第34話 線の引かれた名前(エルネスト)
名簿は、壁に掛けられていた。
紙は新しくない。
何度も貼り替えられ、書き足され、上から線を引かれている。
端は波打ち、角は丸い。
糊の跡が乾いて白く残り、釘穴だけが増えていた。
近づいて、ようやく気づく。
名前は、きれいに並んでいない。
途中で何度も消され、押し込まれ、また上書きされた跡がある。
行の間隔も揃わない。
同じ筆でも、同じ手でもない。
並び順に規則はない。
前にあったはずの名が後ろにあり、まとめて書かれた名の間に、後から割り込んだような文字もある。
名前の横には、印が付いている。
その上から、まとめて線が引かれているところもある。
黒い印。
薄い印。
何もないもの。
線も、種類が揃っていない。
一本線。二本線。
まとめて引かれた太い線。
筆の先が乾いたのか、途中でかすれている線もある。
意味は、どこにも書かれていない。
理由もない。
行き先もない。
ただ、線が引かれた名前は、
この区画からいなくなる。
それだけが分かる。
エルネストは、自分の名を探す。
すぐに見つかる。
探す時間は要らなかった。
名前の上に、一本の線。
他の名前と、同じ線だ。
特別な印はない。
目立つ記号もない。
ここでは、同じ処理だ。
周囲を見る。
昨日まで隣にあった名に、線が引かれている。
その下の名にも、同じ線。
さらにその下にも。
誰か一人だけが動かされたわけじゃない。
まとめて、同じように消えていく。
ガルドの名がある。
線は引かれていない。
ここに残る、というだけだ。
イリスの名もある。
線はない。
まだ、引かれていない。
様子を見る、という位置。
エルネストは、自分の名に戻る。
線は、雑に引かれている。
強くもない。
丁寧でもない。
筆が迷った跡すらない。引いて終わり、という手つきだ。
それでも、
一度引かれた線は消されない。
誰も、説明しない。
呼び止める者もいない。
名簿は、決定事項を知らせるためのものだ。
納得させるためのものじゃない。
ここでは、
正しさは語られない。
努力も、成果も、測られない。
ただ、
今ここにいるか。
もういないか。
それだけが、区別される。
前線では、
立ったかどうかで決まった。
ここでは、
立たない側に回されたかどうかで決まる。
それだけの違いだ。
名簿から離れ、外に出る。
朝の空気は冷たい。
だが、嫌な冷たさじゃない。
吐いた息が白くなって、すぐ消える。
剣は腰にある。
魔術も使える。
身体も、まだ動く。
力は、確かに増えている。
だからこそ分かる。
線一本で、行き先が変わる。
行き先が変われば、守る範囲も変わる。
エルネストは立ち止まらない。
振り返らない。
名簿は、もう見ない。




