表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万魔殿《パンデモニウム》は眠らない  作者: 初美陽一
第四幕 少年はただ、そこで起こる全てをこそ〝世界〟として見ようと決めた (※ナナシの物語)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/55

4-04

 それから先、ナナシは〝案内人〟として、万魔殿への来訪者を案内し続けた。


 意外と素直に言うことを聞く者もいれば、錯乱して話にすらならない者もいたし、初めの大男のように聞く耳を持たぬ者もいる。中には、アスモデウスの下へ挨拶にも行かず、勝手に万魔殿へ住み着く者もいた。


 数え切れない来訪者を案内し続けてきたナナシだが、少なくともそうしていて退屈はしなかったし、新たな住人から面白い話を聞くことも出来る。


 万魔殿から去っていく住人も数え切れなかったが、それを寂しいなどと思うより、新たな来訪者を案内するのに手一杯だ。


 ナナシよりずっと後に、リリエラもやって来た。一度は万魔殿を追い出される形となった彼女だが、再び戻ってきて、それからはずっと万魔殿に住んでいる。まともに――リリエラが〝心〟を失ってからはまともにとは言えないかもしれないが、ちゃんと会話できるという意味では貴重な住人だ。


 あの不思議な黒猫――ナナシは勝手にクロと名付けたが、クロは一体いつから万魔殿にいたのか、見当もつかない。いつの間にか万魔殿にいて、ナナシを驚かせた。

 もしかしたらナナシが知らなかっただけで、先住人……先住猫という可能性もある。


 万魔殿にいる者は、主を含めて誰もが変わり者で、恐らくナナシ自身もそうなのだろう。万魔殿へ訪れる前とは違い、ひとりぼっちではないのだと思うと――ナナシの心は何だか時々、締め付けられるような、たまらない気持ちになってくるのだ。




 数え切れない来訪者を案内し続けていたナナシが、万魔殿の入り口の扉を眺めながら、小さな疑問に駆られる。


 ――自分がここから出たら、どうなってしまうのだろう、と。


 アスモデウスからは、禁じられていた。ナナシにとって決して犯してはならぬルールと、何度も釘を刺されていたのだ。


 ナナシ自身、自分が元いた世界になど、何の未練もない。あの場所にいても、死をただ待つばかりだったし、楽しかったことなど一度もなかった。


 だけど、なぜアスモデウスはナナシに、あれほど念を押したのだろうか。好奇心旺盛な少年は、興味を持ってはならないのだと頭の片隅で理解しながら、それでも考えてしまう。


 ナナシが万魔殿の入り口の、見るからに重そうな扉の前に立つ。他の人間がこの扉を前にどのような印象を覚えるのか、ナナシには知る由もないが、彼にとって扉の隙間から微かに流れ込んでくる空気は、刺すような冷気に感じた。


 ごくり、生唾を飲み込み、少年の小さな手は扉に触れる。

 それと同時に――不思議なことだ、ナナシは全てを理解した。


 ここを出れば、自分は生きてはいけないのだということ――存在そのものが、一瞬にして消え失せてしまうのだということ。


 次に扉へと触れた時は、もう何も感じなかった。開けようと思えば開けられる、見た目には酷く重そうだが、羽毛のように軽い扉が目の前にあるだけだ。


 だけどナナシはもう、扉を開けようとは思わなかった。


 もしかしたら、先ほど扉を触れた時に全てが理解できたのは、アスモデウスによる最後の警告だったのかもしれない。だとすれば、何ともお優しい大悪魔である。


 扉の向こう側に、ナナシの求めるモノは何もない。扉の向こう側は、ナナシを必要としてなどいない。


 扉の向こうの〝世界〟には――もう、自分の居場所はないのだ。

 ナナシの存在を許してくれる〝世界〟は――万魔殿だけなのだ。



 ナナシは万魔殿でしか存在できない。そのことを理解しても、ナナシが悲嘆にくれることなど全くなかった。


 どちらにせよ、元いた場所に未練はない。ただ辛いことばかりだったあの場所で、何も知らず、何も考えずに朽ち果てていくよりも、ここに居るほうが楽しかった。


 ――万魔伝に、居たいと思った。


 少年はその時から、万魔殿をこそ〝世界〟の全てとして見ようと決めた。

 それで良いのだ。ナナシが、そう決めた。自分が何を失ったのかなど、どうでも良い。


 それこそが、万魔殿における――ナナシの〝自由〟なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ