第22話『努力という檻』江藤 真琴
努力の裏側には、誰にも言えない家の事情。
彼女の“強さ”は、本当の姿じゃない。
「江藤さんってほんと頭良いよね〜」
「いいなぁ、私もそんな風になりたいわ〜」
褒め言葉。
でも、江藤真琴の心には、何ひとつ届いていなかった。
(“そうじゃないと生きられないだけ”なのに)
常に上位でいることが、“家での居場所”だった。
通知表が下がった日の空気を、彼女は一度たりとも忘れたことがない。
「何点だった?」
母親の声は、感情がないほど冷静だった。
93点、と答えた。
「なんで満点じゃないの?」と返された。
それが彼女の日常。
机に向かうことは呼吸であり、
高得点を取ることは「ようやくゼロに戻る行為」だった。
帰り道の図書室で、ばったり会った三崎いろは。
「江藤さんって、何かに“頑張らなくていい”時間、あるの?」
唐突なその質問に、真琴は驚いた。
答えられなかった。
「……頑張ることしか、してないかも」
そう返したとき、いろははふわっと微笑んだ。
「それ、ちょっと悲しいね」
蛍光灯の下、参考書のページをめくる手が止まる。
ふと、図書室での三崎いろはの言葉がよみがえった。
「それ、ちょっと悲しいね」
――なぜだろう。
たったそれだけの言葉が、こんなに胸に残っている。
(私が頑張ってるのは、“すごい人になるため”じゃない)
(“嫌われないようにするため”だった)
努力しているときだけ、
家の中が静かになる。
父も母も、私を“安心できる存在”として扱ってくれる。
でも、それは――
私の“存在”じゃなく、“成績”を見てるだけなんだ。
本当は、誰かに聞いてほしかった。
「頑張ってえらいね」じゃなくて、
「もう頑張らなくていいよ」って。
何気ない朝。
すれ違いざまに、いろはと目が合った。
彼女は、ふと微笑んだ。
その笑顔には、優しさも、干渉も、なかった。
ただ、「見てるよ」と伝えるようなまなざしだった。
“努力の人”じゃない私も、
誰かに「それでもいい」と思ってもらえる日が来るのだろうか。
強さとは、何かを隠すことじゃない。
彼女の涙に、気づいてください。




