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万魔殿《パンデモニウム》は眠らない  作者: 初美陽一
第二幕 《万魔殿》は何もかもが〝不思議〟に満ちていて

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2-06

 長方形の食卓の横側に、彩音とナナシは並んで座っていた。うきうきと食事の完成を待つナナシに、彩音はタイミングを計りながら改めて質問を投げかける。


「ねえ、ナナシくん、さっきの食材とか本とか……どこから出てきたの?」


「うん? さっきの? ああ、棚から……って言いたいとこだけど、うん、実はね、おねえちゃんの記憶から出てきたんだよ」


「……それってどういう意味なのか、聞いてもいい?」


「ん~……いいけど、ややこしい話だし、僕には上手く説明できないかもしれないよ? 僕だって、アスモデウス様から聞いたことだから」


 それでも構わない、と頷く彩音に、ナナシはうんうんと唸りながら説明を開始する。


「う~ん……えっとね、あそこの棚から、っていうか、部屋とかにしても同じなんだけど、そこにあるモノは、その人の記憶に基づいて、物質化? するんだってさ。えーと、だからつまり……例えば、知ってても見たことない物は、欲しくても出てこないっていうこと」


 たどたどしい説明だが、とにかくそういうものなのだろう、と彩音はこの万魔殿において必要であろう適当さを身に付け始めていた。

 ――とはいっても、彩音の性格上、気になることは言及せずにいられない。


「でも、私はレシピ本なんて、ほんの一回か二回くらいしか見ていないのよ? なのに、どうしてあんなにちゃんとした……作り方のレシピまで載っているの? 私自身、オムライスの材料や作り方なんて、ほとんど覚えてないのに」


「あっ……うーん、えっと……えっとね、確かに、おねえちゃんの〝今の〟記憶から引き出しても、曖昧なものにしかならないらしいんだけど……だから、おねえちゃんが〝見た時〟の四角、いや視覚情報から抜き出して、再構築? してるんだっけ? おねえちゃんが覚えてなくても、とにかく脳だか魂だかには、情報は履歴として残されてるんだって……アスモデウス様が、言ってた……ふにゃふにゃ」


 そこでナナシが言葉通り、ふにゃふにゃと机に突っ伏してしまった。頭から煙をさえ出しそうになっている彼を見て、彩音も思わず慌ててしまう。


「な、ナナシくん、大丈夫?」

「ダメ、ムリ、頭がパンクしそう」

「……ご、ごめんね、もういいから……」


 とはいえ、彩音にしてみても理解の及ばない話で、説明を聞いても何が何だか、というのが正直な感想だ。万魔殿で過ごしていくには、適当、という感覚は必須らしい。


 と、不意に厨房へと続く扉が開け放たれた。


「お待たせいたしました、彩音様、ナナシ様」


 リリエラの透き通るような声が響くのと同時に、ナナシが勢い良く顔を上げる。


「待ってましたっ! もう、頭使いすぎてお腹ぺこぺこだよ~っ!」


 瞳を爛々と輝かせ、言葉通り待ち侘びていたナナシの後ろから、リリエラが給仕する。ことり、と静かに置かれたのは、見るも鮮やかなオムライスであった。


 絶妙な焼き加減のオムレツ部分は、とろりと半熟気味に仕立てられており、黄金色にきらきらと輝いているようだ。触れずとも分かる柔らかな作りは、口に入れれば、すうっ、と舌の上で溶けてしまうのではないだろうか。


「……リリエラさん、すごい……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった彩音の口内は、少しばかり水分で満たされてしまっているようだった。恥じて口元を片手で押さえる彩音とは対照的に、ナナシの口の端からは涎が一すじ糸を引いている。


「……もう我慢の限界っ! いっただっきまーす!」

「あっ、ナナシくん、そんな行儀の悪い……わ、私も、いただきまーす……」


 食事に没頭し始める二人の後ろで、リリエラは黙ってココアをカップに注いでいた。


 ――――――――――


「ご、ごちそうさまでした……こんなにおいしかったの、初めてです」


 ほう、と恍惚の溜め息を漏らした彩音に、リリエラが背後から声をかける。


「彩音様、お飲み物のお代わりはいかがですか?」


「あ、ありがとうございます。ご飯も、すごくおいしくて」


「恐縮です、彩音様」


 相変わらずの無表情で返すリリエラにも、彩音は段々と慣れてきた。適当で良い、と前提してしまえば、割と何でも受け入れられるものだ。


 彩音の横に座っていたナナシも、机に顔面を突っ伏して、何やら幸せそうにぶつぶつと呟いている。


「はぁ……僕もう、死んでもいいや……」


 何やら物騒なことを口にしているが、それだけリリエラの料理の腕前は非凡だったのだ。思わず彩音も、幸せそうにお腹をさする……が、しかし。


「……あ、あれ?」


 先ほどデザートまで食したはずなのに、僅かな異物感も覚えなかった。とはいえ、何となく満たされた感じはしている。

 不思議な感覚に彩音が首を傾げると、ナナシが机に顔を突っ伏したまま、横目で見ながら語りかけてきた。


「……おねえちゃん、もしかして、まだお腹空いてる?」


「ええっ? そ、そんなはずないわよ。さっきこんなに食べたばかりなんだもの」


「そっかー、ちぇっ、残念っ」


 何が〝残念〟なのか相変わらず解からないもので、彩音は首を傾げてしまう。ナナシもそれ以上は何も言わず、誤魔化すように鼻歌を奏でていた。


 万魔殿へ来てからずっと――今更ながら〝不思議〟なことばかりだ。

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