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蒼穹のレグナ  作者: 俄雨
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シンボリック・ハイスクール

---

 

 

「一般的な高等教育の他に、ここでは軍務省が認可した特別な専門教育を受けることができます。専門教育とは特定の分野のために深く深化した教育を指し、今期からティエンさんが在籍することになる戦闘技能科は、能力者の社会進出を目的とした様々なカリキュラムが整備された特別な学科です。万物の頂点に立つ人類にとって強大な力の持ち主である能力者は危険で忌避すべき存在と(とら)えられていた過去があり、現在も被差別者としての立場を余儀なくされた人たちが、生まれながらにして社会的に低い地位に追いやられ、生活のために能力を駆使して非行や悪業に手を染めてしまう者も少なくありません。この星は能力者たちを保護するために造られた星だといっても過言ではないのかもしれませんね。知識や学問を実用的な職能に役立てることで、彼らの社会的地位の向上に一役買っているんですから」

「……うん……」

 そうだね、と。曖昧(あいまい)相槌(あいづち)を打つティエン。

「では、そろそろ本題に入りましょうか」

「え」

 前振りが長すぎて、なかなか手を伸ばすことできなかった昼食用のサンドイッチ。

 朝食を食べそこねたお腹が、次はないぞと警告音を鳴らしている。

 肩をすくめて赤面するティエンの姿は、リリアの目から見ても、ごく普通の平凡な少年に見えた。

 だから不思議だった。なぜ彼は戦闘技能科の制服を(こば)まなかったのだろう、と。

「先に昼食を済ませてしまった方が良さそうですね」

「あ……いや、やっぱり話が終わってからにしよう。それで、リリアがいう本題って、なに?」

 リリアは柔らかく微笑み、持参してきたノート型タブレットをメモリースティックと一緒にティエンに手渡した。

「ティエンさん」

 途端に表情を引き締めたリリアが、(せま)るように言う。

「落ち着いてきいてくださいね。戦闘技能科は選択科目である飛行訓練を最も履習すべき科目としているため、必須科目の学習進度が一般教養科と比べてとても早いんです。学力だけでなく体力も当然重要視されるため、ティエンさんには大変申し訳ないのですが、一学期分の座学の遅れと、ほぼ一年分の模擬飛行訓練の遅れを早急に取り戻していただく必要があります」

 

 閑散(かんさん)としたカフェテラスに、鳥の(さえず)りを模した電子音が「チチチ」と響き渡る。

 

「一年生からやり直させてください」

「ごめんなさい」

「鬼ッ!!」

 

 

 話は、それで終わった。

 

 

---

 

 

 どのぐらい呆けていたのか。気付けば、黄金色の空に藍色の闇が蹲る空の天井(スカイパネル)に、薄紫色の雲と桃色の雲がたゆたっていた。毎時風量と風向きが変化するよう調節された風が、温んだ空気と(あんず)の花弁を天高く巻き上げていく。

 大気科学を専攻する生徒たちが愛してやまない黄昏時の中で、ティエンは空に同化しそうな顔色で落ち込んでいた。

 ティエンにとって、懐かしいと思える空はひとつだけ。燃えるような『赤』が視界いっぱいに広がる夕焼け(・・・)だけだった。

(もう……なにがなんだか)

 時には恵みの雨さえ降る、この人工惑星(コロニー)の片隅で、ティエンはひとつだけ動きの遅い雲の欠片を、ぼんやりと眺めていた。

 

「ティエン」

 

 その背に、声を、かけられた。

 咄嗟(とっさ)に、振り返ることができなかった。

 久しぶりに、その声をきいたような気がする。

 いまさら、どんな顔をして会えばいいのか。

 何から話せばいいのか、自分でもよくわからないままティエンはゆっくりと振り返った。

 

「サジ」

 

 そこには柴色の髪をした少年───サジが、あからさまに眉間にしわを寄せて佇んでいた。

 真新しい戦闘技能科の制服を着ている自分と、相変わらず一般教養科の制服を着崩している友人。

 石畳調の遊歩道が、向かい合う二人の間に灰色の境界線を引いていた。

「おーまーえーはー」

 目には見えない垣根を、サジはいとも簡単に乗り越えてくる。

「うわっ!」

「無事なら無事だって、なんで自分で連絡よこさないんだよっ、このばかッ!!」

 肩を殴られ「心配」鳩尾(みぞおち)を狙われ「しただろーが!!」額を指で弾かれる。

「いたた………痛いよ、サジ」

「知るかっ!」

 (すね)を狙った容赦ない一蹴りを、ティエンはあえて避けなかった。

「こんな攻撃も避けられないで何が戦闘技能科だ! ふざけんなっ!」

 頭の上で寸止めされたサジの拳が、不意に震えて、そのまま、ゆっくり、ティエンの頭に押し当てられた。

 サジがティエンを見る。その視線を()(こう)から受け止めようとして……できなかった。

「いいのか──お前はそれで」

 胸に走った痛みの所在(しょざい)をあえて無視し、ティエンは(こぶし)を握り締めた。

「……僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう……サジ」

 戦闘技能科の制服には似つかわしくない、そのおっとりとした微笑みに、サジは苦笑した。

「なぁティエン」

 ティエンの左胸を、サジは軽くノックした。長い間、開かずの間だった扉に、初めて触れるかのような慎重さで、ティエンの胸を手の甲で叩いたのだ。

「お前がいつもここ(・・)に、大事に隠し持ってる『嘘』は、戦闘技能科でも通用するものなのか?」

 蹴破られた扉の向こうで、サジは、抜き身のナイフを真顔で引き抜くティエンの姿を見たような気がした。

 

 

「頼むから、最後まで突き通せない嘘は───最初から、つかないでくれ」

 

 

---

 

 

 次の停留所に向かって走り出す、懸垂式モノレールの後ろ姿を見送りながら、ティエンは小さくため息をついた。

 自分と同じ、戦闘技能科の制服を着た生徒たちが、次々と歩みの遅いティエンを追い越してゆく。帰路を臨む彼らの足取りは軽く、嬉々として前を向いたまま振り返らない。ティエンを置いて、どんどん先に行ってしまう。

「各フロアに談話室、売店、食品自動販売機、日用品や雑貨が買える自動販売機があって……希望があれば部屋は何人でもルームシェアすることが可能……これは一般教養科と同じか」

 自分の経済状況に合った住居を選べる。学生たるもの学業が本分であり、学生たちが集中して勉強に取り組めるよう、学校環境の整備にも力を入れているのだろう。

 当然、この学園の生徒であるティエンにも宿舎を選ぶ権利はあるはずなのだが。

 

受容体(アクセプター)には相性というものがあるらしくて。それに、ティエンさんはまだ充電期間中で、常に能力者の側にいないと……その……』

 

 萎みに萎んだ声で「『性能のいい充電器がこのあいだ派手にショートしちまったもんで、電池残量なんざほとんどねぇだろうから、しばらく別の充電器と一緒に寝ろ』と、教官が……」申し訳なさそうにフォルトナー教官の言葉を伝えるリリアの殊勝な姿と、その言葉をティエンは一生忘れないと思った。

「って、ことは……やっぱりルームメートも……」

 能力者。その単語を聞くだけで、なぜかひどく気持ちが萎える。充電のない携帯端末扱いされた少年は、これから出会う充電器──ではなくルームメート──に、どんな顔をして会えばいいのか本気で悩んでいた。

 

 

『最後まで突き通せない嘘は───最初から、つかないでくれ』

 

 

 これから起きることを予兆するかのような、そんな言葉に今でも狼狽えている。

 ガラス窓に反射した自分の姿や覗き込んだ手のひらに。何がいけなかったのかと、何度も何度も眉根を寄せた。

「………突き通す、つもりだったんだ」

 つま先まで視線を落として、自分がなにも持ち合わせていない平凡な学生であることを再確認すると、ティエンは足早に歩きだした。

 緩やかな曲線を描き続ける廊下には、アルミシリカガラスと溶融シリカガラスを重ね合わせて造った巨大な窓が等間隔で設置されており、嫌でも視界に入ってくる星空は───人類が、宇宙に追いやられた生き物だということを痛感させてくれる。

「──A-S棟、三○六号室。ルームメートは……」

 役目を終えたメモをポケットに押し込みながら。

「どんな人かな」

 今はそれだけを期待して、ティエンは三○六号室の扉の前に立った。

 

 

---

 

 

 退庁時刻になり、身分証がなければ飲食ができない時間帯になると、大人たちは疲れた体を引きずるようにして思い思いの場所へと姿を消していった。

 かくして残業続きのルーエンハイムも、今の今までその手に握りしめていた書類に添付されていた写真───ティエン・ランという名の少年の残像に「けっ」やら「ふん」やら、悪態をつきながら不審者のごとく家路を急いでいた。

(定員オーバーだっつってんのに、なんでわざわざ俺のクラスにぶちこんでくるかな。アーディンのやつ、ぜってー裏で根回しとかしてるな───くそっ!)

 問えば『なんのこと?』と涼しい顔でしらばっくれるに違いない友人の幻影も一緒に重ねて、たとえそれが自分の妄想であったとしても、ルーエンハイムは火種に薪をくべるような苛立ちを覚えて、このままじゃマズイ、冷静になれと頭を振った。

「───呑もう……呑んでさっさと寝ちまおう。それがいい。そうしよう」

 なんの解決にもならない歓楽街の灯りに向かって、ルーエンハイムはとぼとぼと歩きだした。

「とりあえず、いったん全部リセットして……」

 見知った扉を押し開けると、扉に付けられた鈴が軽やかな音を連なせ、カランコロンと鳴った。




「なんだ、もう呑んでるのか」

 スタンドバー『ALPHARD(アルファルド)』の最奥を陣取ってグラスを傾けている友人に、ルーエンハイムは気安げに声をかけた。

「ふん。私がどこでなにを飲もうが、私の勝手だろうが」

 素材の良さを活かすための薄化粧なのか。もしくはただのズボラか。唇に乗せた色付きリップだけで、三十うん年『女』として生きてきた学校医にさっそく邪険にされ、しっしっと手で追い払われる。

「ハイボールを」

 「わかりました」と年若い店主は微笑み。

「当然のように私の隣に座るな」

 席が自分のとなり以外空いていないことに気づいた女医が、不機嫌そうに舌打つ。

「なに呑んでるんだ?」

「見ればわかるだろ」

「いつもの杏酒か。よくもまあ、()きもせず飲み続けられること」

「………仕方ないだろ。ただ同然で飲める酒がこれしかなかったんだから」

 グラスをくわえながら喋っているのか、彼女の声はひどくくぐもっている。

「ここは学園都市ですから、質の良いお酒をお探しなら環状星羅まで足を運ぶことをお勧めします」

 ただでさえ火星からの輸入品は高値だというのに。未成年がその大半を占める学園都市では、取り扱うことのできるお酒の数も大幅に制限されてしまうのだと店主は言う。

「何年か前に、酒と喧嘩でとんでもない馬鹿をやらかした生徒がいてな」

「ああ……間違いが起きるまえに片っ端からアルコールを排除しちまおーぜ、っていうあれか」

「そうだ。おかげで故郷の酒もまともに───マスター」

 空のグラスを揺らして店主におかわりの催促をしている女医の隣で、教職の男はハイボールのグラスを受け持った。

「で、今回教養科から技能科に移動させられたっていう例の生徒は、めったに酒を口にしないお前にやけ酒をさせるほどの問題児だったのか?」

「ごふっ」

 触れまいと心決めていた話題に、いきなり美味しいはずの一口目を台無しにされ、ルーエンハイムは一頻(ひとしき)りむせたあと、女の脇腹を容赦なく小突いた。

「……問題児かどうかはともかく、問題は最初から山積みだっただろーが。通りすがりの一般人に、今すぐこのコップを浮かせてみてくださいって言ってるようなもんだろ。アイツの場合『今すぐ飛んでください』だけど」

「で、今すぐ飛べるのか?」

「どいつもこいつも同じ質問ばっかしやがって。蹴飛ばしても飛べねーよ。お前がいちばんよくわかってるはずだろ、コンスタンシア・ミィシェーレ博士(・・)

 疲労の色が濃い三白眼で、コンスタンシアと呼ばれた女はルーエンハイムを見た。

「三歳児健診の検査項目にはESPテストも含まれている。適性があると判断されれば、山のような教材を手渡され、定期的に訓練所にも通わされる。適性がないと判断されればそのまま家に帰され、いままでどおり平凡な毎日を過ごすことになる。受容体(アクセプター)がこの検査を受けた場合───まぁ、アレを見れば結果はわかるだろ?」

「適性なしってことで家に帰されたか………つまり俺は、三歳児相手にレグナに乗れと言ったんだな……」

 先が思いやられる。

 心の声を隠さず、ルーエンハイムはカウンターに突っ伏した。

 店内に流れるBGMは、年代物のジャズミュージックであり、メロウでロービートな曲調が、大人たちの口に次々とアルコールを運ばせる。

 黙り込む二人の間で、角の少ない氷の塊がカランと音をたててひっくり返った。

 体を起こしながら、ルーエンハイムは視線だけをコンスタンシアに向けて薄く微笑み、困惑したコンスタンシアは「な、なんだよ」と、顔を赤らめながら眉根を寄せた。

 

「お前、子どもは好きか?」

 

 純真無垢な問いかけに、コンスタンシアは一瞬呆け。そして、舌打ちした。

「なんで舌打ち?」

 心底つまらなそうに杏酒を(あお)りだした女医の隣で、教師という職業がすっかり板についてしまったルーエンハイムは「好きか嫌いかの二択で悩むなよ」と苦笑した。

「………嫌いじゃない」

 グラスを掴み直したコンスタンシアは、その笑顔が視界に入らないよう、たまたま目の前にいた店主を無言で睨みながらグラスの中身を嚥下し続けた。酔いたくはないが、飲まずにはいられなかった。

「───なぁ、コニー」

 柑橘系のムスクの香りが、彼女の鼻腔をくすぐった。

「“受けとる人(アクセプター)”について、お前はなにか知ってるのか?」

 

 

 ---

 

 

 パスワードを入力する前に、なぜか内側から解錠されてしまった三〇六号室の扉の前で、ティエンは右手の人差し指を前に突き出したまま、水色の目をしばたたかせていた。


「よう、ニューフェース。思ってたより遅かったな」

 

 目が合うやいなや、緑色の目をした同居人はにっこりと笑って、ティエンの頭を無遠慮に撫で回した。

「思ってたより───小さいな」

 「はなして」と、頭に乗せられた手を必死に引き剥がそうとするティエンを、少年は「本当のことだろ」と言って面白がるように笑った。

「あちこち連れ回されて大変だったろ。とりあえず中に入れよ。自己紹介はそれからだ」

 ティエンより頭ひとつ分背の高い少年は、どことなく親友のサジに似ていて、ティエンはそれだけで胸が一杯になってしまった。粘度の弱い整髪料で柔らかく逆立てられた前髪と人懐こそうな目元に、思わずほっとしてしまう。エリートだらけの戦闘技能科で、こんな砕けた会話ができる人間に出会えるとは思ってもいなかったからだ。


「俺の名前はセルディック・オーラン。パイロット志望の、透視能力者(クリアボヤンス)だよ」

 

 

---

 

 

「なにか知ってるか、だって?」

 

 本気でいっているのか、と。コンスタンシアはルーエンハイムを鼻で笑い。ルーエンハイムはコンスタンシアに怪訝な視線を投げ返した。

「んなもん、完全無欠の能力者──バルディフ様に直接訊けばいいだろーが」

「? なんでバルディフ?」

「相変わらず、お前の頭んなかには生徒に関する情報しか入ってないんだな」

「わるかったな」

 俺が知りたいのはアクセプターの使い方なんだけど、と。ルーエンハイムはグラスを傾けながら拗ねた。

「自己の自然本性の完成をめざして努力しつつ、ポリス的共同体をつくることで完成に至ろうとする。鉱蓄獣も人間と同じ、独特の自然本性を有する動物なんだよ。女王と呼ばれる立場の個体によって社会が形成され、その子どもが各々の労役を担う。母親による絶対王政。母親に認められたいがために、孫や曾孫までひき連れて”ここ“にやってくるんだから、驚異的な社会構造だよ、あれは」

「知ってる」 

 だからなんなんだよと眼差しで問われ、コンスタンシアはやれやれと肩を竦めた。

「バルディフだって、みんながみんな、超能力を持って生まれてくるわけじゃない。組織で生きていくためには、力を持たない者(おちこぼれ)は、忠義を示して母親に泣きつくしかないのさ。どうか見捨てないでください、ってな」

 ルーエンハイムの脳裏に、まだ乳飲み子だった鉱蓄獣が、群れをなして友人の機体に飛びかかってゆく光景が鮮明に思い起こされた。違和感ならあった。羽ばたき方も、力の使い方もわからないまま、その腹を満たすためだけに立ち向かってくるその姿はただただ異常で。蟻に集られた昆虫のように、人間は解体され、その胃袋に収まるしかなかった。

「だから母親は、力を持たない個体に自身の力を貸し与えた」

 手の甲を自身の額に強く押し当てながら、ルーエンハイムは呻いた。そんなことがあってたまるか。深く考えすぎるなと。まるで思考に蓋でもするかのように。

「知らないのなら、教えてやる」

 皮肉げに目を細めながら、コンスタンシアははっきりとした口調で決定打を打ち込んできた。

 

「バルディフは全員───受容体(アクセプター)だ」

 

 

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