征四郎と静
その頃、城では昨日から大騒ぎだった。宴の最中に謡が消えたからだ。
城中探したが、どこにも見当たらない。既に嫌になって里にでも帰ったのではないか、と言った者もいたが、神事を途中で放り出す神とは考えられないし、劣等感を常に持っていた羽無しの謡に帰ったとして里にいられるわけがない。謡にはそんな考えが浮かぶとは思えないのだ。それは晴明と征四郎が知っていた。
城内だけではなく、城下も探したが一向に見つからない。
「烏間にご報告申し上げて、力を借りた方がよろしいのでは……」
征四郎が晴明に進言した。自分たちの力では限界だし、それに五日間しか滞在しないと約束していたからだ。もうすでに謡が城に来てから三日目の夜になってしまっている。あと一日しか猶予はない。五日目の昼間には城を出て神社に送り届けなくてはならない。
「あと少し、探してみよう。再び神が城へ訪れてくれるようになったのに、こんな形で関係がなくなるなどもっての外だ」
晴明の表情も曇っていた。大事な神事の後に、神が行方不明など不吉極まりない。
「ですが……これだけ探していないとなると、もう連れ去られたとしか考えられません。自分でいなくなる要素が思いつかない。それに、何かあったら言ってくるでしょう……。一人で思い悩むところはあっても、それが全て顔に出る子です。宴の最中にあんな歌を披露しておきながら、勝手にいなくなるわけがない」
あの時の謡は清々しい顔をしていた。そんな後に勝手にいなくなるなど考えられない。誰かに連れ去られたとしか考えられなかった。
「もう少し探した方が良さそうですね」
そう言ったのは太朗だった。すっと晴明と征四郎の間に入る。
「太朗、どこに行っていたのだ」
晴明が尋ねる。
「ああ、私も探していたのですよ。思い当たるところっていうのも無いから、城下などで、こんな娘を見なかったかとか訊いて回っていたところです」
「そうか……」
二人は考え込む。
「考えても仕方がない。ぎりぎりまで探すことにしよう」
晴明が言って、征四郎と太朗は部屋を出た。お互いに別々に探すことにして、今日のところは別れた。もう夜も深くなってきている。征四郎は廊から庭を見ると空には月が出ていた。
月に照らされ、山々の稜線が見える。あの山には神々がいる里がある。謡を無事に里に帰してやりたい。 たとえ結ばれることがなくても……。
「謡……どこにいる?」
呟いても返事があるわけではない。あの時の謡の姿が思い出された。泣いた謡の顔が頭から離れない。同じ気持ちでいてくれた……。どれだけ嬉しかったことか。
だが、今はもう友だ。友を心配するのは当たり前のことだ。友のために力になりたい。
晴明は頷かなかったが、あの男ならば探し当ててくれるのではないか……。そう思ったら身体が動いていた。夜で視界が悪いが、月明かりがあるのが幸いだ。征四郎は馬を走らせ、神社へ向かった。しばらく行くと山の麓に辿り着く。
馬を繋ぎ、拝殿の裏手から中之宮へ向かう。すぐに山道に入り、木々のせいで道がよく分からない。だが、必死だった。謡を助けたい一心で山道を走る。
「大丈夫だ、絶対に。謡は大変なことには絶対にならない」
口に出して自分を叱咤する。進む道は、けっこうな坂道だ。途中、何度か足を踏み外しては転ぶ。足元がよく分からない。でも必死で足を進める。すでに膝の部分は破れて、血が滲んでいた。掌は擦りむけているが、気にしている暇は無かった。
「しずか!しずか!俺の声に気が付いたなら出てきてくれ!」
誰もいない山道を叫びながら中之宮へ向かう。もしかしたら、神の力で自分の声が届くかもしれないと思った。いや、届かなくても里まで行けば会える。だが、その間も惜しい。早く見つけてやりたい。
「しずかっ!俺の声が聴こえるか!」
何度も山道で叫ぶ。声が途切れ、はあはあと息が切れると、梟だと思われる鳥の鳴き声が聴こえた。あいつは、まだ気が付かないか!必死になって中之宮へ向かう。聴こえないのか。
「しずかっ!お願いだ!出てきてくれっ!」
中之宮が見えてきた頃、征四郎はすでに願いを口にしていた。
その時、びゅうと風が吹き、征四郎は袖で顔を覆った。
「そんなに大声を出さなくても聴こえている」
静かな淡々とした声は、征四郎が出てきて欲しいと願った相手。静だった。
「あ……良かった……。しずか……」
安堵から膝から崩れ落ちた。両手を地面に着いて、息を整える。
「大丈夫か」
静が征四郎に近づき、手を差し伸べた。面を被っているので表情は窺えないが、怒っているわけではなさそうだ。こんな夜に呼び出してすまないと思う。征四郎は静の手を取ると、静は征四郎を引っ張り上げて立たせた。
「しず、か……あの……な……」
息が切れ、声が途切れ途切れになる。静は小さく笑った。
「いきなり次期大神に対して呼び捨てか。まあ、良いだろう。そなたが落ち着くまで何があったか頭の中を読むが良いな?」
そう言って静は、征四郎の額に手を当てる。考えを読めるのか!神はそんな力も持っているのか……だとすると、謡も……?
「謡は考えなど読めない。謡の力は素早く動ける身体能力と、他の者に幸福を分け与える力、特に謡の歌にはその力がある。それと、遠くを見る力くらいか……。だが、謡の歌は神の中でも謡にしか使えない力だ」
静は征四郎の頭の中を読んで答えた。驚きで言葉が出ない。本当に考えていることが分かってしまう。しばらく大人しくしていたが、静はふいに手を離した。
「そうか、謡がいなくなったのだな。そなたは誰かに連れ去られたと思っている」
「ああ、そうだ。勝手にいなくなるはずがない」
ようやく息も整い、乱れた身なりを整える。
「しずか、お願いだ。俺らでは、もう限界だ、探すことが出来ない。しずかの力を貸して欲しい」
晴明は探していても里には知らせたくないようだが、もう方法が思いつかない。縋るような思いだった。
「分かった。私も独断で動く。私も大神さまから咎めを受けるだろう。しかし、そうも言っていられない。謡の方が心配だ、何かあってからでは遅い」
征四郎と同じく独断で動くことを決断した静……利害は一致した。
「助かる、謡を無事に里へ帰してやりたい」
征四郎は安堵してため息を吐いた。
「では、行こうか。征四郎、俺に掴まれ。馬で来たのだろうが、急ぐなら私と一緒に飛ぶといい」
静は再び手を差し伸べた。征四郎も迷うことなく手を取る。
「男とくっ付くのは気持ち悪いな……」
征四郎がぼそりと呟くと、聴こえていたようで静はムッとした表情で手を緩める。
「嫌ならいい。私だってそなたと好き好んでくっ付くわけではない」
「悪い、悪い。ありがとう」
征四郎は冗談とばかりに笑って静に掴まった。
「行くぞ」
そういうと、静は征四郎を抱えて羽を広げた。そして、ばさりと動かすと宙に浮く。身体が浮く。飛ぶということは、こういうことなのだ。謡が征四郎と中之宮へ向かった時は、本当に飛び跳ねていただけなのだ。足が浮き、静が羽を動かす度に中之宮の屋根が離れていく。木々が下に見え、やがて城へと向かって飛んでいく。
「すごい……」
風を全身に受け、すごい速さで空を飛んでいく。抵抗感もすごかったが、それよりも眼下に広がる家や田畑、林……あっと言う間に過ぎ去っていくのだ。
「ここから少しゆっくり飛ぶぞ。集中するから静かにしていろ」
静は征四郎に何も話させないように釘を刺すと、城下を見下ろしながらキョロキョロと探し物をしているような感じだった。
「分からないな……しかし、何だこの感じ、変な感じがする」
静は一人で呟きながら、やがて城へ到着してしまった。とりあえず、城内の一角に誰にも見つからないように降りた。急に自分の足が地面に着くと、今までのことが嘘のようだった。静はそっと羽を仕舞い、装束の中に隠してしまった。どうやら、身体の中に入れられるようだ。面を被っているし、神の装束を着ている静は目立つ。ここまで来てしまっては仕方ない、晴明に会わせるか……征四郎は勝手なことをしたので何て言われるかと、少し眉をしかめながら静を晴明の元へと案内した。
「とりあえず、城主、晴明さまに会ってください」
二人は歩き出した。




