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「……くん、ナナシくんっ」
耳あたりの良い少女の声に、はっ、とナナシが我に返る。いつの間にかナナシの顔を覗きこんでいた彩音が、怪訝そうな表情をしていた。
「どうかしたの? いきなりボーっとしちゃって……」
「えっ? あ、あははっ、なんでもないよぉ」
慌てて取り繕うナナシに、彩音は怪訝そうな表情そのままで首を捻る。
彩音のことは、何だか不思議な人だなぁ、とナナシは時々思う。この万魔殿では滅多に見られないタイプの、言ってしまえば〝普通の人〟のようだ。
……かと思えば、いきなり取り乱したり、慌てて取り繕ったり、何を気にしているのか恥ずかしそうに頬を染めたり、やはり変わった人なのかもしれない、と思うこともある。
生きるために必要な〝何か〟――彼女でいうところの〝希望〟を失っていながら、その感情は決して死んではいないような気がする。
そんな彼女と接していると、やはり不思議、としか形容できないような気持ちに、ナナシは時おり陥るのだ。
「……ねえ、おねえちゃん」
ナナシはほとんど無意識の内に口を開いていた。急に声を掛けられた彩音が立ち止まって、続く言葉を待っている。
少しだけ考えたナナシが、改めて思いついたことをそのまま述べた。
「ちょっとさ、僕の部屋に、来てみない?」
「……えっ?」
彩音は明らかに、戸惑っていた。ナナシが彩音の部屋に入ってもいいか、それを尋ねた時と似たような狼狽ぶりだ。
ダメなのかな、と諦め半分で答えを待っていたナナシに、彩音は一言で返してくる。
「……い、行ってもいいけど」
その答えを聞いて、やった、とナナシは無邪気に破顔した。




