天満の選択
「ここからが男だけの話なんだけど、」
そういうと、ニヤは俺の耳に口を寄せて、とんでもないことを吹き込んできた!
「っ!!」
反射的にニヤの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
巨躯の狼男の鋭利な爪が突き刺さり、ニヤの制服のシャツに大穴を空ける。
「あぁーあ、今日下ろしたばかりのシャツなのに・・・って、なに言ってやがる!?って顔だね」
穴の開いたシャツを気にしながら、狼の顔でもわかるよと呟く。
イライラして思わず、ガルルルゥと喉奥が鳴る。
まったくその通りだ!この状況で言うレベルの冗談ではない。
悪ふざけしてる場合じゃないのは、こいつもわかっているだろうに。
「冗談で言ってるんじゃないよ、確信があるから言ってるんだ」
牙が怖いよと言いながら、ニヤは胸ぐらを掴まれたまま横を向いて安綱を見つめる。
「あともう一つ、天満が安綱に打ち込もうとしてる技、あれ頭に決まったら安綱死んじゃうからね」
「っ!?」
はぁ?、虚心合掌を決めたら安綱が死ぬ!?
なぜ?
キム・ヨンアのウラガエリも元に戻せたじゃないか!?
その後、氷漬けのヴォルフにだって!
「まず、パッシブ型のキツネの獣人の銀子さんはライカンスロープじゃないよね?」
その通り、銀子たちフォックスはキツネの獣人だ、九尾と四尾はおそらく天狐だろう。
「じゃあ、安綱は?……ライカンスロープじゃないよね!?雷を纏った麒麟の獣人なんだよ!」
ふぅ、と一息ついてニヤは続ける。
こいつの真剣な表情を見て、俺のざわついた心も落ち着きを取り戻したが、同時に嫌な予感で胸がいっぱいだ。
「銀子さんは頭部からの雷撃で心肺停止したり、斬られたり、刺されたりしたら致命傷も負うんだ!九尾の狐でもね!」
確かに、獣人の銀子さんの再生能力はライカンスロープのそれとは比べものにならない。
今日何度もエリクサーで治療しているシーンを目の当たりにしてきた。
「当然、霊獣麒麟の獣人の安綱も攻撃が通れば、負傷するし死ぬんだよ」
真剣な表情のまま、声のトーンだけが下がる。
「僕らはさ、立て続けに成功例を見たおかげで、先生の口車にまんまと乗せられたんだ」
獣界門前に移動したシャオロンを見つめる。
虚心合掌が決まれば、安綱が元に戻ると――――――――そう、俺は思い込んでいた。
いや、この場合、思わされてたのか。
「大人たちのミッションは、裏返って暴走した生徒が獣界門からシティーに転送させない事なんだよね。でも、僕らのミッションは安綱を無事に連れて帰る!だよ、ここ重要だから!」
コイツが言うことも一理ある。
だが、最終的に俺の選択一つで全て決まるわけだろ?
「僕の計画は最悪失敗したとしても、天満が安綱かアリスに半殺しに合うぐらいで、死人は出ない・・・だから、よく考えて、僕が必ず隙は作るからさ」
アリスが聞いたら絶対に反対するから、ワザと向こうに行かせたなコイツ。
「はぁー」
思わず天を仰ぐ。
ニヤの言いたい事は理解した。
そして、頭を切り替える。
失敗したところで死人は出ないんだ、なら、試す価値はある。
後はどうやって、あのバケモンに決めるか?・・・。
「覚悟は決まったみたいだね、んじゃ、はじめるよ」
そう言ったニヤは陸上の高跳選手の様に、2度その場でジャンプした後、勢いをつけて猛スピードで走り、安綱の真正面に立った。
さすがSSランカーというか、そういう駆け引きに長けているというか、銀子さんは変な我を通す様な事はせずに、策があるならやってみろと言わんばかりに立ち位置をニヤに譲ってバックステップして後方に距離を取った。
高みの見物を決め込む様子に、ニヤの動向を伺う。
「いいんだね!?いくよ!」
ニヤは俺の方を振り向き、大声で確認する。
環さんはニヤと銀子さんが入れ替わったのを合図に、柏手をパンと打ち胸元で素早く印を結び式札を投げる。
「鬼神招来!」
獣界門の鳥居とは反対方向に、二メートル程の鬼が一体召喚される。
ニヤと対峙していた安綱は召喚された「鬼」の気配に吸い寄せられる様に、攻撃対象を鬼へシフトする。
「隙あり!」
鬼へ向かってダッシュしようとした刹那。
一瞬の隙を狙って、安綱の頭部に飛び回し蹴りを放つ。
蹴られた勢いそのままに安綱は舞台横の壁に激突する。――――――――が、両手の刀を手放すことなく、すくっと立ち上がる。
今の攻撃でノーダメージかよ!なんつー頑丈な身体なんだよ!
さっきニヤが言った、安綱が死ぬって話が嘘に思えるぜ。
ニヤは立ち上がった瞬間を狙って足払いを放ち、再び転倒させる。
そして反射的に支えに出した刀を握ったままの右手を、ニヤが狙いすましてローキックで払う。
起き上がる為に支えにしていた右手を払われて、顔面から地面に叩きつけられる安綱。
ニヤのヤツ、本気も本気じゃないか!?
その証拠に安綱を見下ろすニヤの瞳はギフト200×(Two Hundred times) が発動し、クロスが煌々と蒼い光を放っている。
再び立ちあがろうとして、またニヤに蹴られて腕の支えを無くした安綱は、ぐえっと蛙のようなうめき声をあげて頭から瓦礫にうっ伏した。
その後頭部をニヤがつかさず思い切り踏みつけ、安綱の顔面は地面にめり込む。
その踏みつけてる足を狙って、刀を握った右手が高速で振り上がる。
「おっと!」
ニヤは足を上げて斬撃をかわした。
ニヤの頭上に電気の渦がバチバチと音を立てて集結。
コンマ何秒のタイムラグの後、轟音と共に自身を巻き込む形でニヤに雷撃が炸裂する。
ニヤは砂煙立ちのぼる中、なんとかサイドにジャンプして雷撃を避ける。
アレを避けるのかよ?銀子さん並みの反射能力だ。
ニヤが避けた落雷の衝撃で、安綱は体を浮かし立ち上がる。
なるほど、あの雷はニヤを攻撃するためでなく、自らを雷撃に晒してその落雷の衝撃を利用して立ちあがる為だったのか!?
立ち上がった安綱はニヤに反撃することなく、踵を返して獣界門とは反対側、環さんが召喚した鬼に向かって突進していく。
鬼に対する執着が異常すぎるぞ!安綱!
ニヤが目で合図してダッシュする。
それに合わせて俺も上体を低くして、四つ足で加速する。
この一連の流れで、《鬼切の渡辺》の血がそうさせるのか?
執拗に俺ばかりを狙って攻撃して来ていた安綱にとって攻撃対象の優先度が俺よりも、鬼の方が高い事が証明された。
最優先攻撃対象は《鬼》で、次に「俺」、そしてそれを邪魔する者って順番だ。
友人枠もニヤとアリスは、邪魔しようが攻撃しようが、嫌がらせしようがどうやら攻撃対象にはならないらしい。
俺的には複雑な気分だ。
だが、ニヤは隙を作ると言った。
その言葉を信じて地を蹴る。
安綱のやろうとしている事が決まっているなら、それに合わせるだけだ!
鬼の形相で猪突猛進に突っ込んでくる存在に気が付いた《鬼》は、巨大な上腕を振り上げ迎撃態勢を整える。
そして間合いに入った安綱に対して右腕を振り下ろす。
安綱は床石が砕きながら打ち下ろされた右腕を中心に回り込んで一閃する。
血しぶきがらせん状に噴き上がり、見事に鬼の腕が剥いたリンゴの皮の様にスライスされる。
「ウガァァァッ!」
腕の傷を押え、痛みにうめく鬼は天を仰ぐ。
安綱は居合の構えで鬼の前に立ち、がら空きになった巨木の幹のような胴体を左手の一刀で一閃する。
鬼の身体が上下に両断された――――――――今だっ! 俺の狙いは打ち終わりの一瞬、次の攻撃に移る為のクールタイムだ。
突然鬼の背後から現れた狼男に反応できない安綱。
俺は溜めに溜めた右腕の波動を安綱にぶち込む。
狙いは刀を握った左手だ。
技の名は《波動掌》
手の骨が粉砕するほどの衝撃波が炸裂。
ビキィィィィィィッン!
波動の衝撃で安綱の手から弾け飛んだ刀身が共鳴しながら外壁に刺さる。
安綱は二刀流だ。
俺は続けざまに波動を溜めた左腕で、もう一刀を持った手を狙う――――――――が、安綱の立て直しの方が速い!
カウンターで俺の左腕をすくい上げる様に姿勢を低くしての居合の構え。
シャンと切っ先が跳ね上がった刹那。
俺と安綱の間に突然黒い影が現れる。
「させないよっ!」
両手を広げたニヤが瞬間移動して現れたのだ。
無防備で現れたニヤの顔面ギリギリで斬撃が止まる。
さすが、友人枠。
俺はニヤの背後から回り、攻撃の止まった安綱の手に再び《波動掌》を打ち込む。
打たれた右腕が跳ね上がり、刀身が超振動でキーンと耳を劈くような共鳴を響かせるが、その手に刀は握られたままだ。
「天満ぁ!」
ニヤが叫ぶ。
ニヤを避けるように高速で安綱が踏み込む。
浅い!――――――――クソったれ!もってけバカヤロー!
今度は隙だらけの俺の打ち終わりを狙って、安綱の袈裟切りが俺の左腕が肘から切断する。そして煌めく返す刀で俺の首を薙ぐ――――――――
「ダメェェェェッ!」
アリスが足裏からジェット噴射で跳躍して、身を挺して安綱の眼前に飛び出す。
案の定アリスを視認して、攻撃の途中で固まった安綱は、視線だけで俺の動きを追う。
二人が身を挺して作ってくれたチャンスだ。
覚悟を決めろ、俺!
両手を広げて盾になっているアリスの横を、上半身裸の人の姿に戻った俺はスタスタと歩み。
「はぁ?天満っ!なんで変身解いてるのよ!?」
アリスの声を聞き流し、俺はフリーズしたままの安綱の首に右腕を回し、ぐっと華奢な身体を引き寄せ、その赤く艶やかな唇に自分の唇を押し付けた。
「「「「なっ・・・・!」」」」
俺の奇行に、この場を見届けていた全員が絶句する中。
「わおっ!」
ニヤだけが歓喜の声を上げて秘策の成功を喜んだ。
「・・・・・・・・・」
が、安綱は元に戻ってない。
固まったままだが、安綱の刀を持った右手に力が戻る。
ニヤのヤツ!何が安綱は天満にメロメロだから、キスしたら元に戻るとか自信満々で吹き込んでくれてんだ!何が姫の呪いを解くのは古今東西、王子さまキスって決まってるって!!?
俺は王子さまでもなければ、安綱も姫じゃねぇって。
完全に万事休すだ。
打つ手なし、波動も使い切って、おまけに左腕も無い。
痛ぇし、変身解いてるから血も止まらない。
再び安綱の斬撃か雷に襲われる前に、俺は最後の悪あがきをする。
――――――――ええい、ままよ。
重ねた唇を開き、安綱の口腔内に舌を入れる。
くちゅ
舌に舌を絡ませてやった。
安綱とのキスは血の味がした。
久しぶりの投稿ですが、読んでくださってありがとうございます。続きが気になった方はブックマーク、広告の下の☆☆☆☆☆から応援していただければ励みになりますので、よろしくお願いします。




