38.藍はデレ方を知らないし、ハンスはポイントを間違っている
エインデル王家を全員捕獲するのに二カ月も必要なかった。三砦から反乱の狼煙が上り、王家が飽きずに国境紛争を起こすおかげで、夫も息子も戦死した未亡人、出征して重篤な障害を負って帰還したため家族を苦しめることになった元兵士、戦費調達のために税を搾り取られた割には還元がないために身分を失った下級貴族、天災によって被害が発生しても、戦費優先で復興もままならない上級貴族、誰も王城を守護しようとはしなかった。
もちろん、十年以上に渡ってハンスが繰り広げた王家の行動を非難するプロパガンダががっちり効いている。
やむなく、王妹が嫁いでいるフルリールに向けて脱出を試みた。秘中の秘である、玉座をずらしてようやく現れるトンネルを抜け、船が用意されている小さな隠し港にたどり着いた時、そこにはにこやかに微笑むハンス・フェルワルドが待っていた。
この古い港を知っているものなどもういないのに。まして抜け穴を掘った工人は、すでに代替わりしている。いまや存在することすら知られていないのに、なぜ?
フローがまだ十代の頃に買った隠し通路の情報、その情報源は、フローだけのものとして、ハンスが聞き質すことはなかった。
乗り心地のいい六頭立ての馬車で、エインデル王ファミリーはグランツフォル王城に丁重に送り込まれた。一度グランツフォル王から歓迎のあいさつを受け、そのままエリーゼ王女の離宮に幽閉となった。外に出ること以外なら、なんであれ丁重に聞き入れられる柔らかな幽閉であった。
エリーゼ王女はメイベルの出産を見届け、愛した夫の血を引く孫に、先代王、父の名の一部であるフランツを授けた。そして、藍を侍女のひとりとして従え、エインデルの王城に迎えられた。
「エインデル王家より、グランツフォル滞在中の王権を任された、ユキヒラ公爵である。
王権を委託されている間の名は、エリーゼ・フォルワルド・エインデル‐ユキヒラである」
ハンスがユキヒラ公爵家の夫人として藍を迎えるのはそれほど簡単ではなかった。
藍は、王女殿下の侍女として宮廷作法を仕込まれるにも、フォルワルドとエインデルの歴史と政治を学ぶにも時間が必要だったし、腹心の侍女となったフローは藍を助けるよりも生まれた村の組織変更に集中して、エインデルの実質的統治者であるハンスの地位を確かなものにするために時間を取られた。
「藍、そろそろいいだろうか」
「何がです?」
「結婚の準備を始めないか」
「誰が結婚するんです?」
ハンスの負け。
「藍、婚約期間も長くなった。婚姻の式の準備にも時間がかかる、取り掛かる時期だと思うが」
「そうですね、で、誰の婚姻式です? フローですか? 婚約者がいたんですねえ」
はい、二敗。
というような攻防ともいえない、あしらわれる日々が続き、ハンスも作戦を変えた。
「藍、君にプロポーズした時に、君のメリットとして挙げた八つの項目を覚えているかい」
「多分」
「ひとつ目の、メイベルと一生涯付き合える、という点はすでに果たしたね」
「そうね、べつに今のままでも大丈夫でしょ、それは」
「四つ目の、生涯裕福に暮らせる、という点については、エインデル公王の妻になるなら問題ないよね」
「今だって十分裕福よ」
「六つ目の、藍のために新しい家を創設して、その女主人にする、と、七つ目のその家の名をユキヒラとする、という約束も果たしただろう?」
「まあね」
「ふたつ目の、メイベルの子の教育係と、みっつ目の名付け親になる、五つ目のメイベルの子のひとりを後継者に迎える、という点だけど」
「メイベル、王都にいるよね。ふたりの息子も」
「エアハルト卿夫妻とふたりの息子を、エインデル城に迎えることになった」
「え? そんなことできるの?」
「ハインツ・エッシェンフォルゲンをエインデル城の将軍にもらう交渉が成功したんだ。まもなく夫人と息子ともどもエインデル城に到着するよ」
「でも、名付け親は?」
「それは、メイベルに次の子が生まれるまで待ってくれないか。次代公王の妃から申し出があるなら、断られることはないよ」
八つめを忘れていないよね、ハンス。そこが弱いからダメなんだよ?
「生涯君ひとりを愛すると再び誓います。 愛しています、私の妻になってください、藍」
ハンス・アルベルト・エインデル-ユキヒラは母の地位を継いで公王となった。妃は黒髪に黒い瞳であり、ふたりには子がなかったことは記録に残されている。継嗣には、宗主国グランツフォルからユキヒラ公爵に従ってエインデル-ユキヒラ公国に移動してきたファンデル侯爵家から、侯爵ハインツと妻メイベルの子・カルルを迎えた。
死がふたりを分かつまでハンスの藍への“わかりにくい溺愛”は留まることはなかった。
公国第二代公王の妃、アデライーデ・ユキヒラが職人を集めて創設した工房は、妃の好みに合わせて作り出した斬新なデザインの宝飾品を制作した。まだこの世界のレベルでは技術的に追い付かないカットガラス・ビーズ、天然では極少量しか採取できないラウンド・パール、誰も見たことがなかった複雑なカットの水晶やシトリン、そして藍が持ち込んだ人工ダイアモンド。エインデルの宝飾品加工技術はそれらの美しさを生かそうとする職人の研鑽によって進歩していった。
妃のために作られた作品のコピーは、アイ・ブランドと名付けられ、作成順に通し番号と制作した職人のイニシャルが振られ、図とともに記録が残されている。
また、オルゴールという名の、音楽を奏でる箱を作る工房では、子守歌と呼ばれる何曲かの優しいメロディを何度でも聞ける小さな箱が作られた。
売り出されると絶大な人気となり、工房は弟子を取って広く作成方法を世に広めた。
弟子が育ち、それぞれの国に帰って工夫を続け、多くの音楽がオルゴールに記録された。やがて大きな円盤に長い曲が記録されるようになり、音楽は楽器がない場所でも聞いて楽しめるものへと、演奏する人がいなくても何度でも聞いて口ずさめるものへと、すべての人のものになっていった。
初期の小さなオルゴールの蓋にはチェスの駒が彫られており、このアイディアを出した人物は、チェスの駒とゲームルールをこの世界に持ってきた異世界人と同じ場所から来た、と伝承されている。
Thank you for reading, Granaite
どうも、倉名です。前作あとがきで暴走した、家出した藍とスパイの愚痴垂れ流しバカ話が本当に書けてしまいました。いや~、暴走通りにストーリーを展開して、それでもハッピーエンドにするのに苦労しました、自縄自縛の自業自得デス
そして……今回もぎりぎり恋愛カテゴリーにはなりませんでした! いいところまでは行きました!倉名も藍もがんばりました! 努力はしました、でも報われなかったんだよー(涙)
フローが男性だったら、異世界恋愛に堂々カテゴライズできるのに、フローは紛う方なき女性です、無念なり。なので、こーゆーのはどうだろう:
家出中に出会った男と恋に落ちて(まずここで藍にはムリゲー)、旅の空で妊娠した藍は(どんだけ欲望に負けてるんだ、番か、番なんだな!)、婚約破棄をぶちかまし(噴霧器による紅茶噴射付きで)、男の愛竜にタンデム乗りして(おっこちるなよ~、風無効のバリア必須)、王宮の窓から大空にキャハーと逃げ出す(愛竜ねぇ~、相当構成に凝らないとな~、いっそ宇宙船でどうだ)、とかいうおもいっきり突き抜けた話とか
ギャグ短編? 異世界恋愛、どこ行った
う~ん、どうよ?
やっぱ、平たい顔族男子しか歩いていない場所で考えていても、甘いセリフなんか一個も浮かばないッス。ブチブチ。 そういや昔イタリア男子と恋に落ちた友達がいて、カレが迎えに来たんだけど、あれは目によかった。黒い巻き毛が白い額に掛ったところなんてこれがギリシャ神話彫刻のオリジナルかー、とか感動したな~。なんかミラノでタベルナ(簡単なお食事も出る飲み屋さん)をやってるらしいけど、彫刻のオリジナル。 そういや近所のマンションの一階に、スペイン女性と結婚した日本男子がスペイン料理屋やってるな~、こんどプロポーズの言葉を問い詰めてみるか~。そもそも何語だったんだ? ってとこからだな。
というわけで、腕を組んで悩んでいます
またお会いできますように
倉名依都
あとがきまで読んでくださっている数少ない方々への全員プレゼント~、10分で書く爆裂短編!
あとがきスペースが2万字もあるのをいいことに、この場で直接書きます! 驚愕の無礼講・無修正~誤字脱字、変換ミスは脳内修正でよろしく~
タイトル:異世界に再転移してきた藍は、M5963星雲から来た竜神に魅了される
藍はビーチパラソルの下のデッキチェアに寝そべり、サングリアをちょびちょびと舐めながら、グダグダになっている。異世界からの再召喚に応じたのに、婚約者は出征、一緒にいたいメイベルはおめでたで領城から離れられない。ちッ、もう帰りたいなと思っているところに婚約者の義理の母親からのイビリにあった。
はー、やってられるか。一体何やってんだ私は!
グダグダしているところへ、防御壁として作った蔦植物の壁を飛び越えて、美しい男が現れた。
「ああ、我が番よ、数々の星雲と数多の惑星を探し回り、遂に出会えた。麗しきわが恋人、死が汝を奪おうとも、ふたたび、そしてみたび、求め、愛し、巡り合う、永遠の妻よ、今生の名を教えてくれないか」
「はあ~?」
「我が名はミッドガルド・アインツハイム・ロッセン・ベルクカッツェ・マルデンシア・ドラゴニエ。M5963星雲のドラゴニア星統合皇国の皇太子である。
そなたの名を我に授けたまえ」
「まあいいけど、ユキヒラ・アイ」
「まあいいけど姫、一目見て再び相まみえた我が番と陶酔しているそなたの番を哀れと思いたまえ。どうかその手を」
「だめだよ。婚約者がいるもーん」
「え?」
「Oh, my first-and-last, eternal love. Amor, no me nunca olvidaste! que esta noche no acaba, Je te veux. (訳すと15禁になる気がする~)」
とか言いつつ、藍の両頬に手を当て、額に自分の額を当てる。
「さあ、記憶を取り戻してくれ」
なにすんねん、この変態、とか思っているうちに、藍の瞳がハート形になってしまう。
「ミッディ、ミッディなの?」
「おお、我が永遠の恋人、ドラゴニアの虹色のバラ、わが心を満たす甘きそよ風、麗しの皇太子妃よ、千年の放浪も今報われ、そなたを取り戻した。天の川銀河におわすすべての神々に感謝を捧げ申す、帰ったら大宴会だ!」
突っ込んでいいですか? 千年放浪してて、帰るお国はまだあるんですか?
藍とミッドガルドは本当に番だったらしい、遺伝子の不適合なんか吹っ飛ばして、あっという間におめでたの運びとなった。
「ミッディ?」
「何だい、アーイ、マイラブ, 四条の鯉よ、あ、ちがった、至上の恋よ」(まだ日本語が上手に変換できないので、許してあげて欲しい)
「婚約者、どうしよう」
「そんなものはどうでもよいであろう、会う度に新鮮で、まるで初めて会ったような、それでいて歓びの思い出に満ち溢れた、千年の旅の果ての恋人よ。そなたに会えたこの日にすべての苦悩、すべての苦しみも甘く溶けるチョコレートのコンフィチュールと化した、うーん、サイコー。
さあ、帰ろうではないか思い出と愛の地に。盛大な結婚式を挙げよう。皇国の隅々までこの愛を届け、すべての民を降伏、いや、幸福で満たすのだ。そなたと我との一度のキスで、皇国には愛と喜びが満ち溢れるであろう」
「まあ、それはそれでいいとして、ケジメはつけたいの」
「愛しのスイートハート、キスミーワンスモア、ベサメムーチョ……ああ、愛で殺されそうだ。皇国の皇太子を愛で殺す藍がなおさら愛しい。 すべてはそなたの望みのままに」
それは、エインデルとの国境紛争勝利の祝勝会での出来事だった。
勝利の立役者のひとりである、ローエングリン伯爵家のハンス・ローエングリムが、褒賞としてユキヒラ公爵家の称号を受け、婚約者である藍に捧げようとしたとき、藍が大きく広がったスカートから奇妙なタンクを取り出して、よっこいしょと担いだ。(妊婦だよね? ハイヒール履いてるよね?) 右手にはタンクから繋がっているパイプを握っている。
「藍、どうした?」
「うるさい、ハンス。婚約なんか破棄よ。あんたの留守中、どんくらいマダム・ローエングリンにイビられたと思う。ぜーったいに結婚なんかしないから。浴びせられた紅茶をお返しするわ!」
安全バルブを解除して、濃く煮出した紅茶を全方位に噴射、続いて回転しながら窓の方向に進む藍。(ハイヒール履いた妊婦だったと思うけど?)
回転するドレスのパニエ丸見えの物体から噴射され、居並ぶ貴族にぶっかけられる紅茶。何が何だかわからず呆然として、浴びせられた茶色い水の味を確かめ、「確かに紅茶だな」とか言うぐらいしかできない男性貴族、ドレスが濡れるし茶色く汚れるのでキャアキャア言いながら壁際へと逃げる女性貴族。王宮祝勝舞踏会はパニックモード。
突然、空が煌々と光り、王宮庭園のすべてのバラとすべての生垣、忘れちゃいけない四阿、を押しつぶして巨大な宇宙船が現れた。
この世界ではまだありえない、真昼の陽光よりもルクスが高い光が宇宙船の出入り口から溢れる。そこへ、黄金のドラゴンが悠々と這い出して来る。 グオーン。
竜は、次第に小さくなり、やがて人間形態をとって藍を抱き寄せる。
「ユキヒラ・アイは我が番、M5963星雲、第8”-カ星系、ドラゴニア星、ドラゴニア皇国皇太子、ミッドガルド・アインツハイム・ロッセン・ベルクカッツェ・マルデンシア・ドラゴニエがもらい受けた。
結納金代わりに、金塊二トンほど置いて行くから、よろしくね、バーイ」
宇宙船は、ゆっくりと上昇した。後には、潰れた庭園と、紅茶で茶色く染まってあっけにとられて顔を見合わせる貴族たち、そして輝く金塊の山が残されているばかり。
これって、異世界恋愛カテゴリー、婚約破棄・暴露系、紅茶ぶっかけやり返し付きになると思う?
なんか、苦労して書いた本編より面白かった気がする
ハンス、そして(もしいらしたら)ハンス押しの方、ごめんね~ Granite




