こえているのかよく分からないが、その声は大きく屋敷が問いかけてきていると錯覚するものだった。
「誰ですかー、訪問販売はお断りしていますー」
「そうかい、なら帰らせてもらうよ」
ソレイユは聞こえてきた言葉にあっさりと帰ろうとした。訪問販売ではないし、何なら彼らとの約束を果たしに来たようなものだったが、名乗ることも否定することもしなくて良いかと思ってしまったのである。
むしろ、かえって良いのなら帰ろう、そう思ってしまったことが一番の理由であった。
ソレイユが背を向けて来た道を戻ろうとしたところで、大きな扉が音を立てて開く。足を止めて振り返った瞬間、ソレイユに向かってオレンジの髪が突撃した。
呼び鈴対応したオートムヌが引き留めるように強く抱き着く。
「ソレイユさん、待ってー!」
「おや、意外と早くに引き留めに来たね」
ソレイユが意外だと告げれば、オートムヌが少し怒り気味で返答する。
「声で分かるよ! というか、なんで普通に名乗ってくれないの!」
声で分かるんだ……。
ソレイユは内心若干引きつつも、平静を装ってさらりと答えた。
「いや、勘違いされているなら良いかなって」
「良くない!」
オートムヌはソレイユに抱き着いたまま、顔を上げてむっとした表情を見せた。
彼の身長はソレイユよりも低い。彼の顔の位置がちょうどソレイユの胸の辺りである。
オートムヌが再度顔を埋めてぐりぐりと頭を擦りつけてくる中、ソレイユはクスリと笑う。それから、ぽんぽんと彼の頭を撫でた。オレンジの髪が跳ねて、花びらが風によって舞っているかのように錯覚する。
「すまないね、一応来てみただけだから」
「もう来てくれないのかと思った! また攫いに行かなくちゃって皆と話し始めていたところなんだよ!」
「今のは聞かなかったことにするよ」
ソレイユがやんわりと告げれば、オートムヌはようやくソレイユから離れた。そして、屋敷へと快く入れてくれる。
ソレイユはゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れた。それを追いかけるように、屋敷の扉もゆっくりと閉まっていく。
閉めるのが早くないかい。
どうやら、とにかく引き留めたいらしい。
ソレイユは肩を竦めた。それから、経緯を説明する。
「知人から魔法薬の依頼を受けてね、それを作ってから来たんだよ。目を離すと効能が失われてしまったり、失敗したりする原因となるからね。あとで慌てて作るより先に作っておいたほうが気兼ねなく訪問できるからね」
まあ、少し時間を置きたかった、というのも本当なんだけど……。
ソレイユの心を整理する時間が欲しかった、というのも一つの理由だ。だが、それは彼らに話すことではない。そう思って、表向きの理由だけを淡々と述べた。
すると、オートムヌは感嘆の声を上げる。
「へー、ソレイユさんが薬を作って販売しているんだね、すごい」
「大したことじゃないよ」
ソレイユは答えてから屋敷の中をぐるりと見渡す。
玄関には蝋燭で光を灯したシャンデリアがあった。本来、シャンデリアならガラスなど光るものがふんだんに使われているが、それ自体も質素でまったく使われていない。光がほとんど入らないように工夫されているのだろう。
大きな屋敷だからか、家の中を支えている柱も大きく何本も立っている。ソレイユの家とは比べ物にならないほど作りが豪華絢爛であった。ただ、色は黒をベースとしているため、屋敷内はやはり暗く闇の中にいるような感覚だった。
この間はゆっくりと屋敷内を見るどころの話じゃなかったからね……。
そう思いながら観察していれば、大きな一本の柱の陰に何やらひょこりと飛び出ているものがあった。頭が二つ、視線とともにひょこりと出ている。
慣れてきた視界で目を凝らして見れば、空色と闇に紛れるような黒色が飛び出ていた。
確か、イヴェールとアクチュエル、だったかな……。
柱の陰から出てくる様子はない。ソレイユが首を傾げていれば、オートムヌが二つの陰に向かって大きく手を振った。それから、元気よく告げる。
「あ、イヴェール、アクチュエル! ソレイユさんだったよ! 不審者とか侵入者とかじゃなかったよ!」
「本人の前でそれを言うかい?」
ソレイユが呆れた様子で言うものの、彼ら三人の耳には言葉が届いていないらしい。オートムヌの言葉に目を輝かせたイヴェールとアクチュエルは顔を見合わせて柱から出てきた。それから、ソレイユの元まで小走りで駆け寄って来ると、ソレイユの袖を各々くいっと引っ張る。
「ソレイユさん、来た」
「いらっしゃい」
「はいはい、お邪魔するよ」
袖を両方とも取られてしまったため、ソレイユは腕を動かせない。そのため、二人に向かって笑いかける。
途端に、イヴェールとアクチュエルは顔を見合わせて嬉しそうに、そして照れたように笑った。
ソレイユは三人を見比べてふと思う。
この三人はまだどこか子どものようだ。特に、イヴェールとアクチュエルは幼子のようなところがある。感情が豊かなのはオートムヌだけど、この二人は構って欲しいところでもあるのかな。
オートムヌ、イヴェール、アクチュエルは性格こそ分かれているが、ソレイユに懐いてくるその姿は構って欲しい子どもと同様だった。服の裾を引っ張ったり、相手の出方を伺ったり、表情がコロコロと変わる姿が子どもを見ているようで愛らしいと思った。
ソレイユがつい口元を緩める中、オートムヌはさらに屋敷の中へと誘導する。
「この間のリビングに案内するね。皆、そこにいるから」
「お願いするよ」
屋敷は広い。そのため、部屋に続く廊下もかなり長かった。
オートムヌが先頭を歩き、ソレイユの両脇をイヴェールとアクチュエルが陣取る。二人が腕に絡みついてくるからソレイユは歩き辛くて仕方がなかったが、そのまま歩くことにした。
相変わらず暗すぎる廊下に変な感じはするものの、恐れはなかった。
ソレイユは先ほどの会話で少しばかり気になることがあった。長い廊下を歩きながら、その疑問を口にする。
「そういえば、先ほど不審者とか侵入者とか物騒な単語が出ていたけれど、そういう者が来ることもあるのかい?」
「ごくたまに、だけどね。ほら、僕たちの屋敷というか世界、かな? が分かりにくいところにあるでしょう? だから、たまたま見つけた輩がこの場所に宝があるんじゃないかとか、珍しいものが眠っているんじゃないかとか勘ぐって探しに来ることがあるんだよ。それこそ、誰もいないと思ってズカズカと乗り込んでくる輩も多くて」
「なるほどね」
ソレイユはふむと頷く。
ダンジョン感覚で手を出す奴がいる、ということかな……。
ソレイユたちが生活するこの世界には、ダンジョンというものが存在する。魔物がいたり、珍しい宝があたりと、冒険者や力自慢の者たち、あとは物好きな者たちが好んで出入りする場所だった。
ソレイユにはその価値が理解できないが、この世界にはいろんな者がいる。それこそ、物好きな奴も多いということだ。
そして、そういう者たちがたまたま洞窟の中に階段を見つけ、ダンジョンと勘違いし、屋敷を見つけて宝探し感覚で身を乗り出したのだろう。
迷惑な話である。
「……しかし、よく無事だったね」
ソレイユはオートムヌや両脇にいるイヴェールとアクチュエルを眺めて安堵の息とともに吐きだす。彼らを見るに、あまり暴力は好まなさそうである。
だが、オートムヌが綺麗な笑顔で告げた。
「大丈夫! そういう輩に関しては、問答無用でパッセとかプランタン兄さんとかエテ兄さんがボッコボコにしているから! 同じようなことをしないように、それこそ徹底的に!」
「……予想通り過ぎて、言葉も出てこないよ」
ソレイユは肩を竦めた。
脳裏で良い笑顔で対応するパッセと、怒り心頭で手をボキボキと鳴らすプランタンとエテの姿が簡単に想像できた。彼らのことだ、きっと慈悲はないのだろう。パッセも感情は豊かそうだし、仲間を守るためなら手は抜かなさそうだ。それこそ、プランタンやエテよりもノリノリで不審人物を討伐しているに違いない。
だが、その中に名前が出てこない者がいることにふと気が付く。
あれ、もう一人……。
ソレイユが不思議に思っていたのを察したのか、オートムヌがすぐに口を開く。
「あ、アヴニールは基本的に無関心なんだ。だから、誰が来ても興味ないと傍観者でいるんだよ」
ぼ、うかん、しゃ……?
ソレイユはその言葉を繰り返した。頭をよぎるのは、つい先日のこと。自分のことを褒めて饒舌に口説いてきていた人物のこと。妙に人慣れ、というか口説き慣れているのかと思うほどにぐいぐいと迫ってきたアヴニールの姿であった、
あの彼が、傍観者……?
予想外過ぎて思考を止めてしまう。
ソレイユが固まる中、オートムヌが笑う。どうやら、ソレイユの様子がおかしかったらしい。オートムヌはおかしそうに笑いながら言葉を紡いだ。
「だから、僕たちも驚いているんだ。あのアヴニールが、って」
身内ですら、驚くほどなんだ……。
ソレイユはオートムヌの言葉を理解して、呆気にとられる。それからふむと頷いて、ぽつりと呟くのであった。
「人は見かけによらないものだね」
Ⅳ
案内されたリビングの扉を、オートムヌがノックして開く。中に入れば、そこには確かに全員が揃っていた。
プランタン、エテ、パッセ、そしてアヴニールである。
全員ソレイユの姿を見て、目をゆっくりと見開く。
最初に動いたのはプランタンだった。音を立てながら勢いよく立ち上がり、ズカズカとソレイユに大股で近づいた。
「てめっ、今までどこに――」
「やあ、ようやく仕事が終わったからね。一応来てみたよ」
「音沙汰なかっただろうが! 一報ぐらい入れろやっ!」
「君たちの場所って、連絡先あるの? 初耳なんだけど」
「ああっ⁉」
プランタンの言葉に飄々と返すソレイユ。いまだにギャーギャーと騒いでいるプランタンだが、ソレイユはだんだんと面倒になってきて、ひらりひらりと躱し始めていた。
そんな中、エテが近づいてきてぽつりと確認してくる。
「……何も、なかったのか」
エテが低く問いかけてくる。
これは、心配してくれている、ということなのかな……。
ソレイユはそう考えてあっさりと返した。
「何も。ああ、そういえばハイウルフの親子に出会ったよ。君たちが会った」
「はあっ、あの狼に⁉」
エテが目を丸くする。何か言いたそうな彼に、ソレイユはさらりと告げた。
「子どもが随分と大きくなっていてね。どうやら狩りを親が教えに行くようだった。安心しなさい、今日は随分と穏やかだったよ。私に擦り寄ってきたぐらいだ」
「そ、うかよ……」
エテがほっとしたような表情をする。やはり、ソレイユを心配してくれていたようだった。
ソレイユはそんな彼の表情を見て、つい口元を緩める。それから、綺麗な青髪の頭を撫でた。自分より少し目線が高いものの、そんな表情が子どものようだと思ってしまったのである。
案の定、ソレイユに向かって「子ども扱いするなっ!」と叱責が飛ぶが、それ自体も子どものようだとソレイユは思ってしまった。
次いで、満面の笑みでパッセが両腕を広げて近づいてくる。
「嫁殿、よく来たのう!」
ソレイユは一瞬眉間に皺を寄せたものの、にこやかな笑顔で問いかける。だが、その笑顔には完全に有無を言わせない何かがあった。
「それ言ったら、私はどうするって言ったんだったかな?」
すると、パッセは見る見るうちに萎んだ。ソレイユが言っていたことを思い出したのだろう、両腕を下ろして顔を青褪め頭を下げる。
「うっ……、すまぬ」
「よろしい」
ソレイユがにこやかに答える。今度は圧がなかった。
パッセがおずおずと問いかけてくる。
「ならば、何と呼べば良いのじゃ」
「好きに呼びなよ。呼び捨ては気にしないし」
「なら、嫁殿と!」
「君の頭に学ぶという文字はないのかい?」
ソレイユがズバッと切り裂く中、パッセを通り過ぎてアヴニールが近づく。それから、ソレイユに近づいて囁くように話しかけてきた。
「いらっしゃい。ゆっくりしていって」
「まあ、お言葉に甘えるとするよ」
ソレイユはさらりと返す。
一番行動が読めないのは、彼、なんだよね……。
ソレイユをべた褒めし、しかも口説くのは饒舌に上手いアヴニール。先ほどの話だと他人に興味がなく、傍観者だと言うが、本当にそうだろうか。
目の前で、すごく良い笑顔を向けてきているんだけど……。
ソレイユは目の前で微笑むアヴニールの姿に、話と違うと内心焦る。どこが興味がないというのだろうか、そんな素振りは垣間見えない。それに、ソレイユへと向けてくる笑顔も、視線も、すべてが愛しいと語り掛けてきているものだった。
ソレイユは平静を装っているものの、冷たく返されたはずのアヴニールはまったく気にも留めていないようで。ソレイユの髪をさらりと撫でたかと思うと、息をするかのように口説いてくる。ついでに言えば、綺麗な微笑付きだ。
「今日も綺麗だね、ソレイユ」
「……よくもまあ、そんな歯の浮くセリフが出てくるね。とりあえず、眼科に行ってきなさい。視力を測ってもらうと良いよ」
「本心だよ。それに、視力は良いほうだ。何せ、あなたが美しく見えるからね」
ああ、本当に苦手だ……。
何を返したところで、彼にはダメージすらいかない。しかも、会話しているようで会話が成り立っていないように感じる。
ソレイユはすでにアヴニールに苦手意識を覚え始めていた。
ソレイユが肩を竦める中、目の前にいる彼らは口々に会話をしている。
「というか、イヴェールとアクチュエル! いつまでくっついていやがる!」
「……やだ、プランタン兄。ひどい」
「アクチュエル、ほら離れんか!」
「パッセの横暴……」
「ああ、もう! プランタン兄さん、いつも最後は力づくなんだから! イヴェールを苛めないでよっ!」
「つーか、オートムヌ、お前も何で先に言わねえんだよ。アヴニール、お前もいつまで口説いていやがる」
「……うるさいよ、エテ」
七人も揃えば、さすがに賑やかになる。
普段一人でいるソレイユからしたら、騒がしいったらありゃしない。
これは……、シエルが七人いるようなものかな……。
ソレイユの中で騒がしい代表の知人の顔が脳裏に過る。
ちなみに、この話を聞いたらシエルは「心外だ!」と騒ぐだろうが、ソレイユからしたら似たようなものである。
さて、どうしようかな。
そう考えて彼らがいまだに口々に言い合っているため、持ってきた魔導書でも読み始めようかと考えたところ、オートムヌが大声を上げた。
「ああ、もう! せっかくソレイユさん来てくれたんだから、お茶にでもしようよ! 僕たちの喧嘩を見ていたって、ソレイユさんは暇でしょう! 僕たちがこの状態でどうするのさ!」
あ、一番の常識人だった。
ソレイユの中でオートムヌの認識が一変した。てっきり兄たちのほうが強いと思っていたが、言い方や態度が強いだけで、オートムヌのほうが立場は断然上だったらしい。
元よりイヴェールの面倒はよく見ているイメージがあったが、ここまで彼らの中で立場が上だとは思っていなかった。
「ね、ソレイユさんもそのほうが良いよね⁉」
「まあ、そうね。喧嘩を見ているよりは良いかな。むしろ、喧嘩するんだったら、このままお暇させてもらうよ」
ソレイユがあっさりと言うので、彼らも慌てたのだろう。オートムヌの言葉に慌てて賛同する姿を見て、ソレイユは肩を竦めた。
慌ててお茶会の準備が始まる中、ソレイユはオートムヌに背中を押されて席へと案内されるのであった。
こうして、ソレイユは真夜中のお茶会へと半ば無理やり招待されたのであった――。




