伏魔殿に巣食うモノ
お気に入りの安綱のエピソードに入りました。
スカッとできる展開にしていきたいなぁ。
面白くなるように頑張ります。
⭐︎⭐︎⭐︎
京都市山間部 某所
「安綱様、到着しました…どうやら皆様先に到着されている様子ですな」
渡辺家に長年仕えている老執事の久世が背後を振り返る。
集合場所の駐車スペースには既に他のメンバーのハイヤーが数台駐車してあった。
姉のあつるの話では、ここから丘を登った場所にある廃宗教施設が目的の場所らしい。
「ありがとう、眠ってた私を起こさないように走ったせいで遅れちゃった?」
久しぶりに乗った久世の運転があまりにも心地よく、車に乗って秒で爆睡してしまった。
「いえ、すべて私の不徳の致すところ、申し訳ございませんでした」
後部ドアを開き深々と頭を下げる。
「問題ないわ、んじゃ行ってきます」
「安綱様…」
「ん?」
「ご武運を…」
「さっさと終わらせてくるわ」
車から降りて、指定の集合場所に向かった。
☆☆☆
キープアウトと書かれた黄色いテープで封鎖された区域にその施設があった。
廃宗教施設――かつては信者数万人を誇った新興宗教団体の本部だった場所は、今では巨大な礼拝堂や宿泊棟、事務棟だけが残されている。
姉のあつるが言うには、ここで鬼の大量発生が確認されたそうだ。
敷地を囲む高い塀には、色褪せた教団の紋章が掲げられ、広大な駐車場には雑草が生い茂っていた。礼拝堂の壁面にはひびが走り、割れた窓からは黒い内部が覗いている。
警察機関である特殊二課からの緊急招集を受け、この場所に集められたのは、いずれも鬼退治を生業とする者たちだった。
「安綱ぁ遅い! 」
私の姿を見つけた姉のあつるは、艷やかな黒髪を一束に括り黒スーツ姿に腰に日本刀を下げたスタイルで私を迎えた。
「って! あんたそのツノ! 渡辺が鬼になるなんて聞いてないわよ!」
私のツノを掴んでマジマジと観察する。
「やめろって!言ったでしょ! 私のギフトは索冥! 白い麒麟だって!」
「麒麟ってツノあったっけ?」
「有るわよ!」
「まぁ、いいわ レア・ギフトの能力期待してるから今夜はよろしくね」
「で、私で最後?」
集合場所には姉と姉の同僚らしき男性隊員が一人と、民間術者らしい男が二人と女性が一人警戒した様子で私を伺っていた。
「ん?…あぁ、まだ一人来てないわ」
「それにしても……遅いな」
腕時計を確認した男が、苛立ったように呟く。
「陰陽師ってのは、時間まで式神に任せてるのか?」
「そいつは陰陽師だから遅れてるんじゃねぇよ」
煙草を咥えた老祓い師が鼻で笑う。
「陰陽師だから、遅れてきても許されると思ってるんだろ」
その言葉に、何人かが苦笑する。
集合時刻は、とっくに過ぎていた。
だが――。
問題の男は、未だ姿を現さない。
「……特殊二課も随分と偉そうな奴を寄越したもんだ」
「聞いた話じゃ、まだ二十代だろ?」
「若造じゃないか」
「それで土御門を名乗ってるんだから、大したもんだ」
そんな陰口が飛び交い始めた、その時だった。
――カラン。
静まり返った廃施設の正門に、乾いた金属音が響いた。
全員の視線が、一斉に正門へ向く。
そこから、一人の青年が歩いてくる。
黒いロングコート。
白いシャツ。
細身の黒いスラックス。
そして、片手には高級そうな革鞄。
まるで鬼退治に来た術者ではなく、仕事帰りのエリート会社員だ。
「……遅刻ですよ」
あつるが声を掛ける。
「そうですね」
青年は悪びれることなく答えた。
そして腕時計を一瞥する。
「十九分」
「十九分って……」
姉は苦笑いで復唱する。
「正確には十八分四十七秒ですけど」
青年は涼しい顔で言った。
「この程度は、誤差でしょう?」
「誤差で済ませる時間じゃねぇだろ!」
老祓い師に怒鳴られても、青年は眉一つ動かさない。
「申し訳ありません」
口では謝りながら、その声音には謝罪の色がまるでない。
「少々、道草をしていたもので」
「道草?」
「ええ」
青年は革鞄を地面に置く。
カチャリ。
留め具を外す。
「今回の依頼に必要なものを、二つほど調達してきました」
「調達?」
青年が鞄を開いた。
――その瞬間。
廃施設の敷地内に漂っていた空気が変わった。
「……なんだ?」
若い女性の術者が身構える。
鞄の中から漂ってくるのは、濃密な妖気。
しかも、一つではない。
二つ。
青年は何でもないことのように、鞄の中へ手を入れる。
「ご紹介しましょう」
ずるり。
黒い布に包まれた何かを引きずり出す。
布の隙間から覗いたのは――赤黒い角。
「……鬼!?」
術者たちの間に緊張が走る。
青年は口元だけで笑った。
「ええ」
布を取り払う。
そこにいたのは、身長三メートルを超える巨大な鬼だった。
両腕には鉄輪。
顔面には呪符が何重にも巻かれている。
牙を剥き出しにして唸っているにもかかわらず、一歩も動かない。
その足元には、幾何学模様の呪式が刻まれていた。
「昨晩、山を三つ越えた先で捕まえました」
「……捕まえた?」
「調伏した、と言った方が正確ですね」
青年は鬼の腹を軽く叩く。
ゴン。
「こいつは山鬼。かなり荒っぽい個体でした」
「 そして――,もう一匹はこちら」
青年が指を鳴らす。
廃施設の礼拝堂、地面に落ちたその割れたステンドグラスの上の空間が歪んだ。
――ズズズズズ……。
礼拝堂の壁から黒い影がせり上がってくる。
女人の形をしている。
だが、頭部には三本の角。
背中からは黒い腕が八本も伸びている。
こちらは先ほどの鬼よりも小さい。
しかし、妖気はこちらの方が遥かに濃かった。
「こっちは八臂羅刹です」
「……お前」
老祓い師が目を細める。
「それ、生きたまま連れてきたのか?」
「当然でしょう」
青年は不思議そうに首を傾げる。
「殺してしまったら、調伏の意味がありませんから」
「政府の依頼は鬼の討伐だぞ」
「ええ。だからこそ、討伐するより利用した方が効率的でしょう?」
その言葉に、全員が黙り込む。
青年は二体の鬼を見渡し、満足そうに微笑む。
「あなた方は、鬼を見つけたら殺す…」
「私は、使える鬼なら殺さない」
人差し指を立てる。
「どちらが優秀な術者か――言うまでもないでしょう?」
「……随分と偉そうな若造だな」
「よく言われます」
青年は即答した。
「ですが、事実を言っているだけです」
老祓い師のこめかみに青筋が浮かぶ。
「てめぇ……」
「それに」
青年は彼を見て、薄く笑う。
「皆さんも、私が来るまでの十九分間、何もしていなかったのでしょう?」
「……」
「でしたら、私の十九分の遅刻くらい、大目に見てくださいよ」
青年は満足そうに笑うと、二体の鬼を従えるように、廃施設の中央にある大礼拝堂へ向かって歩き出す。
「さて」
その声だけが、妙に明るかった。
「政府がわざわざこれだけの術者を集めたんです」
振り返る。
「今回の鬼退治――いえ、私のコマを増やすために」
口元が吊り上がる。
「まぁ、せいぜい頑張ってください」」
チン
チン
鍔鳴りが暗闇に二度響いた。
青年が引き連れていた二体の鬼が一瞬で細切れになる。
「なっ!? 」
その場でひざまずく陰陽師を見下し、安綱は通り過ぎる。
「渡辺の前で鬼引き連れてんじゃないわよ! 馬鹿なの?」
「貴様! この二体を調伏するのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!」
背後から恨み節を叫ぶ陰陽師。
「こんなゴミに手こずってるんなら、帰ったほうが良くない? この仕事に渡辺が二人招集されてる意味わかってないよね? 」
「私の式をゴミだと! なめるな小娘!」
侮辱に耐えきれず背後から安綱に殴りかかる陰陽師。
安綱は振り返りもせず、軽く拳を躱す。
そして、体勢を崩した陰陽師の首筋に手刀を落とす。
「あがっ! 」
陰陽師の青年は白目をむいて倒れた。
「後頭部に手刀を落として気を失わせるってヤツ、初めて見たわ!」
あつるが追いかけて来て、意地悪な笑みを浮かべて耳打ちする。
「頚椎潰すつもりで打ったんだけど…アイツ、言うだけあって相当鍛えてるわね」
半身不随になるぐらいの力加減で打ったのに、気絶するだけなんてね…。
「あんまり、虐めないであげて、あれでも陰陽師協会の次期当主様なんだから」
「あぁ、土御門って言ってたっけ」
安倍晴明の流れをくむ名家ね。
もめると面倒になる相手だわ。
『おい! さっきゴミはカウントに入れんからな!』
『人の手に落ちる程度の鬼をいくら斬っても無駄じゃ! 小娘』
「黙れ、ナマクラ! 」
鬼を切った途端に饒舌になる二刀に喝を入れる。
それにしても、自分で言っておいて再認識したのだが、渡辺が二人に陰陽師、おまけに民間のフリーの術者が三人。
この施設に、いったい何体の鬼が巣食ってんの?
思わず、ただならぬ雰囲気が立ち込める眼前の施設を見上げる。
「ふふふ、まるで、伏魔殿ってとこでしょ? 」
あつるは上機嫌で施設を見上げる。
「アンタの慣らしにはもってこいな場所よ」
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