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消したくない、理由

予告どおり、本当なら前回のものと同時に載せるはずだったものです。

多分折り返し地点くらいですね。


 突然だが、普通病院の個室は一辺十メートルもない。だって十メートルと言えばあれだ、一メートルものさしが直列に十本置けるほどの奥行きである。そんなVIPな病室、あったとしても身元不明の少女なんかに貸し出されちゃいないだろう。


 これは何かとスモールスケールな日本の実情に文句が言いたいわけではなく、つまりどういうことかというと、


「私はここで待っている。行ってきて」


 部屋の目の前まで辿り着いて早々、結城さんがログアウトしようとしていたのだった。


「もう限界、だから」


「いやいや待って、そういうのいらないから。確かに結城は相葉と初対面だし直に会うの嫌かもだけど、万が一見つかったとき俺一人だとちょっと弁解できないって言うかさ」


 アバターを消したいなら相葉に会っておくのは悪いことじゃない、というか今すぐにでも消せるのかも知れん――というのも推しポイントとして考えはしたが、結城がこの件について半信半疑より大分疑の方に傾いていたのを思い出してやめた。


「人見知り、なの」


「会って二日の俺とここまで会話できてるのに今さらなにを言いますか」


「それは……あれ?」


 可愛く首を傾げられてしまった。顔見えないけど。


 まあストーキングした上家に入り込んで夕食まで頂く擬似ダイナミックお邪魔しますは〝追跡特性ストーカー〟で半強制的にやらされたわけだもんな……。結城自身は本当に人見知りなのかも知れない。瞳覆い隠してる前髪とか痛烈にそれっぽい。


「うーん、それじゃ一人で行くけど……また後で話の内容説明するの面倒だし、聞き耳立てといてくれ。あと誰かに見つかりそうになったらちゃんと隠れろよ」


「小さくなるのは専門分野。心配しないで。でも、その、聞き耳? 私にそんな器官はない。――あ、あるの?」


「そんな怯えなくても聞き耳は単なる表現だ! 聴覚集中させて中の音聞き逃さないでくれってこと」


「む。……さっきも言った。盗み聞きはマナー違反」


「じゃあちゃんと外で聞いてる奴がいるって断っておくから……」


 搾り出した妥協案に不満そうではあるものの一応頷いて見せた結城。


 そんな彼女といくつかのサインを打ち合わせし、ようやく俺はプレートのかかっていないその部屋へと踏み入れることができた。






「何であんたがここにいんのよ?」


 病室の描写をする間もなく飛んできた声に目をやると、ベッドの上で体を起こしていた相葉がこちらに白い目を向けていた。元気じゃん、こいつ。むすっと腕組んでるあたりまるで怪我人とは思えない。唯一、着替えさせられたのか纏っている服が白装束になっている部分は病院の雰囲気に合っているが、それくらいだ。


 ちょっと近づき、今回は災難だったなうんぬんかんぬんと前口上を済ませる。


「何でって、一応お見舞いのつもりなんだけど」


「お見舞い? ……ていうか何であたしがここにいること知ってんのよ」


「まあ事故のことニュースでやってたし、名前出てなかったけど多分相葉だろうなーと。この辺って病院一つしかないし」


「ふーん、あっそ。お見舞いってんなら何か持ってきてくれたの?」


「あ」


「あんたね……」


「うなぎパイなら二、三個あるけど」


「…………置いときなさい」


 お気に召したらしい。お見舞いって言うかお土産だが気にしない。


 相葉が指差す先には小さなテーブルとして使われている台があり、そこに彼女のものと思われるケータイやら財布やらが載っていた。その隅にお菓子の袋をそっと置く。


 そんな俺の様子をジト目で見ていた相葉が、はあっと長いこと溜めていた息を吐いた。


「それで? 用がそれだけってことはないでしょ? もしかしてアバターを捨てる気になったの?」


「ああ、そうそう。いやそうじゃないんだけど、相葉に訊きたいことがあったんだ」


 なあんだ、と呟く少女。その上でやっぱりね、とでも言いたげに首を左右に振る。その表情は呆れているんだろうか、どうもそれだけには見えなかったが詮索するようなことでもない。


 良い加減立ったまま歩き回るのも馬鹿らしくなってきたので手近な椅子を借り、相葉の右側に着いた。


「えっと、訊きたいことって言うのはさ。――あ、そうだ言い忘れてた。かくかくしかじかで結城も来てるからそこんとこよろしく」


「え、何かくかく? 勇気? 言う気?」


「質問に質問で返すなよ」


「あんたまだ質問してないでしょう!」


「ああもう頭ぐちゃぐちゃになるからとりあえず喋らせてくれ! あのさ、お前、じゃない相葉は確かアバターを消す方法を知ってて、他の人のそれを消してあげたりしてるんだったよな?」


 相葉の目が一段階真剣なものへと切り替わる。


「ええ、そうよ。あたしはこのアプリの怖さを知ってる。これ以上被害者を増やしたくない」


「だったらどうして自分のアバターは消してないんだ?」


「――え?」


「消してないんだろ、自分のは。今朝も〝不幸属性〟が発動して、とか言ってたし、事故だって多分能力のせいだ。被害者を増やしたくないって言ってるけど、相葉だって被害者だろ。こんなの……下手したら命に関わるじゃねえか」


「……」


 俺の言葉――正確には結城が抱いた疑問だがそんなことは些細な誤差だ――がそれほど予想外のものだったのか、相葉は完全にフリーズしていた。目の前で手を振ってみても反応する気配がない。


 何か多いな今日、このパターン。


 相葉の再起動には数分の時間を要した。


「……ねえ」


 小さな声。それでいて必死に搾り出したような。


 顔を俯かせ、微かに震える手は毛布に抱かれた足の上に力なく添えられている。そんな姿は服装と相まってまるで消えてしまいそうなほどに儚く、俺は何故か焦ってしまった。


「ど、どうした」


「……あんたは、どうなの。あんたもアバターを消す選択をしなかった。心変わりした? それとも……消したくない理由がはっきり見えた?」


 消したくない、理由……?


 妙な言い回しだ。これでは――そう、本当に相葉は故意に自分のアバターだけ消してないんじゃないかと思えてしまう。何か明確な理由があって。そして俺も同じなのかと期待している? いや違う、そうじゃない。それならこんな沈んだ表情はしないだろう。


 それなら一体――。


「いや……まだ分からない」



「そう。それなら、あのね。

 

 ――もし答えが出たらあたしに教えて。


 そしたら、あたしも隠してること全部話すから」



 訊こうと思っていた疑問ははぐらかされるしむしろ色々と疑問が増えてしまったが、それより何より。


 このとき相葉の顔に浮かんでいたひどく悲しげな笑みが、強烈に脳裏に焼き付けられた。




読んでいただいてありがとうございます!次回もお楽しみに!

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