回想 渡辺安綱の理由
第三席の私の順番は最後なので、獣界門の前で並ぶ生徒の列の最後尾でずっと待たされていた。
退屈で周りの景色を見飽きた頃、突如前方で悲鳴と歓声が同時に上がった。
何事か?と慌てざわめく生徒たちを掻き分けて、私は門の前の舞台が見える位置まで来ると、視界に飛び込んできたのは体長2メートル以上のワータイガーの大立ち回りだった。
「誰だ!? スゲー!SSランク相手にまったく引けを取らないパワーとスピードだ!」
ワータイガーの圧倒的な強さに、前列で興奮している生徒たちは声を荒立ててながら羨望の眼差しでワータイガーを見守る一方、自分も同じようにウラガエリを起こすのではないかと顔色を悪くしながら俯く者も多く存在した。
確かにフォックスの面々にナインを相手に一歩も引かないのは凄いけど、アレじゃあ戦い方が獣と同じだ。
理性もなく、駆け引きも間も呼吸も感じない。
「あんなのダメだ…戦闘中に理性を無くすのは最も愚かだ」
私も力が欲しい。
あんな野蛮なモノではなく、より強く洗礼されたのがいい。
アリスやニヤ、あと天満より速く強い存在に、私はなりたい。
なんて考えてたら、バカ天満が制服を脱ぎはじめていた。
「なんで!!脱いでんのよ!!あいつ」
上半身裸のバカ天満はアリスとニヤと何か相談して、合図した後三人は散開する。
何?あの暴れタイガーを止めるつもり?
「なにさ…私抜きで、楽しそうなことしないでよね」
思わず右腰に手を当てたが、帯刀してないことに気が付く。
ぶら下がってたのはグラムから貰ったフォトンソードのロッドがあるだけ、これじゃ戦えない…あの二刀が無いと私は戦えないから…。
舞台で立ち回ってる三人を見て、あそこに居ない自分にイライラする。
まだ、十階層。
私が目指してるのは更に十階層上の地獄門・・・。
そこで戦える力と化け物二体を従える力を手に入れる…じゃないと始まらないのた。
「私の渡辺家の当主としての誓いと挑戦が・・始まらないのだ」
改めて、ここに居る理由になった出来事を私は思い出した。
室町時代より関西を拠点に鬼切専門集団として、全国に名を轟かしてきた「渡辺舎」の末娘であり、渡辺家の家宝である二振りの霊刀の継承者として選ばれたのが、十五歳の小娘の私だった。
「いかに刀に選ばれようとも、鬼を斬れぬ渡辺に家督は継がせるわけにはいかん」
京都にある宗家の屋敷、日本庭園庭の一角に打ち付けられた柱に縛られた小鬼を「斬れ!」と先代の爺様に命じられた。
でも、私は小鬼を切らなかった。
エボでは、ゴブリンと呼ばれる囚われの小鬼は体を震わせながら、怯えた表情で私を見上げていた。
「爺様、この子鬼が何をしたの?」
その問いに、フンと鼻で笑った爺様。
「鬼を切るのに理由がいるか?お主が渡辺で在る以外なにがいると言うのだ?」
渡辺の姓の人間は問答無用で鬼を斬れと、このジジイは言う。
「この鬼を切らなければ継げない家督なら、私は継がないわ…別に家督にこだわりはないもの、どこか適当にお嫁行く」
腰に刺した2本の刀を鞘ごと引き抜き、芝の上に寝かせる。
「安綱ぁ!キサマ」
私の言葉を聞いて、爺様の顔色が見る見る真っ赤になっていく。
「言っとくけど、私から家督を継ぎたいなんて一言も言ってないから!勝手に選んだのはそっちだし!」
私は爺様に背を向け、母屋に向かって歩き出す。
「戯言を!お主の父を殺した鬼を憎くないのか?お主以外誰が渡辺を継ぐのだ!」
怒り心頭で私の背後で怒鳴り散らす。
継がせないってさっき言ったばかりじゃん。
弟子の誰かか継げば良いんだよ、そんなの。
「父様に鬼退治させてたのは爺様でしょう? 普通の仕事に就いていたらあんな死に方しなかったはずよ」
父様は剣の腕が立ったけど、性格はとても穏やかな人で《鬼切り》に向いているとはお世辞にも言えない人柄だった。
普通の勤め人になりたいと、仕事から戻る度ボヤいていたの憶えている。
家族で普通に暮らしたかったのだ。
「あのね、渡辺の姓に父様は殺されたのよ」
振り返り、家督に縛られている爺様を睨みつける。
今度は私にそれをさせようとこの人はしてる…。
私は普通の女子高生になれるのなら、そうしたい。
「誰かがやるのではない!鬼を切るのが渡辺の使命なのだ!!」
古より、この国には鬼や妖怪は存在した。
エボが地球に降り立つずっと前からね。
それで私の祖先や、その同業者たちは世界の舞台裏でこうしたモノたちを表社会に出てこないように抹殺してきた。
その徹底した仕事のおかげで、エボが降り立つまで、鬼や妖怪の類は迷信となって人々の記憶からすっかり消えてしまってた。
そりゃあ、きれいさっぱりね。
子供の頃からこの稼業を継ぐ為、父様と爺様に剣術修行をはじめ、現代社会でいつ必要なのかわからない技や術を、命懸けで叩きこまれて育った。
身体を鍛えるのも父様と剣術修行も嫌いではなかったのだけど、
だだ、鬼切稼業については懐疑的だった。
「人に悪さする鬼も爺様たちが狩り尽しちゃったじゃない、もう鬼切稼業も廃業すればいちのさ、もうそんな時代じゃないんだよ爺様」
「お前は何もわかっとらん!そんな簡単な問題じゃないんだ、安綱よ」
突然、爺様の気配が私の横に現れる。
「ちょっと、いきなり現れないでよ!すっごいびっくりしたんだけど」
爺様の動き…全然見えなかった、この妖怪ジジイめ。
「まだまだ未熟よな、安綱よ」
爺様はいつの間にか拾い上げた二刀の内、一刀を抜刀し、そのまま小鬼の首目掛けて突進して、切っ先を首に突き刺した。
鬼は「グエッ」と蛙がつぶれた様な断末魔を上げて死んだ。
「爺様、何も殺さなくたって!?」
口から血の泡吹いてるし、キモイし、誰が掃除するのこれ。
「殺さなくてはならないのだ・・・見てみろ」
爺様は鬼の血が滴る刀の柄を私に見せると…。
「ギャハァァァァァァ!血だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
刀の鍔に口が浮きあがり、突然叫びだした。
「ウラァァァァァ!髭ぇぇぇぇ!!テメェだけ啜ってんじゃねーぞ」
爺様の腰に刺したままの、もう一本の刀も騒ぎ出す。
「きゃっ!なっ何?コレ!!刀が喋ってる!!?」
爺様は腰から引き抜き、その刀を投げて寄越す。
慌てて受け取るも、その奇妙な現象に理解が追いつかない。
「マジ、キモイんだけど…爺様、私、コレいらないや」
「安綱、キサマなんて罰当たりな事を!」
「そうだぞ小娘!罰当たりだ!」
霊刀「髭切・膝切」は平安時代より、源氏縁の二尺七寸の太刀で、ご先祖様が鬼や蜘蛛の妖怪を退治したという由緒ある渡辺家の家宝なのだ。
代々家督を継ぐ者が継承の証に所有する物なのだけど、正直、喋るとは思いもしなかった。
驚くというより、ちょっと引いた。
「気持ちワル」
唾を飛ばしながら喋る刀から思わず顔を背ける。
「付喪神、神懸る名刀というヤツだ。かつてご先祖様に鬼退治の際に力を貸す代わりに、一族を挙げて二刀を祀り、千体の鬼の血を吸わせる盟約を交わしたと云われておる」
「ギャハハハ、一刀で千体な」
「ガハハハッ、合わせて二千のォォォォォ鬼の血ィィィィィィ」
爺様は髭切の刀身を着物の羽織の袖で拭う。その間も鍔に浮き出た口は軽快に喋ってる。
「二千体の鬼退治って…あと何体残ってるの?」
「ギャハ、俺は後二百と二十だ」
「ガハハ、ワシは百と九十八よ」
自動カウント機能付きって…。
「あと400体以上……。そんなのあと何年掛かると思ってるのよ…」
「四百と十八体じゃ!」
細かい!
「ソレはカウントされてるんでしょうね?」
爺様が殺した小鬼を指す。
「もちろんじゃ、抜かりなく計算しておる」
私いま普通に刀と喋ってるんだけど、コレは立派な怪奇現象だよね?心霊体験?
「ちょっと待って!なんでご先祖様は大昔にたかだか一体や二体の鬼退治に力を借りるのに、二千体の鬼の命の請求を飲むかなぁ?馬鹿なの?しかも口約束でしょ?」
自分の代で完済するつもり毛頭ないじゃん。
子孫に丸投げかよ!
「ガハハ、盟約は盟約だ」
「ギャハ、そうだ反故にはさせんぞ」
「知らないわよ、その盟約破棄するわ、こんなの馬鹿げてる」
私たちが千年以上前の盟約に従う理由は無い、そんなものとっくに時効でしょう。
「ほう、反故にするわけだな!!」
「盟約違反は一族抹殺だ!!」
その言葉と共に、爺様の手の「髭切」から赤い霧が吹きだし、私が握った「膝切」からは真っ黒の煙が噴き出す。
あたりの空気が変わり、晴天だった天気が陰り暗雲が立ち込める。
「もうっ!!今度はナニよ!!」
「待たれよっ!!安綱はまだ家督を継いではおりません!渡辺の総意ではございませぬ!!」
爺様は慌てて刀に土下座して「髭切」のご機嫌を伺う。
「そこまでする!!?」
「一族抹殺とは、世界中の全ての渡辺の死ぞ!!」
渡辺姓全員なんだ…。
「ギャハッ!!我らのおかげで渡辺も繁栄したの、今や百八万人を超えておるな」
そっちも自動カウントなんだ。
「百八万人もどうやって抹殺するのよ?」
「血じゃ、ご先祖は二刀と血の盟約を結び、鬼すら屠る身体能力を手に入れた!その代わりに、その肉体に呪いの楔を打ち込まれ、その呪いの楔は子孫へ現在に至るまで続いている」
はぁ、ご先祖様いい加減にしてよ!
「そんなバカバカしい、百八万人だよ、あり得ないよ!!」
刀が喋る。
そんなあり得ない事を目の当たりにして、私は何を言っているのだろう?
「ガハァー、ならばホレ、証明してやろう」
私が握っている膝切から糸状の煙が左胸にまとわりついた瞬間、心臓に激痛が走った。
「ウグッ・・・ガッ」
ウソ、何この痛み!!痛い痛い痛い!!
何者かが私の心臓を鷲掴みにした様な圧迫感と激痛。
その場で倒れ込む。
呼吸ができない…。
「ギャハッ!!小娘、理解したか?」
髭切の言葉で胸の痛みが幻のように消えていく。
「ガハハー、二刀合わせて、大小合わせて千五百体以上の鬼を喰らった!我らの力理解したか小娘」
「ギャハ!!理解したら、新たな我らの傀儡となり、夜な夜な鬼を求め彷徨うがいい!!」
宣う膝切を私は抜き身のまま髭切の横、庭の玉砂利の上に寝かせる。
「…ざけんな、JKが刀刺して鬼退治? 厨二か?」
私は苛立ったまま、池の横に立ててあった庭石を抱えて持ち上げる。
「百八万人?人質に取ってるから…ナニ?私があんたらの言う事聞かなくちゃいけない理由にはならないわよ」
「安綱っ!お主何考えておる!?」
「この二刀を折ります!」
「ふざけんな!小娘!」
「キサマの心臓今すぐ止めてやろうか!?」
唾しぶきを飛ばしながら、慌てて罵倒し始める二刀。
「やったらいいじゃない?―――――――、たとえ殺されても、私は二度と鬼が切れないように、あんた達を叩き折ってあげるわ」
持ち上げた岩を支える腕がプルプル振るえてる。
今、心臓を止められても、倒れる前に岩を刀に叩きつける覚悟で言い切った。
「・・・・・・・」
「・・・・・」
「人質取るような卑怯者を祀るのも今日で終わり――――――――。さよなら、ナマクラ達」
「待て待て待てぇぇぇぇ!望みは何だ!?」
「俺たちはお前を主と認める!だから止めろぉぉ!」
「私の望みは、百八万人の人質の即時解放。あと血の盟約は改めて私個人と結ぶ事を要求します」
一応、市内の高校に進学が決まってたんだけどな…。
「残りの418体は私の代で終わらせてあげる」
持ち上げた岩を、刀のすぐ横に落とす。
ドスン
そして、冷や汗をかいている二刀を拾い上げ、鞘に戻し腰に戻した。
「ガハァー、良いぜ良いぜ小娘ぇ、その話乗ってやるぅ」
「ギャハハハ!人も鬼も切った事のない小娘がどうやって400体の鬼を探す? お前の祖父盛綱ですら16から鬼切を始めてて、今日の小鬼を含めてやっと50体だぞぉ!」
腰に戻った途端、態度デカい。
やっぱり叩き折ってやろうかな。
「はーぁ、あんた達何にも知らないのね?どれだけアナログなわけ?――――――――。あのね、今から二十年以上前に太平洋に宇宙から馬鹿みたいに大きい構造体が落ちてきたのよ」
通称エボと呼ばるそこの20階層に地獄門って呼ばれる門があって、その奥にわんさか鬼族が跋扈してるらしいのよ。
今時の女子中学生でもスタジオ・ステアーズは視聴してるのよ。
あそこに行けば、この盟約を終わらせる事が出来る。
「ギャハハハハハ、何だよそれ!?パラダイスかよ!」
「ガハァ、そりゃいい、さっさと早くいこうぜ!!」
おバカは能天気に喜んでるけど、物事には順序というものがあるのだ。
「爺様、至急入学願書を送って」
「願書ってどこに!!?」
よっぽど私が二刀を折ろうとしたことに肝を冷やした様子で、爺様は狼狽えながらオウム返しで聞き返した。
「進化学園、まずはあの塔を登るライセンスが必要よ」
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