【小さなお客様と、はじめてのやきもち】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜小さなお客様〜
私にはこの間、弟ができた。可愛くて、可愛くて仕方がない。でも、お母さんが弟ばっかり可愛がってる気がする。
今日もお母さんに「お腹すいたからおやつちょうだい」って言ったのに、「ちょっと待ってね」って、泣き出した弟を抱っこしに行ってしまった。私はむっとして、「もういいよ! 庭の花壇に行ってくる!」そう言って靴を履いて、庭へ出たはずだった。
気がついたら、全然知らない場所にいた。ここはどこだろう。不安になって前を向くと、昔話に出てくるようなお家の縁側に、おばあちゃんが1人座ってお茶を飲んでいた。
私が駆け寄ると、おばあちゃんは優しく微笑んだ。「あら、あら、いらっしゃい。道に迷ったの?」
「家の庭に出たはずなんだけど、気がついたらここにいたの」
「そう、怖かったでしょう。縁側に座ってお茶を飲んでいらっしゃい。すぐに戻れると思うよ」
お母さんから「知らない人について行ってはいけない」と言われていたけれど、不思議とおばあちゃんのニコニコした顔を見ていたら、縁側に座って少し休みたくなった。
「おばあちゃん、じゃあお茶をもらうね」
私は少し高い縁側にエイッと乗っかって腰かけた。「熱い緑茶でも大丈夫?」と聞かれたので、「緑のお茶、大好き」と答える。おばあちゃんは火鉢の上の鉄瓶からお湯を急須に入れて、きれいな緑色のお茶を淹れてくれた。
2人でぼーっと、山と景色と、飛んでいる蝶々をお茶を飲みながら見ていた。熱いから、少しずつふうふうしながら飲む。
「ねぇ、おばあちゃん。お母さんがね、生まれたばかりの弟ばっかり可愛いがる……」
「あら、そうなの」
「うん。弟、ちっちゃくて可愛いんだけどね。でも、お母さんを取られたって感じで、すごく悲しくて、寂しくて……私、怒っちゃったの」
「あらあら、そうなのね」おばあちゃんは急かさず、静かに聞いてくれた。「あそこを見て。雀がちっちゃい赤ちゃんを連れているわね。家族かしら」
見ると、大きな雀と中くらいの雀と、小さな雀が一緒にいた。チュンチュンと楽しそうだ。
「おばあちゃん、私悪い子なのかな? 弟なんていないほうがいいやって思っちゃった。そんなふうに思う自分が大っ嫌いで、やんなっちゃう」
おばあちゃんは私の手をそっと握って、優しく言った。
「そんなふうに思うのは、それだけお母さんのことが大好きだからよ。お母さんを独り占めしたいと思うのは、あなたがずっと、お母さんに愛されてきた証拠だもの。悪い子なんかじゃないわ。自分の気持ちをちゃんと言えた、とても正直で素敵な子よ」
「……弟、まだお話しできないよ。でもね、人差し指を出すとね、きゅっと握ってくれるの。それがすごく可愛くて、びっくりするくらい力強くて」
「まあ、それはびっくりね。きっと弟さんも、あなたのことが大好きなのね」
そんな話をしているうちに、全部お茶を飲んでしまった。ここに来るまでモヤモヤしていた心の中が、すっと軽くなった気がした。
「おばあちゃん、お茶飲み終わった。ありがとう。またここに来ていい?」
私が聞くと、おばあちゃんは優しく答えた。
「そうね、ここは一度しか来れないところなの。一期一会って言うでしょう? でも、会えなくなってもこの風景は、あなたの心の中にずっと残っているはずよ」
おばあちゃんはポケットから、着物と同じ模様の折り紙で作った鶴を出してくれた。
「おばあちゃん、もらっていいの? ありがとう!」
おばあちゃんは森の先の道を指差した。「この道をまっすぐ行けば、すぐにあなたの家に帰れるわよ」
縁側からエイッと降りて道の方を見ると、さっきまでは何もなかったはずの場所に、家の花壇が見えた。
おばあちゃんの方を一度振り向くと、バイバイと手を振ってくれた。
私は家の花壇に向かって歩いていった。なんだか、心の中のモヤモヤがすっかり消えていた。




