銀子とニヤと新人殺し
世界にパンデミックが起こる。
一昔前の映画にありそうな設定。
起こってしまうと、パンデミックも日常に…。
慣れって怖いですね。
「あぁ、そう言えば銀子さんは、こんな時間にエボになんの用事があってきたんですか?」
フロア4の通路を変わらずズンズン歩く銀子の背中に問いかける。
前回この階層に来た時は、武装したボットとか何やら色々出てきてた気がするのだが、今回に限ってはガーディアンの残骸以外、遭遇していない。
現在進行形で銀子さんを中心に、半径20メートル内の敵を自動的に攻撃する狐火が絶賛稼働中らしく、このチート技のおかげでまったく敵と全く遭遇しないで階層をただ突き進んでいる。
コレじゃ、前回のナインの護衛の方が緊迫感があって楽しかったよ。
「なんで前回この技使わなかったんですか?」
「ん?あぁ、以外に消耗するのさコレ、それにナインの仕事取ってもしょうがないだろ?」
さっきから仕切りに少し離れた所で、爆発音や銃声が聞こえるが、それが狐火が敵を攻撃している音らしい。
「ハハハ、疲れるんですね」
遠くで誰か戦ってるのかなぁ程度に思ってんだけど。銀子さん曰く、お昼まではこのフロア4の今居るエリアはどうやら我々だけの貸切らしいので、派手にやっているそうだ。
「ステアーズ組合は知ってるわよね?そのギルドから、月一でSランク以上のステアーズにクエストが発注されるのよ。まぁ、殆どが特定ガーディアンの討伐依頼だけどね。聞いたことあるでしょ名付きのガーディアン、今回はソレよ」
振り返らずに答える銀子。
「ノートリアス・モンスター(悪名高い怪物)っすよね」
銀子の歩みのスピードは全く変わることなく、そのNMが現れる所定の場所に、真っ直ぐ向かっているのだろう。
置いて行かれそうになり、速歩きで追いかける。
NMとは天満が興奮する系のいわゆる激レアなガーディアンで、フロアに出現するガーディアンとは比べ物にならない程の攻撃力や特殊能力を保持した、いわゆる特別な亜種の呼称で、その能力や容姿で二つ名が付けられている。
「そうそう、それの討伐依頼さ、今回の相手の二つ名は《新人殺し(ルーキーキラー)》、一ヶ月に一度フロア5で発生する個体で、Aランクの6人パーティでやっと討伐できるレベルさね。B、Cランクのパーティなら全滅必至の強者なのさ」
まっ、それでも私一人で全然余裕なんだけど。と、得意げにふんぞり返る銀子。
「ステアーズ組合でそんな依頼が出んだ?ただの後援会的な組織だと思ってたよ」
学園のOBや企業が新人ステアーズをサポートする的な。
「ギルドについて学校で教えてもらってないかい? 野良パーティの期間契約の参加募集だったり、企業の依頼で特定の素材集めに討伐依頼、新製品のモニターやら、人体実験の被験者まで色々依頼はあるぞ。学園卒業者全員がエボ関連企業と契約するプロ・ステアーズにはなれないからね」
確か天満が教えてくれたのは、企業と専属契約できる生徒は学年の約1/3らしい。
天満ってステアーズに関して何でも知ってるよな、ちょっとだけ尊敬。
学校より天満に教わってることのほうが圧倒的に多いような気がする。
ちなみに《フォックス》もフリーの傭兵集団らしく、護衛に物資回収、人命救助に商品モニターとなんでもやっているらしい。
「ウチらの本職はアイドルだからね!」
マイクを持つようなジェスチャーでクルッと一回転回ってみせる。
ドキッとした。
急に身のこなしが刹那のタイミングでアイドルのソレとなり、まるでSSランクの銀子とは別人の誰かの様に、僅かな身のこなしで観る人間を魅了する。
あぁ、この人ホントにアイドルなんだな、と確信する。
「でも、企業に所属してないのに、そんな特殊な個体がどこに現れるかなんて、銀子さんわかるの?」
大手企業のチームはアタック・チームとは別にルートを探る偵察チームを持っていたり、保有する情報量が個人チーム(プライベーター)とは桁違いってだって、天満が言ってたし。
「ふふふ、この案件に限っては、ギルドの公開情報が発表されててね。目標がフロア5でロールアウトするのがわかってるから、歩き回る前に出現と同時に攻撃するのがセオリーになってるんだ」
なんか、RPGゲームの話をしてるみたいな感覚になってきたぞ。
「でも、フロア5って。あのストーンヘンジみたいな門の所だよね?五階層はガーディアンが出ないんじゃなかったっけ?」
「あそこは出ないよ。ただエボは直径6キロの円筒形の構造体でしょう?フロア5の門の周辺はおよそ4.7haでほぼ東京ドーム一つ分の広さなの…」
東京ドーム一つ分のとか言われてもピンとこないよ。
「で、残りの部分の殆どは未調査地帯になっててね、その中で、近年ファクトリーって呼ばれる壊されたガーディアンが回収されてリサイクル、又は新規製造される工場が何ヶ所か有ることが解ったのさ。で、今向かってるのはその一つ」
「で、その工場は階段で上がれるの?」
「階段は発見されてないね。ガーディアンは玄室の床、私らから言うと天井部分から各フロアに投入される感じ。で、例のノートリアスは投入される時間と場所が割れてる分、捕捉しやすいってわけ」
フロア4を会話しながら歩み続け、やがて少し開けた空間に入った。
「ここは、部屋みたいだね。行き止まり…?」
テニスコート二面分ぐらいの長方形の無機質な部屋で袋小路で奥に進む通路は無い。
「ここが目的地だよ。…うん、時間はまだ少しあるかな?」
「入口はひとつだね。ここで迎え撃つ感じですか?」
「そう、でもその前にニヤ、アンタのそのソード・ケースちょっと貸してごらん、大事に抱えてるけど使う気あるんでしょう?」
「あるけど、何で?」
ケースを受け取ると、銀子は床にケースを置く。
「このケースはさ…こう使うんだよ」
サイドのボタンを押すと、ガコンと金属製のケースの両脇が上下に開閉し交互に収納してある剣の柄が左右に姿を現す。
「んで、このバックルを伸ばして…腰に巻けば…」
銀子が目の前で中腰になり、抱きつくように腰に手を回し、変形したソードケースを腰に装着させてくれた。
アリスとも安綱とも違う。
大人の女性の香りがした。
「今、ドキッとしたでしょう?」
内心を見透かしたかの様な上目遣いで、銀子が顔を覗いてくる。
「しっ…してないって!」
反射的に目を逸らす。
「なーんだ、残念」
そう言って、すっと離れる。
「ほら、ボーッとしてないで、抜刀してごらん」
そう言われて、はじめてこのケースが装着型の鞘だった事を理解する。
「あぁ、コレ!鞘だったんだ!」
柄を逆手で握り左右に抜刀する。遺伝子認証でエッジを覆っているカバーが収納され、真紅の刃が姿を表す。
「ふん、いいじゃない。さぁ、それじゃ始めようじゃないか!」
二刀を構えたタイミングで、頭上でガタンゴトンと金属が擦れる音と巨大なモーター音が室内に響き渡る。
「えぇー!このタイミングっすか!」
剣を構えただけで、なんの心構えもしてなかった。
ガコンガコンと音を立てながら、天井が左右に開き、ハンガーに吊るされた殺人兵器が天井から姿を現した。
ガコンッ!
プシュー
薄暗い部屋に着地した黒い機体が、ランプを複数点滅させながらゆっくりと起動する。
高さ2メートル程の金属製のマシン。昆虫の様な4本足に上半身は人型で腕が4本、頭部はセンサーとカメラの様なレンズが複数付いていた。
「こいつが《新人殺し(ルーキー・キラー)》?」
本体が着地した後。
ドスドスドスと天井から剣や槍に斧といった複数の武器が落ちてきて床に刺ささっていく。
「ボーッとしない!来るよ!」
新人殺しは4本の腕でランダムに落下してきた武器をそれぞれの手で掴み、猛スピードで接近して上半身をねじる。
弾かれたバネのように捻った上半身が戻り、右腕二刀が猛スピードで振り下ろされる。
「おわっ!」
眼帯で見えない死角からの攻撃を、風切り音を頼りに両手の紅いグラディウスで受け止める。
そして更にその剣撃を横にいなして後方に飛び下がって距離を取る。
両腕と両手首が衝撃でガクガクと痺れる。
「コイツ強えーじゃん!」
今の自分じゃ、相手になんないって!
「ニヤー甘えんなって!ギリギリまで観ててやるから、まずは防御に徹する!OK?」
「OKっす!まずは防御!防御ぉ!」
新人殺しは4本の腕を巧みに使い、連続で撃ち込み続けてくる。
「おっ!おわっ!えぇっ!うわっと!」
四連撃の全ての武器の軌道とタイミングが違う。
出どころは一緒なのに、攻撃の強さや速さ重さ全てが違う。
捌くだけで精一杯だ!
「いや…なっ、なんなんす?!コイツの動き変ですぅぅって!」
踏み込みも打ち下ろしのスピードも腕によって違う。
タイミングが読み辛い。
「コイツの剣技に付き合う事はないよ!可能なら右目でも左目でも使って対処しなさい!」
「瞳を使えって?それが出来ないから困ってるんだってー」
実は最初から、神眼の方を使おうとしていたのだが、これがまったく発動しない。
手足を動かすぐらい当たり前に使えていたギフトの能力が封じられたまま、ただ剣で剣を受ける時間が続いた。
1分?
3分?
5分?
手足は痺れ、身体や顔に切り傷が増えていく。
汗なのか血なのかわからないけど、身体がベタベタだ。
何も出来ないまま、力尽きそうになった瞬間だった。
《新人殺し》に脳天をカチ割られそうになったその時、赤色光を放つ光剣が相手の攻撃を受け止める。
「ダメダメだね、減点-50点な」
はい、交代。そう言って銀子は代わりに《新人殺し》の前に立つ。
「コイツの攻撃がバラバラだって気がついたのは、まぁ加点しても良いけど、正解じゃないのは分かるかい?」
敵の攻撃を全く見ないで、尻尾の光剣2本だけで攻撃全てを捌く。
視線はへたり込んだ自分に向けられている。
「はい……なんか、まるで実力が違う四人を相手にしてる様でした」
「へぇ、そこまでわかったかい?……でもまだ半分だよ!」
銀子はそう言うと、両手に更に二刀の光剣を構え、高速で四撃を同時に《新人殺し》の4本の腕に攻撃を当てる。
パキンッ!!
光剣の攻撃を弾く装甲。装甲の表面に少し傷が入っただけだった。
「銀子さん!フォトン・ソードで焼き切れないじゃないですか!」
「あぁ、コイツ特殊な装甲に守られているから、光剣の攻撃は効かないんだな。実刀じゃないと壊すのは難しいんじゃないかなぁ」
「かなぁ…じゃないって!銀子さん光剣しか持ってないじゃん?どうしてたの今まで?」
「ん〜、ここの床にいっぱい刺さってんじゃん、それに私の能力は剣技だけじゃないし、問題ないっしょ」
再び敵の攻撃を交わしつつ、四連撃を《新人殺し》の腕に叩き込む。
鈍い金属音が響き、装備していた4本の剣や槍を全て落とす《新人殺し》。
「おおー、全部の武器を弾き落とした!」
銀子の舞の様な攻撃に、思わず感嘆の声をあげる。
「感心してる暇は無いよ!ホラ、交代!」
銀子は息を切らす事なく壁際まで下がると、コッチの背中を押して場所を入れ替える。
無手の《新人殺し》の正面に立つ。
この2本のグラディウスなら、コイツのパーツを切断出来る筈だ!
全速力で踏み込む。
跳躍。
二刀流の構えで全体重を乗せた一撃を《新人殺し》の両腕に振り下ろす。
その刹那…。
顔の横を掠める様に赤い光線が高速で通り過ぎる。
ギチッ。
それを受け取った《新人殺し》はその光剣で、渾身のグラディウス二刀の斬撃を受け止めた。
「はっ?何やってんすか?銀子さん!」
「レベルアップだ!気を抜いた瞬間に死ぬよ!」
銀子に抗議の視線を向けた瞬間…サイドから赤い光線が高速で迫る。
「はっ!?」
速い!…速過ぎるって!
「あがっ!」
防御がかろうじて間に合ったが空中で受けた為、そのまま壁に激突する。
視線は外さない。
空気感でわかる。コレはかなりヤバイ。
間髪入れずに立ち上がる。
目の前の巨大な兵器は赤い光剣を二刀携えたまま、カシャカシャと無機質な音を立てながら変形していく。
そして四つ足から人型シルエットにその姿を完全に変形して見せた。
シルエットがその…女性の…剣士へと変形していく。
「コレ……銀子さん?」
光剣を構えるその仕草や雰囲気が、機械のそれでは無い。まるで息遣いすら感じる、異質な存在感を放つ機械人形が目の前に立っていた。
「ははは、わかってんじゃんほら!来るよ!」
構えから斬撃を繰り出す所作が、さっき見た舞の様な銀子の技そのものが目の前で完コピされた。
「うぉぉぉぉ!」
初見だったら絶対死んでたであろう斬撃を、紙一重ギリギリで避ける。
「おおー!よく避けたねぇ、エラいエラい!」
入れ違いで、人型へ変形した《新人殺し》と対峙する銀子。
その表情はさっきよりも真剣味を帯びていた。
「コイツ一体なんなんすか?今のは完全に銀子さんのコピーじゃん!死ぬかと思った!」
「それなー!実はコイツにはもう一つ名前があってね。《記憶再生》って私が命名したんだけど、装備した武器の持ち主の癖や技をコピーするギフト持ちのガーディアンなのだよ!」
もう目で追えないほどの攻防を繰り広げながら、銀子は得意げに叫ぶ。
赤い光線同士がぶつかり合う、独特な風切り音が室内に響き渡る。
「サイコメトリーって言葉知ってる?無機質な物体に宿る記憶を読み取る能力なんだけどさ、コイツの場合、武器の持ち主の技を読み取って再現するんだ!面白いだろ?」
「面白くないっす!それに、なっ……なんで機械なのにギフト持ってるの?おかしいよ!」
機械でAIなのにギフト持ち?サイコメトリー?
って事は、今は銀子さんの剣技を持つガーディアンと銀子さん本人が戦っている…って事?
「コイツは私専用の訓練機って事さ!今の自分を超えない限り倒せない相手!いいだろう?思わず興奮するだろ!」
イヤイヤ、万が一でも負けちゃったら…銀子さんの剣技を持ったガーディアンがフロア跨いで…エボに登ってくるステアーズを無差別に攻撃するって事でしょ?
フロア2や1にまで降りてきたら大惨事じゃないか!?
「私が取り逃したら大惨事になるとか思ってるだろ?そーだぜ!だからギリギリ興奮するんじゃねぇーか!キシシシシ!」
この人、嬉々としながら恐ろしいこと言い出したぞ…。
嗚呼、なんかよく知ってる銀子さんに戻ったって感じだ。戦闘狂ってヤツ。
すごく嫌な予感しかしない。
その予感は光剣が放つ熱気で頬を伝う汗が床に落ちた瞬間、確信へと変わった。
疾風の如く、突然目の前に現れた銀子さんは、狂気の笑みで俺の両手に手刀を放つ。
「あがっ!」
「チョイと借りるよっ!」
痛みの瞬間、両手から真紅の双剣をもぎ取って奪っていく。
「…痛って!ちょっ!アンタ…何考えてんだ!」
「ぎゃはははは!初めからコレが狙いだったんだぁ!」
奪ったばかりの双剣を、何を考えてるのか新人殺しに投げつける。
女性型に変形した新人殺しは慌てることなく、飛来した双剣を上半身で避け二刀の柄を器用に掴む。
次の瞬間、銀子の意図した事を理解した。
「ふざけんなって!俺を騙したな!」
「キシシシシ、キツネってのは人を騙すものさ」
新人殺しは手にした武器を品定めする様に、しばらく静止すると。
持っていた光剣を捨て、グラディウスの双剣を構える。
僕の悪い予感が形となって眼前に現れてる。
「ぎゃはははは!さぁ、お出ましだよ!お楽しみの時間の始まりだ!」
カシャカシャと変形していく様子を見守りながら、銀子は手持ちの光剣を全て構え、舌舐めずりしながら時を伺う。
この変形している時間。おそらくギフトで武器の持ち主のデータを読み取っている間に攻撃しなくちゃいけないとわかってるのに、恐怖で身動きできない。
「ハァハァ、私とミカド…どっちが強いんだろうね?想像しただけ、濡れちゃいそうだよ」
目の前の真紅の双剣を構えた機械人形は、かつてアリーナでチャンピオンだった頃のミカドそのものを模した姿に変貌する。
「嗚呼、嫌な予感しかしない」
王者のオーラすら纏った新人殺しは、品定めするように首を傾げセンサーの赤いランプを点滅させた。
眼帯に覆われた左眼が疼く。
眼前に現れたのは、こないだ会ったガキんちょのミカドではなく、全盛期の大人の赤星帝の姿そのモノだったのだ。
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