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第6話公認会計士の保志先生

 根岸隆の人生に、深く、そして温かい光を投げかけた一人の人物がいた。公認会計士の保志先生である。彼は中卒で、華やかな経歴を持つ隆とは対照的な人生を歩んできた。保志先生の青春は、当時猛威を振るっていた結核との闘いだった。十代にして東京・清瀬の結核患者隔離所での生活を余儀なくされ、幾度もの外科手術を受け、あばら骨を何本も抜かれた。その結果、彼の体は少し傾き、その姿は彼の人生の過酷さを物語っていた。

 保志先生は、決して順風満帆な人生ではなかった。公認会計士として成功を収めた後、結婚して二人の子供をもうけたが、二人とも重い障害を抱えていた。後に、彼は隆にその原因を語った。「若い頃に清瀬で飲んだ、結核治療のための強い薬のせいだろう」と。その言葉には、運命に対する静かな諦観と、深い悲しみがにじんでいた。

 保志先生は、酒を飲むと、普段は口にしない心の奥底の思いを隆に打ち明けた。

「根岸君。キミみたいに、人生をまっすぐに歩いてきた人間ばかりじゃないんだよ」

 その言葉は、隆の心に深く突き刺さった。隆は、自分の人生が誰よりも苦労の連続であり、世の中で一番不幸な人生を送ってきた人間であるという、ある種の思い込みを抱いていた。しかし、保志先生の言葉を聞き、彼の壮絶な過去に触れるにつれて、隆のその思い込みは少しずつ崩れていった。

 隆は、保志先生の話に素直に耳を傾けることができた。そこには、学歴や肩書といったものに縛られない、人間としての深い共感があった。保志先生の言葉は、隆がこれまでに経験したことのない種類の苦しみ、つまり、自分の力ではどうにもならない運命の残酷さというものを、静かに、しかしはっきりと教えてくれた。

 保志先生は、決して自らの不幸を嘆き悲しむようなことはなかった。むしろ、その苦難を乗り越えてきたからこそ得られた、人としての深みと温かさを持っていた。彼は、隆の傲慢なまでの自負心を解きほぐし、世の中には、自分が想像もつかないような苦しみを背負って生きている人々がいることを、身をもって示してくれたのだ。

 隆にとって、保志先生との出会いは、自身の人生観を再構築する上で、非常に重要な出来事だった。彼は、保志先生から、法律家としての知識や技術だけでは決して到達できない、人間としての共感力と謙虚さを学んだ。それは、弱者の声に耳を傾け、彼らの人生を理解しようとする、真の法律家となるための、最後のピースだったのかもしれない。

 保志先生との友情は、隆がその後に歩む弁護士人生において、常に彼の心の羅針盤となった。成功を収め、名声を得るにつれて陥りがちな自己中心的な思考から、隆を救い、彼を真に偉大な法律家へと導いたのは、他ならぬ保志先生の存在だった。彼の人生は、光と影、そして苦難とそれを乗り越える強さが織りなす、壮大な物語だったのである。

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