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【不遇職】『魔獣の調教師』を追放された俺、異世界の最強魔獣(美少女)たちを限界突破させて最強の「魔獣レース」で無双する  作者: 蜜柑 あめ


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第3話:甘いご褒美と、次なる舞台への登録

未認定戦の泥んこコースから無事に帰り着いた俺たちは、まず何よりも先に全身の汚れを落とすことから始めた。




王都の外れにあるこの古い厩舎には、立派な魔獣用の洗浄設備などない。俺は井戸から何度も水を汲み上げ、生活魔法で湯を沸かし、大きな木桶に温かいお湯を張った。




「ほら、イグニス。まずは髪と顔から洗うぞ。目をつぶってろ」




「……ん」




粗末な丸椅子にちょこんと座ったイグニスは、大人しく目を閉じている。泥にまみれた黒髪を、魔獣用の刺激の少ない石鹸で丁寧に泡立てていく。指の腹で頭皮をマッサージするように洗ってやると、彼女は喉の奥で「グルル……」と、猫が喉を鳴らすような気持ちよさそうな声を出した。




「痛くないか? 泥が固まっているところは少し引っ張るかもしれないが」




「……痛くない。ノアの手は、大きくて……あったかい。前の奴らは、ホースで冷たい水をぶっかけてくるだけだったから」




ぽつりと漏らした彼女の言葉に、俺は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。




伝説の純血種である黒焔竜に対して、なんという扱いをしてきたのか。魔獣の被毛や皮膚は非常にデリケートだ。レース後の興奮状態と疲労が混在する中で冷水を浴びせれば、毛細血管が収縮し、疲労物質が体内に滞留してしまう。そんな基本的なケアすら怠っていた連中が、彼女を「気性が荒い」と見限っていたのだと思うと、腸が煮えくり返る思いだった。




「これからは、俺が毎回ちゃんと温かいお湯で洗ってやる。約束だ」




「……言ったな? 絶対だからな」




イグニスは目をつむったまま、少しだけ嬉しそうに口角を上げた。




全身の泥を洗い流し、清潔なタオルでしっかりと水分を拭き取った後、俺たちは厩舎の居住スペースへと戻った。今日のレースで得た賞金が入った革袋が机の上に置かれている。決して大金ではないが、底辺から這い上がるための大切な第一歩だ。




「よし、それじゃあお待ちかねのタイムだ」




俺は王都の市場に立ち寄って買ってきた、小さな紙包みを机の上に広げた。中から現れたのは、たっぷりの蜂蜜がかかったリンゴのタルトと、色とりどりのフルーツが乗ったパウンドケーキだ。




イグニスの金の瞳が、カッ!と見開かれた。背中の黒い尻尾が、バッタンバッタンと床を叩き始める。




「な、なんだこれは……!? すっごく甘くて、いい匂いがする……!」




「今日のご褒美だ。お前が頑張ってぶっちぎりで勝ってくれたから、少し奮発した。好きなだけ食べていいぞ」




「い、いいのか!? ほんとうに、全部食べていいのか!?」




「ああ。レースで消費したカロリーと糖分を補給するのも、立派な『育成』の一環だからな」




俺が頷くや否や、イグニスはリンゴのタルトに両手で飛びついた。大きな口を開けてガブリと噛み付いた瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。そして、信じられないものを見るような目で、手元のタルトと俺の顔を交互に見比べた。




「……っ!? な、なんだこれ、あまい! 口の中でとろける……! わたし、こんな美味しいもの、生まれて初めて……っ!」




「ははっ、そりゃよかった。ゆっくり食えよ、喉に詰まらせるなよ」




一心不乱にケーキを頬張るイグニスの姿は、伝説の魔獣というよりも、ただの腹ペコな少女にしか見えなかった。口の周りにクリームをつけて、幸せそうに目を細める彼女を見ていると、俺まで満たされた気分になってくる。




彼女がケーキを平らげ、満足そうに息をついたところで、俺は今後の計画について口を開いた。




「さて、イグニス。今日の賞金の使い道だが、俺には少し考えがある」




「考え? お菓子をもっと買うのか?」




「お菓子も買うが、それだけじゃない。この厩舎の環境を、少しずつ最高の『育成施設』に作り変えていくんだ」




俺は紙に簡単な図面を描きながら説明を始めた。




「まず、厩舎の裏手にある荒れ地を耕して、『魔力芝マナグラス』の種を蒔く。魔獣の足腰を鍛えるためには、硬い土の上だけじゃなく、適度なクッション性のある芝のコースが必要不可欠だ。それに、怪我の治りや疲労回復を早めるための『薬湯の温泉』も小さくていいから作りたい。お前のその圧倒的なスピードを支えるためには、レース以外の日常をどれだけ快適に過ごせるかが鍵になる」




俺の『真・育成』スキルは万能だが、限界まで追い込んだトレーニングを行うためには、ベースとなる施設環境の向上が絶対に必要だった。ただ走らせるだけじゃない。食事、睡眠、メンタルケア、そして環境。そのすべてを数値化し、最適化していくことこそが、俺の目指す最強の育成論ハコニワだ。




「温泉……あったかいお風呂に、いつでも入れるのか?」




「ああ。血統書付きのエリートたちが専用のプールや魔法のマッサージ機を使っているなら、俺たちは手作りの最高の箱庭でお前を鍛え上げる。時間はかかるかもしれないが、必ずお前が一番快適に過ごせる場所を作ってみせる」




イグニスは少しの間、俺の顔をじっと見つめていた。やがて、彼女は照れ隠しのようにふいっと顔を背け、小さな声で呟いた。




「……好きにしろ。わたしはノアの言う通りに走るだけだ。……でも、温泉はちょっと楽しみにしておく」




素直じゃない態度は相変わらずだが、尻尾の先がご機嫌に丸まっているのを見れば、彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。




「よし、じゃあ寝る前に最後のメンテナンスだ。あの泥んこ馬場で大逃げを打ったんだ、ふくらはぎと太ももに相当な乳酸……いや、魔力疲労物質が溜まっているはずだ。こっちに来い」




俺が藁わらのベッドをポンポンと叩くと、イグニスは素直にうつ伏せに転がった。固有スキル『魔獣眼』を発動させ、彼女の筋肉と魔力回路のマップを視認する。やはり、未認定戦の重馬場(泥)を強引なスピードで突破した代償として、後肢トモの深層筋に赤い疲労のサインが点灯していた。




「少し痛むかもしれないが、我慢しろよ。『マッサージ・リリース』」




俺は魔力を帯びた両手で、イグニスのふくらはぎを力強く揉みほぐしていく。




「ひぅっ……! あ、あぁっ……そこ、痛……っ、いや、痛くない、けど……なんか、変な感じ……っ」




「筋肉の繊維に絡みついた疲労物質を、魔力で散らしているんだ。これを放っておくと、次のレースで肉離れを起こす原因になる」




俺は彼女の反応を見ながら、絶妙な力加減でマッサージを続けた。




それにしても、驚くべき回復力だ。普通の魔獣であれば、あんな無茶な走りをすれば三日は立ち上がれなくなるほどのダメージを負う。しかしイグニスは、俺のスキルで少し血流を促してやるだけで、みるみるうちに筋肉細胞が自己修復を始め、レース前よりもさらに強靭な筋繊維へと進化しようとしているのがわかった。




(やっぱり間違いない。こいつの潜在能力ポテンシャルは、底なしだ)




マッサージを終える頃には、イグニスはすっかり夢の中へと落ちていた。スースーと規則正しい寝息を立てる彼女に毛布をかけ、俺は一人、窓の外の月を見上げた。




翌朝──




俺たちは王都の中心部にある、巨大で豪奢な建物『マギア・ダービー運営協会』のロビーに立っていた。




大理石で敷き詰められた床、クリスタルのシャンデリア。周囲を歩いているのは、高価なシルクの服を着た貴族や、有名レーシングクラブのオーナーたちばかりだ。みすぼらしい平服に、フードを目深に被ったイグニスを連れた俺の姿は、ひどく場違いだった。




「おい見ろよ、スラムの浮浪者が紛れ込んでるぜ」




「警備員を呼んだ方がいいんじゃないか? 臭いがうつりそうだ」




すれ違う者たちの嘲笑と蔑みの視線が突き刺さる。イグニスが俺の腕にギュッとすがりつき、フードの下で小さく唸り声を上げた。彼女の敵意が膨らみかけているのを感じ、俺は彼女の手を優しく握り返して落ち着かせた。




「気にするな。今日はあいつらに、俺たちの存在を刻み込みに来たんだ」




俺は真っ直ぐに受付カウンターへと向かい、昨日手に入れた未認定戦の『勝利証明書』をバンッと叩きつけた。




「新規の公式ライセンス発行と、魔獣の出走登録を頼む」




受付の女性職員は、俺の服装を見て露骨に嫌な顔をした。




「……お客様、公式レースへの出走には、血統書か、それに準ずる実績が必要です。未認定戦のような泥んこ遊びの証明書など、ここでは何の価値も──」




「証明書のタイムを見ろ」




俺が低く冷たい声で言うと、職員は渋々といった様子で羊皮紙の証明書に目を落とした。




その瞬間、彼女の目が限界まで見開かれた。




「な……っ!? い、一分……八秒、四……!? ダートの二千メートルで……!?」




彼女の声がひっくり返った。




無理もない。公式のG1級レースに出走する一流の魔獣たちでさえ、良馬場(走りやすい乾いた土)で一分十分を切れば「名馬」と呼ばれる。それを、足を取られる最悪の泥濘ぬかるみコースで、しかも一度も鞭を入れずに叩き出したタイムなのだ。




「計時魔法の故障ではありませんか!? こんな記録、歴代の最高タイムを二秒も上回っています!」




「運営が正式に発行した魔力刻印入りの証明書だ。偽造じゃないことは調べればすぐにわかる。規定通り、未認定戦でのレコード勝利は、公式のG3クラスへの出走資格を満たしているはずだ」




俺が淡々と告げると、職員は血相を変えて奥の部屋へと駆け込んでいった。周囲で嘲笑っていた貴族たちの顔色も変わり、ヒソヒソと動揺の声が広がり始める。




「おい、聞いたか? ダート二千で一分八秒台だぞ……」




「馬鹿な! あの『ソード・オブ・ライト』が金貨一万枚で買ったホワイトペガサスでも、一分十一秒が限界だったはずだ!」




その言葉を聞いて、俺は心の中で冷たく笑った。




勇者レオンの所有するホワイトペガサス。あいつらは、あのペガサスの右前脚に蓄積している『魔法疲労』に気付いていない。力任せのドーピング魔法と回復魔法のループは、表面的には傷を治せても、魔力回路の奥深くにある神経を確実に蝕んでいく。近いうちに、あのペガサスは必ずレース中に致命的な故障を起こす。俺がいなくなった今のレオンのパーティーには、それを見抜ける『目』を持つ者は誰もいないのだ。




しばらくして、恰幅の良い協会の幹部が飛び出してきた。彼は俺たちの証明書を何度も確認した後、信じられないといった顔で俺とイグニスを見つめた。




「……認めざるを得ません。規定により、貴方とこの魔獣の公式ライセンスを発行します。次回のG3クラス『新星戦ルーキー・カップ』への出走登録も受理いたしましょう」




幹部は一枚の羊皮紙と羽根ペンを差し出した。




「魔獣の『登録名レースネーム』をご記入ください」




俺はペンを受け取り、隣に立つイグニスを見た。




「どうする? 何かかっこいい名前をつけるか? お前が走る、お前のための名前だ」




イグニスはフードの下で少しだけ首を傾げ、それから真っ直ぐに俺の目を見つめ返した。




「……ノアが、つけてくれ」




「俺が?」




「わたしに、痛みがない新しい体と、走る楽しさを教えてくれたのはノアだ。だから……ノアが呼んでくれる名前が、一番いい」




その言葉に俺は少しだけ迷い、そしてペンを走らせた。




小細工はいらない。彼女がこれまで味わってきた地獄と、それを焼き尽くすだけの圧倒的な才能。彼女の生きた証そのものを、このレース界の歴史に刻み込んでやる。




俺が記入した羊皮紙を見て、幹部が登録名を読み上げた。




「……『イグニス・フレア』、よろしいですね?」




「ああ。最高に速そうな名前だろ?」




俺が笑いかけると、イグニスは嬉しそうに目を細め、尻尾で俺のふくらはぎを軽くペシッと叩いた。




登録を終え、協会を出た俺たちの目の前には、抜けるような青空が広がっていた。




次なる舞台は、二週間後に開催される公式戦『新星戦ルーキー・カップ』。今度のコースは泥濘のダートではなく、王都の中央スタジアムに敷き詰められた、美しく整えられた「緑の芝」だ。




「イグニス、次は本物の芝コースだ。泥に足を取られることもない。お前のトップスピードを限界まで引き出せる最高の舞台だぞ」




「ふん。相手が血統書付きのお坊ちゃんたちだろうと関係ない。わたしが一番速いってことを、見せつけてやる」




彼女の瞳には、一切の迷いも恐れもなかった。




最底辺の調教師と、殺処分寸前だった竜の少女。俺たち「イグニス・フレア」陣営の真の成り上がりが、いよいよここから幕を開ける。

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