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第27話 拾われる噂(エルネスト)

火は小さかった。

訓練区画の外れ、土嚢の影に作った火だ。

炭の赤だけが残り、薪の匂いは薄い。


大きく燃やせば楽になる。

だが燃やさない。

ここを“落ち着ける場所”にしたくなかった。


エルネストは炭をつつき、赤い芯を一つだけ残す。

消えない程度。

暖かい程度。


向かいにガルドが座る。

剣は鞘のまま、膝の横。

手が届く距離に置いて、触れない。


少し遅れてイリスが来た。

歩幅は一定。呼吸も乱れていない。

癖のある茶髪が肩で揺れ、灯りを受けた目が一瞬だけ琥珀みたいに見える。すぐ伏せる。


三人とも、昼の訓練の汗は乾いている。

それでも、落ち着かない。


しばらく、炭が割れる小さな音だけが続いた。


「……変な場所だな」


ガルドが言った。独り言みたいに短い。

火を見たまま続ける。


「剣も魔術も、訓練はさせてもらえてる。

 ただ鍛えるっていうより、前線で癖になった動きを直してる感じだ」


エルネストは頷く。


イリスが静かに言う。


「教官の目が、育てる目じゃない。

 見る目をしてる」


ガルドは炭の赤を見たまま、頷きもしないで返す。


「そう。見てる。

 できるかどうかじゃなくて、崩れた時に戻れるかどうかを」


一拍。


「……だから、噂が回る」


イリスが顔を上げる。


「噂?」


ガルドは少し間を置いた。

言うかどうか迷っている間だ。


「……噂だけどな」


それから、短く息を吐いて言う。


「ここに集められた連中の中から、

 北方軍に“拾われる”やつが出るらしい」


エルネストの手が止まる。

炭をつつく棒の先が、赤い芯のすぐ脇で止まった。


イリスが、確かめるように聞き返す。


「北方軍に入る、ってこと?」


ガルドは首を振った。


「正式な徴募じゃない。

 上で何か話がついた、って噂だ」


内容は知らない。

けれど、ここに来てから扱いが違う。


言葉を探してから、付け足す。


「名のある家が、前線を知ってるやつを欲しがってる、って話もある」


上の話は、末端には落ちてこない。

だが「上で話がついた」だけは、妙に早く広がる。


訓練区画に入ってから、帳簿が回り始めた。

名前が拾われる。

追い込みの話が薄れ、代わりに呼び出しが増える。


理由は知らされない。

扱いが変わった――それだけで噂は十分だった。


イリスが言う。


「向こうへ行けば、環境は良くなる」


断定じゃない。確認でもない。

紙に線を引くみたいな言い方だった。


ガルドが続ける。


「向こうは、矢が尽きない。

 倒れたら運ばれる。

 王国軍としての訓練も受けられる」


一拍。


「……こっちは、全部、現場で覚えた」


エルネストは火を見つめたまま言う。


「拾われたら、前に出なくていいのか」


誰に向けた言葉でもなかった。


ガルドはすぐに答えない。

炭の赤を見て、それから言う。


「分からない。

 出なくていいかもしれない。

 出られないかもしれない」


イリスが言葉を重ねる。


「揃っている分、役目も決まる」


エルネストは黙る。


前線では、役目が決まらなかった。

決まらないから、前に出た。

前に出たから、列が持った。


「……北方軍に従う、ってことか」


エルネストが言う。


ガルドは否定もしない。肯定もしない。

ただ、言った。


「少なくとも、向こうに行くなら勝手には動けない」


イリスが、静かに言い添える。


「従えば、守られるものは増える」


少し間を空けてから、続けた。


「でも、守れなくなるものも、はっきりする」


炭の赤が一つ、ぱちりと割れた。

その音が消えても、今の言い方だけが耳の奥に残る。


三人は同じ火にいる。

だが、視線の先は少しずつ違う。


誰も、今は決めない。


夜は深い。

火は消えない。

エルネストは炭の芯をもう一度だけ整えて、棒を引いた。

消さない。消えない程度で、残す。

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