入学セレモニー 其の二
2026.02.28 再編成。
俺たちは無人の市街地を裂くように駆け抜け、一直線に塔を目指していた。
エボ・シティーに足を踏み入れた瞬間、改めて思い知らされる。
――進化の塔は、もはや「建造物」なんて言葉で片付けられる存在じゃない。
見上げても頂点が見えないそれは、空を塞ぐ“壁”そのものだった。
……昼間の日照権とか、どうなってるんだよ。
満月に照らされた塔の影は、街を丸ごと呑み込み、闇をさらに深い闇へと塗り替えている。
俺たちは追手の目を警戒し、その巨大な影の中へ滑り込むように身を潜めながら進んだ。
――だが。
静かすぎる。
さっきのドローンの大群で終わり、なんてことはないはずだ。
今年は、大人数で追い回すタイプのセレモニーじゃないってことか?
俺たちがゲートを抜けた瞬間、すでに放送は始まっていた。
あの様子からすると、女子チームはまだシティーに侵入していない。ジェームスもそれっぽいことを嘆いていたしな。
もし彼女たちが先にゲートを抜けていたなら、外にいた俺たちが気づかないはずがない。
あれだけ派手に「放送開始!」なんてやられたら、嫌でも分かる。
「天満ぁー、やっぱり変だよ」
ニヤの声が闇の中で小さく響いた。
――ああ。
ずっと感じていた、この違和感の正体は――
「誰もいない……?」
四階建ての雑居ビルの外壁を、室外機や換気パイプを足場にして軽やかに登りきったニヤが、屋上から周囲を見渡す。
本来なら、今頃は警備担当のステアーズが襲いかかってきてもおかしくない。
だが、視界に映るのは――静止した街だけだった。
今夜はセレモニーのため、エボ・シティの市民は全員、島外へ避難しているらしい。
営業している店は一軒もなく、街灯だけが最低限の明かりを保っている。
その光すら、どこか頼りなく見えた。
まるで――
この街にいるのが、俺たちだけみたいだ。
……いや、待て。
市民全員避難って、どこに収容してるんだよ?
考えれば考えるほど謎だが――来年、無事に二年生になれたら、俺たちはモニター越しにこのセレモニーを観る側になるはずだ。
なら、今は余計なことを考える必要はない。
不気味な静寂の中で聞こえるのは、追尾してくる飛行ドローンの低い駆動音だけ。
カメラの向こうでは、さぞ退屈な映像が流れていることだろう。
追跡者なしの逃亡劇なんて、盛り上がりに欠けるにも程がある。
……しかも美女の登場もない。
アリスと安綱は見た目だけなら文句なしだからな。
性格はともかく、番組的には早く出てきてほしいところだろう。
まぁ、出口は同じだ。
いずれ合流するはず――
両チームとも、無事だったら、の話だが。
「天満ぁー!進化学園の入試教材で見た去年のセレモニーさぁ!五十人の追手に新入生四人が追いかけ回されてたよねっ!!」
屋上のニヤが、やたら響く声で叫ぶ。
「ああ。脱出に成功したのは二人だけだ。残りの二人は……奮闘むなしく捕縛されてたな」
死なない程度に、徹底的に叩きのめされていた。
「去年と同じ布陣なら、俺とニヤのスピードで十分勝算があると思ってたんだが……」
「今年は違うよ、天満」
ニヤの声が低くなる。
「なんか……すっげーヤバい気配を感じる。あっち」
ぶるり、と全身を震わせながら、彼女が指差したのは――塔の東口。
嫌な予感が背中を這い上がる。
俺も屋上へ登り、隣に並んだ。
「どうした?」
塔を睨み据えたまま、ニヤが呟く。
「東口はダメ。予定通り南口にしよ。あっちは……ヤバい。本物の化け物がいる」
そう言って、わざわざ腕まくりして見せる。
鳥肌が、びっしりと立っていた。
「……オッケー。ルート変更だ」
こいつが本気で危険を感じている時、その勘は外れない。
俺たちは南へ進路を変える。
目的は塔に入り、サインをして脱出すること。
追手に捕まってボコられるのは、ミッションには含まれていない。
「天満っ!!伏せてっ!!!!」
次の瞬間――
「ぐあっ!?」
ニヤに頭を鷲掴みにされ、そのまま床へ叩き伏せられた。
自分も同時に伏せる。
「痛ってぇぇぇぇ!!何すんだよっ!!」
「……たぶん、ギフトで見られた」
「マジかよ!?」
ぞくり、と背筋が凍る。
「視線……?スナイパーか?実弾で撃たれたら、普通に死ぬぞ」
「居場所、特定されたっぽい。移動しよ」
ドローンのカメラだけでも十分なのに、さらに“何か”が俺たちを見ている。
俺たちは伏せたまま転がるようにして、屋上から姿を消した。
このセレモニーは――見せしめだ。
宇宙から飛来した進化の塔。
その調査のために、人類はあまりにも多くの犠牲を払ってきた。
多階層構造の塔の各フロアには、守護者〈ガーディアン〉と呼ばれる怪物が徘徊している。
それらを排除し、上階への階段を探し、さらに上を目指す――。
世界各国が総力を挙げて攻略を開始してから、二十年。
現在、ステアーズが到達しているのは――フロア40。
塔は100階層、あるいは200階層あるとも言われているのに、だ。
だが塔は、ただ人類を拒絶するだけではない。
上へ進んだ者に、“ギフト”と呼ばれる異能を与える。
それはまるで魔法のような力であり、科学技術を何十年分も加速させた。
――進化の塔。
その名の由来だ。
かつて、この塔の所有権を巡り、世界は第三次世界大戦寸前まで緊張した。
だが国際会議の末、日本領内にありながら特別自治区として全世界に開放することで決着した。
解放直後、各国の精鋭部隊が投入された。
だが成果は乏しく、被害だけが積み重なった。
研究機関、企業、傭兵団――
あらゆる組織が塔へ挑み、そして多くが帰らなかった。
それでも、ごくわずかな生還者が持ち帰ったオーパーツとギフトは、世界を熱狂させた。
人々は夢を見た。
一攫千金と、超常の力を。
その結果――島は混沌に沈んだ。
装備も知識もない者たちが塔へ押し寄せ、死体の山を築いた。
銃規制もなく、島内では殺傷事件が多発。
完全なカオスだったらしい。
事態を重く見た国連は、塔へ挑む者――ステアーズにライセンス制度を導入した。
ギフト保持者の監視と拘束。
そして、塔への無許可侵入の禁止。
このセレモニーは、その象徴だ。
進化学園の上位合格者と、現役ステアーズによる“鬼ごっこ”。
その圧倒的な実力差を、全世界に配信する。
――免許を持っているだけでは、レーサーにはなれない。
プロは、別次元だと知らしめるために。
つまり。
俺たちはこれから――
全世界同時放送で、公開フルボッコされる予定というわけだ。
プロとアマの差を、証明するために。
「……俺たちを見つけた相手は」
しばらくしても、震えが止まらなかった。
「Bランクどころじゃない。Aランク以上だ」
そして――
もしここで、俺たちが殺されたとしても。
それは合法だ。
ライセンスを持たない者が、このエボ・シティーに侵入することは――
死罪に等しいのだから。
読んでくださってありがとうございます。続きが気になった方はブックマーク、広告の下の☆☆☆☆☆から応援していただければ励みになりますので、よろしくお願いします。




