6-07
降りしきる雨の中に、彩音は立っていた。住宅街の真ん中で雨に打たれながら、制服が水を吸って重くなるのを感じる。
「……せっかく乾いてたのになぁ」
不満をそのまま口に出した彩音が、空を仰ぎ見る――と同時に、変化が起こる。
「えっ?」
雨が、唐突に止んだ。
ぱらぱらと残り水のように落ちていく雫が過ぎ去ると、直後に雲間から姿を現したのは、どこかで見た、誰かの笑顔のような太陽だった。
「…………」
ぽかん、とその太陽を眺めていた彩音の耳に、スマートフォンの着信メロディが届く。随分と久しぶりに聞いた気がしながら、慌ててスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、母からの通話着信であることが表示されていた。
「……もしもし」
『彩音!? 学校から、早退したって電話が掛かってきて……だけど家には帰ってないし……ねえ、今、どこにいるの!? 心配してるのよ!』
「あっ……ご、ごめんなさい」
謝ってから彩音は、母に対して素直に謝るのも、いつ以来だろうか、と考える。謝られた母も、何やら困惑しているようだった。
『彩音……どうしたの? 何かあった? いつもと、何となくだけど……声の様子が違うっていうか……』
「うん……あ、なんでもないの! 心配かけて、ごめんね」
『それはいいけど……今から迎えに行くから、どこにいるのか言って? すぐに行くからね!』
「えっ、い、いいよ。家から近いし、一人で帰れるから……」
そこで彩音は、はた、と一つ思いつく。
「あ、あのっ!」
『えっ? 何!? やっぱり、迎えに行く?』
「そ、そうじゃなくて……あの、ほら、前の……あの白い、子猫のことなんだけど」
『あっ……え、っと、それは……』
何やら言葉を選んでいる母を待たず、彩音は言葉を続けた。
「あの子って、その、里親は、もう見つかったの?」
『えっ……里親を探しているの、知ってたの? ええと、そ、それは、ね』
「正直に教えて欲しいの。お願い」
彩音が怪我する要因の一つとも言える白い子猫は、里親が見つかるまで母方の実家に預けてある。恐らく母の判断だろうが、彩音は今までそのことに触れようとしなかった。
それゆえ母も返事に迷っているようだが――やがて、沈んだ声で答える。
『その……まだ、見つかってないの。ごめんね』
「そっか……うん、わかった。あのね、お母さん」
『本当にごめんね……彩音はもしかしたら、猫のことに構っているのも嫌だって思うかもしれないけど、見捨てると彩音はいつか後悔するんじゃないかって……勝手なことしてるのは、分かっているつもりだけど、でもね』
「や、あの、嫌だなんて思わないから、一回落ち着いて聞いて欲しいの」
そうは言っても、母から見れば急に変わったのは彩音のほうだろう。更に今から言うことも突飛だし、彩音は申し訳ない気持ちで一杯になった。
それでも彩音は――言うべきだと思ったことを、素直に口にする。
「あの子……うちで飼いたいんだけど、ダメ、かな?」
『……えっ? それは、まさか』
「……言っとくけど、苛めるとか、変なことなんて考えてないんだからね」
釘を刺す彩音に、それでも母は心配そうな声で尋ねてくる。
『……大丈夫、なの?』
「…………」
彩音は、俯いて目を閉じた。浮かんでくるのは、あの不思議な場所で過ごした不思議な日々と、その中で、彩音が見出したモノ。
そう、彩音はもう――
「大丈夫だよ」
それこそが、真実の答えだった。
……とはいえ、心配事が全くない訳ではない。
「お父さんは……嫌がるかな。猫、嫌いみたいだし」
『……そのことなら、きっと平気だと思うわ』
「えっ、どういうこと?」
『だって、あの子の里親を探そうって言い出したのは、あの人なんだもの』
「……えっ?」
そのことを、彩音は全く知らなかった。どうしてだろうと、父のことを疑問に思うより、何も知らなかった自分自身を恥じる。
ああ――やはり自分の目は、今まで曇っていたのだ、と彩音は笑う。最も身近だった家族のことさえ、見えていなかったなんて。
『本当は秘密だったの。私がバラしちゃったの、お父さんには内緒よ』
「ふふっ……うん、わかった」
それから、二、三言ほど言葉を交わし、彩音はスマートフォンの通話を切った。




