きれいに笑える
「最初は相談を受けていただけなんだ。彼女が昔の恋人を忘れられなくて苦しんでいるって」
目の前にいる青年と少年の狭間にいる彼は、ひどく真剣な表情をしている。幼さの残る彼に眉間のしわは似合わない。
「・・・そう」
「涙をぽろぽろながす姿を見ていたら、どうしようもなくて」
「うん、うん」
「僕が護ってあげなくちゃって思ったんだ」
下を見ていた彼はゆっくりと私の瞳を伺う。懇願するような瞳を向けられては私にはどうもできない。
「じゃあ、別れようね、アラン君」
私が経営しているカフェの常連に彼は母親がいて、彼女に引きずられるようにして学生服の彼はやってきた。
最初は、縮こまっていたが、そのうち店の展示物や音楽について話をすることが多くなった。母親からのおみやげだなんていって、それこそ本当に毎日彼はうちの店にきた。
それほど時間はいらなかった、彼が告白してくるまでに。
彼が私を見つめる瞳には、一途な想いが込められており、そこに嘘はなかった。ここには彼の住んでいる学生というコミュニティにはないものがある。年頃の彼があこがれるものが、ここにはたくさんある。その中の一つに、私がいた。
「理想の大人の女性」
彼の言葉に頷いたのは、きれいな顔立ちの彼が気に入っていたのもあるけれど、純粋に彼といるのが楽しかった。それに、彼の望む理想を演じるのが嫌ではなかったからだ。
大人でずるい私は、好きなんて言葉言わなかったけれど、
彼はきちんと私のことを好きだと言葉にしてくれた。
それが、大人にあこがれる感情だと分かってはいたけれど。
その気持ちがいつか終わるなと予見していたのに、
心地よくてそのままにしていた。
恋の一つがあっけなく終わっても、私の日常はそう変わらない。
店の準備をして、営業して、片づける。
彼のお母さんが店に来ても笑顔で応対し、町で買い出し中に彼に出会ったとしても平然と話しかけた。何気なく振られる恋人についての話しも、うまく受け流してきた。
仕事が終わって、一息つく間もなく私は髪を切った。耳まで見えるほどに切りそろえれば、どこか軽すぎて落ち着かなかった。これまで、髪を伸ばしていたのは、彼の理想が髪の長い女性だったからだ。
鏡で見た私は、年相応の疲れた女だった。
店に戻り、片づけの続きを終わらせたら、すでに夜も更けていた。
すぐに帰ろうと思ったが、帰る気にもなれず、ぼんやりと店の庭から空を見上げる。
数年ぶりに買ったたばこに火をつける。
たばこはそれほど吸う訳ではないが、精神安定剤代わりに吸っていた。
もちろん、若い彼の前で吸おうだなんて思ったことはない。
苦みと一緒にたばこの香りが、体に染み着く。
あぁ、舌が鈍らなきゃ良いけど、なんて考えていれば、人の気配がした。
母親に都合でも頼まれたのだろうか、学校に残っていたのだろうか、私に知る由はないが、彼がひどく驚いた顔で立っていた。
その表情が、ひどく傷ついているようで、胸が痛む。
「僕は・・・貴方を傷つけてしまったのか」
優しくて、愚かね。
私は、これが最後になるだろうと思いながら、大人の笑顔を浮かべる。
「泣かないよ、大人だから」
彼は無意識だろう、私の方に手を伸ばす。
それを目の端で見ておきながら、私は店の中に入る。
子供の彼と大人の私では、もう元には戻れない。