入学セレモニー 其の二
俺たちは、無人の市街地を猛スピードで塔に向かう。
エボシティーに入ると、塔の存在は見上げても先が見えない巨大な壁のようだ、昼間の日照権の問題とかどうなってんだろうな、満月が照らす塔の影は闇をさらに闇へと染めている。
追っ手の動きを警戒して、市街地の塔の影に入り闇に身をひそめながら移動する。
にしても、静かすぎる。ドローンの大群で終わりって訳じゃないだろ?やっぱり今年は大人数で追っかけまわすタイプのセレモニーじゃないって事か?
俺たちがゲートを抜けたときに放送始まってたけど、あの様子だと女子チームはまだシティーに侵入していないってことだよな。ジェームスがなんか嘆いてたし…。女子たちが先にゲートを抜けていたら、壁の外の俺たちも気が付いたはずだ。
あれだけ派手に放送開始宣言されたらさ。
「天満ぁー、やっぱり変だよ」
ああ、ずっと感じていた違和感はこれか?
「誰もいない・・・?」
四階建て雑居ビルの屋上までトントンと突き出た室外機や換気パイプを身軽に登ると、周囲を見渡すニヤ。本来なら襲い掛かってくる警備のステアーズたちの姿が見えないのが妙だ。
今夜はセレモニーの為、エボ・アイランド在中島民は島外へ避難してるらしく、エボ・シティには一部のステアーズ企業以外は営業している店は一軒もない、街灯は最小限点灯してはいるが、辺りは不気味なほど静かだ、俺たちだけが街にいるみたいに何の気配もない。
それにしても島民全員避難って、どこに収容してんだよ?謎過ぎる。来年俺たちか無事に二年生になったら、セレモニーをモニターで眺める側になるだろうから、まぁ、今は深く考えるのはやめておこう。
不気味に静まり返った市街地。
聞こえるのは追尾してるドローンの飛行音だけだ。さぞカメラの向こうに退屈な映像だけが流れているんだろうな。追跡者なしの逃亡劇なんて退屈極まりない、ブーイングが聞こえそうだ。
それに美女の登場も無いしな、アリスと安綱たちは見た目だけは抜群にいいからさ。性格は別としてな、アイツら無茶苦茶だけど、番組編成的には早く登場して欲しいところだろう。
さてさて、彼女たちはどこに隠れてるかわからんが、出口は一緒だからいずれ合流できるだろう。
両チームとも無事だったらって、前提だけどな。
「天満ぁ、進化学園入試教材で見たさぁ、去年のセレモニー映像は五十人の追手に新入生の四人が追いかけまわされてたよねっ!!」
雑居ビルの屋上から俺に向かって大声で聞いてくる。人気がない分必要以上に声が響く。
「ああ、脱出に成功したのは二名、残り二人は可哀そうに奮闘むなしく捕縛されてたなぁ」
死なない程度にフルボッコだったな。
「去年と同じ布陣なら、俺とニアのスピードなら十分勝算かあると踏んでいたんだが・・・」
「多分今年は違うよ、天満、なんかすっげーヤバイ気配をビンビン感じるよ、あっち」
ぶるぶると、全身に悪寒を感じたように悶えだすニヤが指さすのは塔の東口。
何かを察知したのか?
確認するために俺も雑居ビルの屋上に上がる。
「どうした?ニヤ」
天に突き抜けてそびえ立つ壁のような塔を睨みつけてニヤは呟く。
「東口はまずいね、予定通り南口にした方がいいよ、あっちはヤバい、本物の化け物が居る・・・見て見て、ちょー鳥肌立ってる」
わざわざ腕まくりして見せてよこす。
「オッケー、んじゃルート変更な」
シリアスモードのこいつは信頼に値する。
南方向に進路変更、俺たちのミッションは塔に入ってサインして脱出だ。追手に捕まってボコられるのはミッション外、敵に見つからないのならそれに越したことはない。
「天満っ!!伏せてっ!!!!」
俺の頭を鷲掴みにして床に叩きつけるようにして、自分も伏せる。
「痛ってぇぇぇぇっ!!!何するんじゃいっ!!!」
「たぶん、ギフトで見られたんだと思う」
「マジっ!?」
「視線?スナイパーか?・・・この距離で撃ち抜かれたらマジで死ぬヤツだろ」
「居場所特定されたっぽい・・・移動したほうが良さげだね」
視線はこのドローンだけで十分だって。
俺たちは伏せたまま転がって下に降りる。
このセレモニーはいわゆる「見せしめ」だ。
宇宙から飛来した、この塔の調査に人類は多くの犠牲を払った。
多階層で構築されたこの塔は、各フロアーにはさまざまな守護者〈ガーディアン〉と呼ばれるモンスターが闊歩し、そのガーディアンを駆逐し、上階層へ上がる階段を探し出し上階を目指していく。
こうして各国おのおの総力を以て、塔攻略を始めて二十年――――――――
現在、ステアーズが登塔に成功しているのはフロア40までだ。進化の塔はフロア100とか200まであるとか言われている中、まだ40だ。
上階に上がれば上がるほど塔はステアーズに「ギフト」と呼ばれる異能の進化をもたらす。
「進化の塔」の名前の所以だ。
魔法のような異能力を人類に与え、科学の発展を何十年と加速させた。
かつて、世界中がこの塔の所有をめぐり全世界が緊張に包まれる最中、第3次世界大戦の勃発を避けるべく世界各国の首脳たちによる国際会議が開催され、進化の塔は日本の領地内ではあるが、特別自治区として全世界に解放するという落としどころで決着がついた。
塔が世界に解放された途端、各国こぞって虎の子の特殊部隊を導入したが甚大な被害を出して成果らしい成果を持ち帰ることはなかった。
続いて各国の研究機関や企業が、研究者やらボディーガードの傭兵を招集したりして塔にアタックするグループが続出するも、少数の例外を除き、ことごとく帰らぬ人となった。
ただ数少ない生還者が持ち帰った未知の物体オーパーツを始め、進化の能力を世界中のメディアが大々的に取り上げたものだから、世界中がこの極東の島国の謎の構造物に熱狂し人々が集中した。
進化の塔にアタックする人口の増加により島にバブルが到来。過疎化で人口もまばらだった離島が近代的な多民族都市として発達するまでそんなに時間がかからなかった。
一方、多くの勘違いが一攫千金に異能の能力を得るために塔を目指したおかげで、この島は大混乱。
みんな異能力者になりたかったのか?ギフト欲しさに世界遺産登録した後の富士山みたいに、装備もままならない状態で進化の塔におバカたちが殺到した結果、塔内は回収不能の死体の山で溢れかえった。おまけに銃兵器の管理規制がなかった為、島内での殺傷事件、事故が多発して当時相当カオス状態だったらしい・・・・。
年々増加する塔内での死亡者と、進化の力を得た者の犯罪が増加したことを懸念した国連は塔の階段を探す者「ステアーズ」のライセンス制度を導入。
ギフト持ちの法的拘束と監視の意味合いを強く持つステアーズ法が定められ、戦争や抗争、テロ等にステアーズたちが悪用されないよう厳重に管理されるようになった。
このセレモニーは、未だ進化の塔に一攫千金を夢見るおバカたちを塔に近づさせない為の、いわば注意喚起だ。
進化学園の入試に上位合格した者が現役ステアーズと鬼ごっこという名の模擬戦を配信する事で、塔に登るライセンスの有無の差をエンターテインメントで明確に視聴者に知らしめる事を目的としている。
自動車免許持ってる人間全員が、レーサーにはなれません、レーサーってすごいんです!というのをレースを中継することで、多くを魅了し人々にレーサーという存在を認知させたと同義なわけで。
そんなわけで、俺たちはこれから全世界同時放送で公開フルボッコされる予定になっております。
プロとアマの決定的な違いを全世界に見せつけるために・・・。
「おそらく、俺たちを見つけた相手はBランクどころじゃない、Aランク以上だ」
視界から逃れた後、しばらく震えが止まらなかった。
ちなみにここで俺たちが仮に殺されたとしても、ステアーズ法では合法だ。
ライセンス無き者がこのエボ・シティーに入ることは死罪に値するのだから・・・・。
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