最終話:【不可能という代名詞だった。青い薔薇が奇跡に変わった。】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう――そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けず、心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
~濃い青い薔薇を生み出したいお客様~
「なぜできないんだ……。他の色なら何とか形にできたのに、なぜあの鮮やかな青だけができないんだ」
手元にあるのは、淡いラベンダー色の品種だけ。他の人が生み出したその薔薇を見て、私は苦い気持ちでいっぱいだった。一生懸命に研究を続けているのに、どうしてこうも思うようにいかないのか。
私は子どもの頃から薔薇が大好きだ。青い色も好きで、花屋で青いバラを見つけた時は小躍りした。しかし、それが自然な青ではなく、白い薔薇に染料を吸わせたものだと知った時のショックは忘れられない。だからこそ、私は自らの手で「本物の鮮やかな青い薔薇」を咲かせたかった。
しかし、研究所の予算は打ち切り寸前。上司には「今の品種で十分だろう、今の色の何が悪いんだ?納得しないのは思い込んでる君だけだろう」と一蹴された。違うんだ、私の欲しいのはその色じゃない。
虚しさに押し潰されそうになりながら、研究室を飛び出し、あてもなく歩いていると、気づけば目の前に古民家があった。
縁側には、おばあちゃんがニコニコと座っている。
「よく来たね。ずいぶん遠くまで歩いて疲れた顔をしているよ。まあ、こっちに来てお茶を一杯飲んでいきなさい」
不思議と警戒心は湧かなかった。私はフラフラと縁側に腰を下ろし、差し出されたお茶を一口飲んだ。胸を締め付けていた虚しさがすうっと溶けていく。
私は堰を切ったように、これまで溜め込んでいた研究への愚痴と、報われない虚しさと悲しみをぶちまけた。おばあちゃんは、ただ静かに、うんうんと頷いて聞いてくれた。
話が終わると、おばあちゃんは大空を指差した。遠くを飛行機が通り過ぎていく。
「昔はね、鳥以外のものが空を飛ぶなんて、誰も信じていなかったんだよ。でも人間は努力を重ねて、今や何百人もの人を乗せて空を飛べるようになった。今はまだ誰も信じていないことも、いつかは当たり前のことになるかもしれないよ」
飛行機が雲の中に消えるまで、私はずっと見上げていた。
「諦めるのも、納得いくまで続けるのも、最後は全部自分次第さね」
おばあちゃんが穏やかに微笑む。その言葉に、胸の奥で何かが灯った。
「おばあちゃん、ありがとう。もう一度だけ、上層部に掛け合ってみます。それでもダメなら、クラウドファンディングだって何だって考えてみるよ」
「そうかね。そうかね」
おばあちゃんが指差す先には、いつの間にか光の道が現れていた。
「おばあちゃん、いつか濃い鮮やかな青い薔薇ができたら、届けに来ていいかな?」
そう聞くと、おばあちゃんは少し寂しそうに微笑んだ。
「ここは一期一会の場所。もう二度と会えないんだよ。でもね、この折り鶴を見て、時々は私のことを思い出しておくれよ」
おばあちゃんは、着物と同じ模様の折り鶴をそっと手渡してくれた。
「ありがとう、おばあちゃん」
私は希望という暖かな心を胸に、研究所へと続く道を歩き出した。
*****
「そうさね。私も、幻の鮮やかな青い薔薇というものを見たくなったね。ちょっと探しに行ってみようかね……」
*****
今回をもちまして、「縁側のひみつ茶屋」はしばらく閉店となります。
おばあちゃんが幻の青い薔薇を見つけてまた戻ってきたら、暖簾が掛かるかもしれません。
おばあちゃんの気まぐれで、またいつかお会いしましょう。長い間、この縁側を訪れてくださり、本当にありがとうございました。




