フロア10 獣界門其の五 抗うという若さ
「シャオロンッ!あの子たち何か始めるみたいだよ!」
慌てた様子のサイボーグってのもおかしなもんだが…チーフの視線の先に、正座して脱いだ服を丁寧に畳んでいる上半身裸の天草天満の姿があった。
「ああ!? この忙しいのにあいつら何考えてやがんだ!?」
ここでの戦闘は、ウラガエリ現象を起こした生徒を無力化する為のものだ。
曲がりにも命を預かった生徒だから、一人一人を簡単に見殺しにはしたくない。
しかし、フォックスの三人は教育熱心な俺とは全く立場が違う理由でここに居るから、細心の注意が必要なんだ。
連中は裏返って暴走した生徒が、獣界門を潜りエボシティーに転送させないために召喚されているので、暴走した生徒が死のうが生きようが関係ないのだ。
戦闘を楽しめれば連中は満足な訳だが。生徒を殺させず無効化するのは正直めんどくさい。
全く、ため息が出る。
それにしても、メガネ天満が何か考えがあっての行動だろうな。
あいつは自分のギフトを理解している。
その辺の低ランクのステアーズよりも、自分のギフトってモノを熟知してるのは、やはり同系列のギフトを持った両親の存在だろう。
幼少期からステアーズになる為の英才教育を受けてきた上に、無類のステアーズ・フリークだ。
ただ、知り合いを助けたいだけの目先の正義感で動くタイプじゃない。
「シャオロン講師、いかがいたしましょうか?」
アイザックがミッションの方向性を求めて来た。
同時に猫柳二夜が動いた。
ワータイガーの黒いレーザーを掻い潜りパク・シフとリ・ミンソンに向かって何か叫んだ。
アイツ、なんて言ったんだ?
破砕音と爆風で聞き取れなかった。
「アイザック、猫柳二夜の声拾えたか!?」
「ギフトで彼女の動きを止めろ!と、天満が彼女を元に戻す!です!」
二夜に続きアリスも飛び出して来る。
背後では天草がワーウルフに変身する。
おいおい、アイツら本当に何やるつもりだ。
勝算があるからの行動だろ?何をどうやるんだ?
ウラガエリ現象で獣化した者は例外なくここでバラされ、各国のラボ行きで決定だ。
ウラガエリ現象から無事に生還して、ステアーズになったなんて話は聞いたことない。
アイツらが、ウラガエリ現象を元に戻す?そんな話を安易に信じていいものか?
だが、信じたい。
同じライカンスロープのギフト持ちの天草が、行動を起こした時点で方法はあるのだ!
「こうなったら連中に賭ける!!チーフ!フォックスをけん制しつつ天草たちをフォロー!」
もし救う方法があるのなら見せてくれ!
「ナインッ!了解!行動を開始します」
開始の合図はアリスの火炎攻撃だった。
執拗にワータイガーに攻撃を繰り返していたフォクスたちの眼前に、高さ五メートルの炎の壁が轟音と共に立ち上った。
たまらずフォックスの面々は火の壁から距離を取る。
「くっ!!アリス・リデル!お前何考えてる!うちらを燃やすつもりかっ!?」
減点どころじゃ済まさないわよ!と苛立ちを現してアリスを睨みつける。
「あら残念、燃えれば良かったのに」
優雅に所作で、いたずらに微笑むアリス。
「なんなら、ここでセレモニーの続きをしますか?ご自慢の赤ロッドすべて焼き溶かして見せますわよ」
アリスのヤツ明らかに挑発してるな…、なるほど、アリスはフォックスを引き付ける役割か?銀子もまだ若いよなぁ、あんな安い挑発に易々乗っちゃってさ。
S Sランクなんだからさぁ、普通わかるだろ突然乱入してきたらよぉ。
フォックスがアリスに注目してる隙に、猫柳二夜はスピードを生かしてワータイガーの注意を引く。
一撃離脱しながらを、ワータイガーの攻撃をうまい具合に自分に向けている。
なるほど、猫柳は揺動役って事だな。
それにしてもだ、猫柳二夜は打撃屋なのか?無手でナインのニョルニルのハンマー並みの攻撃をワータイガーの背中に打ち込んでは、高速のバックステップでワータイガーの攻撃域から離脱している。
ランカー並みの戦闘技術には舌を巻くぜ。
まぁ…、そりゃそうだ、今年から入ったギフト持ちは例年の生徒たちとは違う。
産まれた時からギフトを持ってる連中だ。
実戦経験が無いだけでギフト歴は俺と同じぐらいなわけで、同系列のギフトに精通している両親に、おそらく国のバックアップや専門の研究機関や、プロジェクトなんかが連中の成長に合わせて現在進行形で走ってる状態だろう。
国家機密ってヤツだ……。
「まったくよぉ、そんな連中と一般生徒と一緒にすんなや!」
毒づきながらもクックックと笑みがこみ上げてくる。
優れた才能に、若い連中の必死な顔を見てると、自分が慣れてしまっている事を再認識させられる。
何度もこの場所で、生徒の苦悶の表情と、絶望する仲間たちを見てきた。
毎年訪れるこの瞬間にさらされた心は、いつしか動かなくなっていた。
抗うことをいつの間にか忘れて、ただ毎年繰り返される恒例行事として、面倒を起こさないように留意し、余計な死傷者を出さないことに努め、約一割の救えなかった生徒は「運」が無かったと自他に言い聞かせてきたのではないか?
仕事の評価に立場、報酬に生活の安定性、保身に将来の保証や保険。
攻めてたつもりが、ガッチリ守りに入ってやんのな…。
まったく情けねぇ。
俺、年取ったなぁ。
まだ独身なのに涙が出そうだ。
連中を見てると、なんとかできるんじゃないかと期待しちまうだろう。年甲斐もなく、抗ってみようかと…さ。
「シャオロン、顔笑ってますよ」
戦術モニター越しに、チーフが俺の顔を見るや指摘してきやがる。
「バカ…泣いてんだよ…」
中腰で力を貯めていたワーウルフが、ワータイガーに向かって跳躍する。
それに合わせて、俺とチーフも炎の壁に囲まれたワータイガーに向かって走る。
炎の壁の内側では、パク・シフがサイコキネシスでワータイガーの四肢を縛ろうとしている。
が、パワー不足で完全に動きを止める事は出来ていない、動きを鈍らせるので手一杯というところだ。
リ・ミンソンは繰り出されるワータイガーの打撃を必死に花弁の盾で防いでいる。
二人とも、ギフトを得たばかりなのに、良くやっている。
二人にとってよほどキム・ヨンウの存在が大切なんだろう。
ギフトとは思いの強さや覚悟で、その性質は大きく変わってくるものなのだ。
そして、天草天満はワータイガーに取り付きたいが、抵抗が激しくまったく近づけない状態だ。
天満の野郎、まるで手足に枷でも付いているんじゃないかと言うぐらい、ワーウルフ本来のスピードやキレが一切ない。
「コラァァァァッ!!バカ天満ぁっ!ナニチンタラやってるのよっ!!」
渡辺安綱か?獣界門の向こう側から大声だしてんのは、あいつまで痺れ切らして、それこそおかしなギフト身に着けて参戦されたら面倒だ。
「おそらく天草がやろうとしていることは、一撃必殺的な何かだっ!しかも相手が止まってないと発動しないんだろう!――――――――、勘だけどな」
なら、あれだけじゃ足りないよな。
「僕らのワイヤーロープで動きを封じてみますっ!!」
ブースターで加速したチーフはナインのメンバーと連携してワイヤーを各自打ち込み、ワータイガーを中心に回転しながら、力任せに暴れる猛獣を縛り上げる。
「良し!いいぞ!」
動きが止まったのは、ほんのひと時で、すぐにナインのメンバーを引きずりながら、ワータイガーは執拗に二夜を追う。
「くっ!なんてパワーだ!」
パク・シフは両手を突き出したまま、苦しそうに片膝をつく。
「まだだっ!!おい!リ・ミンソンッ!花弁を開いてキム・ヨンウを縛れっ!それはそういうものだ!」
花の形を象った結界は数多く存在する。
赤い六つの花弁を持つ結界《曼珠沙華マンジュシャゲ》は、彼岸と地獄を隔つ結界花だ。
彼が成長すれば同時に五つ六つの花を咲かす事も可能になる。
ランカーにはそんな結界術師も存在するのだ。
「ひっ、開けぇぇぇぇー!!」
叫ぶリ・ミンソンの声に合わせて、六つの花弁がワータイガーを中心に開き、蕾に戻るように捻り締まる。
「グガァァァァァァァァァッ!!」
遂にワータイガーの動きが止まった。
飛び出そうとしたワーウルフをハンドサインで制して、俺が一足先にワータイガーの懐に滑り込み、腹に掌底を当てて、とびきりの雷撃を打ち込む。
ドンッ!!
「雷電ッ!!」
雷鳴が轟き、ワータイガーの全身が痙攣し運動神経を細胞から電撃で焼き切る。
ブスブスと口から煙を出しながら完全に停止。再生まで数十秒は稼げたはずだ。
「天草っ!!」
ワーウルフは跳躍して、自身より一回り大きいワータイガーの肩に飛び乗った。
そして肩の上で胡坐をかき強張った両手でタイガーの頭部を鷲掴みした。
バッチィィィィィィッン!!
鷲掴みにされた頭部が霞んで見えるほど、高速で振動する。
目、鼻、口、耳から鮮血を噴き出しワータイガーは完全に沈黙。
そして、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
ワータイガーの肩から飛び降りたワーウルフの姿は次第に人の姿へと戻っていく。
そして変身が終わる前に、舞台袖の綺麗に畳んである制服の上着を掴むとそれを羽織った。
「オマエ、まず着替えかよ?天草ぁ」
恥ずかしそうに慌てたズボンを履いてやがる。
「ワータイガー完全に沈黙!パターンブルーに移行」
アイザックが識別パターンを読み込みしてる最中、ワータイガーの受けた負傷箇所が急速なスピードで再生する。
「やっぱり、ライカンの再生能力ったら凄いわね」
アリスが感嘆の声で呟く。
「えっと……」
そして肉体が完全に修復を終えると、キム・ヨンウの意識が戻った。
「ウソォォォォォォォ!なんで私、虎になってるのよぉぉぉぉぉっ!!?」
獣人化したまま、自分の獣の手を見ながら叫ぶ。
「はぁぁぁ?なんで、オマエ!虎のまま喋ってんだよ!!」
つかさず突っ込む天満。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!なんであんた裸なのよぉぉぉ!!」
素肌にジャケットを羽織った姿の天草天満を見て、大袈裟にたじろぐ巨大な虎人間……。
ズボンはちゃんと履いてるんだから、騒ぐほどじゃないだろうに……。
「お前を助けるためにだっ!!って言うか、オマエどうやって喋ってるんだよ?教えろよ!」
「喋れるに決まってるじゃない!それよりも服着なさい!乳首見えてるのよ!変態」
「決まってねぇーから,聞いてんだろ!」
イライラしながら、羽織っていたジャケットを脱ぐ。
「アンタ馬鹿なの?何脱いでるのよ!」
あいつら、すれ違い漫才でもやってるのか?
上半身裸の天草に怯えるワータイガー。
それが見る見る身体が小さくなっていく。
「えっ!?ナニ?えぇぇぇ!!」
キム・ヨンウの身体が完全に人の姿に戻る前に、天草は手にしていた自分の制服のジャケットをキム・ヨンウに乱暴に被せる。
「な・・・なんで!!・・私・・裸なの?」
慌てて上着で胸を隠す。
「そりゃ、あんなデカい虎になったら制服破れるだろ、お仲間も目のやり場に困ってるぜ」
天満が視線を送った先で、パク・シフとリ・ミンソンが赤面しながらキム・ヨンウを見つめていた。
「ちょっと!!あんた達、何見てるのよ!!」
「違うんだヨンウ、俺たちはただ心配でっ!!」
キム・ヨンウにいきなり指摘された二人は慌てて、手で目を隠し視線を外に向けた。
「なっ!脱がなくちゃ、お前に上着貸せなかっただろ? ライカンの先輩として一言…変身前に服は脱いおいたほうがいいぞ」
「わかったから、あんたもいつまでも見てるんじゃないわよっ!!」
天満の視線から逃げるように背を向けるキム・ヨンウ。
「天満のスケベー!」
「変態ーそんなエッチな目見ないであけでー、彼女が可哀そうよ!」
ニヤとアリスにからかわれる天満。
こういう青臭いやり取りを見ていると、どこかに若かりし自分を忘れてきてしまったような疎外感を憶える。
かつて、俺にも肩を並べる仲間がいて、胸を焦がすような日々を送っていたことを遠く感じるよ、まったく。
「歳は取りたくねぇーな」
さて、大人は大人の役目を果たすとしよう。
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